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人の気持ち
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俺たちが向かったのは学校から歩いて20分ほどの場所だった。
老夫婦で営んでいる小さなクリーニング屋だ。実際に利用したことはないがそこの老夫婦はいつも屈託のない笑顔をお客に向けて心まで洗われるかのようだという噂を聞いたことがある・・・隣にいる飯沼の話だから信憑生は低いが・・・
だが店の前から夫婦が働いているのを見ているだけでもそのきらいが窺えるほどには柔和な顔と物腰柔らかい穏やかな態度で働いていた。俺たちがここにきたのはこの老夫婦に町内笑顔大賞受賞のお知らせをしにきたわけではない。用があるのはこの老夫婦と一緒に暮らしている娘さんだ。娘さんと言ってもあの二人の実娘というわけではない。娘さんは椿という名前で、詳しいことは知らないが両親とは離れて暮らしているらしい。どうしてその椿さんに用があるのかというと、それが俺たちの部活動であり俺のやりたいことだからだ。
「じゃあ、行こうか、飯沼」
「そうだな、高橋」
見たところ二階建ての一軒家の一階をクリーニング屋として使い、二階はおおよそ自分達の居住スペースとしているのだろう。よくある自営業スタイルといった外観だった。軒先にはクリーニングの田中と書いてある幟と店先に伸びた屋根に同様の文字が書いてある布が垂れ下がっている。布の褪せ具合からかなり年季が入っていることがわかる。長年この二人で切り盛りして来たようだ。
「ごめんください」
「はいはい、いらっしゃい」
「あの、すみません、僕たち、椿さんのクラスメイトなんですけど・・・」
飯沼がさも平然と虚言を吐く。しかしこいつはこういう芝居がかったコミュニケーションがずば抜けてうまい・・・そこがムカつく。
「あら、珍しい。つーちゃんのお友達ね。ただごめんなさい、まだ帰ってないのよ
あの子」
「学校から帰って来てないということですか?」
「いいえ、学校からは帰って来たんだけどその後またどこかへ出かけちゃって・・・面目ない限りですわ」
「そんな、とんでもないです。僕たちが急に来たのが悪いので。また改めますよ」
「そうかい?悪いねえ」
「ちなみに、どこへ向かったか、検討はつきませんか?よく行く場所に心当たりとかないですか?」
「ん~、そうだねえ。あの子あんまり出かけるような子じゃないから、そんなに遠くへ入ってないと思うんだけどねえ、心当たりあるかい?おじいさん」
「ん~、近所の公園とか、図書館とかじゃないかのお、あの子が行きそうな場所といったら」
「そうですか、お仕事中に失礼しました。ありがとうございました」
「また来てね、美味しいお茶菓子出してあげるから」
「えぇ、ぜひ」
一連の会話は全て飯沼が行った。俺は隣で話を聞いていただけだった。
店を後にした俺たちは歩きながら思案していた。
「いなかったな」
俺はボソッと呟いた。
「あぁ、事前の調べではこの時間は大体家にいるっていう話だったけどな」
飯沼はポケットに突っ込んでいた手を身体の前で摩りながら返してくる。
「これは、思ったより深刻なやつなのか?」
「さあな・・・でも、少なくともあの二人は椿さんの抱えているものには全く気づいていないみたいだな」
「まあ、こういうケースは珍しいことではないな。人間関係なんてたいていの場合どちらかが過剰に多くのものを抱えているだけで、もう一方はそんなことに気にもとめないで平然と関係を続けられると思っているもんだ。だからそのギャップに余計に溝ができてしまって、修復不可能な関係になっていってしまうんだ・・・。」
「み・・・高橋・・・」
「今のは戦犯だぞ」
「なんのことかな、高橋」
「とにかく探さないとな、椿さんを」
「同感だ」
クリーニング屋を後にした俺たちはおじいさんが言っていた近所の公園やら図書館やらに足を運んだがそれらしき人物はいなかった。
