されど、愛を唄う

あきら

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「……声、少し我慢しろよ」
 
 そんなことを言われて、なんとか頷く。正直、できるかどうかはわかんないけど。
 
「誰にも、聞かせたくない」
「っ、わ……ちょっと、な、なに、もう」

 真剣な顔で続けるから、鳩尾あたりがぎゅうっと何かに掴まれたような気になった。
 たぶん、顔は真っ赤で。

「ん、っ……あ、ぅ」
「声」
「だ、だって、そんな……そんなふうに、触る、からっ」
 
 仕方ないな、と笑う。少し困ったような、そんな笑顔にまた体が疼いた。
 服の中の手が、ゆるゆると脇腹をなぞる。ゆっくりと、まるで感触を確かめるみたいに。
 それがひどく気恥ずかしくて、横を向いて目を逸らした。

「……エディ、こっち見て」
「っあ、や、やぁ、っ」
「やだ?なんで」
「……ぁ、ぅ………ん、っ」
「……やめる?」

 ぴたりと手を止め、聞こえたのは不安そうな声で。違う、となんとか否定を返す。
 顔なんか見れなくて、目線を逸らしたまま震える声を発した。

「……は、ずかし……」
 
 正直、いまさら何言ってんだと思う。思うけれど、シグルドの顔を直視することもできないし、触れてくる手の温もりを感じるそれだけで、体の中心がきゅうっと締め付けられるような、気がして。
 その感覚そのものも、そんな風に思う自分も、とにかく恥ずかしくなってしまった。
 
「お、まえ、なぁ……」

 深いため息の後の、甘い声。
 
「なんだよ、もう……そんなの、ずるいだろ……」
「な……んだ、よ、ずるい、って……」
「止まれなくなるってことだよ」
「とまる、気、だったの……かよ」
「お前が本当に嫌だっていうなら、な」

 そんなの、言うわけないのに。
 好きなやつが好きだって言ってくれて、抱きたいって言われて。嬉しい以外の感情が、そこにあるわけないのに。
 だけど、頭は爆発したのかと思うくらい何も考えられなくて、少し触られるだけでも気持ちよくなってしまう。
 
「でも、もう嫌だって言われても無理」
「っ、あ、ぁぅっ……ま、まっ、て、ひ、ぅんっ」
「できるだけ、ゆっくりするから。声、抑えて」
「……ん……」

 くしゃりと頭を撫でていく手に、とろりと目を閉じた。

「っ、あ……ぅ、ふぅ、う」
 
 その手が下りていって、服を捲る。露わになった肌に唇が近づいたかと思うと、固くなってしまった胸の突起に吸いつかれた。

「ひ、っう!ぁ、ぁぅ、あぁっ」
「……かわいいな」
「な、なに、なに言って、っ」

 ふ、と笑いをこぼしながら言われて、また恥ずかしさが込上げてくる。
 下の服と下着を手早く取り払われて、外気に触れた俺自身はぽたりと雫を腹の上に落とした。

「足、自分で持てる?」
「……う、ん」

 ちゅう、と耳に吸い付く唇。
 言われた通り、膝の裏に手を入れて自分の両足を持ち上げる。

「ひゃ、ぅっ」
「だから、何それもういちいちかわいい」
「し、らなっ」

 後孔を指先で撫でられて、びくりと跳ね声が出た。
 まるでタガが外れたみたいに、何度もかわいいと囁くシグルドが、勝手に柔らかくなったそこへと指を侵入させてくる。
 中がひくひくと震えているのが自分でわかって、やっぱりそれも恥ずかしくて。きゅ、と唇を噛み締め、声を耐えた。

「こんなとこじゃなく……もっと、ちゃんとしたとこでしたいな」
「っ、え……?」
「お前の声、もっと聞きたい。やらしいの」
「な、なな、なっ」
「……もったいないな、ほんと。だけど、今しないのもそれはそれでもったいないしな……」

