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じと、とした目が僕を見ている。
とりあえず誤魔化してみようかと視線をあさっての方向にやり、下手な口笛など吹いてみるけれど効果なし。じっとりした視線は、僕の頬に突き刺さったままだ。
「今正直に言うなら許す」
それどっちにしたって怒られるやつだよね、なんて思いながら。
僕はうっかり口を滑らせたことを、いまさらながら後悔している。
ことの発端は、樹が持って帰ってきたシャンプーとトリートメント、コンディショナーのセットだった。
「おかえり」
「おかえりー。あれ、何持ってんの?」
「圭人がくれた」
僕が当然のように、楓の家のリビングで課題を見ていてあげたところに帰ってきた樹が、何やら袋をその場に置く。
ちょうど一息いれようか、と思ったところだったので、ソファーに腰を下した樹に楓が寄っていくのを苦笑しながら見た。
「なんだよ課題やってたんじゃねぇの」
「休憩だって。なにもらってきたの?」
すっかり垢抜けて、眼鏡のない顔にも慣れた樹が、同じ顔をした楓の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら笑う。
「髪の毛痛んできたって言ったらさぁ、もらい物だけど自分じゃ使わねぇからってくれた」
「出していい?」
「いいよ。ダメって言ったって出すだろどうせ」
なんだよ、なんて言いながらも、言われた通り袋の中身をがさごそと引っ張り出すから、僕も僕で樹と顔を見合わせ笑った。
「一式あんじゃん」
「あとヘアマスクだって。使ったことないからよくわかんないんだけど、楓知ってる?」
「あー、カラーリングとかパーマとかしたときとか、あと痛んでるときに集中的に使う、強力なトリートメントみたいなもんだよ」
「なるほど」
二人でわいわい言いながら、圭人からもらったという袋の中身をテーブルに並べ始める。
どうやらなかなかの高級品のようだ。スタイリッシュなボトルに刻まれている英字を、難しい顔をした双子が覗き込んでいた。
「智にぃ、これ読める?」
「ん?見せて」
不意にこちらへ水を向けられたので、こめちゃんが差し出したボトルを手に取る。見覚えのある文字の羅列に、少し昔のことを思い出しながら答えた。
「フランス語だねぇ。綺麗とか美しいとかそんな意味だと思うよ」
「さすが智にぃ」
「フランス語なんか知ってるんだ?授業取ってたっけ?」
「いや、取ってないけど。学生自体バイト先のお客さんが同じところの」
そこまで言って、はっと口をつぐむ。
「バイト先?」
「お客さん?」
だけど気づいたときにはすでに遅く。同時に言った双子は首を傾げ、それから並べられたヘアケアのセットを見て。
「……なぁ、樹。これ圭人からもらったんだよな?」
「うん。もらったけど、自分の髪質には合わないからって俺にくれた」
「誰からもらったとか聞いた?」
「どこぞの社長さんって聞いたよ。お父さんの仕事関係の。やり手の女社長さんで、美容関係のお店いくつも持ってるって」
すさまじい量の冷や汗が僕の背中を伝った。
樹の言葉に、ふぅん、と言って楓が僕を見る。
「で、智にぃ。智にぃの元バイト先ってどこ?」
「え、いや、その、それは」
「セレブな女社長さんが使うようなヘアケアセット使うお客さんがくる、バイト先ってどんなとこ?」
ごめんね巻き込んで、と言う俺に圭人が笑った。
「いや全然。こういうのも楽しいし」
「うう……僕の馬鹿……なんでつるっと言っちゃったんだろう」
「意外と抜けてるよな智にぃ」
「うるさいよ」
毒づいてみるものの、場所を貸してもらっている以上感謝しかない。軽くため息をついて彼を見ると、仕方ないよな、と苦笑いを浮かべた目があった。
「楓に言われたんじゃ逆らえねーわ」
「それは僕のほうがよくわかってます」
「でも全然知らなかった。まさか智にぃが学生時代ホストのアルバイトしてたとは」
「うううう」
両手で顔を覆って俯く。
僕が双子にひた隠しにしてきたその過去を、よもや圭人の貢物によって自分の口から暴露してしまうことになるなんて。
「で、怒られたんだ?」
