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第6話 領主様というジョブはメイドに対して強く出られないようです
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「メルさん、この屋敷の主っていうホディスミルモ? 伯爵って、どんな人なんですか?」
「ホダスティルモ様ですね」
メルヴィーは残念そうに笑うと中庭へ続く扉を開いた。
どうやら今しがたまでいたのは屋敷の離れにあたる建物だったようで、ホダスティルモ伯爵が住む本邸へは色とりどりの花が生い茂る渡り廊下を歩いて向かうらしい。石畳の両側に規則だしく立ち並ぶ白い柱にはアーチ状の屋根が取り付けられており日差しを気にする必要もない。
「とても面白い方ですよ、おそらく世界でも指折りの……なんと言いますか、自分の道を進む人。或いは我がままとも言い換えられるかもしれません。でもお城に住む貴族のようにおごったところなどなく、〝自由人〟という言葉がしくっくりくるのではないでしょうか?」
コヨミが想像していた金持ちとは全然違うようだった。主のことを離すメルさんの様子はどこか嬉しそうで、きっとホダスティルモという人は悪い人ではないのだろうと思った。
漆を塗ったような光沢を放つ扉を開け本邸に入ると目が痛くなるほどの調度品の数々が出迎えてくれる。手入れの行きとどいた赤い絨毯に、慣例行事でしか見ないような大きな壺、二階へと昇る階段の手すりには光り輝く金が使用されており、一般市民であるコヨミにはその空間に踏み入れることさえ憚られた。
「どうしたんですかコヨミさん?」
先を行くシノとメルヴィーはそんなコヨミを不思議そうに見つめる。
そりゃ毎日働いてる屋敷だもんな……。
壺の一つとってもいくらするのかわからない。もし壊してしまったらと考えると、素直に鑑賞品として観ることができず気疲れしてしまう。
どうやら目的の人物の部屋はその階段を上ったところにあるらしく、段差のせいで足まで垂れたスカートを踏みつけてしまい危うく転んでしまうところだった。
大きな二枚扉に取り付けられたライオン型のノッカーを数度叩くが一向に返事が無い。誰もいないのではないだろうか? そう思っていると、メルヴィーは構わずドアノブを回して扉を開けた。
勝手に入るとまずくないですか?
そう思ったが、隣で様子を見ていたシノが呆れながらも笑っていたので怒られることはないのだろうと少しほっとして、そして部屋の中を除いた瞬間に顔が引きつった。
一階で見たような豪華絢爛、という言葉が相応しい内装とは異なり、この部屋には世間一般の人間一目見て高価だとわかる物は置かれていない。手入れがよくされている剣もその一つだろう。観賞用に保管しているような骨董品ではなく、既に何千何万回と戦場を駆け抜けてきたかのような傷跡が幾つも存在した。けれど、その見事な剣でさえも部屋の中で一層異彩を放つとある置物の前では霞むほどの存在でしかなかった。
「ホダスティルモ様、お客様をご案内してまいりました」
メルヴィーが恭しく頭を下げた先には筋肉質な男性が上半身をはだけさせていた。
「おおメルヴィーか、ちょうど今新しい剥製のセットが終わったところだ。どうだかっこよいだろう? 毛並みを整えるのに今の今まで掛かってしまったよ。まったく、虚城王犬は本当に癖っ毛で困りものだ。だがそのかいあってこいつはコレクションの中でも群を抜いてすばらしい。キミもそう思わんかね?」
「なんども申し上げておりますが、私には生物の骸を鑑賞するような趣味はありませんので」
一メートルもある犬の首が壁から生えている光景というのは異様としか言い表せなかった。死してなお畏怖を感じさせる眼光からはこの生き物がどういった存在だったのかは嫌でも思い知らせる。食物連鎖の頂点に君臨するであろう怪物だ。おそらく武器を手に取った人間ですら一飲みで平らげてしまうだろう。ならばこそ、この剥製が何故貴族の手元で哀れにも頭一つになっているのか? この怪物を仕留めるためにいったい何人が犠牲になったのかなど考えたくもない。
「そう邪険にするな、私とて動いてるこいつの方が何十倍も好きだが君達がいる手前、放し飼いをするわけにもいかんだろ? 仕方がないからわざわざダンジョンに赴いて、頭だけ狩り取って来たというのにその言い方はないんじゃないかね?」
すねた口調で抗議する伯爵にけれどメルヴィーは一向に妥協する様子はなくむしろ抗議の視線を向けた。
「わざわざ、とおっしゃられましても、さしたる苦労には思えません。万人はともあれホダスティルモ様の場合、散歩に出かけて野良犬とじゃれて来た。という程度の話なのですから」
旗色が悪くなったホダスティルモは一度咳払いするとコヨミの方へ視線を移した。
「キミやっと目を覚ましたのだね。よかったよかった。ダンジョンの中で失神しては危ないぞ、あそこには人の身体を狙っている魔物がうようよいるからね。肉を喰らう窮万鼠や人の身体に憑依す憑依死霊、B級の冒険者ですら油断すれば餌食にされてしまうのだ気を付けたまえ」