 ぼそりとつぶやくそれに、泣き出しそうになる。なんていうか、嬉しさと羞恥がぐちゃぐちゃに混ざり合って。
 
「……そのまま、足持ってて。開いて」
「あぅ……こ、う……?」
「ん、上手……挿れる、な」
「ぁ、んっ」

 中を擦っていった指が引き抜かれて、シグルドのそれが触れた。
 ぐ、と押し込まれる感覚。息を吐いて受け入れて、震える足を支える。
 
「……やばい。すぐ出そう」

 上気した頬で言うもんだから、少しの笑いが零れた。
 同時に、得も言われぬ充足感みたいなものが駆け上がってくる。

「なに、遠慮してんだよ……何回でも、すりゃ、いいじゃん」
「遠慮とかじゃない」

 じゃあなに、と。手を離し、足を絡めて問いかけた。

「大事に、したいんだ」
「え、ぁ、っ」
「お前が俺を甘やかしてくれるみたいに、俺だってお前のこと大事にしたい」

 はあ、と耳の近くで吐かれる息に、ぞくぞくする。動くのを我慢しているのがわかって、でも大事にしたいと言ってくれるその声に、また体がきゅう、と反応した。

「っ、だ、から、そんな締めるなって」
「ちが、勝手、に……からだ、が、きゅう、って」
「っは、なに、それ」

 かわいすぎるだろ、と囁かれれば、また。
 俺の体は馬鹿みたいにシグルドの声に連動して、反応してしまって。

「も、いいから……っ、動いて、俺の、俺の中、突いて、よ、もぅ、めちゃくちゃに、して、いいからぁっ」
「どんだけ、煽んだ、よ」
「だって、やだ、も、やだぁ、こんなの、しらないっ」

 ふるふると首を横に振る俺の頬に手が添えられたかと思うと優しいキスが降ってくる。
 触れるだけのそれすらも、今の俺には情欲を煽るものでしかなくて。ぼろぼろと涙が落ち、両腕を回して必死に縋りついて、お願い、と強請ることしかできなくなっていた。

「っ……エディ、っ」
「あ、ぁあ、あ、ぅ……あ、あぁっ」

 理性なんてどっかに飛んでいってしまって、ただ律動に合わせた喘ぎ声しか出ない。
 僅かに残った意識が、頭の片隅で悪魔失格だな、なんてつぶやいた。
 両手と両足を使って必死にしがみついて、奥で出される熱を受け止める。ずるりと引き抜かれる感触にすら震えて、なんとか息を吐いた。

「……エディ」
「ふ、ぇ……な、に……?」

 悪い、という小さな声。それが聞こえたかと思ったら、体がひっくり返される。
 薄い枕に顔を埋めて、もう一度どうしたのと問いかけようとして、再び体を割り開いた質量に息を飲んだ。

「っ、え?!ちょ、ま、ってっ」
「待てない。ごめん」
「ま、って、って……っ、うあ、あ、ぁあ、あ……」

 一度出したばかりだというのに、シグルドのそれは俺が思わず驚くほどに固くなったままで。
 ごりごりと内壁を抉りながら奥まで突き入れられるから、俺はまた出さないまま達してしまう。

「っひ、ま、って……と、まって、って、ばぁ……」
「無理。腰上げて」
「むり、は、こっちの、っ……!あ、だ、だめ、だめそれ、そこ、押さなっ」

 おそらくは無意識に、俺の下腹部に手が伸びてきて。こっち、とと腰を支えられた。だけど、それは、腹の外側からも感じるところを押さえられてしまって。

「ん、ここ?」
「ひぁっ!」

 柔らかく、だけどそれなりの強さで、その場所を押されて。がくがくと足が震えて脱力してしまった。同時に、透明な水のようなものがぷしゃりと前から吹き出す。

「や、やだぁ……それ、だめ……おさな、っ、い、で……」
「やだっていうわりには……なんだこれ、潮吹いてる」
「お、ま、どこで、っ……そんな、のっ」
「いろいろ調べた。どうせなら気持ちよくなってほしいし」

 どうやら俺をぐずぐずにさせていたのは素質ではなく、勉強のたまものだったらしい。
 半分ほっとし、半分はいや何してんだと思ってみるも声には出せなかった。
 上からのしかかられるようにされ、反った背中に体温が触れる。その感覚にも、俺の体の中はひくひくと反応を返した。
 エディ、と低く唸る声。耳の裏からそれが吹き込まれ、また中に注がれる。逃げられないように両手を押さえつけられ、俺はシグルドの体の下で達する事しかできない。

「っ、あ……ひ、あぁ……」

 どうしようもなく感じてしまう体が。まるでもっと欲しいと強請るように、俺の意思の外側で揺れる。
 シグルドが求めてくれるのが嬉しい。俺の思考回路はもうそれだけで埋め尽くされて。
 もう一回、と言いながら抱き起され、向き合う形で上に乗らされ、突き上げられても拒否の言葉も浮かばなかった。

「ぅぁ、あぁ……あ、あぁ……」
「エディ」
「ん……ふ、ぁあ、ぁっ……」
「とろとろだな。気持ちいい?」
「ん、っ、う、ん……きもち、い……あたま、とけそ……」

 ゆさ、と動かされるたびに俺の前からは透明な液体がとぷりと流れて。
 それを確かめるみたいに、ゆっくりゆっくり動くから、無意識のうちに腰が揺れてしまう。

「や、やら……も、おなか、おさな……」
「もう押さないって……中から出てきちまうし。もっと、お前の腹の中いっぱいにしたい」

 下腹部を優しく撫でる手にも、びくびくと反応してしまって。
 ふ、と微笑んで言われた言葉に、また顔は熱くなった。

「な、いい……?ここ、俺のでいっぱいにしても」

 そのうえ、そんな。甘えるような表情と声音で言われたら、頷くことしかできやしない。
 結局そこからさらに三回出されて。最後の方はもう、俺が意識が保てなくなったところで、やっと解放されたのだった。
 


