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夢と過去の記憶8
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最終日の朝、その日はとても目覚めの良い朝であった。
この後支度をして市場へ向かう。
汚らしい庶民の格好をしてこの場所へ行くのも今日が最後だと思うと、晴れ晴れとした気分になる。
エルナはお茶の入った水筒とティーカップを二つ用意する。
フィーネに渡すカップはエルナのカップよりも飲み口がやや狭くなっており、中にはハンナが開発した遅効性の毒が塗られている。
今日はオリバーが市場へ来ることはない。バイゼル家とローレン家の会合があり、そこでオリバーの婚約者に誰がふさわしいのか話し合われるためである。
バイゼル家には娘が二人いるので、まずは長女のハンナから顔合わせを行う。
その後、日を改めてエルナとも顔合わせを行い、どちらがふさわしいかオリバーの両親が決定すると言う流れだ。
そのため、この日、エルナは外出できるが、オリバーとハンナは夕方まで外出できない。
「……ふふ。今日は楽しい一日になりそうね」
エルナは意気揚々と市場へ向かう。
いつもの場所でフィーネが待つ。今日は一人。
エルナを見つけると片手を上げ、にこやかに微笑む。
この後自分を待ち受ける過酷な運命など、知る由もない。
「エルナさん、こんにちは!」
「あら、フィーネ。ご機嫌よう」
エルナも微笑み返す。
「今日はオリバー様、どうしても外せない用事があるみたいで……。エルナさん、確か市場調査って今日が最終日でしたよね?」
フィーネがどこか寂しそうな表情で言う。
「ええ。そうなの。長い調査も今日で終わり。あなたやオリバーと話せてよかったわ。おかげでこの調査を乗り切れた」
出来るだけ自然な笑みを浮かべて返す。
「庶民の暮らしぶりもわかったし、きちんと姉に報告できるわ。オリバーとは、また会うでしょうけど、あなたとは……今後中々会えないと思うと何だか寂しいわね」
エルナは伏し目がちに言ってみせる。
勿論そんなことは微塵も思っていないが。
「私もです。身分が下の私にも優しくお話してくださり、ありがとうございます。この思い出は一生忘れません」
「大袈裟ね。あなたはローレン家の使用人でしょ。今は末端でも、地位が上がればきっとまた会えるわよ。さ、最後のお茶会楽しみましょう。今日は特別高級な物を用意してきたから」
そう言ってエルナはいつもの如くフィーネにティーカップを差し出す。
フィーネもいつもティーカップを貸してもらっているため、何の疑いもなく受け取る。
遅効性の毒が塗られているなんて知らずに。
エルナが自分とフィーネのカップへお茶を注ぐと、甘酸っぱい香りが漂い、ルビーの様な鮮やかな赤色が広がる。
「わあ! 香りもいいですが、色がとても鮮やかで綺麗ですね! これは何ていうお茶なのですか?」
無邪気にフィーネが尋ねる。
「ハイビスカスティーよ。綺麗な赤色でしょ。今までのお茶と違って少し酸っぱいと思う。酸味っていうのかしら? 好みは分かれるけど、私は好きよ。お肌にも良いからよく飲んでるわ」
エルナの説明を聞いて、フィーネはなるほどと頷き、ハイビスカスティ―を口に運ぶ。
「わ! 本当ですね! 酸っぱい!」
想像以上の酸味が口の中いっぱいに広がり、フィーネは一瞬顔を顰めたが、すぐに笑顔に戻る。エルナの手前、酸味が強すぎて苦手とは到底言えない。
「でも、とても美味しいです!」
一度に飲むとむせそうなので、少しずつ口に含む。
エルナが持って来たものを残すわけにはいかない。
「そう。よかったわ」
フィーネの横でエルナは甘酸っぱい香りを十分に堪能し、味わいながら飲み進める。
