いつかのさよならを探して

あきら

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10 衝撃

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 まるで金属を擦り合わせるような、そんな嫌な音は俺の頭の中に直接響いてくる。

「貴方とわたしの乗り合わせた列車は、事故に遭ってしまった。確か落石事故、でした」

 三十年前、列車、落石事故。その単語から、昔の記憶を探ってみてもはっきりとしない。
 ずきりとこめかみあたりが痛むような気がした。

「貴方は窓側の座席に座っていた。そして不運だった。落石は貴方の真上に」

 不意に、鮮明な景色がよぎる。

 彼の――クリスの言うことは確かにあった。山道を走る列車の中、家族連れやビジネスマン、老夫婦、色々な人たちが談笑している光景が目の前に浮かぶ。
 そして轟音。突然横の崖から降ってきた大きな石たちを、当然ながらレールの上を走る列車が避けることはできず。ぐしゃりと簡単に車両は歪み、貫通し、たくさんの人が犠牲になった事故だった。

「……そう、そのとき……わたしは貴方の隣にいた。突如落ちた大きな石に、貴方の頭は潰されて」
「っ、やめろ!」
「そのとき、呆然としていたわたしの口に貴方の血が飛び散った」

 ぐらりと体が揺れる。記憶は俺の脳髄を揺らして、その場に膝をついた。

「思い出してくれたのですね?我が真祖」
「その……呼び方を……許可した、覚え、は……ない」
「ですが貴方の名を口にすることこそわたしには恐ろしい。ああ、だというのにこの男は」

 歪んだクリスの顔の、その造形が変化していく。

「この顔の男は!あろうことか貴方の名を呼び!同胞を始末させた!」
「……俺が……自分で、望んだことだ」
「何度殺してやろうかと思ったか」

 槙斗の顔で口角を上げて。
 やめろ、と力なく呟く俺の声は、地面に落ちた。

「……ですが、貴方はあの男から離れた。ならばわたしと行きましょう」
「っ、お、まえ……」

 軽く頭を振って立ち上がる。伸ばしてくる手を見つめながら、聞きたいことがあると口を開いた。

「……答えろ。最近、この街に不定型や変化型が増えたのは」
「これは心外。わたしが何かしたとでも?」
「違うと言うのか?」
「彼らは貴方の血に引かれて集まってきたにすぎませんよ」

 嘘をついている。根拠はない。ないが、案の定クリスは顔を槙斗のそれから本来の自分に戻しながら笑った。

「もっとも、そうなったのはわたしが彼らをそういう体にしたからですが」
「な、っ」
「貴方のためにしたことですよ、真祖」

 そう呼ばれるたびに鳥肌が立つ。
 だけど、彼の言うことが事実だとしたら。今のこの惨状は。

「……俺、の、せい、じゃん……」
「何を嘆く必要があるのですか?人間など、我々の食料にすぎないというのに」

 違う。違う。
 幼いあの子と過ごした数年も、今の槙斗と過ごした半年も、俺は幸せだった。
 血なんか吸わなくても、眷属なんか作らなくても、一緒にいられるだけで幸せだった。
 
「さあ、わたしと行きましょう?そんな辛そうな顔をしないでください」

 嫌だ。
 だけど、俺は。今のこの惨状が、俺のせいだと知ってしまった。
 これ以上、人間の側にはいられないことは明白で、亮たちにも合わせる顔がない。

 どうせ、眠るだけだ。
 だったら、俺はクリスの手を取るべきなんじゃないか、という思いがのしかかる。

 さあ、ともう一歩差し出される手。
 きっと、取ってしまえば楽になれるはずだ。
 おそるおそる、俺も手を伸ばしていく。

「っ?!」
 
 クリスが息を飲み、大きく後ろへ跳んだ。
 それに合わせるように、今まで彼がいた場所を白い光が貫いていく。
 何度も見たことのあるそれ。どこから飛んできたのか確認するのも怖くて振り向けない。

「なに人のもんに手出してんだ」
「っ、だ、誰がっ」

 後ろから腰を強く引き寄せられながら言われて、そんな状況じゃないのに胸が高鳴る。顔が、熱くなる。
 いつもこうだ。まるで初恋を抱く少女みたいに、心臓を鷲掴みにされて。

「誰ってお前だよ。お前は、俺のだろ」
「んっ?!」

 腰にあった手が後ろから顎に回り、強引にそちらを向かされて、口を塞がれた。
 
「ん、ぅ……っ、は、ぁ、な、なに、っ」
「……勝手にどっか行くんじゃねえよ。二度も俺を捨てんな」
 
 離れた口に酸素を取り込む俺の耳元で、囁かれる声。まさか、と見開いた俺の視界で、槙斗が笑う。

「っ、本当に、どこまで傲慢なのですか」

 クリスの声が響いた。びく、と身を竦ませた俺の髪を、長い指が梳く。
 
「真祖に触れるな」
「はあ?誰だそれ」
 
 離れてろと小さく言われ、二歩ほど下がった。
 
「俺が欲しいのは吸血鬼の真祖なんかじゃねェ。ただのアルだ」
「その、その名を、口にするな!人間風情が!」
「吸血鬼がどんだけ偉いんだか知らねェが」

 槙斗の指先が複雑な印を結ぶ。

「俺の好きなアルは、血を飲むよりラーメンが好きで、普段は気が強いくせにベッドの中じゃぼろぼろ泣いて縋って強請ってくるアルなんですけど」
「っ、おま、おまえ、なに、なにいってんの?!」

