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第8章
第1話 母親を病院に連れて行く
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「おい、時原! 待てって!」
霜矢が追いかけてきて、夏樹の肩を掴む。
「鹿田先輩に聞いた。退部届出したってどういうことだよ」
夏樹は肩で霜矢の手を振り払った。
「夢を持つなんて、やっぱり俺には無理な話だったんだ」
夏樹は吐き捨てるように言った。
霜矢の眉がぴくっと動いた。
こいつもこういう顔するのか、と思うと、傷つくと同時に謎の安堵感を覚えた。
「無理って、何だよ。あれだけ頑張ってたのに、いきなり退部って……」
「俺は最初からやる気なんかなかった。お前らが勝手に盛り上がってただけだろ」
霜矢の目がわずかに揺れる。
「……それ、本気で言ってる?」
「本気だよ」
「じゃあ、あの日の約束も全部嘘か?」
「……は?」
「母さんの付き添いのことだよ。あの日『病院に一緒に行く』って言ってくれたろ。俺はそれを信じてる」
霜矢の目は、こちらの目を見ているようで見ていない。
視線を合わせると、気まずそうに逸らされた。
「約束した、けど」
「金曜の放課後、病院までついてきて」
「……わかった。でも部活にはいかねえぞ」
「わかってる」
立ち去る霜矢の背中がやけに小さく見えて、夏樹は床の脚を蹴とばした。
「くそっ」
× × ×
金曜日の放課後、夏樹と霜矢は雪の中を並んで黙って歩いていた。
インターホンを押すと、霜矢の母親が笑顔で出迎える。
「まあ、いらっしゃい。あなたお友達? 初めまして」
つい先日なのに、自分のことを覚えていないのか、と少し驚く。
薄着でドアを開けたまま、霜矢の母親はまくしたてるように喋った。
「霜矢にお友達がいて嬉しいわあ。私も昔はお友達がたくさんいてね……」
「母さん」
霜矢が遮るように言った。
「時原は友達じゃないよ」
思わず母親が黙った。夏樹も何も言えない。
霜矢が母親をまっすぐ見下ろした。
「でも、大事な人だ」
「あら……まあ……そうね」
「そんなことより母さん、精神科行くよ。今日行くって約束だっただろ」
「ええ……そうだったかしら……行きましょうか」
もっと暴れるとか、否定するとか、ひと悶着起きると思っていたので、おとなしくついてくるのが意外だった。
少し違和感はありつつもなごやかに会話をしながら電車に乗り、病院へ到着する。
精神科はどんな場所かと思っていたが、待合室は清潔な落ち着いた雰囲気で、他の病院とさほど変わらない。
診察室と検査室を出たり入ったりしている霜矢と母親を待ちながら、部外者の夏樹は手持無沙汰で、本棚にあった漫画などを読んで数時間過ごした。
× × ×
「時原、時原」
肩をゆすられてはっと目覚める。待合室でうとうとしてしまっていたようだ。
外はもうすっかり暗くなっていた。
「診察、終わったよ。帰るぞ」
「あ、うん……お前の母親は?」
「先に帰った。見たいテレビがあるんだって」
「あ、そう」
自動ドアが開いて、少し距離を置いて2人は外に出た。
「あの、時原。母さんのこと、診断の結果はまだだけど、先生が言うにはたぶん……」
「いい、言うな。お前とお前の母親のことだろ」
霜矢が目を丸くして口を閉じる。
夏樹は「あー」と言って自分の頭をわしわしかき回した。
「そんな目で見んなよ。俺はよその家庭の事情なんて抱えきれないだけだから」
「……それでも助かったよ。母さんが病院に行くと知って暴れたらどうしようとか、世間体とか、普通じゃなくなったらどうしようとか、ずっと不安だったんだ。でも、時原がついて来てくれたから頑張れた。こんなにあっさり終わるだなんて、想像もしてなかった。ありがとう」
今度は夏樹が黙った。
霜矢が夏樹をまっすぐ見つめて、一歩距離を詰めた。
「やっぱり、俺、時原のこと諦めきれない。お前が過去に縛られてんなら、俺がお前のご両親に会いに行く!」
「……は?」
「そうと決まれば飛行機の手配だな。お年玉かき集めたら往復でぎりいけるかな」
「ちょ、ちょっと待て。まじで東京行くつもり?」
