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よ、と小さく声を発して、樹の方に倒れこむように体重をかける。
ベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。ぽすん、と転がった樹を見下ろす俺の視界の端で、寄せられた荷物が静かに主張している。
「ちょっと待ってな」
「う、うん……?」
いまいち状況を把握できていないような顔と声。ベッドから下りて、荷物の方に向かう俺の背中に、不思議そうな視線が向けられているのを感じた。
「これ、どっちが樹のでどっちが楓の?」
「え、っと、そっちの白いほうが樹」
「こっちのスーツケースだな。他に楓の荷物ってあんの?」
「俺と共同っていうか、共有でそっちのボストンバックもだよ」
「中見てもいい?なんかないと困るもんとかある?」
樹に背を向けたまま問うと、少しの間のあとたぶん大丈夫、という返事が聞こえた。
「アメニティ的なもの、詰めてあるだけだから。俺らが使ってる奴より、よっぽどいいの置いてあるし……あとは楓のメイク用具」
「じゃあこれも渡して平気だな」
「え?」
俺の独り言に対する疑問符には答えを返さず、白いスーツケースと茶色のボストンバッグを手に、扉を開ける。
そして宣言通り、楓の荷物を廊下に出すと改めて扉を閉め、鍵をかけた。
「え、ちょ、なに?なにしてんの?」
「楓の荷物、出しとくからって言っといた。部屋変わってもらうつもりで」
「はぁ?!」
がば、と跳ね起きた樹の元に戻り、両足を跨ぐように乗っかると、わずかに肩が跳ねたのがわかる。
「っ、ちょっと、え、な、ほん、き?」
「本気も本気。好きだって言ってんだろ」
はだけた浴衣の合わせ目から手を突っ込んで、細い足を撫でた。
戸惑いを色濃く乗せた目が、忙しなく泳いでいる。震える手が俺の服を掴むから、逆効果だと笑った。
「樹」
「ひゃ、いっ」
「なんだそれ、かわいいな」
外れた音の返事すらかわいい。ちゅ、と音を立てて頬に唇で触れると、見る見るうちにそこが赤く染まっていく。
「何もしねーよ、今はまだ。ちゃんと、お前の気持ちを言葉で聞きたいだけ」
「あ、う」
「教えて?俺のこと、どう思ってんの?」
答えの解っている問いを繰り返した。樹の指先に力が入って、軽く服を引かれる。
「お、おれ……っ」
唇も震わせて、だけどその先の言葉はなかなか出てきてくれない。じわりと浮いた涙に、何かきっかけがないと難しそうだと考えた。
ちょっと荒療治でも試してみようか、と悪い考えが頭に浮かぶ。
樹、と囁いて。起き上がっていたその体を、再度ベッドに押し倒した。
「な、なな、なにも、しない、って」
「んー。ちょっとだけ」
「え、あ、んんっ」
足の内側を軽く撫でる。
その感触だけで、全身を震わせて。自分からこぼれる声に、驚いた顔をして俺を見た。
「だ、だめ、おれ、変なこえ、でる」
「別に変じゃねーって。もっと聞きたい、聞かせて」
「っあ、や、ま、って、やだぁっ」
するすると、肌の感触を確かめるように足や腹、二の腕なんかを触っていく。
俺の手のひらに反応して甘い声を落とす樹が、かわいくて。エスカレートしそうなのを必死に堪えた。
「やだ?」
「ん、っう……や……こわ、い」
「そっか。ゆっくりな」
「そ、ういう問題、じゃっ」
ぺた、と。手のひらを大きくくっつけて、動かさずに待つ。
互いの体温が重なって、移っていくような感覚。じわりとそこから俺が広がっていけばいいのになんて思いながら、樹の額に唇で触れた。
「俺のこと好き?」
「っ、な」
「言って。聞きたい」
睫毛が小さく震える。
俺を伺う黒目に見える境界線。無機物のそれになんだか誇らしくさえ思えて、その目尻にも唇を落とした。
「言ってよ」
