卵の創世記

星蝶

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EpisodeⅡ

2-19 少女、特別手当をもらう

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 御使い。
 それは神の力を行使することができる存在。
 事象を超えた干渉能力で『奇跡』を世に発現させる。


 ――だがしかし、それは人にとっての物である。
 エクリーたちが持つ『奇跡』とは魂の余白――未使用領域を使っている。基本、10パーセントぐらいしか使わず、技能を有し職業に就いていても30パーセントくらいが限界である。
 その余白を使用し、力を使っているに過ぎない。

 水をワインに変えたり、海を割ったり、死からの生還はすることなどできない。
 奇跡は存在などしない。
 観測上の手違いであり、勘違い。それを望み過ぎる願望が見せた幻でしかない。

 それを本当の意味で理解できていない御使いたちはあまりにも憐れな結末を迎えることになる。


 信じる者が救われるのか。信じる者は救われるのか。
 神と呼ばれる高次元生命体たちでも救われることはあるのだろうか。

 ――救いなどない。
 エクリーは〖救済者〗などという珍奇な『奇跡』を持ってはいるが、それを『救い』であるかどうかなど、他人にはわからない。
 死ぬことによって救われると思う者がいれば、病が消え健康になることが救われると思う者もいる。
 全ては受け手の、人それぞれで変わってくる。

 彼らは気づくことになる


 ――死という恐怖を心の奥底に刻まれて……


◇◆◇


 夜明けまではまだまだ時間がある。
 人間が夜間に動く利点はない、と言って間違っていない。犬頭や猪頭などは鼻がよく夜間でも視覚に頼らない物があるというのに、人間にそれはない。
 人間にあるのは、『知識』と『傲慢』とその『数』くらいな物だ。

「久しぶり――って言った方がいいのかな?」

 闇夜の中で輝く二つの紅い眼。
 その下で煌めく小さな牙。

「人はどうして、そこまで烏滸がましい姿になれ果てようとも生きるのか」

 闇夜を背に、赤く輝く月光を後光とし、御使いの前に歩み寄った。

「さ、御使いの皆さま。武器を置き、投降するのなら人としての最低の尊厳と命の保証はします」

 それに応えるように魔法が放たれた。
 しかし、エクリーに与える前にその魔法は霧散した。

「まさか、無効化能力!?」

 統合され今は〖魔導〗となっているが、〖魔法無効〗は機能している。とは言え、属性魔法にだけはだが。
 それを知らない魔法使いは攻撃魔法を止めて補助魔法を発動させる。

 前衛陣は後衛が意味をなさないことへと思考が至るとすぐさま距離を詰めるべく、駆け出す。
 距離が開けるのは後衛がいるため。魔法の方が威力が高く、魔物に対して有効打になりうるからである。だがしかし、今は違う。
 敵が魔法を無効化させる能力を持っているのなら、わざわざ開ける意味がない。

「はぁぁあああぁ!」

 魔法が付与された剣――魔法剣が振るわれた。それは盾役ではなく、リーダーである軽戦士の物だ。手数を増やすことに念頭に置いているためか二刀流の軽戦士。その内の一本、黒い剣がエクリーを襲う。

「あと、魔法に対する絶対耐性もね」
「な、んだと……」

 片手と言えども渾身の一撃。
 手応えはあった。斬ったという感触は剣越しに伝わってきた。
 だというのに、ケロッとした表情をしているエクリー。そこには痩せ我慢などという物は存在しない。何せ、斬ったはずの箇所に傷跡などなく服すらも何事もなかったかのように傷ひとつついていない。

「そんなに驚かく手も……まあ、〖超再生〗を知らない人からすれば仕方ないことなのかもね」

 聖銀には吸血鬼を滅ぼす性質を持っている。
 触れるだけで不死性をなくし、切り裂けばその身を灰へと変える。
 どんな凶悪で強力な吸血鬼であろうとも、聖なる銀の前では脅威になり得ない。

「ああ、そっか。〖異常無効〗はね。あらゆる異常を無効化してくれるんだよ。そんなボロイ武器で来てくれたことを心の底から感謝するよ」

 聖銀が効かないことを知っていたであろうにわざわざ聖銀が混ざった防具でやってきたのには感謝しか感じない。伝説に名を遺すほどの武器であろうとも、吸血鬼特効品。
 吸血鬼以外の相手には意味がない。

(聖銀製だからなんとかなりそう)

 1対1であれば負ける気はしない。だが、武器がしっかりとした物であった場合、複数――連携などされたら敗北が濃くなった。

 パチンとエクリーは指を鳴らす。
 それが発動キーとなって、待機状態にあった魔法が顕現する。

「終わりの始まりを始めよう」

 飛来するのは一撃で致命傷を与える殺戮の雨。
 魔法使い、神官は即座に〈耐魔障〉と〈神壁〉を展開させ、魔法の嵐から身を護る。
 エクリーは〖模倣者〗によって即座に魔法を模倣し、相反する魔法を構築し防御魔法を打ち壊す。

 瓦解した壁に驚く一同。だが、死が目前と迫っているためその驚きは小さい。

「防御姿勢を取れ!!」

 新たな防御魔法を発動する時間はない。

「皆さん!」神官が大声を出した。「悪を滅ぼすのが神の御心です。祈りの力を、聖なる光を穢す悪魔を殺すのは神の御意思です!」

 神官が杖を掲げた。
 すると、虫食い状に光があった夜空に一際大きい穴が開き、そこから赤い光が神官に降りた。いや、神官だけではない。彼ら御使いに神の赤い、火神の光が降りた。

 魔法の殺戮雨など彼ら、神の力を代行する者たちに効くことはない。

「御使い最大の切り札!」

 エクリーは知識として知っていた。けれど、驚かずにはいられない。
 創造の八柱、父神母神より生まれし始まりの神――その『火』を司る火始神に列なる神々。それが、火神だ。

「――神現」

 神を現世に、その身に顕現させる御使いの切り札。

『高々吸血鬼如きに後れを取るなど』
『仕方なくなくて。そこの吸血鬼は魂の余白を顕現させてますし』
『まあまあ、お二方。そんなことで時間を食ってしまえば依り代の心が歪んでしまいます』
『ふんっ、構わんだろう。我ら神と心と言う面で似た物になる。光栄なことであろう?』

「――〈魂影失墜〉」

 御使いたち――精神は神――が喋っている間にエクリーは魔法を構築し今しがた完成した。それを当てたのだが――、

「はあ、持久戦でがんばろ」

 蚊に刺される程度の痛み――いや、その前に痛みを感じるのか。――とにかく、彼らには効果はいま一つだった。
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