巻き込まれ召喚されたけど帰れないので庭師見習いと秋の味覚を堪能する

小寺湖絵

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秋の名残とメイドと庭師【前】

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「え?わたし帰れないんですか?」


そんな間抜けな言葉を発してから約5年。


私、ハルナ・ノナカは


「シャルロッテちゃん、そこの窓少し曇ってるから拭いておいてくれるかしら。あ、フランソワちゃん、領主様がそろそろ甘いものをご所望だろうから運んで差し上げてくれる?私は先にお茶を淹れて運んでから執事長の部屋に業務連絡に行ってくるから」


突如元同級生に巻き込まれ召喚された異世界にめちゃめちゃ馴染んでいた。





「……ぁ"ーーーー最初は帰る方法を探す片手間に仕事してたのに、今ではすっかり中堅だなぁ。気がつけばもうアラサーだし、出会いも特にないし、いっそここに身を置かせてもらおうかな」

ひとけがない中庭のベンチにどかりと腰をかけ、水筒に淹れてきた珈琲をがぶがぶと煽った私は、おっさんみたいな声をあげながら一気に被っていた猫を脱ぎ去った

冬の風にさらされ冷えた体に珈琲の熱がじんわりと染み込んでいく。ナッツのような香りが鼻を抜け、ほろ苦くも爽やかな味が喉を通った。

そして懐から取り出した手作りの栗きんとんをがぶり。栗の香ばしい甘味、ほくほくとした舌触りとほんの少し入れたバターの香りが完全にマッチしている。珈琲ともあう。

梔子の実をいれたおかげで綺麗な金色に染まった栗きんとんはまさに秋の味覚だ。

……といっても、季節はすっかり冬めいて、頬をかすめる風の冷たさが気になるようになった。

庭を赤く彩っていた紅葉も今ではすっかり枯れ落ち、庭師たちが面倒そうに竹箒ではいている。

「食欲の秋ももう終わりね」

ベンチの背もたれに肘をかけた私は、透き通るな淡い水色の空を仰いだ。

「はーーそれにしてもメイドも慣れたものね」

私は5年前聖女召喚に巻き込まれた後、故郷に帰れない私を憐れんだ伯爵夫妻に拾われた。

初めは『おかえりなさいませ♡ご主人様♡ハルにゃがあーんしてさしあげますね♡』的なことをやらされるのかと思ったが、幸いそんなことはなく。

この屋敷の使用人たちは私と違っていいとこのお嬢様ばかりだから、それに合わせてお淑やかなメイドさんを装っているのだ。

正直ほんっっとうに疲れる。

「まあ行き場のない私を拾ってくれた領主様と奥様には感謝しかないけど………っっぱ一生仕えるしかないかぁ」

召喚される前、私は特にこれといった夢もなく居酒屋でフリーターをしていた。孤児院の出で両親もいないから別に残した人はいない。

だが時々こうして、郷愁というか、どことない寂しさに襲われるのである。



コロコロコロ………



それは午前中に休憩室から拝借してきたミルクを珈琲に投入し、ブラックとは違うミルクのまろやかな優しい甘みを堪能していた時のことだった。

私の足元に、橙色の玉のようなものがころころと転がってきた。

「え……?なにこれ……柿……?」

靴にぶつかって止まったそれを恐る恐る拾い上げると、それはところどころに傷が入った柿だった。

忘れていたが、この屋敷の庭には畑や樹木がたくさんある。うちの奥様が体が弱く、領主様が奥様にはなるべく体に良いものをとこだわった結果だ。

そういえばこの近くには柿の木があったわね…。そこから転がってきたのかとまじまじそれを見つめていると

「あの……すんません。ありがとうございます、拾ってくれて」

頭上から静かな声が落ちてきた。

「……え」

驚いて顔を上げると、いつのまにかそこには、顔に土埃をつけた麦色の髪の少年がいた。

庭師の見習いだろうか。汚れているがまだまだ新しいぶかぶかのつなぎと、軍手を身につけている。

え、いつからそこにいたの。

あとその両腕いっぱいに抱えた柿は何。

「あの、柿…」

「あ、ごめんなさい。これ貴方の?」

どこか困ったように声をかけられ我にかえった私は、取り繕うように笑顔を貼り付け尋ねる。すると青年は気まずそうに目を泳がせた後、こくりと小さく頷いた。

「そうだったの。突然転がってきたから驚いたわ。はい、どうぞ」

きっとまだ見習いだから、管理が行き届かなかったのだろう。

うんうんわかるよ。仕事始めたての時はそんな感じだよね。私もこの仕事始めた時は先輩に叱られてばっかだったなぁ。

思わず微笑ましいものを見る目で彼を見上げながら柿を差し出す。

しかし彼はそれを受けとらずにまた目を泳がせた後、何故か緊張するような、縋るような目で私を見てきた。

「あの、すんません。よかったらなんすけど……それ、貰ってくれませんか」

「え?」

予想外の頼みに、私は目を瞬かせた。