「け、いとっ」
俺を呼ぶ唇に、自分のそれを重ねる。
抵抗が少ないのをいいことに、引っ込む舌を絡め水音を立てて吸い上げた。
「ん、んう、ぅっ」
合わせた口の隙間から、小さな声が漏れる。
「あ、はぅ、う……」
悩ましい息と、俺の服を掴んだままの指先にも煽られて。だけど、どうしても聞きたいから、また言ってよと強請る。
「……言ってくれないなら、やらしいことする」
冗談めかした俺の言葉に、樹はすっと目を逸らし、赤い顔をしてつぶやいた。
「じゃ、じゃあ……いわ、ない」
「え?」
思わず聞き返す。
口元を自分の腕で覆い、俺の視線から逃げるように顔を横に向けて。
「……そ、れな、ら……いわ、ない……」
隠してたってわかるほどに真っ赤な顔をして、そんなことを言うから、俺の喉がごくりと音を立てる。
「っ、お前」
「し、しない、の……?」
「何されるかわかって言ってんのかよ」
欲情を必死に押し込めて、静かに問いかけると、拗ねたように唇を尖らせた。
「……しら、べた。その、え、っと……そう、なったら、いいのに、って……」
最後の方はもうぼそぼそとして聞き取るのが難しいほどに小さな声で。
でも俺の耳に届いてしまったそれに、息を吐いて天井を仰ぐ。
「いや、ちょっと、ちょっと待て。いくらなんでもそんな性急にすること」
「圭人は、した、くない、の……?」
「したい」
しまった。ほとんど脊髄反射のように答えると、くす、と笑う音が聞こえる。
いいよ、と小さな唇が告げた。
なんでそんな誘いができて、好きの一言が言えないんだと呆れつつも、据え膳を御預けするほど枯れてない。
浴衣の帯に手をかけ、静かに解いていく。羞恥にか期待にか、樹の足が震えた。
「ちょっと!!圭人!樹!」
その瞬間、けたたましいノックの音が響いて、廊下から楓の声が聞こえる。
さすがの声量だ。だんだんだんと止まる気配のないノックに、扉が壊されそうだと苦笑して樹から離れた。
「んだよ」
「お前なぁ!ほんとに荷物出すとか思わないだろ!何してんだ!」
「ちょっと楓、落ち着きなって」
もう、と怒る楓の後ろには、眉を八の字に下げた智にぃもいる。
ごめんね、と手で合図され、ああこの人はだいたいお見通しなんだろうなと俺も小さく笑った。
「入るぞ!入るからな!」
「あ」
「っ、楓?!ちょ、っと、ちょっと待って!」
細く開けた扉に爪先を差し入れ、ぎゃんぎゃんと喚く楓が無理やり部屋の中に入ってくる。
慌てたのは俺よりも樹のほうで、何しろベッドの上で浴衣の帯は解かれ、あられもなくはだけたそれを羽織っているにすぎない格好だ。
「っ、信じらんねぇ!出てけ!このけだものー!」
「ちが、違うんだって!楓!落ち着いてってば!」
このまま俺がこの部屋にいると、手当たり次第に物を投げつけられそうだったので、樹に軽く手で謝ってから、巻き添えにした智にぃともども双子の部屋から追い出されることにした。
はい、と差し出されたコーヒーを一口飲む。
「ちゃんと樹が説明してくれると思うけど、僕からも楓には言っとくから」
「そーしてもらえると助かるわ……」
「あはは、まあ、楓だしね。話せばわかってくれるよ」
それは俺もよくわかっているので、笑いながら頷いた。
「僕たちも一緒の部屋にする?」
「なんでだよ……」
冗談に苦笑いで返す。
そういえば、と思って。俺と同じようにコーヒーを飲む智にぃに問いかけた。
「で、そっちはまとまったんだろうな?」
「まぁ、一応……って、ねぇ、僕、楓のことが好きだって話したっけ?」
「見りゃわかるっつの。あんな顔してこめのこと見てるくせに、隠し通せてると思ってんのかよ」
どんな顔さ、とぼやく。
「大事で大事で仕方ないって顔。樹に向けるのは、大事だって顔」
「……嘘ぉ」
「本当。樹のことも好きだし大事なんだろうけど、それよりももっと楓が好きで大事って顔してた」