「怒るっていうか、なんていうか。『俺は知らなかった』って拗ねられて」
「簡単に想像つくなそれ」
「ごめんねって、そんなわざわざ言うことでもないでしょ、って宥めたら、許す交換条件持ち出されたんだよ」
「俺も見てみたいしいいじゃん」
「よくないよ!もう!」
からかうような圭人の視線の先、要は僕の目の前にはずらりと並んだ服。どれもこれも煌びやかなデザインのスーツたちが飾られていた。
ホストのアルバイト遍歴がバレて、拗ねた楓が僕に出した条件が、これだ。
「またこんなの着る羽目になるなんて……」
青を基調にした、きらきらするジャケットを手に取って、僕はため息をついた。
後ろからでもわかる、そわそわとした空気。
双子たちが並んで座っているソファーに、僕と圭人が近づいていく。
演出のひとつとして、おもむろに圭人が部屋の電気を落とした。突然薄暗くなって戸惑う二人の目の前に、細いシャンパングラスを置く。
とくとくと音を立てて、シャンパンを注いで。グラスの中には金色が見え隠れして、ああこれめちゃくちゃ高いやつじゃないかと圭人に呆れた。
にや、と口角を上げたその圭人が、グラスの下にあらかじめ置いてあったコースターを光らせる。
『わぁ……!』
双子が揃って感嘆の声をあげたのを確認して、部屋の電気をつけた。
こうなりゃヤケだ。にこりと笑って楓の側に跪き、その手を取る。
「いらっしゃいお姫様。お隣、よろしいですか?」
「はえ?!」
素っ頓狂な声を出したかと思ったら、僕をじっと見て。ふい、と目を逸らし、どうぞ、と震える声で言った。
二人を挟んだ反対側では、圭人が樹の横に座って何やら囁いている。
双子が面白がって強請ったのが、この『ホストごっこ』だ。
とはいえ、僕の家や楓の家でそんなことができるわけもなく。面白がった樹が圭人に話を持って行ったところ、実現してしまった。
なんでも服はパーティー用に実家に置いてあるやつで。シャンパンだのグラスだのは、服を借りたがった圭人を不審に思い、事の次第を聞きだした彼のお父さんがこれまた面白がって用意してくれたらしい。
ガラス製のテーブルには果物の盛り合わせやらナッツ類やらケーキやらが乗り、花や風船で飾り立てられ。見事な再現度としか言いようがない。
「にしても、似合うなぁお前」
光るシャンパンを飲み干して、樹が言った。
視線はもう圭人に釘づけで。上から下まで何度も往復する視線に、圭人の方が居心地悪そうに肩をすくめている。
「足長っ。半分くれ」
「何言ってんだか。ほらもう一杯注いでやるよ」
なんだか向こうは向こうで楽しそうだ。苦笑して楓の顔を覗き込もうとすると、やっぱり視線を逸らされる。
「どしたの?」
「べ、べべっべべ別にっ?!」
どう聞いても『別に』のトーンじゃない声に驚いていると、楓は僕から目を逸らしたまま樹に抱きついてしまった。
首を傾げながら、どうぞと許可はもらったしとソファーへ座る。
「楓?」
「ま、待って。まって、今、ちょっと、落ち着かせて、るから」
「あー」
抱きつかれているほうの樹は、なんだか合点がいったようで。頷くものだから、なんだろうとそちらを見た。
「楓、言ってもいい?」
「だ、だめ、だめだめだめだめ、死んじゃう」
「んー。でも智にぃかわいそうだよ?それにお前がやってって言ったんでしょ?」
よしよし、と頭や背中を撫でながら言う樹は、やっぱりお兄ちゃんだななんて思っていると、僕に向かって苦笑いを投げる。
「あのね、智にぃ。かっこよすぎて直視できないんだって」
「樹ぃ!」
「本当のことだろ?違うならちゃんと向こうむいてやれよ」
「あ、あう、あうううう」
うなりながら、ほんのちょっとだけ楓がが振り返った。
数秒、僕を見て。ぼん、と音がしそうなほど顔が真っ赤に染まる。
「楓?」
「うう、もう、や、あんま、見ないで」
「っ」
かわいい。なんだろうこのかわいい生き物。
ぎゅうと抱きしめたくなって、でも今は許してはくれないだろうからと。樹に目で合図を送り、体を離したのを見計らって肩を抱き寄せた。
ぽすりと僕の肩に頭が乗ったのを確認して、どうぞとシャンパングラスを手渡してあげる。
「これなら僕のこと見えないでしょ?慣れるまでこうしててあげる」
