いつかのさよならを探して

あきら

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16 ある日のこと(後編)

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 「あ、え、えっと、違くて」
 「いいんだ?」

 ぐい、と強く手を引かれる。そこにあったCDの入った袋を取り上げられ、槙斗自身も本屋の袋と自分の鞄を合わせてソファーに置いて。
 くるりと場所を入れ替えたと思ったら、ベッドの上に転がされていた。

「俺が、お前じゃない奴とこんなとこきてても、アルは何とも思わねェんだ?」
「う、うう……」

 やたらと丁寧に靴を脱がされ、靴下も取られて。その手がパーカーにかかって、一気に脱がされる。かと思ったら、槙斗も着ていたチェック柄のシャツを脱ぎながら、人の上に乗っかってきた。

「ま、まっ、て」
「答えろよ」
 
 この瞬間は、いつまでも慣れない。
 槙斗の目が熱を帯びて、獣みたいに俺を見て。強く『雄』の匂いをさせながら、組み敷いてくるこの瞬間だけは、どうしても。

「アル」
「ん、うっ」

 首筋に吸い付く唇。ひく、と跳ねる体を、服の上から手のひらが撫でていく。

「……お前、俺のこと、怖い?」
「え、っ」
「いっつも、ちょっと躊躇うよな。なんで?」

 俺のそんな戸惑いはあっさりバレていて、じっと見てくるから。ぶわっと顔が赤くなった。

「アル?」
「や、いや、その、あの、え、っと」
「教えて」

 そう言われても、はっきり答えるには馬鹿みたいなプライドが邪魔をする。
 こんなふうに押し倒されて、槙斗の顔を見上げていても、なかなか素直な言葉は口から出てきてくれなかった。

「嫌じゃ、ねェよな?」
「あ、あたり、まえ、だろっ」

 まただ。嫌なわけないんだから、もう少しかわいく否定できればいいのに。
 眉が八の字になった俺の頬をなぞる指。それがゆっくり離れて、下のスキニーに触れる。目だけで脱がせていいかと聞いてくるので、こくりと頷いて腰を浮かせた。

「もし、嫌だったら嫌だと思ってた」
「い、いや、な、わけ」
「ん、わかった。だけど」

 スキニーと下着が纏めて脱がされ、居心地悪く足を動かす。その俺の足を柔く撫でながら、槙斗は笑った。

「本気で嫌だと思ったら、言って」

 その言葉の意味を理解したのは、もう少し後のことだ。


 
「っあ、や、やだやだやだ、やめ、やめてっ」
「気持ち良くないならやめる」
「ひうっ!ぁ、だめ、でちゃ、でちゃうから、はなして、おねが、っ」
「いいよ出して。見せて」

 ぐちゃぐちゃと濡れた音を響かせる手は、やめると言いつつ解放してくれる気配はない。後ろから羽交い締めにされて、達した直後の前を擦られ続けている。

「ぁ、ぁう、やぁっ、や、ひぁあああぅっ!」

 競り上がってくる感覚を逃すこともできなくて、水音を響かせて透明な液が吹き出した。
 がくがくと勝手に体が震え、涙が溢れる。

「ぅ、ぅぇ、うぇええ……や、だって、言った、のに……」
「どこが。こんな感じて、鳥肌立てて、中だって柔らかくなって、今すぐにでも挿れて欲しいって顔してるくせに」
「や、ぅ……うご、かさな、いで……」

 ぐぶ、と後孔から音がした。
 見慣れない形をしたプラグみたいなものを飲み込んだそこは、俺の意思とは関係なくひくりと蠢いて、それが余計に中の形を感じさせる。

「バイブと迷ったけど、どっちでも良かったかな」
「うぁ、や、も……ぬいて……これ、やだぁ……」
  「やだやだ言うわりに、きゅうきゅう締め付けて抜かせてくれねえじゃん」
「っあ!」

