不運な俺の歩きかた。

あきら

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プロローグ

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 俺はとにかく不運だった。
 だから、目の前の光景もすぐには信じられなかった。やたら整った顔が、俺を心配そうに覗き込んでいる、今の光景を。

「大丈夫ですか?言葉はわかりますか?」

 顔がいい奴は声も綺麗なんだな、なんて馬鹿なことを考えながら、かくかくと頷く。
 すると、まるで少女漫画に出てくる主人公の相手みたいな顔立ちをした目の前の男は、光輝かんばかりの笑顔を浮かべた。やめてくれ、眩しさに消滅してしまうだろ。

「それでは、まず身支度を整えましょう。それから、王に謁見を」
「え?」

 なんて言った?王?現代日本にそんなのいない。いないと言えば、目の前で俺に伝わる言語を話す、藍色の髪に鳶色の目なんて特徴ある見た目の日本人もそうそういない。カラコンとかは別にして。

「……あのさ」
「はい?」
「ここ、どこ?」

 あまり良い答えが返っては来なさそうだな、と思いながらもさすがにそう尋ねずにはいられなかった。


◇◇◇


 重ねて言うが、俺は運が悪い。

 まず産まれてすぐ、黄疸で生死の境をさまよう。なんとか一命を取り留め、成長したものの離乳食でアレルギー発覚。
 それからも入院生活の写真は大量にあって、それで成長過程のアルバムが作れるくらいだ。
 入院の理由はいろいろ。幼稚園時代にはジャングルジムから落下したり、小学校にあがれば通学路でトラックに轢かれそうになり、避けた先で顔面に電柱がクリーンヒット。結局心配した親が送迎する始末。
 そして、当然周囲は腫れ物を扱うように俺に接するようになった。直接的なイジメはないものの、「西 直斗に関わると不運が移る」とされ友達もできやしない。

 それでも大人になって、周囲と一定の距離を保ちつつも親しくなることを覚えた。親友なんて呼べるような相手はいなかったけれど、恋をしたり誰かと付き合ったりもして。

「まあ結局最後はフラれるんだけどな」

 独り言でぼやく。鏡の前でネクタイを締めながらため息をついた。まさに昨日、そこそこ長く付き合っていた恋人にフラれたばかりだ。
 理由はいろいろあれど、毎回毎回フラれて終わり。多少慣れているのは事実だけれど、かといって辛さが無くなる訳でもない。
 はあ、ともう一度ため息をついてから朝食を済ませ、いつも通り会社へと向かうことにした。



 目の前のガラスには一枚の貼り紙がある。周囲はざわめき、見知った同僚はどこかに忙しなく電話をかけている。

「西くん!」
「佐久間さん……これ、本当なんですか……?」

 声をかけてくれたのは、俺なんかにもいつも優しい事務のおばさま佐久間さんだ。
 柔和な表情はなく眉をしかめ、わからないのよと彼女は言う。

「あたしも他の人も社長に連絡取れなくて」
「で、でも、昨日まで普通でしたよね?」
「……ええ。別に売上下がってたわけでもないし、会社自体は何の問題もなかったはずなんだけど」

 事務として会社の経理を請け負っていたのだから、それは本当なのだろう。言いながら、佐久間さんは張り紙に目をやった。つられて俺も、再度それを見る。

『弊社は本日付で倒産しました』

 そんな「冷やし中華始めました』みたいなノリで倒産されても。
 従業員はそれほど多くないけれど、みんな仲が良くて温かい職場だったのに。社長だって、よくご飯に連れていってくれたりした。

「ねえ西くん、いつまでもここでこうしてても仕方ないわ。あたし社長の知り合いとか親戚とか当たってみる」
「そ、そう、ですか」

 俺も、と言いたいところだったが口ごもる。何せ今までの経験から、人と一線を引いてしまう癖で社長の行先に心当たりがあるわけでもない。
 そんな俺の胸中を見透かしたように佐久間さんは笑った。

「だから、西くんはとりあえず一回帰っていいわよ。何かわかったらまた連絡するから」
「でも」
「気持ちだけもらっておくわね」

 それに、と声をひそめて続ける。

「なんだかいつもより疲れた顔、してるわよ。こっちは何とかするから少し休みなさい」

 う、と言葉に詰まった。フラれたこともいつものことだと思っていたけれど、案外ダメージは負っていたのかもしれない。
 ここにいても俺ができることがあるわけでもないし、と少しばかり言い訳じみた言葉で自分を納得させると、そうですね、と返した。

「すみません、ありがとうございます」
「いいのよ。それじゃ、お疲れ様。気をつけて」

 はい、と答えると佐久間さんはどこか安心したように微笑んだ。




 会社を離れ最寄りの駅に着くと、そこは異常にごった返していた。もともと人は多い駅ではあるが、普段の比じゃない。
 一体何事かと思いながらホームまで行けば、理由は簡単に判明した。人身事故だ。
 しかもどうやらそれだけでなく、駅に乗り入れている他の路線でも信号機の故障だかなんだかあったらしい。

「……すごいな。でもまぁ、そんなこともあるよな」

 そう思えるのは、こういう事態が初めてではないせいだ。というか、まあ、わりとある。
 人間、何にでも慣れるものだ。のんびり待っていればそのうち電車も来るだろう、と比較的人の波が薄手な場所を探した。
 
 人の間をすり抜けて行こうとすればするほど、ピリピリとした雰囲気が肌を刺す。みんな苛立っているのがよくわかって、それ自体は理解できるがこういう雰囲気は大の苦手だ。

「だからいつ動くんだって聞いてんだよ!」
「困るのよ電車こないと!遅刻しちゃうじゃない!」
「新幹線に間に合わなかったらどうしてくれるんだ!」

 そんなこと言っても何にもならないのに、といくつもの怒鳴り声を宥める駅員さんに同情した。
 とにかくもう少し離れよう。佐久間さんから電話があるかもしれないし。
 そう考えながら、揉め続けている人達から二歩離れた。

「お下がりください、まもなく電車がーー」

 嫌というほど聞き慣れたフレーズが流れる。動きだしたようで安心したが、この人波じゃ乗れるかどうか怪しいものだ。
 一本見送るか、この騒ぎが落ち着くまでどこかで時間を潰そうか。幸い駅ナカにもカフェくらいあるし、といくつかの考えが浮かぶ。
 考えながら、さて、と一歩踏み出した、はずだった。

「え?」

 ふわ、と妙な浮遊感が体を襲う。
 電車に乗ろうと流れる大量の人達に流され、自分がホームから弾き出されたことに気づいた。
 周囲の動きがやけにゆっくりとして見える。目が俺の意志とは関係なく、勝手に動いて横を見た。
 迫り来る電車。運転手の驚いた顔さえ、はっきりと認識できる。

 そして同時に悟った。俺の人生、不運なままに終わるのだ、と。

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