霜矢が笑顔で夏樹を見上げる。
「うん!」
ああ、こいつは。
いつも、どれだけ突き放したとしても、こちらの懐に入ってくる。
霜矢が追いかけてきて、夏樹の肩を掴む。
「鹿田先輩に聞いた。退部届出したってどういうことだよ」
夏樹は肩で霜矢の手を振り払った。
「夢を持つなんて、やっぱり俺には無理な話だったんだ」
夏樹は吐き捨てるように言った。
霜矢の眉がぴくっと動いた。
こいつもこういう顔するのか、と思うと、傷つくと同時に謎の安堵感を覚えた。
「無理って、何だよ。あれだけ頑張ってたのに、いきなり退部って……」
「俺は最初からやる気なんかなかった。お前らが勝手に盛り上がってただけだろ」
霜矢の目がわずかに揺れる。
「……それ、本気で言ってる?」
「本気だよ」
「じゃあ、あの日の約束も全部嘘か?」
「……は?」
「母さんの付き添いのことだよ。あの日『病院に一緒に行く』って言ってくれたろ。俺はそれを信じてる」
霜矢の目は、こちらの目を見ているようで見ていない。
視線を合わせると、気まずそうに逸らされた。
「約束した、けど」
「金曜の放課後、病院までついてきて」
「……わかった。でも部活にはいかねえぞ」
「わかってる」
立ち去る霜矢の背中がやけに小さく見えて、夏樹は床の脚を蹴とばした。
「くそっ」
× × ×
金曜日の放課後、夏樹と霜矢は雪の中を並んで黙って歩いていた。
インターホンを押すと、霜矢の母親が笑顔で出迎える。
「まあ、いらっしゃい。あなたお友達? 初めまして」
つい先日なのに、自分のことを覚えていないのか、と少し驚く。
薄着でドアを開けたまま、霜矢の母親はまくしたてるように喋った。
「霜矢にお友達がいて嬉しいわあ。私も昔はお友達がたくさんいてね……」
「母さん」
霜矢が遮るように言った。
「時原は友達じゃないよ」
思わず母親が黙った。夏樹も何も言えない。
霜矢が母親をまっすぐ見下ろした。
「でも、大事な人だ」
「あら……まあ……そうね」
「そんなことより母さん、精神科行くよ。今日行くって約束だっただろ」
「ええ……そうだったかしら……行きましょうか」
もっと暴れるとか、否定するとか、ひと悶着起きると思っていたので、おとなしくついてくるのが意外だった。
少し違和感はありつつもなごやかに会話をしながら電車に乗り、病院へ到着する。
精神科はどんな場所かと思っていたが、待合室は清潔な落ち着いた雰囲気で、他の病院とさほど変わらない。
診察室と検査室を出たり入ったりしている霜矢と母親を待ちながら、部外者の夏樹は手持無沙汰で、本棚にあった漫画などを読んで数時間過ごした。
× × ×
「時原、時原」
肩をゆすられてはっと目覚める。待合室でうとうとしてしまっていたようだ。
外はもうすっかり暗くなっていた。
「診察、終わったよ。帰るぞ」
「あ、うん……お前の母親は?」
「先に帰った。見たいテレビがあるんだって」
「あ、そう」
自動ドアが開いて、少し距離を置いて2人は外に出た。
「あの、時原。母さんのこと、診断の結果はまだだけど、先生が言うにはたぶん……」
「いい、言うな。お前とお前の母親のことだろ」
霜矢が目を丸くして口を閉じる。
夏樹は「あー」と言って自分の頭をわしわしかき回した。
「そんな目で見んなよ。俺はよその家庭の事情なんて抱えきれないだけだから」
「……それでも助かったよ。母さんが病院に行くと知って暴れたらどうしようとか、世間体とか、普通じゃなくなったらどうしようとか、ずっと不安だったんだ。でも、時原がついて来てくれたから頑張れた。こんなにあっさり終わるだなんて、想像もしてなかった。ありがとう」
今度は夏樹が黙った。
霜矢が夏樹をまっすぐ見つめて、一歩距離を詰めた。
「やっぱり、俺、時原のこと諦めきれない。お前が過去に縛られてんなら、俺がお前のご両親に会いに行く!」
「……は?」
「そうと決まれば飛行機の手配だな。お年玉かき集めたら往復でぎりいけるかな」
「ちょ、ちょっと待て。まじで東京行くつもり?」
霜矢が笑顔で夏樹を見上げる。
「うん!」
ああ、こいつは。
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