「この酸味も初めは驚きましたけど、クセになりますね。飲むごとにより一層美味しく感じます。ああ、オリバー様にもぜひ飲んで頂きたかったなあ、このお茶」
最初の一口で強い酸味に苦手意識を持っていたが、一口一口と飲み進めていく内にハイビスカスティー独特の酸味にも慣れ、それどころか美味しいとさえ感じる様になっていた。
「あら、中々わかってるじゃないの」
エルナは少し誇らしげに返す。
この日もいつもと同じ様に暫く談笑する。
「さてと……最後の調査に行かなきゃ」
エルナはに立ち上がる。
「エルナさん」
フィーネもつられて立ち上がる。
「短い間でしたが、こうしてお話することができて大変光栄でした。ありがとうございます。またいつかお目にかかれることを願っております」
フィーネは丁寧に深々と頭を下げた。
「……ええ。私も楽しかったわ。またどこかで会えるといいわね。それじゃあ、元気でね。さよなら」
エルナは口元に笑みを浮かべて言うが、目の奥は笑っていない。
帰り道に通る森の中、フィーネはエルナとの日々を思い出していた。
「エルナ様、本当に綺麗で優しくて、素敵だった。この一ヶ月間、買い出しに行くのがすごく楽しかったな」
エルナの姿を思い浮かべて、フフっと笑う。
「今後、上流貴族のパーティの給仕係になれる様、もっと頑張らなきゃ! そしたら、またエルナ様にもお会いできるかもしれない」
フィーネは目標が出来たと、自分を奮い立たせた。
市場を出て歩き出してから三十分程たった頃、フィーネの体に異変が起きた。
「あれ……? 何だろう。が……」
突如、猛烈な目眩と息苦しさに立っていることが困難になり、その場で蹲った。
抱えていた食材の袋が地面に落ち、その衝撃で中身の野菜や果物が転がる。
ヒューヒューと荒い息が漏れるが、吹き付ける風の音にかき消されていく。
……誰か!
視界が霞み、意識もとしていく中、人影の様な物がゆっくりと近づいて来る気配を感じた。
「悪い……ね。あなた……は……犠牲になっ……てもらう…」
何か喋っている様だが、聞き取れない。
人影はフィーネの前でしゃがみ込み、苦しむ彼女に何か液体の様なものを飲ませた。
液体が体の奥まで染み込んでいき、体が楽になっていくと同時に強烈な眠気に襲われ、そこでフィーネの意識は完全に途切れた。
どの位眠っていたのだろうか。
フィーネはゆっくりと目を開け、体を起す。
「ここは……。どこ……?」
状況が飲み込めず、辺りをキョロキョロと見回す。
自分はどうやら部屋の中にいる様だ。
それも広く、豪華な品々が置かれている、明らかに上流貴族以上の部屋。
なぜそのような場所にいるのか……。
市場を出た後、寄り道などせず、真っ直ぐ仕えているローレン家に戻った筈なのに。
市場からの帰り道に何かあった気もするが、全く思い出せない。
目に入って来たのは、淡いピンク色に薔薇の刺繍が施された付きのベッド。
そのすぐ右隣に配置されているアンティークテーブルには、飲みかけのお茶が入っているティーカップと、ティーポットが置かれている。
フィーネはゆっくり立ち上がるとベッドの方へ近づく。誰かが寝息を立てているのが聞こえてきた。
「誰だろう……?」
フィーネは恐る恐る天蓋カーテンを少し開け、中を覗き見た。
そこには雪のように白く透き通った肌の極めて美しい娘が眠っていた。
それも見知った顔の、憧れと尊敬を抱いた人物
「エ……エルナ様!」
フィーネは驚き、思わず大声をあげてしまう。
慌てて閉口するが、フィーネの声にエルナの意識が覚醒したのか、そっと目を開ける。
エルナの視線が青ざめているフィーネを捉えた時、エルナは小さく悲鳴をあげた。
「え! フィーネ? 何でここに? 何してるの!」
「ち…違うんです! 私も何でここにいるのか分からないんです!」