「そう言えばさ」
「ん?」
「俺、椿さんが誰かわかんないんだけど」
「おいおい、高橋。お前ってやつは・・・。ほら、写真だ、目に焼き付けろ」
「あぁ、サンキュ」
「ところで、飯沼はさ」
「ん?」
飯沼はあっけらかんとした顔で俺に振り向いた。
その表情は細やかながら笑っているが飯沼が秘めている強さのようなものも感じられて俺は聞こうとしていたことを咄嗟に飲み込んでしまう。
飯沼と俺は高校から出会ったため付き合いがそれほど長いわけではない。しかしいつの間にかお互いの気心が知れている関係にいつの間にかなっていた。俺たちが今の活動をしているのは半年ほど前からだが、その頃から俺と飯沼の関係は変わらない。そう、変わらないのだ。
「いや、なんでもない」
「そうか?変な高橋だな」
「そうだな」
人間というのはつくづく面倒な生き物である。思っている気持ちを口にしてしまえばいいだけのことなのに、素直になれず、またはあらゆる要因が邪魔をして、たったそれだけのことができずにもどかしい思いを抱えてしまう。言ったところで全てが伝わっているとは限らない、というより伝わっていないことの方が多い。そんな面倒な生き物なんだ、我々人間というのは。そうであるのならば、俺は真に人間とは言えないのかも知れない。
「あ、見つけた」
探し物は探しているときには見つからずにふとした瞬間に見つかるものだとよく言うが、間違っていないようだ。
椿さんらしき人物が高架橋の上でぼーっと虚を眺めているのを発見した。
「なんともよくある光景だな」
「縁起でもないこと言うなよ、飯沼」
「残念だったな、俺が思い描く物語ではこう言う展開になったら絶対誰かが助けるんだよ」
「誰かって?」
「さあな」
飯沼はしたり顔をして俺を見やる
「はぁ、はいはい。こう言う時は俺の役割ですよねわかってますよ行って来ますよ行けばいいんでしょ」
俺は横に並んでいた飯沼を一瞥した後、一瞬口角を上げて見せた。
「高橋!」
「分かってるよな、お前が」
「あぁ、分かってるよ」
俺は高架橋に脚を進めた。
老夫婦で営んでいる小さなクリーニング屋だ。実際に利用したことはないがそこの老夫婦はいつも屈託のない笑顔をお客に向けて心まで洗われるかのようだという噂を聞いたことがある・・・隣にいる飯沼の話だから信憑生は低いが・・・
だが店の前から夫婦が働いているのを見ているだけでもそのきらいが窺えるほどには柔和な顔と物腰柔らかい穏やかな態度で働いていた。俺たちがここにきたのはこの老夫婦に町内笑顔大賞受賞のお知らせをしにきたわけではない。用があるのはこの老夫婦と一緒に暮らしている娘さんだ。娘さんと言ってもあの二人の実娘というわけではない。娘さんは椿という名前で、詳しいことは知らないが両親とは離れて暮らしているらしい。どうしてその椿さんに用があるのかというと、それが俺たちの部活動であり俺のやりたいことだからだ。
「じゃあ、行こうか、飯沼」
「そうだな、高橋」
見たところ二階建ての一軒家の一階をクリーニング屋として使い、二階はおおよそ自分達の居住スペースとしているのだろう。よくある自営業スタイルといった外観だった。軒先にはクリーニングの田中と書いてある幟と店先に伸びた屋根に同様の文字が書いてある布が垂れ下がっている。布の褪せ具合からかなり年季が入っていることがわかる。長年この二人で切り盛りして来たようだ。
「ごめんください」
「はいはい、いらっしゃい」
「あの、すみません、僕たち、椿さんのクラスメイトなんですけど・・・」
飯沼がさも平然と虚言を吐く。しかしこいつはこういう芝居がかったコミュニケーションがずば抜けてうまい・・・そこがムカつく。
「あら、珍しい。つーちゃんのお友達ね。ただごめんなさい、まだ帰ってないのよ
あの子」
「学校から帰って来てないということですか?」
「いいえ、学校からは帰って来たんだけどその後またどこかへ出かけちゃって・・・面目ない限りですわ」
