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「とりあえずもう少し離れてもらって」
「……そうですか……」
しょんぼりと垂れた犬の耳が見えるような気がしたが、ここは譲ってもらいたい。俺の心の安寧のために。
「あー……ごめん。悪いんだけど、もう一回説明してもらえる?」
「もちろんです、何度でも。ですが、いつまでもこんな薄暗い場所でお話を続けるのも少々無粋でしょう。付いてきていただけますか?」
「へ」
エレガントな仕草で差し出される手。それを包む、白い生地に綺麗な金の刺繍が施された手袋を、思わずぼんやり見つめてしまう。
ちら、と顔を伺い見れば、紛うことなき美形が柔和な笑みを称えて俺を見ていた。本当、心臓に悪い。
少しだけ間を置いて、出された手に自分のそれを重ねる。まるでそうすることが自然であるかのように、彼は柔らかく俺の手を握った。
五分ほどの時間をかけて連れて行かれたのは、色とりどりの花が咲き誇る庭園だ。
円状の、おそらく中庭の真ん中に華奢な骨組みの椅子とテーブルが一組あり、同じく華奢なデザインの屋根がそれを覆っている。
どうぞと促されるまま、引かれた椅子に落ち着かない気分で腰を下ろした。
「甘いものはお好きですか?」
「え、あ、はい」
「それはよかった」
言うが早いか、どこから現れたのかクラシカルな服装のメイドさんがテーブルの上をセッティングしていく。
あっという間に準備されたティーセットを、これまた勧められるがまま口をつけた。
「……おいしい」
「お口に合って何よりです。どうぞお好きに摘んでください」
軽くテーブルの上を見てみるも、カトラリー類は見当たらない。用意されている菓子は焼き菓子のようで、手で大丈夫なのだろうかと考えていると、合点がいったように対面の彼は頷く。
そして、ひとつ摘むとひょいと口に放り込んだ。どうやらそれは、彼の優しさだ。
目だけで礼を返し、同じように摘んで口に入れた。何のことは無い、アーモンド風味のクッキーだった。おいしい。
「まずは非礼をお詫びさせてください」
なんだろう、と首を傾げる。
「貴方の都合を無視し、我が国に召喚してしまいました」
「都合……」
言われて考える。俺が向こうーー日本で見た、最後の光景を。
あまりぞっとしない話だ。いいよ、と軽く手を振って気にしていない旨を伝えた。
「ありがとうございます。私はエイドリアス・フォン・ラクシア。簡単にエドとお呼びいただければ」
「じゃあ、お言葉に甘えます。俺は西 直斗」
「ナオト様ですね。そうお呼びしても?」
「……様付けは嫌かも」
「しかし」
「できれば敬語も投げ捨てて欲しい」
言って、またカップを傾ける。おいしい紅茶を喉に流し、エドの顔をちらりと見れば何やら苦悩の表情を浮かべていた。
「たぶん俺のほうが年下っぽいし」
「そんなことは問題ではないのですが……」
「俺にとってはけっこう問題。やめてくれないなら俺も敬語を使います」
「そんな、私などに」
「などとか言われても知りません」
そもそも、俺がなんでここにいるかもよくわからないのに、と拗ねてみせると今度は明らかに焦った顔になる。
そのよく変わる表情は、ただでさえ整っている彼をもっと魅力的に見せていた。
少しだけ視線を逸らした俺が焼き菓子をもうひとつ咀嚼し飲み込んでいる間に、どうやら覚悟を決めたように呻く。
「わ、わかりました、ナオト」
「敬語は?」
「それは、その、ご容赦ください……半分癖のようなものなので」
「そっか」
癖、とまで言われてしまえば仕方ない。あまり無理を言うのもかわいそうだ。
とりあえずいいよと頷けば、エドはほっと息を吐いた。
「ありがとうございます、ナオト。改めて、この国はアルフォリアと言います。今我々がいるのはその王都、ランドリス」
「王都?」
「国の中心地がここになります。そして、ランドリスの中でも主君たる王族が住まう城がこちらのフィアレーズ城」
「城?」
「はい」
「ここが?」
「はい」
紅茶を吹き出さなかっただけ褒めて欲しい。
その代わりに辺りを見回して、なるほどと納得しておく。
華奢なデザインのテーブル、椅子、屋根。すぐに準備されたティーセット。綺麗に手入れのされた、様々な花が咲き誇る庭。この庭を囲んでいる廊下にも、繊細な装飾が施されているのが見えた。
「なるほど……」
「ご理解いただけましたか?」
「えっと、まあ、うん。それで、俺は何のために呼ばれたわけ?」
「それはーー」
エドが何か言おうとした、まさにその時だ。彼の後ろ、建物の向こうで光の柱が立ち上がるのが見えた。
「っえ、な、なに?!なにあれ!」
「……まさか、あれは……なんと軽率なことを!」
「え、エド?」
