【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

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第10章

第1話 抜け駆け

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須縄すの

 担任の屋島がバインダーで霜矢の頭をはたく。

「さっきから何度も呼んでるだろう。ぼーっとしすぎだ」
「……へ?」

 霜矢そうやがぽかんと間抜けな顔で屋島を見上げる。
 教室がどっと笑いに包まれた。

 夏樹は後方の席から、霜矢のオレンジ色の頭を見つめた。
 今朝から霜矢はずっとそんな感じで、呼ばれても心ここにあらずといった様子で返事をしなかったり、廊下でつまずいて転んだり、調理実習で皿を割りかけたりしていた。

 授業が終わり、昼休みになった。
 コンビニのおにぎりを持って霜矢に声をかける。

「須縄、飯食うぞ」
「うひゃ!」

 霜矢がとんでもない声を上げて飛び上がる。

「須縄?」

 近づこうとすると、霜矢が一歩後ずさり、目を左右に激しく泳がせた。

「ごごご、ごめん、今日は一人で食べよっかなあ! じゃ!」
「あ、おい」

 ばたばたと教室を飛び出して行く霜矢。
 少しして、深冬みふゆが廊下からひょこっと顔を出した。

「霜矢ー、時原くんー、おべんと食べよ。あれ、霜矢は?」
「どっか行った。一人で食うって」
「え?」
「あいつなんか今日ぼーっとしててさ。再選考会の結果が気になりすぎてるんだろ」

 心配だねえ、と深冬が廊下の方を眺めた。
 夏樹は席に座り、なんとも言えない気持ちでおにぎりのフィルムを剥がしながら、深冬に尋ねる。

「選考会の結果、18時にわかるんだっけ?」
「そうそう。電話で来るんだって。通ってるといいね」
「ああ」

 おにぎりをかじる。
 あまり味がしなくて、夏樹は自分も少なからず緊張していることに気が付いた。

   ×   ×   ×

 放課後、雪像班の3人は、いつものように裏門の前に集合した。
 霜矢のスマホを囲んで、じっと連絡を待つ。

「も、もうすぐ18時だね。ドキドキする……」

 深冬が胸を押さえて深呼吸した。
 夏樹は呆れたように返事をする。

「まあ、落ちてたらそれはそれでまた来年頑張ればいい話だろ」
「ああもう、ほらすぐそういうこと言う!」

 深冬が夏樹の背中をばんばん叩いた。

「違うでしょ、来年と今年は別なの! ね、霜矢」
「……」

 霜矢は黙ってスマホ画面を見つめている。
 深冬は気まずそうに霜矢と夏樹を交互に見た。

「でも、遅いね。もう18時過ぎたよ」
「ああ。今頃他の通過したチームに参加意思の確認をしてるんだとしたら……」
「時原くん! そういうこと言っちゃだめだってば! 運気が逃げるでしょ」

 深冬が腕組みして目を吊り上げたとき、霜矢のスマホが震え始めた。

「き、来た! 霜矢、スピーカーにして!」
「う、うん。もしもし、北ノ沢高校の須縄です」

 電話から運営にいた女性の声が聞こえる。

「こんにちは、雪まつり運営委員会の斎藤です。選考結果の通知なのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「はい」

 霜矢が答える。
 意外にも、落ち着いているように見えた。

「ありがとうございます。北ノ沢高校・雪像班チームの結果は……」

 唾を飲み込む音が、大きく聞こえた。

「おめでとうございます、合格です。選考を通過となりましたので、後日書類をお送りいたします」

 少しのやりとりの後、電話が切れる。

 合格。夢にまで見た、雪まつりへの参加の切符を手に入れた。
 夏樹と深冬は顔を見合わせて、同時に「よしっ!」とガッツポーズをした。

「やったよ霜矢、通過だって!……霜矢?」
「え?」
「今の、聞いてた?」
「え? ああ、うん、嬉しい嬉しい。やったな!」

 喜び方の歯切れが悪い。

「おい、須縄、本当に大丈夫か?」

 夏樹が霜矢の肩に触れようとすると、霜矢が「ひゃあ!」と叫んで尻もちをついた。

「え」
「ご、ごめん、俺ばあちゃんに買い物頼まれてるんだった! 深冬ちゃん、それにととと時原、また明日!」

 霜矢が鞄を抱えて雪をぼすぼす踏みながら正門の方へ走っていく。

 ちがう。あいつ、選考会の結果を気にしてたんじゃない。
 これ、俺が意識されてるんだ。

 深冬がちらっと夏樹を見上げた。

「時原くん、霜矢と何かあった?」

 女子の勘とでもいうのだろうか。ごまかしてもすぐにバレそうで、夏樹は白状することにした。

「……ごめん、抜け駆けした」
「霜矢に告ったの?」
「……うん」
「二人で東京行ったとき?」
「うん」

 気まずくなってうつむいていると、深冬が「あはは」と小さく笑った。

「時原くんってずるいよね。いつの間にか、霜矢の一番近くにいるじゃん。背が高くてイケメンだし、手先も器用だし、私なんてかないっこない」
「……」
「でも」

 深冬が夏樹の顔をまっすぐ見つめる。

「私、諦めないよ。霜矢のこと。霜矢と過ごした時間は、私の方が長いんだから」
「……うん」
「じゃ、抜け駆け代にコンビニで何か奢ってよ」

 深冬が笑う。夏樹は頷いた。

「わかった。何にする?」
「じゃあ、ココアで」

 夏樹も少し笑った。
 正門の方向に残された足跡を見つめる。霜矢の残したそれが、やけに鮮やかに見えた。

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