いつかのさよならを探して

あきら

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 夜は長い。明けるまではまだまだ時間がある。
 長いくせに、やけに明るい。車のヘッドライトが流れていくのをぼんやりと眺めながら、光り輝く夜景ってやつを目に映した。
 明るくなる前には、この街を出る。だから、少しでもあいつと見た光景を覚えていたくて、いつぞや不定型の吸血鬼を二人で倒したビルの屋上まで来ていた。

「あと、どこだっけ……公園と、よく行ったラーメン屋かなぁ。あそこの麺めっちゃ美味いんだよな……もう一回食っとけばよかった」

 独り言は、流れる高速道路の方へとこぼれていく。

 頭の中に、歌が浮かんだ。流行ってるらしいぜ、と教えてくれた歌。綺麗な女性ボーカルと、どこか物悲しいピアノのサウンドに、耳に残るメロディーのその歌を口ずさむ。
 おぼろげな歌詞の通りに、俺の体も記憶も融けてしまえばいいのに、なんて思いながらぐるりとビルの屋上を一周した。
 一曲口ずさんで歌い切り、顔を上げる。いつまでもこうしていても仕方がない。ひらりと屋上のフェンスを乗り越え、重力は無視して誰もいない路地裏に降り立った。

「……ん?」

 その瞬間、微かに知った匂いが鼻腔をくすぐる。けしていいものではないそれに、背筋がぞわりとした。
 夜風に乗って流れてきたそれは、明らかな血と死の匂いだ。
 一瞬、迷う。だけど。

 あの子を育ててくれたこの街を、この街の人たちを、俺だって守りたい。大事にしてやりたい。彼が、傷つくことのないように。
 あの綺麗な瞳が、悲しみに、辛さに、染まっては欲しくない。その輝きを、俺がもう二度と見られないのだとしても。

「向こうだな」

 握り拳を作り、俺は急ぎ走り出した。




 何度かきた覚えのある公園。運動場と体育館が併設されている、そこそこ大きな公園だ。
 普段、家族連れや恋人たちでにぎわうだろうその場所は、いまや凄惨といか言いようのない状況が広がっていた。
 暗い中でもわかる、おそらくは人だったもののパーツ。地面に広がった、赤黒い池のようなそれから、嫌というほど鼻につく血の臭い。そこここで蠢く、ゼリー状の生き物。否、生き物と呼んでいいのかすらわからない。

「っ、亮?!」

 その中に良く知った顔を見つけて、慌てて駆け寄る。致命傷というほどではないが、傷を負っているのがわかった。
 驚いた顔が俺を見る。

「アル?!お前この街を出たんじゃねぇのかよ!」
「出ようとは思って、準備してたんだって!そしたら、臭いが」

 地面に膝をついていた亮を支えて立たせた。それほど大きな怪我はしていないようで、サンキュ、と言って俺の手から離れ一人で立つ姿に安心する。

「何があったんだ?」
「この近くに、でけぇ会社あんだろ。そこの奴らが、今夜ここで夜桜見物してたらしくてな。一斉に被害が出たせいで、こっちまで連絡くんのが遅くなって……この有様だ」
「……じゃあ、あの人たちは」

 視線を前に移す。赤黒い、粘着質のそれに取り込まれているスーツ姿の人たちも、もう息があるように思えない。ああ、と亮が頷いた。

「で、でもあんなのだけなら、お前がそんな苦戦するわけないだろ?」
「当たり前だ。人型がいる」

 言ったその声には、多分に緊張が含まれていた。
 今もどっかで見てるはずだ、と付け足す彼に頷く。

「さすがに俺一人じゃキツいから、全員に召集はかけたし、逃げないよう同僚の中でも結界術に長けてるやつが公園を覆ってくれてる。ただ、保って一時間ってとこだから早く決着つけねぇと」
「……最悪の事態になるね」

 今、この公園は外から断絶された状態にあるらしい。おそらく俺が着いた少し後にその結界が完成したんだろう。それは当然の処置で、こんな状況が普通の人の目に触れたら、と思うとぞっとする。
 それに何より、深夜とはいえ万が一多くの人が集まってきてしまったら、その方が問題だ。何しろ相手は吸血鬼であり、人の血を求めるものなのだから。

「じゃあ、人型は俺が引き受けるよ。亮はあっちの不定型をどうにかして。たぶん俺じゃ中の人まで粉々になっちゃう」
「わかった。気を付けろよ」

 そう言った亮の目線が、俺の後ろで止まる。ほっとした表情になった彼につられて、俺もそっちを見た。

「槙斗!早ぇな助かったわ」

 そこにあったのは槙斗の姿で。だけど亮の言葉には何も答えず、ゆっくりと俺の方を見る。
 槙斗の視線に気づいた亮が、バツが悪そうに頬を掻いた。

「あ、いや、その……何だ、言いてぇことも聞きてぇこともあるとは思うんだけどさ。とにかく今は」
「亮っ!」

 言いながら、槙斗のほうへ近寄ろうとした亮の腕を掴んで引く。
 うお、とバランスを崩し、たたらを踏んだ亮の鼻先数センチを何かが掠めていった。それは横の木に突き刺さると、そこそこの太さの枝がぼろりと落ちる。

「槙斗じゃ、ない」
「なるほど」

 槙斗の姿をしたそいつは、俺に向かい嘲笑を加えて言った。

「この顔の人、槙斗って言うんですね」

 その声は、俺の、俺たちの知っているものではない。表情も、けして彼がするようなものではない。

「……さっき、話した通りに」

 小声で言えば、驚いた顔をしながらも亮は頷いてくれた。
 槙斗の姿をしたそいつと対峙する俺とは反対の方向へ駆けていく。それを目線だけで追うけれど、追いかける様子はない。
 亮の相手は不定型で十分だと思っていてくれるのなら、いくらか好都合だ。
 そんなことを考えながら目を離さないでいると、槙斗の顔がにこりと微笑んだ。

「ああ、やっと見つけましたよ。我が真祖、再びこうしてお会いできて光栄です」
「なぜそれを知っている!」

 全身の血液が沸騰したような。皮膚の表面が、毛羽立つような。柔らかな髪のその毛先まで、重力に逆らっているかのような感覚に、目を見開き怒鳴りつけた。
 誰にも、言ってないはずだ。長い付き合いの亮にも、それこそ槙斗にも。
 激昂した俺に満足そうに笑って、槙斗だった顔が変化していく。目鼻立ちの整った、グレーの髪色と青い目のその青年は、俺の記憶にあるような気がした。

 「……誰だ」
 「本当に、貴方は……わたしのことを忘れてしまったと」
 「記憶にない」

 ほんの少しの嘘をつく。

 「わたしは貴方の眷属です」
 「嘘だ」

 どこか芝居がかった口調と立ち振る舞いで言う男に、今度はきっぱりとした否定を返した。俺は眷属を作ったことなんかない。
 すると彼はひどく悲しそうな表情を作り、自分の名はクリス・イーディだと名乗る。正直、日本以外ならよくある名前だ。
 その風貌からはおおよそ日本人だとも思えなかったので何の驚きもない。故に、クリスという名前は俺に何の記憶も呼び起こさせはしなかった。

「本当に忘れてしまったのですか、貴方とわたしの運命の出会いを」
「やめろ」

 寒気がする。聞きたくもなかった。
 だがクリスという名の男は、滔々と話し始める。

「あれは、そう……三十年ほど前のことでしたか。貴方とわたしは、とある列車の中で出会った」

 キィン、と金属が反響するような音が聞こえた。
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