Bloody Rose〜血染め女王の罪と罰〜

鳩谷つむぎ

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私はこんなに美しいのにどうして…?!

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……ルナ様。エルナ様。お時間でございます。

ふとユーリアの声が聞こえた。

「……ん?」

寝ぼけた声で返事をする。

「そろそろお時間です。ぐっすりお休みになられたようですね。隈も消えて顔色もかなりよろしいですよ」

「……本当?」

「ええ、ご覧ください」

明るい顔でユーリアは手鏡をエルナに渡す。

鏡の中を覗き込むとユーリアの言う通り、隈はすっかり消えていて肌も艶が戻っていた。

「はあ、良かった……」

エルナは思わず安堵のため息を漏らした。

「これ……」

ユーリアに手鏡を返そうとしたが、何を思ったのか手を止めてユーリアの顔をじっと見た。

「……? エルナ様? どうかなさいましたか?」

ユーリアが不思議そうに尋ねる。

「……ねえ、前から思っていたんだけど……。その顔の布、外さないの? 怪我したのって随分前なのでしょう?」

一瞬、ユーリアの顔に焦りの色が走った。

「えっと……怪我自体は治っているのですが、生々しい傷跡が残っていて……。見た人を不快な気持ちにさせてしまいますので、外さないようにしております」

「……ふうん」

ユーリアはこれ以上、顔の布について触れられたくはないのか、急いで話題を戻す。

「さあ、エルナ様の肌艶も戻られましたし、今からオリバー様をお迎えする準備を致しましょう」

ユーリアはそう言うとアリアを呼んだ。彼女は豪華な刺繍や宝石が施された、エメラルドグリーンの大層立派なドレスを持って現れた。

「エルナ様、こちらが新作のドレスでございます」

アリアはやや緊張した面持ちでエルナの返答を待った。

エルナはドレスをまじまじと見て、暫く考え込むように黙った後、満足そうな笑みを浮かべる。

「素晴らしいわね。気に入ったわ。アリア、あなたのセンスはさすがね。早速着替えるわ」

エルナがそう言うと、アリアは心底安心したように胸を撫で下ろした。

いつも以上に華やかなドレスに身を包み、上品なメイクアップを施したエルナは、息を飲むほどの美しさだ。

普段見慣れている筈のユーリアやアリアでさえも圧倒され、暫く声が出せなかった。


「今日は一段とお美しいですわ。きっとオリバー様もお喜びになる事でしょう。さあ、そろそろお出迎えの準備を」

ユーリアがそう言うと、丁度オリバーが帰還したとの知らせが入った。そしてエルナは早足で夫、オリバーの元へ向かっていった。

「お帰りなさい。あなた。お疲れ様。ご無事で何よりですわ」

エルナは弾んだ声と満面の笑みで、オリバーを出迎えて労う。

齢三十になるオリバーは体格が非常に良く、端正な顔立ちをしているので、密かに憧れている侍女も多い。

普通ならば、これほど美しい妻に出迎えられ、労われたのなら、疲れも吹き飛び、妻を愛おしく思うだろう。

だが、オリバーはエルナを見て表情を曇らせ、低い声で言った。

「エルナ……、どうしたんだ、そのドレス…また新しい物を着ているのか?」

エルナは夫の不服そうな表情と声色を聞いてあからさまに肩を落とした。

「あなたに見て頂きたくて、特別に用意させたドレスですわ。今日はあなたが帰って来る日だから、盛大におもてなしをしたくて……」

悲しそうな顔で夫を見つめる。

「だからといって、この国の財政状況は分かっているだろう。この戦争で亡くなった兵士への補填もある。王子の妻たるお前が……」

エルナの言葉に、オリバーは苛立ちを見せる。

「ああ! 難しい話はおよしになって! ほら、もう直ぐディナーのお時間です。豪勢なお食事を用意させています。準備が整いましたら、一緒に頂きましょう」

オリバーが最後まで言い終わる前に、エルナが話の腰を折る。

「……ああ」

呆れたオリバーは、エルナにこれ以上言っても無駄という感じで戦争や国の財政状況について話すのをやめた。

エルナはオリバーのことを愛しており、彼女なりに夫を支えようとしている。

けれどもオリバーの方は、わがままで傲慢、さらには毎日のように贅沢し放題なエルナのことを快く思っていないのだ。

「先に中で待っていますわね。そうそう、この後、お義母様もいらっしゃいます」

エルナはオリバーが自分を褒めてくれないことに心を痛めながら、先にダイニングルームへ入っていった。

大理石で出来た優雅で気品のあるダイニングテーブルの上には、夫の帰還を祝うために特別に用意させた豪勢な食事が並んでいるにも関わらず、エルナはそれらを不満げな表情で見ていた。