「申し訳ありません、ナオト。こちらで少しだけお待ちいただけますか」
驚きに満ちていたエドの表情が真剣なものになり、俺をじっと見つめてくる。
そんな彼に拒否の言葉を返すことができるわけもなく、ただこくりと頷きを返した。
しばらく待ってはみたものの、時計もないのでどのくらいの時間が過ぎたのかわからない。
とっくに焼き菓子も紅茶もなくなってしまい、案の定暇を持て余してしまっていた。
「あ」
すると、どうやら紅茶の追加を持ってきてくれたらしいメイドさんと目が合った。
けしてキツい顔立ちではないが、キリっとした印象を受ける。きっと、自分の仕事に誇りを持っているのだろうことが俺にもわかった。
「失礼します」
「あ、ありがとうございます」
俺が礼を口にすると、彼女は少し驚いたようだった。けれどその空気は一瞬で引っ込み、僅かに微笑んだだけに留める。
「あの」
「はい?」
「向こう、何があるんですか?」
これ幸いと、光の柱が上がった方向を指差して聞いてみた。
すると彼女は確か、と前置きして続ける。
「光の木、というものがあると聞いております」
「光の木?」
「詳しくは、その……存じ上げないのですが」
「貴女が知っていることだけでも教えてもらえると助かります」
掛け値なしの本音だ。俺の言葉に、やっぱり少しだけ困ったような顔をしてから、彼女は続けた。
「なんでも、異世界から来られた神子様がお触れになると光を放つとか」
「へえ……その、神子っていうのは?」
「基本的に異世界から来られた方々はみな、神子と呼ばれています」
ということは、俺もそうなるのか。
そこまで聞いて、首を捻る。その光の木とやらが光ったということは、俺以外にも誰か来ていて、その人が木に触れた、とそういうことだろうか。
確かめたい。いったいどんな人がきたんだろう。
「あの、悪いんですけど」
「ナオト様。わたしたちにそのような物言いはご不要です」
「は、はい」
にこ、と微笑みながらも確実にその向こうに凄みを覗かせて言う。
「わたしはミオと申します。どうぞそのように」
「わ、わかりました」
「ナオト様?」
どうやら逆らうと怖そうだ。諦めの息を吐いた。
「ミオ、その光の木まで案内を頼める?」
「承知しました」
それはそれは綺麗なお辞儀と共に、ミオは答える。
こちらです、と廊下を先導する彼女の背中は、なんだか頼もしくすら思えた。
「……そうですか……」
しょんぼりと垂れた犬の耳が見えるような気がしたが、ここは譲ってもらいたい。俺の心の安寧のために。
「あー……ごめん。悪いんだけど、もう一回説明してもらえる?」
「もちろんです、何度でも。ですが、いつまでもこんな薄暗い場所でお話を続けるのも少々無粋でしょう。付いてきていただけますか?」
「へ」
エレガントな仕草で差し出される手。それを包む、白い生地に綺麗な金の刺繍が施された手袋を、思わずぼんやり見つめてしまう。
ちら、と顔を伺い見れば、紛うことなき美形が柔和な笑みを称えて俺を見ていた。本当、心臓に悪い。
少しだけ間を置いて、出された手に自分のそれを重ねる。まるでそうすることが自然であるかのように、彼は柔らかく俺の手を握った。
五分ほどの時間をかけて連れて行かれたのは、色とりどりの花が咲き誇る庭園だ。
円状の、おそらく中庭の真ん中に華奢な骨組みの椅子とテーブルが一組あり、同じく華奢なデザインの屋根がそれを覆っている。
どうぞと促されるまま、引かれた椅子に落ち着かない気分で腰を下ろした。
「甘いものはお好きですか?」
「え、あ、はい」
「それはよかった」
言うが早いか、どこから現れたのかクラシカルな服装のメイドさんがテーブルの上をセッティングしていく。
あっという間に準備されたティーセットを、これまた勧められるがまま口をつけた。
「……おいしい」
「お口に合って何よりです。どうぞお好きに摘んでください」
軽くテーブルの上を見てみるも、カトラリー類は見当たらない。用意されている菓子は焼き菓子のようで、手で大丈夫なのだろうかと考えていると、合点がいったように対面の彼は頷く。
そして、ひとつ摘むとひょいと口に放り込んだ。どうやらそれは、彼の優しさだ。
目だけで礼を返し、同じように摘んで口に入れた。何のことは無い、アーモンド風味のクッキーだった。おいしい。
「まずは非礼をお詫びさせてください」
なんだろう、と首を傾げる。
「貴方の都合を無視し、我が国に召喚してしまいました」
「都合……」
言われて考える。俺が向こうーー日本で見た、最後の光景を。
あまりぞっとしない話だ。いいよ、と軽く手を振って気にしていない旨を伝えた。
「ありがとうございます。私はエイドリアス・フォン・ラクシア。簡単にエドとお呼びいただければ」