おおよそ動揺なんてしなさそうな、澄ました顔が少しだけ赤くなった。
にや、と笑えば、君の気のせいじゃないの、なんて言い返してくる。
「気のせいかもしんないけど、外れてはねーらじゃん?」
「うう……今までバレてないと思ってたのに……結局樹にもバレてるし」
「そりゃあ、楓は気づかないだろうな。自分がどんな顔で見られてんのかなんて、確認できねーんだから」
自分に向けられる彼の表情と、片割れに向けられるそれが、どう違うかなんてわかりゃしないだろう。樹のほうはわかってたみたいだけど。
「俺は三人とは違うから」
言いながら、またコーヒーを喉に流す。
知らず知らずのうちに自虐的な言い方になっていたのか、智にぃが眉を寄せた。
「別にそれは仕方のないことだし、だからどうってこともねーんだ。だけど、違うからこそわかるってこともあるからさ――楓にも言ったけどな」
「っ、年上を、からかわないでよね」
悪い、と笑って言えば、苦笑が返ってきて。俺と同じようにマグカップを傾ける指先が、すらりとしていることに気付く。
「……智にぃがこめのこと、好きでよかったわ」
「なんでさ」
「正直、俺は樹が智にぃのことを好きなんだと思ってたから」
ごほ、とむせる音。かろうじてマグカップの中に吹き出したらしく、咳込む程度の被害で済んだ。
苦しさによる涙目が、俺をじろりと睨む。
「智にぃが樹のことをどう思ってんのかわかんなかったから、今までちょっと遠慮はしてた」
「遠慮?どこが?」
「俺的にはしてたんだって」
思い切り疑いの声音で言われて頬を掻く。
「俺は樹が好きだけど、あいつには笑ってて欲しいから。樹が智にぃを好きで、智にぃも樹のことが好きなら、それはもう俺の入る隙間なんかねーじゃん。そんときは、いい友達でいようって思ってた」
「……とてもそうは思えないんだけど」
「だってそれは、智にぃが樹じゃなく楓を好きなんだって気づいたからですけど。さっき」
「さっきなんだ?!」
「二人がこう、くっついてるとき、あんた、楓しか見てねェんだもん」
う、と言葉に詰まるから、笑ってコーヒーを空にした。リビングのソファーから立ち上がり、カウンターキッチンの流しに空のマグカップを置く。
「さて、朝飯は何がいいやら」
「買ってきたものもまだあるから、テキトーに作ろっか」
「智にぃ、料理できんだ?」
「まぁそれなりには。圭人くんは?」
「あんまりやらないけど、できなくはない、かな。普通に唐揚げとか作る」
「意外」
冷蔵庫を開けた俺の近くまで来た智にぃも、その中を覗きこみながら空のカップを流しへ移動させた。
「意外?」
「家事とかしたことなさそう」
「いやけっこうやらされてる。つか、掃除とかは俺が好きでやってるとこあるし」
そんな他愛もない話をしながら、冷蔵庫の中のビールが目について。
飲み直そうかどうしようか迷っていると、階段を下りてくる足音がする。
「樹」
「楓」
双子は同じように眉を寄せ、俺たちを見ながら階段を降り切った。
「知らない間に仲いいな」
「朝飯迷ってた。何がいいかと思って」
「楓、着替えちゃったんだ?」
「当たり前だろ……」
樹が俺のほうにきて、楓が智にぃのほうに行って。
もう浴衣姿ではなくなった二人は、顔を見合わせ少しだけ気まずそうに笑う。
「圭人、ごめん」
「いいって別に。気にすんなよ」
「……その、ちゃんと、話した、から」
楓が言えば、樹が補足した。そういえば、と楓と智にぃを横から見て思う。
「そっちは?」
「は?」
「智にぃと楓がくっついたことは」
数秒の沈黙。
それから、爆発しそうなほど楓が顔を真っ赤にし、忘れてた、と智にぃがつぶやいた。
「どういうこと?!」
二人に詰め寄る樹の背中を苦笑交じりに眺める。
そして俺は改めて、あの日樹の曲を聞けたことと、樹を見つけられたこと。なにより、この三人と出会えた幸運に感謝するのだった。
