いつかのさよならを探して

あきら

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15 ある日のこと(前編)

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 吸血鬼は太陽に当たると灰になる。
 そんな、ある意味常識だろうことを覆す精神力には、本当に恐れ入る。いやそもそも精神力の問題なのかどうかも知らないけど。

「無防備にカーテン開ける意味がわからねぇ。お前本当に吸血鬼か」
「いやこないだまで俺人間だったじゃん。昼夜逆転しまくってるからたまにはと思って」
「……俺が真祖でよかったな」

 窓から差す光が眩しくて、もぞもぞどベッドに戻ろうとする俺を阻止する腕。
 なあ、と髪に触れる唇が囁くから、目線だけを上に向けた。

 「せっかく明るい時間に起きたんだから、デートしようぜ」



 槙斗が死にかけて、俺の血を飲ませてから早くも一ヶ月。
 幸い体調不良なんかも出ることもなく、いつも通り人に害をなす吸血鬼の討伐に、あちこち飛び回る日々だ。
 それでも一時期よりは発生件数そのものが減り、俺たちはある程度余裕のある生活をしていた。

 昨夜は珍しく早くベッドに入ったあと、これまた珍しく何事もなく二人して寝落ちして。
 目を開けたのが、朝の八時過ぎ。完全に昼夜逆転の生活リズムの俺たちが目を覚ますには、早すぎる時間だ。
 だけど、寝落ちしたせいかやたらと目覚めはすっきりしていて。おもむろに槙斗がカーテンを開けたのが、今朝のこと。

「俺も大丈夫みたいだし、デートしようぜ」
「……なんで」
「昼間、お前が外に出られるなんて知らなかった。もったいねえじゃん」

 もったいない、の意味がよくわからない。
 ベッドから引き摺り出されながら首を傾げると、槙斗は照れたように頬を掻いた。

 「……明るいとこの、アルが、見たい」

 だから、急にそうやってかわいい雰囲気出すのってずるいと思う。
 
「お前が太陽大丈夫なんて知らなかったし」
「あー……言ってなかったっけ……」
「聞いてない」

 二度寝は諦めることにして、俺は軽く頭を掻くと着替えを出した。
 黒いスキニーと、同じく黒でデザインの入った白いパーカー。中はTシャツ。このぐらいでたぶん、ちょうどいい。
 振り返れば、同じく楽しそうに着替える槙斗。暗い青が基調のチェック柄のシャツにシンプルなTシャツ、下は長い足をデニムに収めている。

「どした?」
「別に」

 シャツを羽織る姿に見惚れてた、なんて言ってやるもんかと目を逸らした。
 本当、ずいぶんかっこよく育ってしまって。堀の深い整った顔と、少し垂れた長い睫毛が縁取る目は心臓に悪いし、長い手足と程よく筋肉の乗った体躯はモデルみたいでやっぱり心臓に悪い。

「髪やってよ」
「自分でできるだろ?」
「アルにやって欲しい」

 かと思えば、体と頬を擦り寄せてそんなかわいらしいことを言う。まったくもって、心臓に悪い。
 仕方ないな、と笑って誤魔化して、顔を洗って歯を磨いた後の洗面所に二人して並んだ。どうせなら目一杯かっこよくしてやろう。

「アルの髪は俺がやってもいい?」
「いいよ。お前みたいにしっかり固まりはしないだろうけど」
「ふわふわ系にするわ。お前の髪、すごいさらさらしてるよな。気持ちいい」

 槙斗の長い指が俺の猫っ毛を弄る。宣言通り、つむじのあたりからふわふわと流すようにセットされていく頭をぼんやりと眺めながら口を開いた。

「真祖、ってのはさぁ」
「うん?」
「血を与えられたり、吸われたりして吸血鬼になったやつとはまた別でさ。魔術だとか呪術だとかで作られた吸血鬼のことを言うんだよ」

 小さな音を立ててワックスの蓋が閉められる。

「よく始祖と間違えられるけど、始祖は最初の吸血鬼な。これは俺もよく知らない」
「で、アルは真祖なわけだ」
「うん。真祖にも色々あるらしいんだけどその辺も俺はあんまり知らない。だけど、俺が太陽もニンニクも十字架も大丈夫なのは、真祖だから、らしいよ」

 できた、と槙斗が言うから、ありがとう、と返した。
 
「吸血鬼のイメージ崩れるよな」
「人がよく想像すんのは、眷属とも呼べないレベルの奴らだから。真祖から血を分け与えられた吸血鬼が眷属、その眷属が大量もしくは継続的に血を吸った人間がなるのが、そのよくイメージされる吸血鬼」
「太陽に当たると灰になって、ニンニクと十字架が苦手な?」
「そうそれ」

 話しながらリビングへ移動する。
 冷蔵庫を開けてみるけど、食事に使えそうなものはあまりない。とりあえずペットボトルのお茶を二本出して槙斗に一つ渡した。

「サンキュ。で、お前が太陽大丈夫なのはわかったんだけど、俺は?」
「うーん……たぶん……俺の眷属だから?」
「たぶんなのかよ疑問形かよ」
「仕方ないだろ、何しろ初めてなんだから……普通にカーテン開けた時はびっくりしたっつの。吸血鬼の自覚が足りねぇ」