フィーネは慌てふためき思わず尻餅をついてしまう。
その時、カラン……と床に何か落ちる音がした。
どうやらフィーネの服のポケットから何か光るものがこぼれ落ちたようだ。
エルナは床に視線を落とすと、部屋の外にまで響き渡る程の金切声をあげた。
「きゃ! どういうつもり! ナイフじゃない!」
「え……?」
フィーネは自分がエルナの寝室にいて、自分の着ている服から鋭利な小型ナイフが出て来たという状況に頭が追い付かない。
何も言えず、その場でただ固まってしまった。
「エルナ様! どうなさいましたか?」
城の警備兵や使用人達がエルナの叫び声を聞き、素早く駆けつけ、エルナの部屋に入る。
普段は防犯面から寝室には鍵をかけているのだが、この日はなぜか空いており、さらにエルナの叫び声から非常事態と判断したため、すぐに部屋の中へ押し入った。
「助けて!」
目に涙を浮かべて震えているエルナと、見知らぬ少女と落ちているナイフを見た警備はすぐにフィーネを取り押さえた。
「お前! 何をしている!」
背が高く屈強な警備兵に取り押さえられたフィーネは、抵抗をすることもなく、呆然自失という感じで、そのまま捕らえられた。
「こんな夜更に一体何の騒ぎ?」
騒ぎで起こされたのか、眠そうに目を擦りながら、ハンナがエルナの寝室に入って来た。
「お……お姉様!」
「え? 何この状況? どうなってるの? この子は誰?」
ハンナは騒ぎ立てる様子もなく、少し困惑した表情を浮かべながらも淡々と尋ねる。
「わ、わかりません……。この子はフィーネと言って、今日までお姉様に依頼されていた調査で知り合った子です……。なぜか私の寝室にいて……そのナイフを……持っていて……」
エルナは嗚咽を漏らしながら答える。
「ふーん。なるほどね。この子がフィーネか。エルナから聞いていた、オリバーと仲が良い使用人の子か」
ハンナは何か考えるような素振りを見せた後、ああ! と言って手を叩く。
「あ! もしかして、あなた……エルナにオリバーを盗られるんじゃないかと思って、エルナを消しにきた感じ?」
ハンナはわざとらしく言う。
「ち……ちがいます! 私は何でここにいるのか、なぜナイフがポケットに入っていたのか全くわからないんです……。エルナ様に危害を加えようなんて思っていません…… 信じてください……」
フィーネは震える声で何とか言葉を紡ぐ。
先程まで呆然自失という状態だったが、今は顔面蒼白していて、体は恐怖からか小刻みに震えている。
自分がこの後どうなるのか、予想できてしまうからである。
王家に不法侵入し、危害を加えようとしたと判断されれば処刑は免れない。
無罪を証明できなければフィーネはこのままバイゼル家の司法機関で裁判にかけられ、死刑判決が下されるであろう。
例え、同じ王家のローレン家に仕えている使用人だったとしても。
「うーん、この状況であなたの無罪を証明するのは難しいわね。だって、事実あなたは不法侵入しているし、あなたの衣服からナイフが出て来たとなれば、言い逃れできないでしょう?」
ハンナは突き放すように言うと、フィーネを取り押さえている警備兵に彼を地下牢に連れていくように命じた。
判決が下されるまで、罪人は地下牢に幽閉される。
ハンナの部屋がある地下室の近くにある。
窓は小さく、光が差し込まないため、暗くてじめっととした空気が漂い、かび臭い小さな独房。
ここに何日も閉じ込められたら正気ではいられなくなるような劣悪な環境だが、一日三回の簡素な食事は与えられる。
地下牢へ連れて行かれる間、フィーネは抜け殻のような状態で、生気が感じられなく、廃人のようであった。
一言も発することなく、焦点の合っていない虚な目をしていた。
「……とりあえず、私はエルナを連れてお父様、お母様に報告しにいくわ。後のことはお願いね」
