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第7章
第2話 凱旋門
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夏樹と宇佐美は黙って近場のカフェに入った。
席につき、宇佐美がコーヒーを2つ注文する。
「砂糖のみミルクなし、だったよね」
「……」
夏樹が黙っていると、宇佐美がふっと表情をやわらげた。
「さっきの、今の彼氏?」
「……須縄はそんなんじゃねえよ」
「……」
宇佐美が夏樹に向かって頭を下げた。
「3年前……あの日、いきなり振って悪かった」
「……わかってる。親父が別れろってあんたに圧かけたんだろ」
「実際にうちに来たのは夏樹の母親だったよ。菓子折り持って、うちの息子と別れてくださいって頭下げられた」
コーヒーが2つ運ばれてくる。
夏樹はコーヒーをひと口だけ飲んで、視線を窓の外に逃がした。駅前の雪が、汚れて斑になっている。
「守れなくてごめん」
カップにミルクを入れてスプーンでかき混ぜながら、宇佐美が一言つぶやいた。
夏樹が中学1年生、宇佐美が中学2年生のとき、二人は交際を始めた。
男が好きだとバレて、いじめられた生徒が過去学校にいたので、付き合っていることは誰にも悟られないようにするという約束だった。
当時、夏樹は国内の彫刻コンクールでもまずまずの成績を挙げ始めており、注目も高まってきていた時期だった。
ある日、父の知人だった20代の男と、作品を共同制作する話が持ち上がった。
男は新進気鋭の彫刻家で、たしか美大を首席で卒業したとかなんとか言っていた気がする。
作品のテーマは、「凱旋門」。実際にパリへ本物を見に行ったりもして、意欲的に制作した。
男は夏樹の自主性を育てたいと言い、夏樹7割・男3割程度の作業量だったはずだ。
いや、実際は、男は「やっているふり」だけして何もしていなかったことが多かったと思う。
「彫るの、楽しいだろ?」
男は何度も夏樹にそう言った。学業との両立はかなり骨が折れたが、それでも夏樹は楽しかった。毎日学校から走って帰り、作品制作に熱中した。
代わりに、恋人の宇佐美との時間は減っていき、関係性もぎくしゃくするようになっていった。
そんなある日。
凱旋門の彫刻が、男ひとりの名前で発表された。
どういうことだと詰め寄る夏樹に、男は言った。
「お前が中学の先輩と付き合ってることを、親にばらされたくなければ俺の言う通りにしろ。それに、お前だって、彫るの楽しかっただろ?」
宇佐美には黙っていようとしていた夏樹だったが、結局宇佐美に問い詰められて、話さざるを得なかった。
宇佐美は泣きながら、「男の言う通りにしてくれ」と懇願してきた。
学校という狭い社会に生きていた2人にとって、周囲にバレるということは死に等しかった。
しかし、男が賞賛されるたびに、夏樹の苛立ちは加速していった。
もうどうでもいい。作品も。宇佐美との関係も。すべてを投げ出してしまいたい。
夏樹は父の名を使って展覧会に潜り込み、共同で作った凱旋門の作品を壊した。
大騒ぎになって、夏樹は取り押さえられた。
男は芸術の世界から追放された。
男のせいで、宇佐美との交際も発覚し、いざこざの末に別れることになった。
他人の夢のために利用された夏樹に、周囲の大人は同情的だったが、同級生たちはそうでもなかった。
「あいつ、男の先輩と付き合ってたんだって」
すぐに噂になって、学校へ行けなくなった。宇佐美もいつのまにか転校していった。
代わりに、一層彫刻に熱中するようになった夏樹を見て、父は言った。
「騙されたとはいえ、一度作品を壊した手だ。お前の手は呪われた。中学を卒業するまでに、国際コンクールで金賞を取れなければ、もう下手だと諦めて彫刻はもうやめなさい」
結局、中学卒業と同時に応募した国際彫刻コンクールは銀賞に終わった。
父の言葉を無視して彫ろうとしたこともあったが、手がうまく動かなかった。下手だと嘲笑われているようで怖かった。
それを機に、夏樹は彫刻を辞めた。
カフェの入口が開いて、客と冷気が店内に入ってくる。
「夏樹」
宇佐美が鋭いまなざしで、夏樹の目をまっすぐ見つめた。
「そのうち東京に戻ってくるんだろ? 夏樹が高校を卒業したら、僕と一緒に住まないか? 夏樹と付き合ってた期間は半年もなかったけれど、僕は本気で君が好きだったよ。またやり直せると思うんだ」
「……」
「僕らはまだ高校生だ。未成年だ。子供だ。でも、卒業さえしてしまえば誰も文句は言えなくなる」
夏樹は宇佐美から目を逸らした。
「あんたと付き合ってたとき、ずっと苦しかったよ、俺」
宇佐美の視線が、ふっとやわらいだ気がした。
「夏樹を好きになって思ったよ。人を好きになるって、相手を傷つける行為だったんだなって」
言葉が夏樹に重くのしかかる。
何も言えずに、コーヒーを飲み干した。
宇佐美が時計を見る。
「ちょうど15分だ。友達が待ってるだろ。会計はしとくから、もう行きな」