やっぱり魔物いたんだあの洋館……。というか冒険者とかいるんだなこの世界、B級ってかなり強い方だと思うがあのポンコツ神めそんなところに僕を放り込むなんて、次に会ったら覚えておけよ。
めらめらと復讐を滾らせるコヨミはふと洋館での出来事を思い出した。
「ホダスティルモ様ですね」
メルヴィーは残念そうに笑うと中庭へ続く扉を開いた。
どうやら今しがたまでいたのは屋敷の離れにあたる建物だったようで、ホダスティルモ伯爵が住む本邸へは色とりどりの花が生い茂る渡り廊下を歩いて向かうらしい。石畳の両側に規則だしく立ち並ぶ白い柱にはアーチ状の屋根が取り付けられており日差しを気にする必要もない。
「とても面白い方ですよ、おそらく世界でも指折りの……なんと言いますか、自分の道を進む人。或いは我がままとも言い換えられるかもしれません。でもお城に住む貴族のようにおごったところなどなく、〝自由人〟という言葉がしくっくりくるのではないでしょうか?」
コヨミが想像していた金持ちとは全然違うようだった。主のことを離すメルさんの様子はどこか嬉しそうで、きっとホダスティルモという人は悪い人ではないのだろうと思った。
漆を塗ったような光沢を放つ扉を開け本邸に入ると目が痛くなるほどの調度品の数々が出迎えてくれる。手入れの行きとどいた赤い絨毯に、慣例行事でしか見ないような大きな壺、二階へと昇る階段の手すりには光り輝く金が使用されており、一般市民であるコヨミにはその空間に踏み入れることさえ憚られた。
「どうしたんですかコヨミさん?」
先を行くシノとメルヴィーはそんなコヨミを不思議そうに見つめる。
そりゃ毎日働いてる屋敷だもんな……。
壺の一つとってもいくらするのかわからない。もし壊してしまったらと考えると、素直に鑑賞品として観ることができず気疲れしてしまう。
どうやら目的の人物の部屋はその階段を上ったところにあるらしく、段差のせいで足まで垂れたスカートを踏みつけてしまい危うく転んでしまうところだった。
大きな二枚扉に取り付けられたライオン型のノッカーを数度叩くが一向に返事が無い。誰もいないのではないだろうか? そう思っていると、メルヴィーは構わずドアノブを回して扉を開けた。
勝手に入るとまずくないですか?
そう思ったが、隣で様子を見ていたシノが呆れながらも笑っていたので怒られることはないのだろうと少しほっとして、そして部屋の中を除いた瞬間に顔が引きつった。
一階で見たような豪華絢爛、という言葉が相応しい内装とは異なり、この部屋には世間一般の人間一目見て高価だとわかる物は置かれていない。手入れがよくされている剣もその一つだろう。観賞用に保管しているような骨董品ではなく、既に何千何万回と戦場を駆け抜けてきたかのような傷跡が幾つも存在した。けれど、その見事な剣でさえも部屋の中で一層異彩を放つとある置物の前では霞むほどの存在でしかなかった。
「ホダスティルモ様、お客様をご案内してまいりました」
メルヴィーが恭しく頭を下げた先には筋肉質な男性が上半身をはだけさせていた。
「おおメルヴィーか、ちょうど今新しい剥製のセットが終わったところだ。どうだかっこよいだろう? 毛並みを整えるのに今の今まで掛かってしまったよ。まったく、虚城王犬は本当に癖っ毛で困りものだ。だがそのかいあってこいつはコレクションの中でも群を抜いてすばらしい。キミもそう思わんかね?」
「なんども申し上げておりますが、私には生物の骸を鑑賞するような趣味はありませんので」
一メートルもある犬の首が壁から生えている光景というのは異様としか言い表せなかった。死してなお畏怖を感じさせる眼光からはこの生き物がどういった存在だったのかは嫌でも思い知らせる。食物連鎖の頂点に君臨するであろう怪物だ。おそらく武器を手に取った人間ですら一飲みで平らげてしまうだろう。ならばこそ、この剥製が何故貴族の手元で哀れにも頭一つになっているのか? この怪物を仕留めるためにいったい何人が犠牲になったのかなど考えたくもない。
「そう邪険にするな、私とて動いてるこいつの方が何十倍も好きだが君達がいる手前、放し飼いをするわけにもいかんだろ? 仕方がないからわざわざダンジョンに赴いて、頭だけ狩り取って来たというのにその言い方はないんじゃないかね?」
すねた口調で抗議する伯爵にけれどメルヴィーは一向に妥協する様子はなくむしろ抗議の視線を向けた。
「わざわざ、とおっしゃられましても、さしたる苦労には思えません。万人はともあれホダスティルモ様の場合、散歩に出かけて野良犬とじゃれて来た。という程度の話なのですから」
旗色が悪くなったホダスティルモは一度咳払いするとコヨミの方へ視線を移した。
「キミやっと目を覚ましたのだね。よかったよかった。ダンジョンの中で失神しては危ないぞ、あそこには人の身体を狙っている魔物がうようよいるからね。肉を喰らう窮万鼠や人の身体に憑依す憑依死霊、B級の冒険者ですら油断すれば餌食にされてしまうのだ気を付けたまえ」
やっぱり魔物いたんだあの洋館……。というか冒険者とかいるんだなこの世界、B級ってかなり強い方だと思うがあのポンコツ神めそんなところに僕を放り込むなんて、次に会ったら覚えておけよ。
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