アトロシティ/暴戻はヴィランを貶し、ヒーローを殺す

星蝶

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『ボウレイ隠者 Ⅲ 』

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 陽向は閉じ込められていた。四方を自身を写す壁に阻まれ、振り絞る声は箱の中に木霊する。
「雲井さん! 辞めてくれ! ここから出してくれ!」
 しかし、それでも陽向は声を荒らげた。人を超越した力で殴られるが、壁は傷ひとつつけることなく無情にも届くことはなかった。
 外からは箱の中身を見ることができた。
 雲井は声が聞こえないことを知っているが、その暴れる少年を見て虚空に消える声を掛けた。
「すまないが、死んでくれ」その声には悲嘆が込められている。「アンバーを前に君はボロを零してしまうかもしれないからな。彼の足止めにも君が使えないとなると、もう殺処分しか使い道がないだろう?」
 雲井の計画は最終段階に移行する。何年も掛けてようやく辿り着けた今を潰されてしまう訳にはいかない。そんなこと許せる訳が無い。
 使えなくなったものをわざわざ大事にとって置くことをしない。使えなくなれば捨てる。もし、今後必要になったら代用品を造るなりすればいい。彼は朔天と違いオンリーワンではない。
 だから、最後の最後まで成功確率を上げるため動き出す。
 雲井はタブレットを操作し、上から『蜥蜴』を投下する。それは普通の蜥蜴ではなく、コモドドラゴンを一回り大きくした蜥蜴が現れた。生物界に存在するものではなく、遺伝子実験を行い、人間以外の能力者の遺伝子を組み込んだ人工生物。
 見た目からもわかるようにそれは人畜無害の生き物ではない。
 陽向は一心不乱に壁を殴るが、やはり怪物の怪力を以てしてもその壁を壊すことはできない。
 無意識に行っていた『狂乱』も外で見ている雲井には届くことはなく、蜥蜴は歯牙にもかけない様子。
 刻一刻と赤い舌の出し入れを行う巨大蜥蜴が近づいてくる。歩む速度を考えれば、この広い箱の中から一生逃げ回ることができる、かもしれない。
 だが、陽向は何を思ったのか、逃亡ではなく闘うことを選んだ。
「お、おれは! こんなところで死んでいい人間じゃねーんだよ!」
 恐怖を拭い切ることはできない。しかし、今この時、勇気が蜥蜴の恐怖を上回り、彼の身体を動かした。
 しかし、転んでしまった。心が先行してしまい身体が追いつかなかったため、足がもつれてしまった。
 直ぐに立ち上がろうと手を床に立てようとしたが、冷たかった床が何故か温くなり肩が床についた。
「――ぇ……?」
 理解が追いつかなかった。何がどうなっているのかと視線をそこに動かした。
 まず見えたのは鮮血に染まった床。そして、次に映ったのは腕が無くなった右腕。
「ぁ、あああぁぁぁああぁぁぁあああ――!」
 変化がない顔なのに、蜥蜴は愉悦に微笑んだように見えた。
 笑顔の蜥蜴は滴る赤い汁を垂れ流し、陽向の頬を舐めた。
「ヒィ――ッ」
 蜥蜴に抗うしか道はないのだが、彼の膂力ではその蜥蜴を倒すことはできない。智慧を振り絞ったとしても短い時間の中で何もできる訳がなかった。
 勇気を嘲笑うその姿に陽向の顔が一瞬に恐怖に染まる。殺るなら一瞬で終わらせて欲しいと望んでも、蜥蜴はそのような優しい心をしていない。
 ゆっくりじっくりと陽向を味わうように少しずつ陽向の肉体を喰らっていく。最後に床に残った血を舐め取った。
 血肉の一片も残さず蜥蜴の衣袋へと消えた。
「証拠隠滅よりも先に進化を行おう」
 天井に設置された装置から箱の中に煙が流し込まれる。
 数分経ち煙が消えるとそこには人とも蜥蜴とも言えない怪物が二本の脚と尻尾を使い立っていた。
 トカゲ人間――リザードもしくは、リザードマン。蜥蜴の遺伝子を持った人型の生物――亜人。
 しかしそれは、蜥蜴のような人でも人のような蜥蜴でもない。蜥蜴がヒトを喰らった全く新しい怪物。
 食らい尽くしたことによりヒトの記憶を獲得した蜥蜴は両者を混ぜ合わせ二で割ったような姿形に変貌した。
「ここに《DUAシステム》が完成した」
 不敵な笑みを浮かべた顔が薄くガラスに映り込んだ。
「さて、ヒーローに対しどこまで通用するのか試すか」
 ヒト型異能力爬虫類個体名称《ドラコニア》。神の領域に至れるのは人間のみではない。この世に存在する全ての生き物にその資格がある。
『生命の実』たる《DUAシステム》だけでは神格化しない。しかし、それと共に『智慧の実』たる『人間』を取り込めば昇華する。
 雲井はどうやってヒーローを呼ぶか思考を巡らせている時、ドン! ドン! と音と衝撃が伝わってきた。
「――まさか!?」
 ドラゴニアが壁を殴っていた。陽向がどうにもすることができなかった壁に罅が入り始める。
 そして、幾重にも入った罅がひとつとなり、割れた。
「くくく……予想以上の強さ――」
 笑みを浮かべドラゴニアの誕生を喜ぶ。が、それは途中で終わってしまった。ペットが主人に牙を剥くなんて常識だ。家畜化されてもなお、人に逆らう生き物は数多く存在している。だから、ドラゴニアが雲井を殴っても当たり前。
 しかし、ドラゴニアは雲井のことを喰らわなかった。何せ、彼は能力を持っていないためドラゴニアの食指をそそられなかった。
「シャァァァアアアアァァ!」
 地上へと出て陽光を体に浴びたドラゴニアは雄叫びを挙げた。
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