ベッドのスプリングが軋んだ音を立てた。ぽすん、と転がった樹を見下ろす俺の視界の端で、寄せられた荷物が静かに主張している。
「ちょっと待ってな」
「う、うん……?」
いまいち状況を把握できていないような顔と声。ベッドから下りて、荷物の方に向かう俺の背中に、不思議そうな視線が向けられているのを感じた。
「これ、どっちが樹のでどっちが楓の?」
「え、っと、そっちの白いほうが樹」
「こっちのスーツケースだな。他に楓の荷物ってあんの?」
「俺と共同っていうか、共有でそっちのボストンバックもだよ」
「中見てもいい?なんかないと困るもんとかある?」
樹に背を向けたまま問うと、少しの間のあとたぶん大丈夫、という返事が聞こえた。
「アメニティ的なもの、詰めてあるだけだから。俺らが使ってる奴より、よっぽどいいの置いてあるし……あとは楓のメイク用具」
「じゃあこれも渡して平気だな」
「え?」
俺の独り言に対する疑問符には答えを返さず、白いスーツケースと茶色のボストンバッグを手に、扉を開ける。
そして宣言通り、楓の荷物を廊下に出すと改めて扉を閉め、鍵をかけた。
「え、ちょ、なに?なにしてんの?」
「楓の荷物、出しとくからって言っといた。部屋変わってもらうつもりで」
「はぁ?!」
がば、と跳ね起きた樹の元に戻り、両足を跨ぐように乗っかると、わずかに肩が跳ねたのがわかる。
「っ、ちょっと、え、な、ほん、き?」
「本気も本気。好きだって言ってんだろ」
はだけた浴衣の合わせ目から手を突っ込んで、細い足を撫でた。
戸惑いを色濃く乗せた目が、忙しなく泳いでいる。震える手が俺の服を掴むから、逆効果だと笑った。
「樹」
「ひゃ、いっ」
「なんだそれ、かわいいな」
外れた音の返事すらかわいい。ちゅ、と音を立てて頬に唇で触れると、見る見るうちにそこが赤く染まっていく。
「何もしねーよ、今はまだ。ちゃんと、お前の気持ちを言葉で聞きたいだけ」
「あ、う」
「教えて?俺のこと、どう思ってんの?」
答えの解っている問いを繰り返した。樹の指先に力が入って、軽く服を引かれる。
「お、おれ……っ」
唇も震わせて、だけどその先の言葉はなかなか出てきてくれない。じわりと浮いた涙に、何かきっかけがないと難しそうだと考えた。
ちょっと荒療治でも試してみようか、と悪い考えが頭に浮かぶ。
樹、と囁いて。起き上がっていたその体を、再度ベッドに押し倒した。
「な、なな、なにも、しない、って」
「んー。ちょっとだけ」
「え、あ、んんっ」
足の内側を軽く撫でる。
その感触だけで、全身を震わせて。自分からこぼれる声に、驚いた顔をして俺を見た。
「だ、だめ、おれ、変なこえ、でる」
「別に変じゃねーって。もっと聞きたい、聞かせて」
「っあ、や、ま、って、やだぁっ」
するすると、肌の感触を確かめるように足や腹、二の腕なんかを触っていく。
俺の手のひらに反応して甘い声を落とす樹が、かわいくて。エスカレートしそうなのを必死に堪えた。
「やだ?」
「ん、っう……や……こわ、い」
「そっか。ゆっくりな」
「そ、ういう問題、じゃっ」
ぺた、と。手のひらを大きくくっつけて、動かさずに待つ。
互いの体温が重なって、移っていくような感覚。じわりとそこから俺が広がっていけばいいのになんて思いながら、樹の額に唇で触れた。
「俺のこと好き?」
「っ、な」
「言って。聞きたい」
睫毛が小さく震える。
俺を伺う黒目に見える境界線。無機物のそれになんだか誇らしくさえ思えて、その目尻にも唇を落とした。
「言ってよ」
「け、いとっ」
俺を呼ぶ唇に、自分のそれを重ねる。
抵抗が少ないのをいいことに、引っ込む舌を絡め水音を立てて吸い上げた。
「ん、んう、ぅっ」
合わせた口の隙間から、小さな声が漏れる。
「あ、はぅ、う……」