「う、あ、あう……」
「せっかくだから飲みなよ。これたぶんすごく高くていいお酒、もったいないよ」
くすくすと笑いながら髪に唇を落として言うと、小さな小さなうん、という返事が聞こえた。
お酒が程よく回って緊張も解けたのか、すり、と楓が僕の首に鼻先を寄せる。
どうしたの、と聞いてみても要領を得ない相槌のような返事ばかりが聞こえて、だけどそれすらもかわいくて。
「……僕、よく十年以上も黙っていられたなぁ」
「ん、なに?なんの、はなし?」
とろりとした目が見上げてきた。
「なんでもないよ」
「うそ。智にぃがそう言う時はなんでもなくない」
「本当に……ああでも、なんでもなくないかな?楓がかわいいなって思ってた」
指先に柔らかな猫っ毛を絡ませながら耳元で小さく言うと、その耳が赤く染まる。
ちゅ、と音を立てて唇で触れれば、びくりと体を跳ねさせた。
「や、みみ、やだ」
「それは楓のほうが嘘つきでしょ?」
「うう、嘘、じゃない……きもちよく、なっちゃう、から、やだ」
だから、かわいいが過ぎる。
この間までの十数年もそうだけれど、気持ちを伝えてからの半年近くのことが横切って、自分の忍耐力にため息をついた。
「智に?」
「ああごめんね。大丈夫、今のは本当になんでもないから」
「……うん」
酔っ払った楓はとにかく甘えたがる。僕に寄りかかったまま、離れようとしない姿を見て樹が苦笑いを投げた。
「楓、大丈夫?」
「だーいじょぶー。樹こそ」
「俺はそんなに飲んでないもん」
くすくすと笑い合いながら言う二人の姿は、ずっと見ていたくなる。
たぶん僕と同じことを考えた圭人と目があって、自然に笑いが零れた。
「で、ホストごっこはもういいのかよ」
「んー?」
「普通にしゃべって飲んでるだけじゃん」
「確かに。なぁ圭人、なんかそれっぽいこと言って」
「無茶ぶりすんな。経験者が先だろ?」
微笑ましそうに笑っていた表情が、にやりと悪いものに変わる。
まったくよけいなことを、と思いながらも腕の中の楓に視線を落とすと、なんだか期待した目で見られた。
「それっぽいこと……ねぇ。そうだなぁ」
なにせ何年も前の記憶だ。掘り起こそうにも、別に心から女の子たちを好きだと思って言っていたわけでもないのでなかなか出てきてはくれない。
ふわ、といい香りが鼻をくすぐって、そういえばと今現在の状況のきっかけを思い出した。
「楓、いい匂いするね」
「え、あっ、え、ええっと」
「髪かな?それとも何かつけてる?」
「な、ななに、も」
さらさらの髪に顔を埋めて、囁くように言う。
正直僕のほうに照れがないと言えば嘘だけれど、恥ずかしがる楓はとてもかわいいのであまり気にならなかった。
ぎりぎり、唇が触れない程度の距離の耳に、いつもしている星型のピアスが見えて。
「僕のあげたそれ、いつもしてくれてるよね。ありがと」
「い、いまさ、ら、じゃんっ」
「いまさらでもなんでも、今言いたくなっちゃったんだ。嬉しいよ」
髪を梳くと、薄く涙の膜が張った目が僕を睨む。
「も、もういいから。もうじゅうぶんだからおしまいにして」
「何が?」
「なにが、って」
「僕今、ホストのつもりないけど。思ったことを言っただけだよ?」
「と、とととと、とも、ともに」
今度は真っ赤な顔をして、あわあわと口を動かした。
かわいいなぁなんて、もう何度思ったかわからないことを考えながら、その肩越しに樹が眉を下げているのが見える。
「……智にぃさぁ、天職だったんじゃないのホスト」
「そうでもないよ。女の子って敏感だから、嘘言うとすぐバレるしね。それを楽しんでくれる子だったらいいんだけど、多くはそうじゃないし」
「嘘、ねえ?今は?」
口角を片方だけ上げる、圭人の少し意地悪気な笑い方。それに苦笑を返して、楓の肩を抱き寄せた。
「なにひとつ嘘はないけど?全部ほんと」
「智、にぃ」
「ほんとだよ、楓。良い匂いがするのも、僕のあげたピアス大事にしてくれてるのも。あと、いつもかわいいのもね」
「い、いってな、それ、さいご、いってなっ」
「今言おうか?かわいい、楓。好き」
たぶんだけれど、僕も多少酔っ払ってはいて。
さらりと口から出た言葉に、楓はますます顔を赤くし、後ろの二人は同時に息を吐く。