「じゃあ、お言葉に甘えます。俺は西 直斗」
「ナオト様ですね。そうお呼びしても?」
「……様付けは嫌かも」
「しかし」
「できれば敬語も投げ捨てて欲しい」
言って、またカップを傾ける。おいしい紅茶を喉に流し、エドの顔をちらりと見れば何やら苦悩の表情を浮かべていた。
「たぶん俺のほうが年下っぽいし」
「そんなことは問題ではないのですが……」
「俺にとってはけっこう問題。やめてくれないなら俺も敬語を使います」
「そんな、私などに」
「などとか言われても知りません」
そもそも、俺がなんでここにいるかもよくわからないのに、と拗ねてみせると今度は明らかに焦った顔になる。
そのよく変わる表情は、ただでさえ整っている彼をもっと魅力的に見せていた。
少しだけ視線を逸らした俺が焼き菓子をもうひとつ咀嚼し飲み込んでいる間に、どうやら覚悟を決めたように呻く。
「わ、わかりました、ナオト」
「敬語は?」
「それは、その、ご容赦ください……半分癖のようなものなので」
「そっか」
癖、とまで言われてしまえば仕方ない。あまり無理を言うのもかわいそうだ。
とりあえずいいよと頷けば、エドはほっと息を吐いた。
「ありがとうございます、ナオト。改めて、この国はアルフォリアと言います。今我々がいるのはその王都、ランドリス」
「王都?」
「国の中心地がここになります。そして、ランドリスの中でも主君たる王族が住まう城がこちらのフィアレーズ城」
「城?」
「はい」
「ここが?」
「はい」
紅茶を吹き出さなかっただけ褒めて欲しい。
その代わりに辺りを見回して、なるほどと納得しておく。
華奢なデザインのテーブル、椅子、屋根。すぐに準備されたティーセット。綺麗に手入れのされた、様々な花が咲き誇る庭。この庭を囲んでいる廊下にも、繊細な装飾が施されているのが見えた。
「なるほど……」
「ご理解いただけましたか?」
「えっと、まあ、うん。それで、俺は何のために呼ばれたわけ?」
「それはーー」
エドが何か言おうとした、まさにその時だ。彼の後ろ、建物の向こうで光の柱が立ち上がるのが見えた。
「っえ、な、なに?!なにあれ!」
「……まさか、あれは……なんと軽率なことを!」
「え、エド?」
「申し訳ありません、ナオト。こちらで少しだけお待ちいただけますか」
驚きに満ちていたエドの表情が真剣なものになり、俺をじっと見つめてくる。
そんな彼に拒否の言葉を返すことができるわけもなく、ただこくりと頷きを返した。
しばらく待ってはみたものの、時計もないのでどのくらいの時間が過ぎたのかわからない。
とっくに焼き菓子も紅茶もなくなってしまい、案の定暇を持て余してしまっていた。
「あ」
すると、どうやら紅茶の追加を持ってきてくれたらしいメイドさんと目が合った。
けしてキツい顔立ちではないが、キリっとした印象を受ける。きっと、自分の仕事に誇りを持っているのだろうことが俺にもわかった。
「失礼します」
「あ、ありがとうございます」
俺が礼を口にすると、彼女は少し驚いたようだった。けれどその空気は一瞬で引っ込み、僅かに微笑んだだけに留める。
「あの」
「はい?」
「向こう、何があるんですか?」
これ幸いと、光の柱が上がった方向を指差して聞いてみた。
すると彼女は確か、と前置きして続ける。
「光の木、というものがあると聞いております」
「光の木?」
「詳しくは、その……存じ上げないのですが」
「貴女が知っていることだけでも教えてもらえると助かります」
掛け値なしの本音だ。俺の言葉に、やっぱり少しだけ困ったような顔をしてから、彼女は続けた。
「なんでも、異世界から来られた神子様がお触れになると光を放つとか」
「へえ……その、神子っていうのは?」
「基本的に異世界から来られた方々はみな、神子と呼ばれています」
ということは、俺もそうなるのか。
そこまで聞いて、首を捻る。その光の木とやらが光ったということは、俺以外にも誰か来ていて、その人が木に触れた、とそういうことだろうか。
確かめたい。いったいどんな人がきたんだろう。
「あの、悪いんですけど」
「ナオト様。わたしたちにそのような物言いはご不要です」
「は、はい」
にこ、と微笑みながらも確実にその向こうに凄みを覗かせて言う。
「わたしはミオと申します。どうぞそのように」
「わ、わかりました」
「ナオト様?」
どうやら逆らうと怖そうだ。諦めの息を吐いた。
「ミオ、その光の木まで案内を頼める?」
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それはそれは綺麗なお辞儀と共に、ミオは答える。
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