「実は、その………柿、ほとんどダメになっちゃったから、領主様たちにも出せないって親方に言われて」

「え……そう?よく熟れて美味しそうに見えるけど」

「……確かに見た目はまともなんすけど、中が熟しすぎてて、ぶよぶよで……勿体ねえから自分で消費しようと思ったんすけど………その、多すぎて」  

少年の発言に、私は彼の腕の中をもう一度見た。………うん、多い。これは確かに1人では消費しきれないだろう。

この少年、さっきから「あの」と「その」ばかりなのを見る限り、人と話すのがあんまり得意でないと推察する。

そんな彼が偶然出会った私に縋る思いで頼ってきたのだ。

「……すんません、ほんと、不味いと思うんすけど、誰かに、食べて欲しくて」

そんな少年を、私も無碍にはできず、彼の腕の中から5.6個ほど柿を受け取った。

「まあ、いいの?ありがたくいただくわ」

何より久しぶりに「勿体ない」という言葉を聞いた私は感動していた。この屋敷の使用人ときたら平気でものを使い捨てるし、食べ物も残すのだ。

思わず素の笑顔で微笑みかけると、何故か少年はピタリと硬直した。どうしたのかと思いまじまじ観察すると、耳を赤くなっている。

「あらやだ、顔が赤くなってるわよ?季節の変わり目なんだから気をつけないと」

私はつい老婆心(?)で自分の羽織ってきたストールを彼の首に巻いてやる。

少年は慌てた顔で申し訳ないとか貴方が寒いだとか言っていたが、聞こえないふりをして巻き逃げした。





それにしてもこの柿どうしよう。
確かにこの感触じゃそのまま食べたら間違いなくブヨブヨドロドロでそれはそれでおいしいでしょうけど……。

「ま、冷蔵庫の中身みてから考えるか」

私は手提げ袋に柿をいれたあとに大きく伸びをし、今日の晩酌に思いを馳せながら仕事へと戻った。



あ、そういえばあの子の名前聞くの忘れたな。






「さて、やるかー」


それから数時間後。

1時間ほど残業したあとに使用人寮へ帰宅した私は、この前の休日につくっておいたビーフシチューを温めつつ、少年がくれた柿と向き合った。

「とりあえずうち2つはそのまま冷凍するとして……」

柿を冷凍庫にいれて、柿は残り4つ。

2つは王道のジャムにでもしようか。酢豚とか煮付けとか、料理やドレッシングにちょい足しすると柔らかくなったりコクが増して意外と汎用性高いのよね。

問題はあと2つだ。

「そのまま食べてもいいけど……」

正直柿は数週間前にも同僚に何個かお裾分けされていて、正直飽き始めてるのよね。でもこのままだと腐ってしまうし……。

うんうんと唸りながら、私はとりあえず冷蔵庫を開けた。

そして野菜庫の中に、一昨日同僚からもらった梨が1個あるのを発見する。

「ああ……これも早く食べなきゃね……そうだ!」

私はその梨といくつかの調味料を抱え、るんるんとキッチンへ向かった。





熱したフライパンにバターをひとかけ落とすと、部屋中に芳しい香りが広がった。バターの香りというのはどうしてこう人の食欲を掻き立てるのか。黄色の悪魔がじゅわぁと熱で溶けていく様は目にも美味しい。

全体に行き渡るようフライパンをくるくる動かして、溶け出したバターに思わずにたりと口角をあげる。

そして、きもち分厚めにスライスした柿と梨をまな板から直接その中に流し入れた。


ぱちぱち、ぱちぱち


橙色の柿と薄黄色の梨がバターの海でじわじわと実を焦がす。木べらでごちゃ混ぜにするようにして炒めると、じゅっと美味しそうな音がした。

しばらくして実に火が通ってきたら、シナモンパウダーと砂糖をふりかけさらに混ぜる。

シナモンと砂糖がコーティングされ、実にカラメルのおこげがついたら完成だ。

柿と梨のシナモンコンポート。

明日のお昼にしようかと思ったけど、出来立てがあまりに美味しそうだったので、たまらずスプーンですくってぱくりといただく。

「うっっっま」

そして思わずリアクションもクソもないボソリとした声が出た。

柿はホクホク、梨はしゃりしゃり。

熟れた柿に砂糖をかけるのは甘くなりすぎるかと思ったが、焦がしカラメルをコーティングすることで柿の甘さとカラメルのほろ苦さがマッチしうまい具合に甘ったるさを中和している。

そして梨との食感の対比も楽しい。あえて皮付きのままにしたのは正解だった。

さらに後味にほんのりと感じるスパイシーなシナモンの香り。

これらが別種の甘みを持つ柿と梨をまとめあげ1つのデザートにしている。


「残りは冷やしておいて明日デニッシュに乗せよう……既に明日の昼が楽しみすぎる……」


残ったコンポートは粗熱をとって、タッパーにいれて冷蔵庫にしまった。

………あとは冷凍庫にしまってある、あれだ。


「早く凍らないかなぁ」


私はもう一つの楽しみに思いをはせ、にたりと口角をあげた。

 
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