 だから、そんな場合じゃないのに。
 たまらなく嬉しくなって、同時に恥ずかしくなって。

「だから、俺の前からアルを奪おうとする奴は許さねえ。たとえそれが、こいつ自身だろうとな」

 その言葉は、ずしりと俺の心に重くのしかかった。

 ああ、そうだ。俺は、ずいぶん勝手だった、今も昔も。幼いお前が言った通りに。
 槙斗が短く息を吐く。それと同時に、印を結んだ両手から光の筋が伸びた。
 さっきよりも細く、収縮されたそれはクリスの体ごと、後ろにあった体育館に突き刺さる。
 
「あ」

 俺の口から、思わず呆れた響きの声が漏れた。
 体育館を刺したその光は、一瞬のあと四方八方に閃光を撒き散らし、頑丈な建物だったはずのそれはいとも簡単に倒壊する。
 
「おっ、ま、馬鹿じゃねぇの?!」
「……やりすぎた」

 当然、クリスの体はその倒壊した瓦礫の中だ。これじゃ、ちゃんと倒せたのかもわからない。
 不定型と違い、人型の吸血鬼は、死ぬとその体は灰になる。それを全て拾い集め、然るべき手段で葬らないと何度でも復活するのだ。

「こんなんなっちゃったら、どこにいんのかわかんねぇじゃん」
「悪い。つい頭に血が上って」

 言いながら、瓦礫の山に近づく。探すのは骨が折れそうだ。
 だけど、そのままにしておくわけにもいかない。公園内にいる、不定型の相手を亮がしてくれているうちに、決着をつけなければならないと息を吐いた。
 仕方がないので、ひとつひとつ瓦礫をどかしていく。

「で、あいつ何。お前の何なわけ」

 あからさまに不機嫌そうな声。どうするかな、と考え、だけど誤魔化しは無駄だろうな、とも思った。

「俺の眷属、らしい」
「はあ?!じゃあ何、お前あいつに血を分けたってことかよ?!」
「好き好んでやったわけじゃねぇよ!事故だ事故!」

 基本的に、吸血鬼が人間の血を一定量以上、継続的に吸うことにより眷属は生まれる。あの、ゼリー状の不定型や変化型などがその典型だ。
 でも、俺は違う。吸血鬼の真祖――吸血によってではなく、呪詛や魔術により吸血鬼になった俺は、その血を人に分け与えることで眷属を作ることができた。
 要は、逆に。人間に俺の血を飲ませれば、クリスのような人型吸血鬼が生まれることになる。

「……事故、ね」
「本当だってば。その証拠に、今の今まで存在すら知らなかったんだよ……俺の眷属なんて誰もいないから」
「なんで」
「作りたくねぇからだよ。ほら手ぇ動かせ夜が明けちまうぞ」

 納得いったかと言われれば、おそらくいってはいないんだろう顔をするから。
 まったく、と思いながら手近にあったコンクリートの破片を持ち上げる。

「っ?!」

 その俺の手首を、瓦礫の隙間から突然飛び出してきた手ががっしりと掴んだ。まずい、と瞬間的に腕を引く。
 がり、と鋭い爪が俺の手を引っ掻いて。

「槙斗!」

 あわてて叫んだけれど、それは一歩遅かった。
 引っ掻かれた掌に血がにじんで、その傷を作った指先に垂れる。すると今度はその手が即座に俺から離れ、瓦礫の中へと引っ込んだ。
 そのあとは、一瞬で。

 うめき声のようなものが聞こえたかと思ったら、大量にあった瓦礫は吹き飛ばされ、その上にいた、俺と槙斗も地面に転がる。
 それだけでは飽き足らず、転がった俺の体に衝撃が走った。腹と背中が痛い。
 げぼ、と口から血の塊を吐き出す。それすら、俺の眷属だと言う男は楽しそうに舐め取った。

「っ、あ……ぐ、っあ」

 かろうじて人だったころの面影だけを残した彼は、上へと飛んでいく。追わなくては、と思うが、体が動かない。
 アル、という槙斗の声が聞こえる。やけに反響しているような気がして、目だけを動かし周囲を探った。どうやら、体育館の地下部分まで突き落とされたようだ。

 腹が熱い。痛みと鈍い感覚で、おそらく背中まで貫通しているだろうことはわかった。
 目を閉じて、その腹に意識を持っていく。ぼこぼこと内臓や筋肉、骨すらも波打ち泡立ち、急速に回復させることに集中した。
 貫かれた体も、衝撃で折れた足も腕も、それほど時間をかけずに元に戻る。口の中だけが不快だったが、そうも言っていられない。
 急ぎ、俺は地上に舞い戻った。
 
 公園に不定型の姿は見えない。亮がすべて片づけてくれたのだろうか。クリスだったものの姿も見当たらず、辺りを見回す。
 すると、崩れた体育館の横に立っていた槙斗が、こっちを振り向いた。

 「槙斗、あいつは?どこ行った?」

 俺の言葉には答えず。ほっとした表情を浮かべたかと思うと、その場に膝から崩れ落ちる。
 べしゃりという音がした地面には、鉄臭く赤黒い液体が広がっていた。




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