【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

文字の大きさ
28 / 51
第7章

第2話 凱旋門

しおりを挟む
 夏樹と宇佐美は黙って近場のカフェに入った。
 席につき、宇佐美がコーヒーを2つ注文する。

「砂糖のみミルクなし、だったよね」
「……」

 夏樹が黙っていると、宇佐美がふっと表情をやわらげた。

「さっきの、今の彼氏?」
「……須縄すのはそんなんじゃねえよ」
「……」

 宇佐美が夏樹に向かって頭を下げた。

「3年前……あの日、いきなり振って悪かった」
「……わかってる。親父が別れろってあんたに圧かけたんだろ」
「実際にうちに来たのは夏樹の母親だったよ。菓子折り持って、うちの息子と別れてくださいって頭下げられた」

 コーヒーが2つ運ばれてくる。

 夏樹はコーヒーをひと口だけ飲んで、視線を窓の外に逃がした。駅前の雪が、汚れてまだらになっている。

「守れなくてごめん」

 カップにミルクを入れてスプーンでかき混ぜながら、宇佐美が一言つぶやいた。

 夏樹が中学1年生、宇佐美が中学2年生のとき、二人は交際を始めた。
 男が好きだとバレて、いじめられた生徒が過去学校にいたので、付き合っていることは誰にも悟られないようにするという約束だった。

 当時、夏樹は国内の彫刻コンクールでもまずまずの成績を挙げ始めており、注目も高まってきていた時期だった。

 ある日、父の知人だった20代の男と、作品を共同制作する話が持ち上がった。
 男は新進気鋭の彫刻家で、たしか美大を首席で卒業したとかなんとか言っていた気がする。

 作品のテーマは、「凱旋門」。実際にパリへ本物を見に行ったりもして、意欲的に制作した。
 男は夏樹の自主性を育てたいと言い、夏樹7割・男3割程度の作業量だったはずだ。
 いや、実際は、男は「やっているふり」だけして何もしていなかったことが多かったと思う。

「彫るの、楽しいだろ?」

 男は何度も夏樹にそう言った。学業との両立はかなり骨が折れたが、それでも夏樹は楽しかった。毎日学校から走って帰り、作品制作に熱中した。

 代わりに、恋人の宇佐美との時間は減っていき、関係性もぎくしゃくするようになっていった。

 そんなある日。
 凱旋門の彫刻が、男ひとりの名前で発表された。
 どういうことだと詰め寄る夏樹に、男は言った。

「お前が中学の先輩と付き合ってることを、親にばらされたくなければ俺の言う通りにしろ。それに、お前だって、彫るの楽しかっただろ?」

 宇佐美には黙っていようとしていた夏樹だったが、結局宇佐美に問い詰められて、話さざるを得なかった。

 宇佐美は泣きながら、「男の言う通りにしてくれ」と懇願してきた。
 学校という狭い社会に生きていた2人にとって、周囲にバレるということは死に等しかった。

 しかし、男が賞賛されるたびに、夏樹の苛立ちは加速していった。
 もうどうでもいい。作品も。宇佐美との関係も。すべてを投げ出してしまいたい。

 夏樹は父の名を使って展覧会に潜り込み、共同で作った凱旋門の作品を壊した。

 大騒ぎになって、夏樹は取り押さえられた。
 男は芸術の世界から追放された。
 男のせいで、宇佐美との交際も発覚し、いざこざの末に別れることになった。

 他人の夢のために利用された夏樹に、周囲の大人は同情的だったが、同級生たちはそうでもなかった。

「あいつ、男の先輩と付き合ってたんだって」

 すぐに噂になって、学校へ行けなくなった。宇佐美もいつのまにか転校していった。
 代わりに、一層彫刻に熱中するようになった夏樹を見て、父は言った。

「騙されたとはいえ、一度作品を壊した手だ。お前の手は呪われた。中学を卒業するまでに、国際コンクールで金賞を取れなければ、もう下手だと諦めて彫刻はもうやめなさい」

 結局、中学卒業と同時に応募した国際彫刻コンクールは銀賞に終わった。
 父の言葉を無視して彫ろうとしたこともあったが、手がうまく動かなかった。下手だと嘲笑われているようで怖かった。
 それを機に、夏樹は彫刻を辞めた。

 カフェの入口が開いて、客と冷気が店内に入ってくる。

「夏樹」

 宇佐美が鋭いまなざしで、夏樹の目をまっすぐ見つめた。

「そのうち東京に戻ってくるんだろ? 夏樹が高校を卒業したら、僕と一緒に住まないか? 夏樹と付き合ってた期間は半年もなかったけれど、僕は本気で君が好きだったよ。またやり直せると思うんだ」
「……」
「僕らはまだ高校生だ。未成年だ。子供だ。でも、卒業さえしてしまえば誰も文句は言えなくなる」

 夏樹は宇佐美から目を逸らした。

「あんたと付き合ってたとき、ずっと苦しかったよ、俺」

 宇佐美の視線が、ふっとやわらいだ気がした。

「夏樹を好きになって思ったよ。人を好きになるって、相手を傷つける行為だったんだなって」

 言葉が夏樹に重くのしかかる。
 何も言えずに、コーヒーを飲み干した。

 宇佐美が時計を見る。

「ちょうど15分だ。友達が待ってるだろ。会計はしとくから、もう行きな」
「……ごめん」

 夏樹の謝罪には答えずに、宇佐美は悲しそうに笑った。

「インフル流行ってるから、気をつけなよ」

 その優しさが、今はただ痛かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

処理中です...