自分は毎日こんなにも美しさに磨きをかける努力をしているのに、どうしてオリバーは自分を愛してくれないのか、全く理由が分からず、悶々としていた。

「一体この私の何に不満があるのかしら……。私より美しい者など、この世に存在する筈がないのに」

 結婚してからもう十年。

彼は一度も私に愛情を示してはくれない。
エルナとオリバーは齢十の時に出会い、十五で結婚した。

オリバーは最後まで渋っていたが、彼の母、ソフィア・ローレンがエルナの美しさを気に入り、結婚させたのである。

「……どうしたら、愛してくれるの……?」

オリバーについて悶々と考えていると、ダイニングル―ムの扉が開き、スラッとした長身の気品漂う女性が入ってきた。

オリバーの母、ソフィアである。

齢五十になるが、若々しく、肌にも艶があり美しい。

ソフィアはエルナを見つけると、口元に笑みを浮かべた。

が、目元は少しも笑っておらず、氷の眼差しを彼女に向けている。

「お久しぶりです。エルナ。出迎えにも来ずに中で待つとは、あなたも随分と偉くなりましたね」

開口一番、嫌味を浴びせる。

ああ。また始まったわ。エルナは心の中でため息をついた。と同時に頭の奥にズキズキと痛みが走った。

義母から嫌味を言われるのは毎度のことで、エルナも最近では適当にあしらっているが、その度に酷い頭痛に見舞われた。

今回も例外なく痛みは襲ってくる。だが、義母の前で辛そうな素振りを見せることなく、エルナは作り笑いを浮かべた。

「お久しぶりです。お義母様。出迎えに行けず、大変申し訳ございません。本日はオリバーとお義母様に最大のおもてなしを致したく、準備に時間をかけ過ぎてしましましたわ」

エルナの言い訳にソフィアはフッと鼻で笑った。

「あら。少し見ない内に言い訳もお上手になったこと。……ところでオリバーはまだなのですか?」

部屋をぐるりと見回しながら、不機嫌そうな声で言う。

「準備が整い次第、こちらに来られるとのことですわ。その間、どうぞ掛けてお待ちください。私、少し様子を伺って参ります」

義母と二人でいると頭痛が悪化するので、エルナはダイニングルームを出ようとした。

しかしソフィアがそれを引き留める。
そして彼女は眉間にを寄せて言った。

「この私を一人にしようとは、何てことでしょう。もう一度花嫁修行からやり直しますか?」

エルナは酷くなっていく頭痛に必死に耐えながら、義母に向き直った。勿論作り笑いも崩さないように。

「申し訳ございません。お義母様。多忙を極めるお義母様がこうしてお時間を作ってくださったので、オリバーに早くお伝えしたかっただけなのです。どうかお許し下さい」

ソフィアは呆れるような表情で大袈裟にため息をついた。

「まあいいでしょう。今日はオリバーの帰還祝いの日。大目に見て差し上げましょう。それで、その後調子はいかがです?」

ソフィアの言う調子はいかが? とは、子供の事である。エルナと会う度にソフィアは子供の有無を必ず確認する。

それがエルナにとって一番の悩みであった。

……ああ。また頭痛が激しくなる……。

「大変申し上げにくいのですが、まだ授かっておりません」

エルナは視線を落として言った。

ソフィアはあからさまにがっかりした様子で、またもや仰々しく溜息を吐いた。

「まだですか。一体あなたはこの十年間何をして来たのです?オリバーの子供をもうける事こそ、妻であるあなたの最大の役目だというのに」

「申し訳ございません……」

「あなたは本当に美しさしか取り柄がないのね。こんな事なら、あなたではなく、ハンナを嫁にするべきだったわ」

ハンナという名前を聞いて、エルナはつい不快感を表す。

「っ……」

ちなみに、ハンナとはエルナの五つ上の姉である。

彼女はエルナと正反対な、地味で清潔感に欠ける変わり者であったが、飛び抜けて頭がよく、バイゼル家の中でも一目置かれていた。

両親はエルナにはあまり関心がなく、ハンナばかり可愛がったので、エルナはハンナのことを快く思っていなかった。

そのハンナは、エルナが十歳の時に突然行方をくらました。バイゼル家総出で国中捜索に当たったが、今でもハンナの行方はわかっていない。

「まあ。なんて下品な表情をするのでしょう。そんなに自分の姉がお嫌いですか?」

ソフィアはエルナに挑発するように言う。

「彼女はあなた程華やかではないけれど、とても教養豊かな賢い娘でしたわ。行方さえ分かれば、今からでもオリバーの嫁に迎えたい位ですのに」

ソフィアはまるで勝ち誇ったかの様に嫌味をエルナに浴びせた。

……ハンナハンナってうるさいわよ。そんなに賢さが大事なの? 

女はどれだけ華やかで美しいかが重要じゃない。普通は賢い女なんて、疎まれるだけなのに、どうして、ハンナはあんなにも期待されていたの? 

意味がわからない。……それに、子供が出来ないのは、私のせいじゃない。オリバーは私を愛していないのだから、出来るわけないのよ。

エルナがそんな事を考えていると、ダイニングルームの扉が再び開き、オリバーが入って来た。

「待たせたね。エルナ、母上」

オリバーは口ではそう言いながらも顔は無表情だった。

ソフィアはそんなことには気づかずに目の前にいる息子に満面の笑みを向けた。

「オリバー。お久しぶりです。この度はお疲れ様。あなたの活躍は聞いております。私の自慢の息子ですわ。本当、エルナには勿体のない……」

「母上。エルナも。食事が冷めてしまわない内に食べよう」

ソフィアがエルナの悪口を言い切る前にオリバーは遮る。

エルナのことは愛してはいないが、顔を合わせる度に悪口を言う母にもオリバーはうんざりしていた。

「そうね…」

オリバーにそう言われてしまっては、素直に頷く他ない。

こうして豪勢な食事会は始まったが、その空気はあまり良いものではなく、エルナは全く味がわからなかった。

「オリバーと共に食事をすると、いつもより美味しく感じられるわね」

対してソフィアは食事を楽しんでいるようだ。

「それは良かったです」

オリバーが素っ気なく返す。

エルナはオリバーが帰ってくる前はあんなにも彼に会える事を楽しみにしていたが、出陣前と変わらない彼を見て、エルナは今回も失望した。

エルナは毎度毎度、オリバーが長期間戦争に行く度に、彼が心変わりをして、自分を求めてくれるのではないかと期待をしているが、そんな奇跡は未だに起こっていない…。
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