「……ごめん」
夏樹の謝罪には答えずに、宇佐美は悲しそうに笑った。
「インフル流行ってるから、気をつけなよ」
その優しさが、今はただ痛かった。
席につき、宇佐美がコーヒーを2つ注文する。
「砂糖のみミルクなし、だったよね」
「……」
夏樹が黙っていると、宇佐美がふっと表情をやわらげた。
「さっきの、今の彼氏?」
「……須縄はそんなんじゃねえよ」
「……」
宇佐美が夏樹に向かって頭を下げた。
「3年前……あの日、いきなり振って悪かった」
「……わかってる。親父が別れろってあんたに圧かけたんだろ」
「実際にうちに来たのは夏樹の母親だったよ。菓子折り持って、うちの息子と別れてくださいって頭下げられた」
コーヒーが2つ運ばれてくる。
夏樹はコーヒーをひと口だけ飲んで、視線を窓の外に逃がした。駅前の雪が、汚れて斑になっている。
「守れなくてごめん」
カップにミルクを入れてスプーンでかき混ぜながら、宇佐美が一言つぶやいた。
夏樹が中学1年生、宇佐美が中学2年生のとき、二人は交際を始めた。
男が好きだとバレて、いじめられた生徒が過去学校にいたので、付き合っていることは誰にも悟られないようにするという約束だった。
当時、夏樹は国内の彫刻コンクールでもまずまずの成績を挙げ始めており、注目も高まってきていた時期だった。
ある日、父の知人だった20代の男と、作品を共同制作する話が持ち上がった。
男は新進気鋭の彫刻家で、たしか美大を首席で卒業したとかなんとか言っていた気がする。
作品のテーマは、「凱旋門」。実際にパリへ本物を見に行ったりもして、意欲的に制作した。
男は夏樹の自主性を育てたいと言い、夏樹7割・男3割程度の作業量だったはずだ。
いや、実際は、男は「やっているふり」だけして何もしていなかったことが多かったと思う。
「彫るの、楽しいだろ?」
男は何度も夏樹にそう言った。学業との両立はかなり骨が折れたが、それでも夏樹は楽しかった。毎日学校から走って帰り、作品制作に熱中した。
代わりに、恋人の宇佐美との時間は減っていき、関係性もぎくしゃくするようになっていった。
そんなある日。
凱旋門の彫刻が、男ひとりの名前で発表された。
どういうことだと詰め寄る夏樹に、男は言った。
「お前が中学の先輩と付き合ってることを、親にばらされたくなければ俺の言う通りにしろ。それに、お前だって、彫るの楽しかっただろ?」
宇佐美には黙っていようとしていた夏樹だったが、結局宇佐美に問い詰められて、話さざるを得なかった。
宇佐美は泣きながら、「男の言う通りにしてくれ」と懇願してきた。
学校という狭い社会に生きていた2人にとって、周囲にバレるということは死に等しかった。
しかし、男が賞賛されるたびに、夏樹の苛立ちは加速していった。
もうどうでもいい。作品も。宇佐美との関係も。すべてを投げ出してしまいたい。
夏樹は父の名を使って展覧会に潜り込み、共同で作った凱旋門の作品を壊した。
大騒ぎになって、夏樹は取り押さえられた。
男は芸術の世界から追放された。
男のせいで、宇佐美との交際も発覚し、いざこざの末に別れることになった。
他人の夢のために利用された夏樹に、周囲の大人は同情的だったが、同級生たちはそうでもなかった。
「あいつ、男の先輩と付き合ってたんだって」
すぐに噂になって、学校へ行けなくなった。宇佐美もいつのまにか転校していった。
代わりに、一層彫刻に熱中するようになった夏樹を見て、父は言った。
「騙されたとはいえ、一度作品を壊した手だ。お前の手は呪われた。中学を卒業するまでに、国際コンクールで金賞を取れなければ、もう下手だと諦めて彫刻はもうやめなさい」
結局、中学卒業と同時に応募した国際彫刻コンクールは銀賞に終わった。
父の言葉を無視して彫ろうとしたこともあったが、手がうまく動かなかった。下手だと嘲笑われているようで怖かった。
それを機に、夏樹は彫刻を辞めた。
カフェの入口が開いて、客と冷気が店内に入ってくる。
「夏樹」
宇佐美が鋭いまなざしで、夏樹の目をまっすぐ見つめた。
「そのうち東京に戻ってくるんだろ? 夏樹が高校を卒業したら、僕と一緒に住まないか? 夏樹と付き合ってた期間は半年もなかったけれど、僕は本気で君が好きだったよ。またやり直せると思うんだ」
「……」
「僕らはまだ高校生だ。未成年だ。子供だ。でも、卒業さえしてしまえば誰も文句は言えなくなる」
夏樹は宇佐美から目を逸らした。
「あんたと付き合ってたとき、ずっと苦しかったよ、俺」
宇佐美の視線が、ふっとやわらいだ気がした。
「夏樹を好きになって思ったよ。人を好きになるって、相手を傷つける行為だったんだなって」
言葉が夏樹に重くのしかかる。
何も言えずに、コーヒーを飲み干した。
宇佐美が時計を見る。
「ちょうど15分だ。友達が待ってるだろ。会計はしとくから、もう行きな」
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