 指先で、とん、とそれを突かれて喉を反らした。

「ほら、泣くなって。気持ちいいことしかしてないだろ?」
「や、やだ……やだ、これ、こわい……」
「アル、かわいい。大丈夫、怖くねえよ。こっち向いて」

 腕が緩んで、宥めるように頭を撫でられて。ゆるゆると体を反転し、足を絡める。
 
「乗っかっていいよ」
「ま、って……うごけ、な」
「で、まだ教えてくれねェの?」

 俺の体を軽く持ち上げて、自分の上に座らせた槙斗の唇が、頬に触れた。
 これだけぐずぐずに溶かされても、素直になれないまま。すっと目を逸らす俺に、槙斗の口角が上がる。

「ほんっと、素直じゃねえな。知ってるからいいけど」
「え、ちょ、っと、な、なに」

 腰の辺りを持ち上げられて、不安定な姿勢のまま大きなベッドの上を移動する。ぽすん、と背中がシーツの上に落ちて、俺の頭の上に伸ばされる腕を目で追った。
 よ、という言葉と共に所在なくベッドの上に置かれていた俺の両腕が取られる。

「や、めっ」
「見せて」

 しゃら、と鎖の音がした。拘束された両手を上に持っていかれて、体を撫でられる。
 槙斗の口が開く。形のいい唇から、牙が覗いた。どこにしようかな、なんて楽しそうに。
 こんなふうに、蕩かされるぐらいなら。

「っあ、や、飲ませ、て、よぉっ」
「……そうやって、最初っから強請ってくれりゃいいのに」

 差し出される手。すり、とその甲が顎から口元に触れる。
 口を開いて、噛み付いて。とろ、と落ちてくるそれを舐めた。
 ん、と声が漏れて。そんな自分に、鼻に抜ける匂いに、頭も体も目も心も、何もかも溶かされていく。

「そう、その顔。最高」
「ん、ぅ……」

 熱い。どくどくと俺の血液が動いて、指先爪先までそれが巡る感覚に、我慢なんてできなくて。
 勝手に足は開いて腰は浮いて、誘うように揺れた。
 
「ふぁ、あ……やだ、も……これ、ぬいて……」
「なんで?」

 答えなんかわかりきってる声音と、その表情。抑えられないと如実に溢れ出る雄の顔に、熱いはずの体がぞくりとする。

「……欲しい、はやく……こんなの、じゃ、なくて……槙斗の、奥まで、ほし、い」
「奥って、この辺?」
「ぁ、ぁあっ、あんっ……や、おさな、ひっ」

 外側から下腹部を柔く押されて反応してしまって。いつのまにかまた勃ち上がった前が、ふる、と揺れながら雫をこぼした。
 いや、と首を振ってはみるけれど。

「嫌って顔でもないし、反応でもねェよな」
「あっ?!ぁ、や、やめっ、そこ、おされた、らぁっ」
「押されたら?」
「ひぅっ、なか、なかぁ……なか、きゅうって……ぇっ、あ、ぁあ、ひっ、あぁああっ?!」

 びくん、と腰が跳ねる。
 荒い呼吸が治らない。脱力してるのに腰だけはがくがくと震えて、押された場所の、もう少し奥側が切なく疼いて、そこを抉って欲しくて。

「今、イっただろ?ここ、もっと奥か?俺がするまでそれ、治らないぜ」
「っあ、な、なに、も、これ……っ、はら、はらの、なか、おかしっ」
 
 腰が支えられて、中にあったものがずるりと取られた。その感覚にも震えて、塞ぐもののなくなった後孔がひくついているのがわかる。

「どうして欲しい?」

 つぷ、と指が入れられて、だけどそれは緩く中を撫でては出ていってしまって。余計その奥が欲しいと疼いて止まらない。

「この中、どうして欲しい?」
「っあ……あ、あ……く、おく、ほし……」
「指でいい?」
「ひ、っあ、やだぁ……ゆび、じゃやだぁ……」

 首を横に振る。するりと伸びてきた手が、また口を撫でた。反射的にぱくりと噛み付いて、もっとというように血を吸う。
 ちゅう、と吸い付けば小さく唸る声が聞こえた。

「……まきと、がほしい……おれの、はらのおく……槙斗の、で、ぐちゃぐちゃに、して」
「アル」
「っ、あ……」

 腰を掴む両手に背筋がぞくぞくする。
 槙斗自身の先が触れて、ひどくゆっくりと押し進められれば、その感触を確かめるように締め付けてしまった。
 ふ、と笑った槙斗が舌舐めずりする。
 一瞬の後。一気に結腸まで貫かれて息が止まった。

