【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

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第7章

第3話 絆なんて

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 カフェを出ると、少し離れたところに霜矢が待っていた。
 深冬の姿はない。

「……真城ましろさんは?」
「先に受付に行ってくれた。俺は、時原を待ってた方がいい気がして」
「あ、そ。行こうぜ」

 ポケットに手を突っ込もうとする夏樹の手に一瞬触れようとして、しかし戸惑ったように手を引っ込める霜矢。

「あの……時原」
「何?」

 ぶっきらぼうな夏樹の返事に、霜矢が目を泳がせた。

「お前を裏切った仲間って、もしかしてあの人だったりする?」

 夏樹は目を見開いた。
 霜矢に過去の事情を話した覚えはない。

「……知ってたのかよ、俺が彫刻辞めた理由」
「ごめん。前に、お前のお父さんが取材に答えてたのを読んだんだ。彫刻の仲間に裏切られて、それが理由で辞めたって」

 だいぶ話が簡略化されて捻じ曲げられている。
 夏樹が彫刻をやめたとき、「父親の教育が厳しすぎたせいだ」という世間からの根も葉もない批判があったのを覚えている。それを否定するために取材を受けたのだろう。

「……宇佐美先輩は俺を裏切ったのとは別の人だ。もういいだろ」
「よくないよ! 何かあったら話してほしい。俺たち、友達だろ?」
「違う!」

 思わず否定の言葉が出てしまった。
 どういう意味で否定してしまったのか、夏樹は自分でもわからなかった。

 霜矢があからさまに傷ついた顔になる。それにもなぜか、いらだってしまう自分が憎い。

「時原……」
「……ごめん、今はお前の優しさがしんどい」

 霜矢に背を向けて、会場に向かう。
 視界の端に、霜矢の伸ばしかけた手が空を切ったのが映った。その手を、自分はどうして握れないのか。

   ×   ×   ×

 会場に到着すると、距離を取って歩く夏樹と霜矢を見て、深冬が眉をひそめた。

「二人とも、どうしたの?」

 夏樹と霜矢は気まずそうにうつむいた。
 深冬が「はぁ……」と息をつく。

「そろそろ開始だって。集合場所に行こう」

 会場へ向かうと、既に人が集まっていた。
 拡声器で運営スタッフが説明を始める。

「制限時間は5時間です。今回のテーマは、『絆』。テーマに沿った雪像を、制限時間以内に制作してください。それでは、開始してください」

 会場に複数の雪塊が並んでいる。
 夏樹・霜矢・深冬の3人は、自分たちの持ち場についた。

「どんな雪像にする?」

 深冬が心配そうに言った。
 霜矢が無理をしているような笑顔を浮かべてリュックサックを開ける。

「大丈夫。『絆』ならやりやすいテーマだし、そんなに……あれ?」
「どうしたの?」
「スケッチブック忘れちゃった」

 空気が一瞬凍る。

「まあ、スケッチブックくらいなくても口頭でなんとかなるだろ」

 夏樹の言葉に、深冬があいまいに頷いた。

「霜矢、何か案はある?」
「そうだな……ベタだけど、つなぎ合ってる2人の手、なんてどうかな」

 深冬が苦い顔をする。

「うーん、どうだろう。他のチームと被りそうだし。時原くんはどう思う?」
「俺も反対だ。もっと芸術性の高いモチーフの方がいいと思う」

 口から、心にもない言葉がするすると出てくる。
 何よりも今は、手のことを考えたくなかった。

 よどんだ空気のまま話し合いは30分にも及び、結局「食卓で向かい合って笑う母娘」の像に決定した。

 まずはおおまかに全体を掘りぬいて、霜矢が母親、深冬が娘、夏樹が両者の顔を担当することになる。

「あっ」

 水音がして、頭上の霜矢のいるあたりから水滴が落ちてきた。

「ごめん、水かけすぎた……」
「もー何やってんの霜矢。私、予備の雪持ってくるね」
「本当にごめん!」

 夏樹が見上げると、霜矢と目が合った。
 霜矢が気まずそうに目を逸らす。

 胸がむかむかして雪を少し大きめに削っていると、背後から複数の視線を感じた。
 他の参加者?
 違う。審査員だ。

 見られている。審査員に見られている。視線が手元に突き刺さる。自分を下手だと笑うみたいで。
 両手が小さく震える。

 思わずスコップを取り落とした。
 カツンといやな音がした。

 震える右手を左手で押さえて、ゆっくりスコップを拾い上げる。平気だ、このくらい。とにかく彫ろう、今は。

 どうにか2時間ほどで大枠を彫り終えて、夏樹は顔を掘り出す作業に入った。

「あっ」

 霜矢が手を滑らせる。母親の腕がぽっきり折れていた。

「ごめん、すぐ直す」

 霜矢の焦るような声を聞きながら、夏樹は黙って顔を彫り続けた。

 雪がガリっと嫌な音を立てて、顔が泣いているような表情になった。
 このくらいならすぐ修正できる。このくらいなら……。

 再び地面にスコップが落ちた。

「時原……?」

 しゃがんでいた霜矢が顔を上げて、驚いたように立ち上がる。

「お前っ、手震えてんじゃんか!」
「うるさい……ほっとけよ」
「放っておけるかよ! なんでもっと早く言わなかったんだ……」

 怒りよりも、呆れが先だって、夏樹は霜矢を見つめ返した。

「お前がそれを言うのか?」
「……」

 霜矢が再び目を逸らす。
 深冬も空気を察知してか、話しかけてこない。

 雪像はなんとか完成したが、お世辞にもいい出来とはいえないまま終わった。

 完成した雪像を前に、胸の奥に重たい石を抱えたまま3人は立ち尽くす。
 形はできているはずなのに、どこにも自分の熱は残っていない気がした。

 そして後日、雪像班に落選の通知が届いた。
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