それから、圭人が樹の頭にキスをして。不意に立ち上がると、リビングの棚から鍵を取った。
「楓、気は済んだ?」
「あ、あう、う」
樹の宥めるような声に、うなりながら頷く。
もう楓が何をしようと何を言おうとかわいく見えてしまうので、樹にすら妬いてしまって。少しだけ、肩の手に力がこもった。
「智にぃ、これ渡しとくわ」
「ん?なに?」
言って、圭人が僕の空いた手の方に渡してきたのは鍵だ。
銀色に鈍く光るそれを見て、軽く首を傾げた。
「こっちのドアから出て、廊下の奥から二番目の扉がゲストルームだから好きに使って」
「っ、うぇ?!圭人っ!」
「あ、一応防音だから。あとなんか必要そうなもんは置いといた」
「圭人?!」
驚きと動揺の声を楓が。半分非難を込めた声を樹が、それぞれ圭人に向かって浴びせる。
だけど当の本人はそれを気にした様子もなく、部屋のなかにあるもんは好きに使っていいから、などと笑った。
まあ、せっかくだし。ここは彼の好意に甘えよう、と楓を見る。
「と、智に、ぃ」
「じゃ、お言葉に甘えよっか。ね、楓」
「え、ぅ」
僕は今、どういう顔をしてるんだろうか。
にこりと微笑んだつもりの僕を見上げて、腕の中の恋人は忙しく視線を泳がせた。
とりあえず誤魔化してみようかと視線をあさっての方向にやり、下手な口笛など吹いてみるけれど効果なし。じっとりした視線は、僕の頬に突き刺さったままだ。
「今正直に言うなら許す」
それどっちにしたって怒られるやつだよね、なんて思いながら。
僕はうっかり口を滑らせたことを、いまさらながら後悔している。
ことの発端は、樹が持って帰ってきたシャンプーとトリートメント、コンディショナーのセットだった。
「おかえり」
「おかえりー。あれ、何持ってんの?」
「圭人がくれた」
僕が当然のように、楓の家のリビングで課題を見ていてあげたところに帰ってきた樹が、何やら袋をその場に置く。
ちょうど一息いれようか、と思ったところだったので、ソファーに腰を下した樹に楓が寄っていくのを苦笑しながら見た。
「なんだよ課題やってたんじゃねぇの」
「休憩だって。なにもらってきたの?」
すっかり垢抜けて、眼鏡のない顔にも慣れた樹が、同じ顔をした楓の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら笑う。
「髪の毛痛んできたって言ったらさぁ、もらい物だけど自分じゃ使わねぇからってくれた」
「出していい?」
「いいよ。ダメって言ったって出すだろどうせ」
なんだよ、なんて言いながらも、言われた通り袋の中身をがさごそと引っ張り出すから、僕も僕で樹と顔を見合わせ笑った。
「一式あんじゃん」
「あとヘアマスクだって。使ったことないからよくわかんないんだけど、楓知ってる?」
「あー、カラーリングとかパーマとかしたときとか、あと痛んでるときに集中的に使う、強力なトリートメントみたいなもんだよ」
「なるほど」
二人でわいわい言いながら、圭人からもらったという袋の中身をテーブルに並べ始める。
どうやらなかなかの高級品のようだ。スタイリッシュなボトルに刻まれている英字を、難しい顔をした双子が覗き込んでいた。
「智にぃ、これ読める?」
「ん?見せて」
不意にこちらへ水を向けられたので、こめちゃんが差し出したボトルを手に取る。見覚えのある文字の羅列に、少し昔のことを思い出しながら答えた。
「フランス語だねぇ。綺麗とか美しいとかそんな意味だと思うよ」
「さすが智にぃ」
「フランス語なんか知ってるんだ?授業取ってたっけ?」
「いや、取ってないけど。学生自体バイト先のお客さんが同じところの」
そこまで言って、はっと口をつぐむ。
「バイト先?」
「お客さん?」
だけど気づいたときにはすでに遅く。同時に言った双子は首を傾げ、それから並べられたヘアケアのセットを見て。
「……なぁ、樹。これ圭人からもらったんだよな?」
「うん。もらったけど、自分の髪質には合わないからって俺にくれた」
「誰からもらったとか聞いた?」
「どこぞの社長さんって聞いたよ。お父さんの仕事関係の。やり手の女社長さんで、美容関係のお店いくつも持ってるって」