「ぃ、ーーーーっ、あ゛、ぁ」

 その後、容赦なく襲いくる快楽に絶頂する。
 何が起きたかわからなくて、目を白黒させながらのけぞって。声なんか碌に出せないまま、反射的に体が逃げようともがいた。

「こら逃げんな」
「っ、あ゛、ぁぅ゛っ、ひ、ぐぅ……」
 
 頭の上にあった両手を捕まえられて引かれる。
 強制的に与えられる強すぎる快感に、ぼろぼろと涙が落ちた。
 だけどそれを緩めてくれる気はないらしく、ごりごりと音がしそうなほど強く中に侵入される。
 かは、と口から空気だけが漏れて、ふわりと意識が途切れかけたその時、指先に走った痛みが俺を引き戻した。

「まだ、挿れただけだぜ」
「っ、ひ、ぅ゛……っ、や、やぁ、も……」

 俺の指の間を赤いそれが伝う。
 にやりと笑った口が、舌が、見せつけるように這って。
 ゆっくり引いていく腰。貪欲な俺の体は、行って欲しくないとうねった。

「奥、欲しいって言ったのお前だろ?」
「ぁ、ぁ゛……ま、まっ、て、だめ、吸わな、っ」
「何回、出して欲しい?」

 つう、と。細くて長い指が、俺の臍のすぐ下あたりを撫でていく。

「ここ、何回犯して欲しい?」

 俺の指を舐めて笑って。挑発的なその表情に煽られて、ゆらりと腰は勝手に動いた。
 まるで全部見透かしたように、俺の体をなぞっていた槙斗の手が頬に移動する。
 顔を動かして、その指に思い切り噛み付いた。

「って」
「んぅ……っ、ふぅ、んんっ」
 
 噛んで噛まれて、吸われて吸い付いて。
 もうどっちがどっちだかわからなくなるほど、頭は蕩けていく。

「っは……すきな、だけ……だせ、よ」
「言うじゃん、っ」
「おれの、なか、お前の……で、あふれさせ、てみろ」
「……最後までトぶなよ?」
 
 引き戻せばいいだろ、と笑って。
 また、角度を変えてその指に噛み付いた。



「明るいうちに出かけようが、夕方起きようがやること変わんねぇじゃん……」
「楽しんでたくせに」
「……つかお前、何買ってんの。どーすんのそれ」
「使いますよ今後も」

 がす、と俺の手が槙斗の背中を叩く。
 まぁ意識なんて保っていられるわけもなくて、気がついたら翌日の昼。
 少しばかりよろよろとする体を支えてもらいながら外に出ると、やっぱり太陽は眩しかった。

「……誰も、お前が吸血鬼だなんて思わねえよな」
「なにお前自分のこと棚に上げてんだ」
「……忘れがちなんだよ。太陽もニンニクも十字架も平気だし、普通に腹は減るし、今まで通り仕事もできるし。吸血衝動もセックスの時ぐらいしかねえし」

 しれっと言うもんだから、言った本人より俺の顔の方が熱くなる。馬鹿、とまた叩いておいた。

「ずいぶん満たされてんなお前」
「そう?」
「……少なくとも、俺はそう思う」

 目を伏せた俺は、どんな表情をしていたんだろう。おもむろに肩を抱かれて慌てる。

「ちょ、おい、外だぞ」
「関係ねえ。お前は俺の」
「っ、な、なな」

 ますます顔は熱くなって。
 だけど、同時になんだか胸の奥からぽわりと、不思議に温かくなったような、そんな気がした。

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