不運な俺の歩きかた。

あきら

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 ミオに案内されて辿り着いたのは、今までお茶を嗜んでいた中庭とよく似た場所だった。
 ただ、テーブルや屋根の類はない。花に囲まれた芝生の中に、折れてしまっま大きな木があるだけだ。

「……ミオ、あれが?」
「左様でございます」

 庭を臨む廊下から問いかけると、静かに答えが返ってくる。
 木の手前、結果として俺が指さしたその先には、エドを含め三人の姿があった。
 エドと、エドよりも少し背の低い後ろ姿の誰かが言い合っている。それを困った顔で忙しなく見ているのは、まだ少女と呼んで差し支えないくらいの女性だ。

「あれ?」

 その女性の服装に見覚えがあって、思わず声が出た。
 俺の声に気づいてか、彼女が振り返る。やっぱり俺よりも幼い顔立ちをした、大きな瞳が印象的な少女だった。
 何か言いたげなのが遠目にもわかったので、横のミオにちょっと待っててくれと言い残し庭へと降りる。

「ああ、やっぱり。氷川高校の制服だよねそれ」
「わかるんですか?!」
「俺、卒業生だから。って言っても、何年も前だけど」

 ぱっと明るい顔になった彼女に笑顔を返せば、そうですか、とどこかほっとしたように呟いた。
 俺の思ったことは正しかったみたいだ。母校の後輩に当たるだろう彼女もまた、ここに連れてこられてしまったのだろう。

「あの、わたし、鏑木 あやめって言います」
「俺は西 直斗。鏑木さんが現役なら、ひと回りくらいは違うかな」
「あ、あの、あの、西さん、も」
「たぶん鏑木さんと同じ、だと思うよ」

 ですよね、と小さく言って俯いた彼女の肩を安心させるように抱いたのは、知らない顔の男性だ。

「心配することはないよアヤメ。君が何不自由なく暮らせるようにしてあげるから」
「……で、殿下」
「そんなよそよそしい呼び方は止めてくれ。言っただろう?僕のことはトールと」

 なんとなく嫌な予感がして、ちらとエドのほうを見る。ため息が聞こえたような気がした。

「アヤメ、そなたが触れたこの木はあれほどまでの光を放った。それはつまり、アヤメこそが僕たちの求めた神子である証」
「で、ですが、トール」
「さあ詳しい話は僕の部屋でしよう。きてくれるね?」

 この『トール』と呼ばれたいらしい人の素性が俺の想像通りならば、口を挟める立場にないことがわかる。
 戸惑うあやめ嬢にかける言葉も即座に思いつくわけもなく、ひらりと手を振るのが精一杯だった。

「……すみません、ナオト」
「いやいいよ。で、あの人って」
「ナオトの予想が合っていると思いますよ」

 そんなもの、できれば当たって欲しくはないのだが。

「あの方はアルフォリアの王太子、トールディナル・フォリア・レスタルム様です」
「王太子?」
「王位継承権現在で第一位の、要は王子様、ですね」

 そんな気はしていたので、エドの顔を数秒見つめた後に深く息を吐く。

「ずいぶんな王子様だな」
「その、申し訳ありません……トール様に悪気はないのですが」
「悪気なく気分悪いことをするやつはシンプルに性格が悪いってことになるけどいいわけ?」
「い、いやけして、そんなつもりでは、その」

 少しだけエドをからかった言葉に思ったよりも慌てられて、思わず笑ってしまって。
 ごめんな、と軽く手で示すと、彼は苦笑を返した。

「悪いやつじゃないのはわかるよ。とはいえ無視されんのもそんなに気持ちいいもんでもないけど」
「少しばかり、直情的なところがありまして……父君である現王も、やや手を焼いていらっしゃるのが現状です」
「あー、まあ、なんとなくわかるその感じ」

 悪気がないだけに、周囲は手を焼いているんだろう。短時間顔を合わせただけだが、なんとはなしに想像がつく。

「で、それが光った木?」
「ええ。私は……止めたのですが」
「なんで?異世界からきた神子なら光るんだろ?」

 俺の言葉にエドが視線をミオに送った。ほんの少しだけバツの悪そうな表情を浮かべた彼女だったが、それもすぐに無表情に戻る。

「確かに、神子が触れれば光ります。ですが、光の強さはそれぞれ異なるので」
「何か問題あるのか?」
「……その、まあ、いろいろと」

 答えを濁されて良い気はしないが、何やら説明できない事情がありそうなことはエドの顔を見れば理解できた。
 この国にはこの国の常識や理由があるのだろうし、それを他所からきた俺がなんだかんだと言うのはおかしな話だ。

「俺が触っても光るのかな」
「おそらく。触ってみますか?」

 エドの言葉に軽く首を捻る。それから、否定の意を返した。

「やめとく」
「なぜ、と聞いても?」
「光らせてた王子様を止めてた側が聞くのかよ」

 苦笑を乗せれば、至極真面目な目がこちらを見つめてくる。それはあまりに真っ直ぐで、からかいを含んだ答えを軽く謝罪した。

「ごめん。ただ俺が触った結果がどうであれ、その後のこと考えると良い方向にはいかないだろうなと思って」
「そんなことは……」
「エドがどうこうじゃなくてさ」

 きっと彼は何一つ変わりはしないだろう。けれど問題はそこではない。

「光が弱かったら弱かったで、エドの立場もあんまり良くないし。俺自身の身の振り方も微妙、弱かったからってハイ自由ですよとはなんないだろ」
「……では、強かったら?」
「それをあの王子様が認めるとも思えないし?それに、万が一認めたらあの子はどうなるんだよ。俺以上に生きにくいじゃん」
「その場合は、元の世界にお帰りいただくことも」
「できるの?!」

 驚いた俺にさらに驚いて、だけど確かに彼は頷いた。

「こちらに呼ばれたその瞬間に戻ることにはなりますが」
「……え」

 言われて反射的に思い出す。
 俺の、「向こう」での最後の光景。ホームから線路に弾き出され、自分目がけて近づてくる電車と、衝撃を全力で表したような運転手の顔。
 その瞬間に「戻る」なんて、正直あまり考えたくはなかった。

「……俺にその選択肢ないなぁ」
「そうなのですか?」
「うん」

 戻れば死ぬだけだ。それよりは、せっかく今ここで助かっているわけなのだし、もっと生きていきたい。
 そんなことを考えていると、エドが優しく微笑んだ。

「では、ナオトは帰らないのですね」
「うん、まあ。帰ったところで、だし。別に贅沢とか豪華とかそういうのいいから、普通に生活したい」
「神子に不自由な生活などさせるわけありませんよ」
「どうだか?」

 何しろ、俺には目もくれなかった王子様だ。

「まあ、どっちにしたって俺は城暮らしなんかする気もないから。エドに迷惑はかけないようにするよ」
「迷惑などと、そんな」
「ラクシア卿」

 俺とエドの会話に、ミオが割って入る。ほとんど同時に彼女を見ると、優雅な動きで一礼した。

「そろそろ、陛下のところへ向かわれた方がよろしいかと」
「……ああ、ありがとう」

 そういえば、と二人の会話を聞いて思い出す。
 王に会いに行かなくては、とエドが言っていたことを。

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