その場に残っていた使用人達に告げ、エルナの手を引いて部屋を出た。
廊下に出るなり、すぐさま手を離し、エルナに向き合う。
「大した演技力ね。感心するわ」
この後支度をして市場へ向かう。
汚らしい庶民の格好をしてこの場所へ行くのも今日が最後だと思うと、晴れ晴れとした気分になる。
エルナはお茶の入った水筒とティーカップを二つ用意する。
フィーネに渡すカップはエルナのカップよりも飲み口がやや狭くなっており、中にはハンナが開発した遅効性の毒が塗られている。
今日はオリバーが市場へ来ることはない。バイゼル家とローレン家の会合があり、そこでオリバーの婚約者に誰がふさわしいのか話し合われるためである。
バイゼル家には娘が二人いるので、まずは長女のハンナから顔合わせを行う。
その後、日を改めてエルナとも顔合わせを行い、どちらがふさわしいかオリバーの両親が決定すると言う流れだ。
そのため、この日、エルナは外出できるが、オリバーとハンナは夕方まで外出できない。
「……ふふ。今日は楽しい一日になりそうね」
エルナは意気揚々と市場へ向かう。
いつもの場所でフィーネが待つ。今日は一人。
エルナを見つけると片手を上げ、にこやかに微笑む。
この後自分を待ち受ける過酷な運命など、知る由もない。
「エルナさん、こんにちは!」
「あら、フィーネ。ご機嫌よう」
エルナも微笑み返す。
「今日はオリバー様、どうしても外せない用事があるみたいで……。エルナさん、確か市場調査って今日が最終日でしたよね?」
フィーネがどこか寂しそうな表情で言う。
「ええ。そうなの。長い調査も今日で終わり。あなたやオリバーと話せてよかったわ。おかげでこの調査を乗り切れた」
出来るだけ自然な笑みを浮かべて返す。
「庶民の暮らしぶりもわかったし、きちんと姉に報告できるわ。オリバーとは、また会うでしょうけど、あなたとは……今後中々会えないと思うと何だか寂しいわね」
エルナは伏し目がちに言ってみせる。
勿論そんなことは微塵も思っていないが。
「私もです。身分が下の私にも優しくお話してくださり、ありがとうございます。この思い出は一生忘れません」
「大袈裟ね。あなたはローレン家の使用人でしょ。今は末端でも、地位が上がればきっとまた会えるわよ。さ、最後のお茶会楽しみましょう。今日は特別高級な物を用意してきたから」
そう言ってエルナはいつもの如くフィーネにティーカップを差し出す。
フィーネもいつもティーカップを貸してもらっているため、何の疑いもなく受け取る。
遅効性の毒が塗られているなんて知らずに。
エルナが自分とフィーネのカップへお茶を注ぐと、甘酸っぱい香りが漂い、ルビーの様な鮮やかな赤色が広がる。
「わあ! 香りもいいですが、色がとても鮮やかで綺麗ですね! これは何ていうお茶なのですか?」
無邪気にフィーネが尋ねる。
「ハイビスカスティーよ。綺麗な赤色でしょ。今までのお茶と違って少し酸っぱいと思う。酸味っていうのかしら? 好みは分かれるけど、私は好きよ。お肌にも良いからよく飲んでるわ」
エルナの説明を聞いて、フィーネはなるほどと頷き、ハイビスカスティ―を口に運ぶ。
「わ! 本当ですね! 酸っぱい!」
想像以上の酸味が口の中いっぱいに広がり、フィーネは一瞬顔を顰めたが、すぐに笑顔に戻る。エルナの手前、酸味が強すぎて苦手とは到底言えない。
「でも、とても美味しいです!」
一度に飲むとむせそうなので、少しずつ口に含む。
エルナが持って来たものを残すわけにはいかない。
「そう。よかったわ」
フィーネの横でエルナは甘酸っぱい香りを十分に堪能し、味わいながら飲み進める。
「この酸味も初めは驚きましたけど、クセになりますね。飲むごとにより一層美味しく感じます。ああ、オリバー様にもぜひ飲んで頂きたかったなあ、このお茶」