悩ましい息と、俺の服を掴んだままの指先にも煽られて。だけど、どうしても聞きたいから、また言ってよと強請る。
「……言ってくれないなら、やらしいことする」
冗談めかした俺の言葉に、樹はすっと目を逸らし、赤い顔をしてつぶやいた。
「じゃ、じゃあ……いわ、ない」
「え?」
思わず聞き返す。
口元を自分の腕で覆い、俺の視線から逃げるように顔を横に向けて。
「……そ、れな、ら……いわ、ない……」
隠してたってわかるほどに真っ赤な顔をして、そんなことを言うから、俺の喉がごくりと音を立てる。
「っ、お前」
「し、しない、の……?」
「何されるかわかって言ってんのかよ」
欲情を必死に押し込めて、静かに問いかけると、拗ねたように唇を尖らせた。
「……しら、べた。その、え、っと……そう、なったら、いいのに、って……」
最後の方はもうぼそぼそとして聞き取るのが難しいほどに小さな声で。
でも俺の耳に届いてしまったそれに、息を吐いて天井を仰ぐ。
「いや、ちょっと、ちょっと待て。いくらなんでもそんな性急にすること」
「圭人は、した、くない、の……?」
「したい」
しまった。ほとんど脊髄反射のように答えると、くす、と笑う音が聞こえる。
いいよ、と小さな唇が告げた。
なんでそんな誘いができて、好きの一言が言えないんだと呆れつつも、据え膳を御預けするほど枯れてない。
浴衣の帯に手をかけ、静かに解いていく。羞恥にか期待にか、樹の足が震えた。
「ちょっと!!圭人!樹!」
その瞬間、けたたましいノックの音が響いて、廊下から楓の声が聞こえる。
さすがの声量だ。だんだんだんと止まる気配のないノックに、扉が壊されそうだと苦笑して樹から離れた。
「んだよ」
「お前なぁ!ほんとに荷物出すとか思わないだろ!何してんだ!」
「ちょっと楓、落ち着きなって」
もう、と怒る楓の後ろには、眉を八の字に下げた智にぃもいる。
ごめんね、と手で合図され、ああこの人はだいたいお見通しなんだろうなと俺も小さく笑った。
「入るぞ!入るからな!」
「あ」
「っ、楓?!ちょ、っと、ちょっと待って!」
細く開けた扉に爪先を差し入れ、ぎゃんぎゃんと喚く楓が無理やり部屋の中に入ってくる。
慌てたのは俺よりも樹のほうで、何しろベッドの上で浴衣の帯は解かれ、あられもなくはだけたそれを羽織っているにすぎない格好だ。
「っ、信じらんねぇ!出てけ!このけだものー!」
「ちが、違うんだって!楓!落ち着いてってば!」
このまま俺がこの部屋にいると、手当たり次第に物を投げつけられそうだったので、樹に軽く手で謝ってから、巻き添えにした智にぃともども双子の部屋から追い出されることにした。
はい、と差し出されたコーヒーを一口飲む。
「ちゃんと樹が説明してくれると思うけど、僕からも楓には言っとくから」
「そーしてもらえると助かるわ……」
「あはは、まあ、楓だしね。話せばわかってくれるよ」
それは俺もよくわかっているので、笑いながら頷いた。
「僕たちも一緒の部屋にする?」
「なんでだよ……」
冗談に苦笑いで返す。
そういえば、と思って。俺と同じようにコーヒーを飲む智にぃに問いかけた。
「で、そっちはまとまったんだろうな?」
「まぁ、一応……って、ねぇ、僕、楓のことが好きだって話したっけ?」
「見りゃわかるっつの。あんな顔してこめのこと見てるくせに、隠し通せてると思ってんのかよ」
どんな顔さ、とぼやく。
「大事で大事で仕方ないって顔。樹に向けるのは、大事だって顔」
「……嘘ぉ」
「本当。樹のことも好きだし大事なんだろうけど、それよりももっと楓が好きで大事って顔してた」
おおよそ動揺なんてしなさそうな、澄ました顔が少しだけ赤くなった。
にや、と笑えば、君の気のせいじゃないの、なんて言い返してくる。
「気のせいかもしんないけど、外れてはねーらじゃん?」
