恋と美容術で男爵家のオテンバ令嬢アカリーヌは天下を取りに行く

乙巴じゅん

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1章 オテンバ令嬢アカリーヌの恋と仕事が動きだした

ニーバンと再会して、美容コーナーで働く決心をする

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 軌道を走る馬車は揺れも少ないほうだ。
(この場所は臭いし、苦手だなー)
 いま通過するのは鶏の飼育場が近くにあり、有機肥料みたいな匂いが風に乗ってくる。クローバーの広がる狭い草原を前に、御者がブレーキをかける。十字路を渡ろうとする馬が見えた。
「騎士の馬でしょうか。白馬ですね」
 騎士が乗っている傍で歩くニーバンを見分けられたアカリーヌ。
「ニーバンだ。歩いている? まず挨拶しなきゃ」
 なぜか嬉しくなってきた。
(こういうこともあるんだよね。運命だわー)
 なぜ歩いているかも聞きたいし、昨日のお礼もしなければ。そして、お喋りもしたい。

 馬車が停まり、その隙に渡ろうとする白馬。アカリーヌは急いで身を乗り出す。
「ニーバン。お久しぶり」
 なぜか懐かしく思える。男性とゆっくり話したのも久しぶりだったし、異性を求めている部分もあるのは確かだ。
「アカリーヌ。王都へ用事だったか」
 ニーバンが歓迎するような笑顔を向けて、立ち止まった。御者の誘導ももどかしく、アカリーヌはニーバンへ駆け寄る。
「美容コーナーへ見学に。それより、ボンクラたちを退治してくれて、ありがとう」
「いやいや礼に及ばない。あの三人は養鶏場で働くことにさせた。暇だからわるさをするのだよ」
 トーナリーノ伯爵と話し合って、三人を働かせることになったらしい。それを確かめに来たという。
「歩くとか、何かの罰ゲームでもしてるの?」
「まずは座って。ゆっくり話そう」
 そうだね、とうなづく。(これはデートだよー)心臓が高鳴ってきた。
 馬車を軌道から降ろして休むように言う。マームも気を利かしたか、アカリーヌからちょっと離れていた。騎士も馬から降りて並ぶ格好になる。
「休憩しよう」
 ニーバンが騎士へ声を掛けて、アカリーヌも御者とマームに、同じことを伝えた。
 騎士と御者、それにメイドという組み合わせが、石に座る。旅人の休憩用に設けられているベンチ替わりだ。
 アカリーヌとニーバンはちょっと離れた、坂になるところ。風がそよぎ、養鶏場の匂いは気にならないし、並んで座ると日差しの暖かさが香る。

 ニーバンは脚を広げ両手を膝に乗せて、歩くことか、と話を続ける。
「長く歩くと騎士も疲れるからな。いつも交代で乗っている。歩くと面白いぞ。四葉のクローバーもみつかる」
「すぐに見つかるかしらねー。うーん、なかなかないね」
 地面を眺めても見当たらい。
「ハートはみつかる。カタバミならな」
「あれは。うん。茎を引っ張って遊ぶの知ってる?」
 ムラサキカタバミの茎は中に細い糸があり、外の皮を剥いで糸を絡ませて引っ張り合うのだ。
「女の遊びか。へえー、植物もおもしろいな」
(うーん。話したいことから離れている気がする。もちろん、四葉のクローバーを一緒に探すのは楽しいと思う。いまは美容術について話してみたい。男性には興味もないことで、ニーバンはつまらないと思うかしら)
 そうなら話題を変えればいい。
「あのさ。女王様から美容コーナーで施術しないか誘われて、見学しにいった帰り」
「あれか。駐馬車場の正面で目立つ場所だしな。王女様らしいやりかただ。それで、リン波とか試すのか。面白いかもしれない」
(興味を持ってくれてる、嬉しくなるね。自分のことだけを話す男ではないようだよ)
「それでも、市場があるしね」
 ますます知り合いたちと離れるのは寂しくも感じている。
「アカリーヌがやるつもりなら、朝と昼に分ければ。ちょっと忙しくなるとは思う」
(そしたら、半端な仕事になる気もするけどねー)
「仕事はちゃんとやりたいから」
「美容術というのを試したいなら都会がいい。田舎では利用する人も少ないだろう」
(それは有りえるし、施術をやることも考えてなかったしね)
 化粧水を売るだけでは商売にならないと分かってはいる。
「わかった。やってみる。午後から美容コーナーで試してみたい」
 竜の涙に感激していたニーバンの言葉は素直に受け取れる。
(私の味方だと思う。竜の目の涙を何に使うかはわからないけど、混乱を起こす人に思えないしね)
 好意を持ったら、良い方へ解釈したい。市場で待っているより、王都との往復が、ニーバンと会える確率も高いと判断した。

「王都でまた会えるかもな」
 ニーバンの言葉に期待して別れる。馬車の中でも夢心地。
「ニーバンも賛成したよ。明日は昼から美容コーナーだ」
 マームが微笑んで喜ぶ。
「それで、どこのお方か、お聞きなさいました?」
「あっ。話さなかった」
 もともと爵位や身分に大らかだ。かといって好意をよせる相手のことは知りたい。少なくとも他国の男性ではないと判断する。
「知らない方がいいかもですねー。お嬢様は気取った話し方がお嫌いなようですので」
「なにか知ってるの?」
 マームは友達みたいに喋るときもある。
「ご自分でお聞きなさいませ。私は出しゃばりませんので」
 騎士と何か話したのだろうか。
「王城の集まりへ参加しない貴族の子供たちも多いから。つぎはきいてみよう」
(ニーバンが直接に教えててくれるでしょ、そのうちに。でも、どこのだれかはしらないけれど、誰もが知っている人かもしれない)
 伯爵家以上の貴族とは付き合いも多くない。男性ともなれば、お茶会などで会っても、話す機会は少ないのが伯爵家以上。
(ゲーヒンみたいなのは嫌だし、子爵家の男って変にちょっかいをかけて来るけどさー、うんざりだよ)
 恋と仕事が始まる十八歳の初夏。美容術の世界がファンタジーと現実の見境なく始まろうとしていた。

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