 まぁ、吸血鬼になってようやくひと月。それまでの二十何年かは人間だったわけだから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれども。

「……これもたぶん、だけどさぁ。けっこうな頻度で、お前俺の血飲んでんじゃん。それもあるんじゃね」
「あー、抗体的な?」
「正しくそうかはわかんねぇけど」

 俺の言葉に、槙斗が首を傾げる。そのまま、わかんないことも多いな、なんて笑われた。



 それほど日差しは強くない。だけどよく晴れていて、気持ちが良かった。
 近くの駅前まで歩いて、どこ行くの、なんて聞いてみる。

「本屋行きたい」
「いいけどその前に飯がいいな俺」
「おう、何食う?ラーメン以外」
「なんでお前そーいうこと言うの?!」

 定番、というか好物のラーメンを先手を打って封じられ、思わずでかい声が出た。せっかくデートなんだからと笑われる。
 
「じゃあ……前に槙斗が美味いって言ってたとこ。なんだっけ、ちょっと駅から離れたとこにある」
「ああ、あそこか。いいぜ、行こう」

 言われて手を引かれた。ちょっと、と焦ったけど、一本道を逸れた路地裏には誰もいない。
 だったらまあいいか、と大人しく手を繋いで少しの距離を歩いた。俺の言ったお店は小さな公園の目の前にあって、公園の向こうには線路と電車が見える。
 おすすめは、と槙斗に聞くと、この辺かなぁとメニューを指さした。

「なら、俺はその海老とアボカドのやつ」
「じゃあ俺はこっちのたまごとチキンのにするわ。半分交換して」
「いいよ」

 教えてくれた中から好きなやつを頼む。
 外のテラス席に座って、のんびりと待っているとトレイに乗った厚切りのサンドイッチが置かれた。
 二切れのうち、ひとつを槙斗と交換して。それから、ぱくりと一口いただく。

「あ、美味い」
「な、美味い」

 顔を見合わせて言って、思わず笑った。
 自分の分はあっという間に腹に収まり、交換してくれたたまごとチキンの方にも齧りつく。やっぱり美味しい。
 あ、という声がしてそっちを向く。海老とアボカドの方を食べていた槙斗の唇の端からタルタルソースが溢れた。指先で拭う仕草をつい見つめてしまう。

「アル、ついてる」
「え」

 ふ、と笑って。ソースを舐め取った指が伸びてきた。それは俺の唇に軽く触れて離れる。
 同じようにタルタルソースがついていたらしく、さっと拭ったそれを自分の口に持っていくから少し恥ずかしくなった。
 気づいているのかいないのか、そんな俺を見てまた小さく笑う。

「……ほ、本屋って、どこの?」
「駅の反対側んとこ。CD屋の上」
「ああ、あそこ。ならついでにCD見たい」
「なんか欲しいのあんの?」
「欲しいのっていうか、チェックしたいっていうか」

 若干焦りつつ、この後の話をしながらトレイの上を綺麗にして。二人で片付け、じゃあと駅の反対側へ向かうことにした。



 それぞれ買い物を楽しんだ後、どうしようかなんて歩く。
 戦利品を手にしたあとは特に目的があるわけでもないので、何か面白いものでもないかと辺りをうろついてみることにした。

「……あ」

 不意に槙斗が足を止める。
 ゲームセンターの入り口で、その中ではなく。隣のビルを見上げて、ほんの少し悪どい笑みを浮かべた。

「ちょっと待ってて」
「ん?いいけど」

 何だろう、と首を傾げる。その間に、ささっと見上げていたビルに入っていってしまった。
 時間はそろそろ日が傾き始める頃で。ゆっくりオレンジ色になる日差しに目を細める。
 通りを過ぎていく人たちを眺めていると、ここに自分がいることがずいぶん不思議な気がしてきた。きっと誰も、俺が吸血鬼であることに気づかない。

「悪い、お待たせ」
「別にいいけど、何買ってきたんだ?」
「すぐわかるって」

 そんなことを考えているうちに槙斗が戻ってくる。手にはなんだか赤い袋。
 中身を聞いても教えてくれなくて、わざとらしく咳払いをした。

「ちょっとついてきてくんね?」
「それもいいけどさ、どこにだよ」

 これにも答えはなし。ただ、その顔はなんだかずいぶん楽しそうで。
 まあいっか、なんて考える俺も、たいがいこいつに甘いななんて思う。
 そしてそんな思いを軽く後悔するまでは、わりとすぐだった。

「……なんで俺、のこのことついてきてんの……」
「俺が連れ込みましたが何か」

 目線のやり場に困って、床を見つめ唸る。
 艶やかに磨き上げられたそれ。困りながらも移動した先には、ソファーとテーブル。その向こうは、俺たち二人が乗っかっても十二分に余裕のあるだろうベッドが鎮座していた。
 
「一回入ってみたくて、ラブホ」
「……おま、ほんと、ほんとさぁ……そーいうのはもうちょい前に体験しとけよ……」
「……体験、ね?」

 俺の口から出た言葉に、槙斗の表情が変わる。確実に今、地雷を踏んだ。

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