最初の一口で強い酸味に苦手意識を持っていたが、一口一口と飲み進めていく内にハイビスカスティー独特の酸味にも慣れ、それどころか美味しいとさえ感じる様になっていた。
「あら、中々わかってるじゃないの」
エルナは少し誇らしげに返す。
この日もいつもと同じ様に暫く談笑する。
「さてと……最後の調査に行かなきゃ」
エルナはに立ち上がる。
「エルナさん」
フィーネもつられて立ち上がる。
「短い間でしたが、こうしてお話することができて大変光栄でした。ありがとうございます。またいつかお目にかかれることを願っております」
フィーネは丁寧に深々と頭を下げた。
「……ええ。私も楽しかったわ。またどこかで会えるといいわね。それじゃあ、元気でね。さよなら」
エルナは口元に笑みを浮かべて言うが、目の奥は笑っていない。
帰り道に通る森の中、フィーネはエルナとの日々を思い出していた。
「エルナ様、本当に綺麗で優しくて、素敵だった。この一ヶ月間、買い出しに行くのがすごく楽しかったな」
エルナの姿を思い浮かべて、フフっと笑う。
「今後、上流貴族のパーティの給仕係になれる様、もっと頑張らなきゃ! そしたら、またエルナ様にもお会いできるかもしれない」
フィーネは目標が出来たと、自分を奮い立たせた。
市場を出て歩き出してから三十分程たった頃、フィーネの体に異変が起きた。
「あれ……? 何だろう。が……」
突如、猛烈な目眩と息苦しさに立っていることが困難になり、その場で蹲った。
抱えていた食材の袋が地面に落ち、その衝撃で中身の野菜や果物が転がる。
ヒューヒューと荒い息が漏れるが、吹き付ける風の音にかき消されていく。
……誰か!
視界が霞み、意識もとしていく中、人影の様な物がゆっくりと近づいて来る気配を感じた。
「悪い……ね。あなた……は……犠牲になっ……てもらう…」
何か喋っている様だが、聞き取れない。
人影はフィーネの前でしゃがみ込み、苦しむ彼女に何か液体の様なものを飲ませた。
液体が体の奥まで染み込んでいき、体が楽になっていくと同時に強烈な眠気に襲われ、そこでフィーネの意識は完全に途切れた。
どの位眠っていたのだろうか。
フィーネはゆっくりと目を開け、体を起す。
「ここは……。どこ……?」
状況が飲み込めず、辺りをキョロキョロと見回す。
自分はどうやら部屋の中にいる様だ。
それも広く、豪華な品々が置かれている、明らかに上流貴族以上の部屋。
なぜそのような場所にいるのか……。
市場を出た後、寄り道などせず、真っ直ぐ仕えているローレン家に戻った筈なのに。
市場からの帰り道に何かあった気もするが、全く思い出せない。
目に入って来たのは、淡いピンク色に薔薇の刺繍が施された付きのベッド。
そのすぐ右隣に配置されているアンティークテーブルには、飲みかけのお茶が入っているティーカップと、ティーポットが置かれている。
フィーネはゆっくり立ち上がるとベッドの方へ近づく。誰かが寝息を立てているのが聞こえてきた。
「誰だろう……?」
フィーネは恐る恐る天蓋カーテンを少し開け、中を覗き見た。
そこには雪のように白く透き通った肌の極めて美しい娘が眠っていた。
それも見知った顔の、憧れと尊敬を抱いた人物
「エ……エルナ様!」
フィーネは驚き、思わず大声をあげてしまう。
慌てて閉口するが、フィーネの声にエルナの意識が覚醒したのか、そっと目を開ける。
エルナの視線が青ざめているフィーネを捉えた時、エルナは小さく悲鳴をあげた。
「え! フィーネ? 何でここに? 何してるの!」
「ち…違うんです! 私も何でここにいるのか分からないんです!」
フィーネは慌てふためき思わず尻餅をついてしまう。
その時、カラン……と床に何か落ちる音がした。