すさまじい量の冷や汗が僕の背中を伝った。
樹の言葉に、ふぅん、と言って楓が僕を見る。
「で、智にぃ。智にぃの元バイト先ってどこ?」
「え、いや、その、それは」
「セレブな女社長さんが使うようなヘアケアセット使うお客さんがくる、バイト先ってどんなとこ?」
ごめんね巻き込んで、と言う俺に圭人が笑った。
「いや全然。こういうのも楽しいし」
「うう……僕の馬鹿……なんでつるっと言っちゃったんだろう」
「意外と抜けてるよな智にぃ」
「うるさいよ」
毒づいてみるものの、場所を貸してもらっている以上感謝しかない。軽くため息をついて彼を見ると、仕方ないよな、と苦笑いを浮かべた目があった。
「楓に言われたんじゃ逆らえねーわ」
「それは僕のほうがよくわかってます」
「でも全然知らなかった。まさか智にぃが学生時代ホストのアルバイトしてたとは」
「うううう」
両手で顔を覆って俯く。
僕が双子にひた隠しにしてきたその過去を、よもや圭人の貢物によって自分の口から暴露してしまうことになるなんて。
「で、怒られたんだ?」
「怒るっていうか、なんていうか。『俺は知らなかった』って拗ねられて」
「簡単に想像つくなそれ」
「ごめんねって、そんなわざわざ言うことでもないでしょ、って宥めたら、許す交換条件持ち出されたんだよ」
「俺も見てみたいしいいじゃん」
「よくないよ!もう!」
からかうような圭人の視線の先、要は僕の目の前にはずらりと並んだ服。どれもこれも煌びやかなデザインのスーツたちが飾られていた。
ホストのアルバイト遍歴がバレて、拗ねた楓が僕に出した条件が、これだ。
「またこんなの着る羽目になるなんて……」
青を基調にした、きらきらするジャケットを手に取って、僕はため息をついた。
後ろからでもわかる、そわそわとした空気。
双子たちが並んで座っているソファーに、僕と圭人が近づいていく。
演出のひとつとして、おもむろに圭人が部屋の電気を落とした。突然薄暗くなって戸惑う二人の目の前に、細いシャンパングラスを置く。
とくとくと音を立てて、シャンパンを注いで。グラスの中には金色が見え隠れして、ああこれめちゃくちゃ高いやつじゃないかと圭人に呆れた。
にや、と口角を上げたその圭人が、グラスの下にあらかじめ置いてあったコースターを光らせる。
『わぁ……!』
双子が揃って感嘆の声をあげたのを確認して、部屋の電気をつけた。
こうなりゃヤケだ。にこりと笑って楓の側に跪き、その手を取る。
「いらっしゃいお姫様。お隣、よろしいですか?」
「はえ?!」
素っ頓狂な声を出したかと思ったら、僕をじっと見て。ふい、と目を逸らし、どうぞ、と震える声で言った。
二人を挟んだ反対側では、圭人が樹の横に座って何やら囁いている。
双子が面白がって強請ったのが、この『ホストごっこ』だ。
とはいえ、僕の家や楓の家でそんなことができるわけもなく。面白がった樹が圭人に話を持って行ったところ、実現してしまった。
なんでも服はパーティー用に実家に置いてあるやつで。シャンパンだのグラスだのは、服を借りたがった圭人を不審に思い、事の次第を聞きだした彼のお父さんがこれまた面白がって用意してくれたらしい。
ガラス製のテーブルには果物の盛り合わせやらナッツ類やらケーキやらが乗り、花や風船で飾り立てられ。見事な再現度としか言いようがない。
「にしても、似合うなぁお前」
光るシャンパンを飲み干して、樹が言った。
視線はもう圭人に釘づけで。上から下まで何度も往復する視線に、圭人の方が居心地悪そうに肩をすくめている。
「足長っ。半分くれ」
「何言ってんだか。ほらもう一杯注いでやるよ」
なんだか向こうは向こうで楽しそうだ。苦笑して楓の顔を覗き込もうとすると、やっぱり視線を逸らされる。
「どしたの?」
「べ、べべっべべ別にっ?!」
どう聞いても『別に』のトーンじゃない声に驚いていると、楓は僕から目を逸らしたまま樹に抱きついてしまった。
首を傾げながら、どうぞと許可はもらったしとソファーへ座る。
「楓?」
「ま、待って。まって、今、ちょっと、落ち着かせて、るから」
「あー」
抱きつかれているほうの樹は、なんだか合点がいったようで。頷くものだから、なんだろうとそちらを見た。