「うう……今までバレてないと思ってたのに……結局樹にもバレてるし」
「そりゃあ、楓は気づかないだろうな。自分がどんな顔で見られてんのかなんて、確認できねーんだから」
自分に向けられる彼の表情と、片割れに向けられるそれが、どう違うかなんてわかりゃしないだろう。樹のほうはわかってたみたいだけど。
「俺は三人とは違うから」
言いながら、またコーヒーを喉に流す。
知らず知らずのうちに自虐的な言い方になっていたのか、智にぃが眉を寄せた。
「別にそれは仕方のないことだし、だからどうってこともねーんだ。だけど、違うからこそわかるってこともあるからさ――楓にも言ったけどな」
「っ、年上を、からかわないでよね」
悪い、と笑って言えば、苦笑が返ってきて。俺と同じようにマグカップを傾ける指先が、すらりとしていることに気付く。
「……智にぃがこめのこと、好きでよかったわ」
「なんでさ」
「正直、俺は樹が智にぃのことを好きなんだと思ってたから」
ごほ、とむせる音。かろうじてマグカップの中に吹き出したらしく、咳込む程度の被害で済んだ。
苦しさによる涙目が、俺をじろりと睨む。
「智にぃが樹のことをどう思ってんのかわかんなかったから、今までちょっと遠慮はしてた」
「遠慮?どこが?」
「俺的にはしてたんだって」
思い切り疑いの声音で言われて頬を掻く。
「俺は樹が好きだけど、あいつには笑ってて欲しいから。樹が智にぃを好きで、智にぃも樹のことが好きなら、それはもう俺の入る隙間なんかねーじゃん。そんときは、いい友達でいようって思ってた」
「……とてもそうは思えないんだけど」
「だってそれは、智にぃが樹じゃなく楓を好きなんだって気づいたからですけど。さっき」
「さっきなんだ?!」
「二人がこう、くっついてるとき、あんた、楓しか見てねェんだもん」
う、と言葉に詰まるから、笑ってコーヒーを空にした。リビングのソファーから立ち上がり、カウンターキッチンの流しに空のマグカップを置く。
「さて、朝飯は何がいいやら」
「買ってきたものもまだあるから、テキトーに作ろっか」
「智にぃ、料理できんだ?」
「まぁそれなりには。圭人くんは?」
「あんまりやらないけど、できなくはない、かな。普通に唐揚げとか作る」
「意外」
冷蔵庫を開けた俺の近くまで来た智にぃも、その中を覗きこみながら空のカップを流しへ移動させた。
「意外?」
「家事とかしたことなさそう」
「いやけっこうやらされてる。つか、掃除とかは俺が好きでやってるとこあるし」
そんな他愛もない話をしながら、冷蔵庫の中のビールが目について。
飲み直そうかどうしようか迷っていると、階段を下りてくる足音がする。
「樹」
「楓」
双子は同じように眉を寄せ、俺たちを見ながら階段を降り切った。
「知らない間に仲いいな」
「朝飯迷ってた。何がいいかと思って」
「楓、着替えちゃったんだ?」
「当たり前だろ……」
樹が俺のほうにきて、楓が智にぃのほうに行って。
もう浴衣姿ではなくなった二人は、顔を見合わせ少しだけ気まずそうに笑う。
「圭人、ごめん」
「いいって別に。気にすんなよ」
「……その、ちゃんと、話した、から」
楓が言えば、樹が補足した。そういえば、と楓と智にぃを横から見て思う。
「そっちは?」
「は?」
「智にぃと楓がくっついたことは」
数秒の沈黙。
それから、爆発しそうなほど楓が顔を真っ赤にし、忘れてた、と智にぃがつぶやいた。
「どういうこと?!」
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漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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