恋と美容術で男爵家のオテンバ令嬢アカリーヌは天下を取りに行く

乙巴じゅん

文字の大きさ
5 / 56
1章 オテンバ令嬢アカリーヌの恋と仕事が動きだした

ハナレテル伯爵家の令嬢ハルナとの出会い

しおりを挟む
 商店街の駐馬車場。右の座席からマームが降りる。御者がドアを開けてアカリーヌが降りるのをサポートした。
(ここまでがお嬢様気分だよねー)
 周りは伯爵や子爵の馬車が並び、華やかなドレスの令嬢が近くの馬車へ乗るところ。ちょっと挨拶するのは礼儀だ。アカリーヌもわずらわしさを感じて、お喋りなんかはしない。
(やはり、飾りつけの派手な服に嫉妬はするけどね)
 二十歳をすぎて落ち着いた女性は、かえって飾りのない服を選ぶが、まだキラキラに憧れるのだ。

 瓦屋根の長屋が並ぶのを眺める。
(王女様の美容コーナーを見学してから、ダニエルのプレゼントを買うつもり。王都に住んでみたいね、たまにはさ)
 通路を行きかう人々も様々で、さすが都会だ。
「王都は人も多いね」
 温泉旅館みたいに帯を軽く締めた浴衣姿も見かける。気取った燕尾服の人や法被にステテコの男性。神話の書には『明治時代を複製』と記されているが、『明治』を何と読むか不明らしい。人々はアケハルと表現していた。
「アケハル式の生活スタイルは人気もございましょう」
「生活に余裕もある証拠だね。田舎のフーモトと差があるよ」
「さあ。参りましょう」
 人並の切れ目をマームが先導して渡る。

 長屋といっても、市場と似たような造りだ。長さ五メートル奥行3メートルぐらいの広さ。王城の煉瓦壁との間に10メートルほどの歩道があり、軒先へ『女王様の美容コーナー』と大きく書かれていた。
「あれが施術なのね、なるほど」
 フェイシャル用というのか、美容室みたいな椅子。枕の部分があり、理容室の椅子に近い。髪を束ねて黄色い花模様のドレスをつけた女性が、仰向けになるお客様の顔を、くにゅくにゅ、弄っているところだ。
 近づくと、声をかけるのは待機していたもう一人の女性。やけに内巻きの髪を束ねて伸ばし、似たような柄の服を着ける。
(子爵家のところかしら。金色の替わりに黄色を使うよねー)
「いらっしゃいませ。しばらくお待ちいただけますか」
 手で示す場所は軒下。二人の女性が長椅子に座って待っている。
「見学に参りました。私は」相手は最後まで聞かない。
「見学? 邪魔だからね」急に態度も変える。
 子爵家令嬢らしき女性が瞳を上下させると鼻息と溜め息の混じった音を響かせる。服で判断したのだろう。
「うん。見たところ男爵家かな、ちょっと高いのよ、払えるかしら?」
 さすがに都会だ、物価が高いらしい。そして、子爵家の子供には男爵家より上と威張る者は多い。
(見下した顔で教えられてたまるかって)
「教えてくれそうにないねー」
 マームに呟いて、目を移すと同じ椅子はある。