「楓、言ってもいい?」
「だ、だめ、だめだめだめだめ、死んじゃう」
「んー。でも智にぃかわいそうだよ?それにお前がやってって言ったんでしょ?」
よしよし、と頭や背中を撫でながら言う樹は、やっぱりお兄ちゃんだななんて思っていると、僕に向かって苦笑いを投げる。
「あのね、智にぃ。かっこよすぎて直視できないんだって」
「樹ぃ!」
「本当のことだろ?違うならちゃんと向こうむいてやれよ」
「あ、あう、あうううう」
うなりながら、ほんのちょっとだけ楓がが振り返った。
数秒、僕を見て。ぼん、と音がしそうなほど顔が真っ赤に染まる。
「楓?」
「うう、もう、や、あんま、見ないで」
「っ」
かわいい。なんだろうこのかわいい生き物。
ぎゅうと抱きしめたくなって、でも今は許してはくれないだろうからと。樹に目で合図を送り、体を離したのを見計らって肩を抱き寄せた。
ぽすりと僕の肩に頭が乗ったのを確認して、どうぞとシャンパングラスを手渡してあげる。
「これなら僕のこと見えないでしょ?慣れるまでこうしててあげる」
「う、あ、あう……」
「せっかくだから飲みなよ。これたぶんすごく高くていいお酒、もったいないよ」
くすくすと笑いながら髪に唇を落として言うと、小さな小さなうん、という返事が聞こえた。
お酒が程よく回って緊張も解けたのか、すり、と楓が僕の首に鼻先を寄せる。
どうしたの、と聞いてみても要領を得ない相槌のような返事ばかりが聞こえて、だけどそれすらもかわいくて。
「……僕、よく十年以上も黙っていられたなぁ」
「ん、なに?なんの、はなし?」
とろりとした目が見上げてきた。
「なんでもないよ」
「うそ。智にぃがそう言う時はなんでもなくない」
「本当に……ああでも、なんでもなくないかな?楓がかわいいなって思ってた」
指先に柔らかな猫っ毛を絡ませながら耳元で小さく言うと、その耳が赤く染まる。
ちゅ、と音を立てて唇で触れれば、びくりと体を跳ねさせた。
「や、みみ、やだ」
「それは楓のほうが嘘つきでしょ?」
「うう、嘘、じゃない……きもちよく、なっちゃう、から、やだ」
だから、かわいいが過ぎる。
この間までの十数年もそうだけれど、気持ちを伝えてからの半年近くのことが横切って、自分の忍耐力にため息をついた。
「智に?」
「ああごめんね。大丈夫、今のは本当になんでもないから」
「……うん」
酔っ払った楓はとにかく甘えたがる。僕に寄りかかったまま、離れようとしない姿を見て樹が苦笑いを投げた。
「楓、大丈夫?」
「だーいじょぶー。樹こそ」
「俺はそんなに飲んでないもん」
くすくすと笑い合いながら言う二人の姿は、ずっと見ていたくなる。
たぶん僕と同じことを考えた圭人と目があって、自然に笑いが零れた。
「で、ホストごっこはもういいのかよ」
「んー?」
「普通にしゃべって飲んでるだけじゃん」
「確かに。なぁ圭人、なんかそれっぽいこと言って」
「無茶ぶりすんな。経験者が先だろ?」
微笑ましそうに笑っていた表情が、にやりと悪いものに変わる。
まったくよけいなことを、と思いながらも腕の中の楓に視線を落とすと、なんだか期待した目で見られた。
「それっぽいこと……ねぇ。そうだなぁ」
なにせ何年も前の記憶だ。掘り起こそうにも、別に心から女の子たちを好きだと思って言っていたわけでもないのでなかなか出てきてはくれない。
ふわ、といい香りが鼻をくすぐって、そういえばと今現在の状況のきっかけを思い出した。
「楓、いい匂いするね」
「え、あっ、え、ええっと」
「髪かな?それとも何かつけてる?」
「な、ななに、も」
さらさらの髪に顔を埋めて、囁くように言う。
正直僕のほうに照れがないと言えば嘘だけれど、恥ずかしがる楓はとてもかわいいのであまり気にならなかった。
ぎりぎり、唇が触れない程度の距離の耳に、いつもしている星型のピアスが見えて。
「僕のあげたそれ、いつもしてくれてるよね。ありがと」
「い、いまさ、ら、じゃんっ」
「いまさらでもなんでも、今言いたくなっちゃったんだ。嬉しいよ」
髪を梳くと、薄く涙の膜が張った目が僕を睨む。
「も、もういいから。もうじゅうぶんだからおしまいにして」
「何が?」
「なにが、って」