どうやらフィーネの服のポケットから何か光るものがこぼれ落ちたようだ。
エルナは床に視線を落とすと、部屋の外にまで響き渡る程の金切声をあげた。
「きゃ! どういうつもり! ナイフじゃない!」
「え……?」
フィーネは自分がエルナの寝室にいて、自分の着ている服から鋭利な小型ナイフが出て来たという状況に頭が追い付かない。
何も言えず、その場でただ固まってしまった。
「エルナ様! どうなさいましたか?」
城の警備兵や使用人達がエルナの叫び声を聞き、素早く駆けつけ、エルナの部屋に入る。
普段は防犯面から寝室には鍵をかけているのだが、この日はなぜか空いており、さらにエルナの叫び声から非常事態と判断したため、すぐに部屋の中へ押し入った。
「助けて!」
目に涙を浮かべて震えているエルナと、見知らぬ少女と落ちているナイフを見た警備はすぐにフィーネを取り押さえた。
「お前! 何をしている!」
背が高く屈強な警備兵に取り押さえられたフィーネは、抵抗をすることもなく、呆然自失という感じで、そのまま捕らえられた。
「こんな夜更に一体何の騒ぎ?」
騒ぎで起こされたのか、眠そうに目を擦りながら、ハンナがエルナの寝室に入って来た。
「お……お姉様!」
「え? 何この状況? どうなってるの? この子は誰?」
ハンナは騒ぎ立てる様子もなく、少し困惑した表情を浮かべながらも淡々と尋ねる。
「わ、わかりません……。この子はフィーネと言って、今日までお姉様に依頼されていた調査で知り合った子です……。なぜか私の寝室にいて……そのナイフを……持っていて……」
エルナは嗚咽を漏らしながら答える。
「ふーん。なるほどね。この子がフィーネか。エルナから聞いていた、オリバーと仲が良い使用人の子か」
ハンナは何か考えるような素振りを見せた後、ああ! と言って手を叩く。
「あ! もしかして、あなた……エルナにオリバーを盗られるんじゃないかと思って、エルナを消しにきた感じ?」
ハンナはわざとらしく言う。
「ち……ちがいます! 私は何でここにいるのか、なぜナイフがポケットに入っていたのか全くわからないんです……。エルナ様に危害を加えようなんて思っていません…… 信じてください……」
フィーネは震える声で何とか言葉を紡ぐ。
先程まで呆然自失という状態だったが、今は顔面蒼白していて、体は恐怖からか小刻みに震えている。
自分がこの後どうなるのか、予想できてしまうからである。
王家に不法侵入し、危害を加えようとしたと判断されれば処刑は免れない。
無罪を証明できなければフィーネはこのままバイゼル家の司法機関で裁判にかけられ、死刑判決が下されるであろう。
例え、同じ王家のローレン家に仕えている使用人だったとしても。
「うーん、この状況であなたの無罪を証明するのは難しいわね。だって、事実あなたは不法侵入しているし、あなたの衣服からナイフが出て来たとなれば、言い逃れできないでしょう?」
ハンナは突き放すように言うと、フィーネを取り押さえている警備兵に彼を地下牢に連れていくように命じた。
判決が下されるまで、罪人は地下牢に幽閉される。
ハンナの部屋がある地下室の近くにある。
窓は小さく、光が差し込まないため、暗くてじめっととした空気が漂い、かび臭い小さな独房。
ここに何日も閉じ込められたら正気ではいられなくなるような劣悪な環境だが、一日三回の簡素な食事は与えられる。
地下牢へ連れて行かれる間、フィーネは抜け殻のような状態で、生気が感じられなく、廃人のようであった。
一言も発することなく、焦点の合っていない虚な目をしていた。
「……とりあえず、私はエルナを連れてお父様、お母様に報告しにいくわ。後のことはお願いね」
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