 美容椅子の後方には水を通す筒が見えて、タオルがテーブルみたいな棚へ置かれる。五個並んだ椅子の端っこにも人影が見えた。長椅子に二人の頭が見えるが施術者はいない。
「軒下を潜るぐらいは自由でしょうが」
 アカリーヌは、さっきの女性たちがみてないから、と中へ入る。座っていた二人が気付いたか、立ち上がった。
「おいでやす。ツボ美容でかまへんか?」
 神話時代にあった地域の言葉が混ざっているが、意味は分かる。ストレートの髪を束ねて、ドレスが緑のパステルカラー、首周りにはベージュ色のスカーフを巻く。伯爵家の令嬢かもしれない。ドレスで予想つくし、スカーフは伯爵家以上という貴族の証だ。
「フーモト男爵家のアカリーヌと申します。見学させていただきにまいりました」
 軽く会釈した。ジャポネふうの挨拶が主流だ。相手も軽く応えて納得したように笑顔を見せる。
「名家やのう。私はハナレテル伯爵家のハルナ。アカリーヌ様は王女様に誘われたんかー? あのお方は、いつも説明抜きやけんなー」
 何かを心得たように一人でうなづく。まえにも同じ場面はあったようだ。
「施術のやり方を、拝見させてもらえれば光栄です」
「美容術の違いはあろうけれど、自分の顔とは指が反対の動きになるでなー」
 もう一人のメイドらしい女性に椅子へ座るように言う。実演して見せるようだ。
(実際に見てからのほうがいいか)
 伯爵家にも分け隔てなく付き合う人はいるし、ハルナの訛りも親しみを与える。
 背もたれが倒れると、筒の近くまでメイドの頭が来る。
「形だけやさかい。あとはアカリーヌ様の美容術でためしなはれな。うん、髪がお客さまに垂れるからのー、束ねるといいでー」
「はい。ありがとうございます」
 ハルナは親切らしい。見て習う状態。

 顔を湿らせるときにタオルは縦に二つ折り、お客様の口元を覆い、曲げて頬のほうへ上げて、額を隠すように折り曲げる。目と鼻だけが出た状態。タオルをちょっと押さえることで顔全体に湿り気が生じるらしい。
「なるほどね。お客様が触るわけじゃないから」
「お客様としては、お姫様気分でありましょう。これが施術かと」
 マームの言葉で、納得もした。
「子供の世話みたいなものかしら」
 弟が幼いころは面倒を見たのも思いだす。半分は玩具にもしていたが、愛嬌だ。
 美容術を始めるハルナ。ツボを押さえる場所がリン波を送るのと似ていた。
(押し上げるより、引き寄せる感じかな。回すのも反対か。耳の裏、うなじ辺りはテクニックが必要かもしれない)
「繰り返すでー。応用しなはれなー」
「はい。ちょっと似ているようですので」
(こう、手首を曲げて)
 仕草を真似てコツを掴もうとした。

 ペタペタ、何かを叩く音が響く。
「始まったのう、ビンタ美容。やり方は、ちょっとちごうとる」
 ハルナがひととおり終えて、メイドへタオルを渡しながらいう。
(そうだよねー。それはない)
「おかしいですよねー? 確かに頬をぶっているし」
「パッティングのつもりらしいがのー。あの方法が、頬がほんのり赤らみ可愛いと評判やねん」
「充血と思いますけど」
(美容術だと思いたいけど、受けたくはない施術だよねー)
「こんども長く続かんやろ。あれこれ美容術を変えてるんや」
 ハルナが呆れたように言う。施術が色々ある、と思いだした。
「ほかの方は。お休みでしょうか」
「粘土美容の方がおったがのー、自分の屋敷で施術するからと辞めてったでー」
「それじゃ、私で三人というか、三組でしょうか」
「そうやのう。中々続かないなー。粘土美容は長く居たほうや。あの女が、あのような方やから」
 ちょっかいを出すらしい。それは予想もできる。
「私もねー。ようすをみてからと」
 参考にして、市場でもやれないかと考える。ハルナがなにか楽しそうに笑う。
「やってみることやねー。王女様のこともわかることがあるんよ」
「たびたびお会いしてると。いつもいばって、あっ、失礼」
「ああいう喋り方やろうなー。ずっとちやほやされてるはずでなー」
「ハーマベ王国の王女でしたよね」
「3番目やからなー、身内では肩身が狭かったようやでー」
「そういうことも話せるんだ」
 つい普通にいう。ハルナとは気が合いそうだ。

 話しているときに、かわいい、とか煽る声。施術が終わったらしい。子供の赤いほっぺならいいが、大人はどうだろう。いまの王都では流行っているのかもしれない。
 なにかざわついて、美容コーナーへ近づくのはキャリロン王女だ。
「苦手やねん。予約客がくるまで、買い物に行こかー」
 言うと、メイドに合図して出かけて行った。
 令和時代の常識は通用しないのもしかたない。魔王エーアイが誕生する20世紀より以前は神話になっているが、記録されて判ることも多い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...