「僕今、ホストのつもりないけど。思ったことを言っただけだよ?」
「と、とととと、とも、ともに」
今度は真っ赤な顔をして、あわあわと口を動かした。
かわいいなぁなんて、もう何度思ったかわからないことを考えながら、その肩越しに樹が眉を下げているのが見える。
「……智にぃさぁ、天職だったんじゃないのホスト」
「そうでもないよ。女の子って敏感だから、嘘言うとすぐバレるしね。それを楽しんでくれる子だったらいいんだけど、多くはそうじゃないし」
「嘘、ねえ?今は?」
口角を片方だけ上げる、圭人の少し意地悪気な笑い方。それに苦笑を返して、楓の肩を抱き寄せた。
「なにひとつ嘘はないけど?全部ほんと」
「智、にぃ」
「ほんとだよ、楓。良い匂いがするのも、僕のあげたピアス大事にしてくれてるのも。あと、いつもかわいいのもね」
「い、いってな、それ、さいご、いってなっ」
「今言おうか?かわいい、楓。好き」
たぶんだけれど、僕も多少酔っ払ってはいて。
さらりと口から出た言葉に、楓はますます顔を赤くし、後ろの二人は同時に息を吐く。
それから、圭人が樹の頭にキスをして。不意に立ち上がると、リビングの棚から鍵を取った。
「楓、気は済んだ?」
「あ、あう、う」
樹の宥めるような声に、うなりながら頷く。
もう楓が何をしようと何を言おうとかわいく見えてしまうので、樹にすら妬いてしまって。少しだけ、肩の手に力がこもった。
「智にぃ、これ渡しとくわ」
「ん?なに?」
言って、圭人が僕の空いた手の方に渡してきたのは鍵だ。
銀色に鈍く光るそれを見て、軽く首を傾げた。
「こっちのドアから出て、廊下の奥から二番目の扉がゲストルームだから好きに使って」
「っ、うぇ?!圭人っ!」
「あ、一応防音だから。あとなんか必要そうなもんは置いといた」
「圭人?!」
驚きと動揺の声を楓が。半分非難を込めた声を樹が、それぞれ圭人に向かって浴びせる。
だけど当の本人はそれを気にした様子もなく、部屋のなかにあるもんは好きに使っていいから、などと笑った。
まあ、せっかくだし。ここは彼の好意に甘えよう、と楓を見る。
「と、智に、ぃ」
「じゃ、お言葉に甘えよっか。ね、楓」
「え、ぅ」
僕は今、どういう顔をしてるんだろうか。
にこりと微笑んだつもりの僕を見上げて、腕の中の恋人は忙しく視線を泳がせた。
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入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
過去のやらかしと野営飯
琉斗六
BL
◎あらすじ
かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。
「一級になったら、また一緒に冒険しような」
──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。
美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。
それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。
昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。
「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」
寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、
執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー!
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿されています。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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