「そんな、とんでもないです。僕たちが急に来たのが悪いので。また改めますよ」
「そうかい?悪いねえ」
「ちなみに、どこへ向かったか、検討はつきませんか?よく行く場所に心当たりとかないですか?」
「ん~、そうだねえ。あの子あんまり出かけるような子じゃないから、そんなに遠くへ入ってないと思うんだけどねえ、心当たりあるかい?おじいさん」
「ん~、近所の公園とか、図書館とかじゃないかのお、あの子が行きそうな場所といったら」
「そうですか、お仕事中に失礼しました。ありがとうございました」
「また来てね、美味しいお茶菓子出してあげるから」
「えぇ、ぜひ」
一連の会話は全て飯沼が行った。俺は隣で話を聞いていただけだった。
店を後にした俺たちは歩きながら思案していた。
「いなかったな」
俺はボソッと呟いた。
「あぁ、事前の調べではこの時間は大体家にいるっていう話だったけどな」
飯沼はポケットに突っ込んでいた手を身体の前で摩りながら返してくる。
「これは、思ったより深刻なやつなのか?」
「さあな・・・でも、少なくともあの二人は椿さんの抱えているものには全く気づいていないみたいだな」
「まあ、こういうケースは珍しいことではないな。人間関係なんてたいていの場合どちらかが過剰に多くのものを抱えているだけで、もう一方はそんなことに気にもとめないで平然と関係を続けられると思っているもんだ。だからそのギャップに余計に溝ができてしまって、修復不可能な関係になっていってしまうんだ・・・。」
「み・・・高橋・・・」
「今のは戦犯だぞ」
「なんのことかな、高橋」
「とにかく探さないとな、椿さんを」
「同感だ」
クリーニング屋を後にした俺たちはおじいさんが言っていた近所の公園やら図書館やらに足を運んだがそれらしき人物はいなかった。
「そう言えばさ」
「ん?」
「俺、椿さんが誰かわかんないんだけど」
「おいおい、高橋。お前ってやつは・・・。ほら、写真だ、目に焼き付けろ」
「あぁ、サンキュ」
「ところで、飯沼はさ」
「ん?」
飯沼はあっけらかんとした顔で俺に振り向いた。
その表情は細やかながら笑っているが飯沼が秘めている強さのようなものも感じられて俺は聞こうとしていたことを咄嗟に飲み込んでしまう。
飯沼と俺は高校から出会ったため付き合いがそれほど長いわけではない。しかしいつの間にかお互いの気心が知れている関係にいつの間にかなっていた。俺たちが今の活動をしているのは半年ほど前からだが、その頃から俺と飯沼の関係は変わらない。そう、変わらないのだ。
「いや、なんでもない」
「そうか?変な高橋だな」
「そうだな」
人間というのはつくづく面倒な生き物である。思っている気持ちを口にしてしまえばいいだけのことなのに、素直になれず、またはあらゆる要因が邪魔をして、たったそれだけのことができずにもどかしい思いを抱えてしまう。言ったところで全てが伝わっているとは限らない、というより伝わっていないことの方が多い。そんな面倒な生き物なんだ、我々人間というのは。そうであるのならば、俺は真に人間とは言えないのかも知れない。
「あ、見つけた」
探し物は探しているときには見つからずにふとした瞬間に見つかるものだとよく言うが、間違っていないようだ。
椿さんらしき人物が高架橋の上でぼーっと虚を眺めているのを発見した。
「なんともよくある光景だな」
「縁起でもないこと言うなよ、飯沼」
「残念だったな、俺が思い描く物語ではこう言う展開になったら絶対誰かが助けるんだよ」
「誰かって?」
「さあな」
飯沼はしたり顔をして俺を見やる
「はぁ、はいはい。こう言う時は俺の役割ですよねわかってますよ行って来ますよ行けばいいんでしょ」
俺は横に並んでいた飯沼を一瞥した後、一瞬口角を上げて見せた。
「高橋!」
「分かってるよな、お前が」
「あぁ、分かってるよ」
俺は高架橋に脚を進めた。
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