 話し声で目を覚ます。んん、と口から発して身じろぎしたつもりだったのに、声は出ないし体はこれっぽっちも動かない。

「ん、起きた?」
「…………し、ぐ」
「声枯れてんじゃん、ほれ水」

 それを差し出してくれたのはなぜかレスターだった。驚きながら受け取って、寝台に寝転がったまま器用に喉へと流す。
 いつ来たんだろう、と思うと同時に自分の今の状態を考え、起き上がれないことに気付いた。

「……シグ」
「大丈夫か?」

 眉を下げながらの問いに、首を横に振る。大丈夫だと思えるのか、という意味もこめて。
 だよなという声が返ってきて、今度はこくりと頷いて。それからもぞもぞと、口元まで毛布を引き上げた。寒いわけじゃないが、何しろ全裸だ。

「出直したほうがよくね?」
「いや、むしろ今の方がいいだろ。ちゃんと話できるし」

 なんだかよくわからないが、シグルドとレスターの間で何がしかの話をするらしい。首を傾げた俺の頭を優しく撫で、お前はそこにいていいから、とシグルドは言った。

「まぁ、いいならいいけどよ。なんつーか、本当……変わった人間だな」
「そうか?」
「普通、そいつや俺たちみたいなのとは関わり合いになりたがらねぇだろ」

 そうつぶやくようにこぼしたレスターの声は、何故か少し悲しそうに聞こえる。

「……仕方ないだろ。惚れてんだから」

 ぼそりと呟いたシグルドの声に、また全身の体温が上がるような気がした。
 俺がどんな顔をしていたのかはわからないけれど、シグルドの肩越しに目が合ったレスターが困ったように笑う。

「ほんっと、調子狂うわ」
「あ、待て見るな」
「独占欲かよ」
「悪いか」

 なんていうか、シグルドの吹っ切れっぷりがすごい。多分に呆れて、今までの自分が馬鹿馬鹿しくなる。
 
「……少し、俺たちのことを話そうと思って来たんだ。目的地までは、まだ時間あるだろ?」
「ああ」

 近くの椅子に腰を下ろしたレスターが言って、俺に背を向けた姿勢のシグルドが頷いた。

「そっちの……悪魔、には」
「エディ」
「……は?」
「こいつの名前。俺がつけたんだわ、エディキエルって。悪魔なんて呼ぶくらいなら、そう呼んでやってくれないか?」

 半分だけ振り返って、そこからでもわかるくらいの優しい笑みを浮かべて言う。
 
「……なんかほんと、馬鹿馬鹿しくなってくんな」
「えと……なんか……ごめん……」
「なんでお前が謝るんだよ」
「なんとなく……」

 俺の口をついて出た謝罪の言葉に、シグルドが茶々を入れた。
 だけどレスターは若干呆れた後に、俺もなんだわ、と笑う。

「俺も、名前もらったんだよ。アレクに」
「え、でも」

 俺の記憶が正しければ、二人ともが俺と同じだったように思える。
 不思議に思い、彼を見た。すると、目を細めて。

「……俺は、もともと……お前と同じ側だった。俺は単純に身体能力が人より優れていて……そして、人を殺して回っていた」
「いやおかしいだろ。悪魔、って言ったらエディのことで」
「ああ。俺はその眷属っていうか……要は後始末係みたいなもんだ。とはいえ、基本的には好き勝手やらしてもらってる」

 ぴくり、とシグルドの指先が動く。

「だけど、お前……エディキエルとは関係ない殺しを続けているうち、アレクに目をつけられた。彼らは正教会という組織に属し、俺のような下っ端の悪魔を狩ることを正義として活動している」
「……初めて、聞いた」
「エディキエルに関しては例外中の例外だからな」

 自嘲気味な笑みを浮かべ、レスターは息を吐いた。
 話の続きを待つ俺とシグルドに、彼は少しだけ視線を彷徨わせる。

「……それで……まぁ……何回か命のやりとりをしてる間に、気づいたら……その」
「あ、そういうこと……?」
「まぁ、なんつーか……お前らと同じ、っつったらいいのか」

 うっすら目尻のあたりを赤くし、照れ臭そうに頬を掻いた。それから、軽く咳払いをする。

「それはいーんだよ。で、本題な……もともと、あいつ……アレクは、人間だったんだ」
『は?』

 期せずして、俺とシグルドの声が重なった。

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