【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

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第10章

第2話 入道雲と蝉の声

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 翌朝、駅から学校へ向かっている最中に、夏樹は霜矢の背中を見つけた。

「須縄」

 声をかけると、霜矢が肩をびくっとさせて、ぎぎぎっと首を回して振り返る。
 顔はかなり青ざめていた。

「どうした、顔色悪いぞ。体調悪いのか?」
「へへ、昨日あんまり寝なかったから……」
「もしかして……」

「俺のせいか?」と聞くのも自意識過剰な気がして、「一昨日のあれのせいか?」と尋ねると、霜矢が首を横に振る。

「昨日帰ったら選考通過したのがじわじわと嬉しくなってきてさ。遅くまで雪まつりの雪像の案を考えてたんだよ」

 二人は学校に到着した。
 始業までは時間があるので、教室へは行かずにまっすぐ裏門に向かうと、深冬が既に待機していた。

「二人ともおはよー。あれ、霜矢寝不足?」
「夜更けまでこれ考えてたんだよ。ちょっと見て」

 霜矢がスケッチブックを広げて二人に見せた。

「あ、この絵、美術の教科書で見たことある」

 深冬が身を乗り出して言った。
 霜矢が得意げに笑う。

「そ。版画家・時原正道の代表作『夏の樹』。雪まつりでこれを雪像にしないか?」

 版画作品『夏の樹』は、夏の暑さを表現した作品だ。

 中央に大きな大樹がそびえ、その手前に自転車が乗り捨てられている。
 奥には入道雲が昇り、周囲の空気は蝉の声のようにうねる表現がなされている。

 見るだけで汗をかきそうな作品だ。

 夏樹は難しい顔をした。

「雪で暑さを表現するのは面白いと思う。でも、これ雪像でやるの、かなり難しくないか?」
「ふっふっふ。そう言うと思って、いろいろ策を講じてきたんだ」

 霜矢が別のページを開く。
 平面作品の『夏の樹』を立体図に落とし込んで、パーツごとに分割した図面が、スケッチブックいっぱいに描かれていた。

「ポイントは大樹をでかく見せることだな。俺たちが準備期間の2週間で作れる雪像は、高さ4mの中規模が限度だと思う。幹の上の方をなるべく細かく表現して、遠近法で高く見せる。問題は、入道雲と空気の表現だ」

 霜矢がスケッチブックの入道雲の絵を指さした。

「雪で入道雲を表現するのはかなり難しいと思う。下手すれば、ただの雪の山に見えてしまう。そこで、時原の出番ってわけだ。入道雲ってシンプルに見えて、結構陰影があったり形がもこもこしてるだろ。このふわふわの雲の表現は、時原以外にはできない」

 夏樹は唾を飲み込んだ。
 霜矢に全幅の信頼を置かれていることが嬉しかった。誰よりもうまく入道雲を彫れる自信もあった。

「それから、波打つ空気の表現だな。これはまだ正直、どうするか決まってない。背景を壁にしてそこに彫るのか、大樹の幹からうねる雪塊を伸ばすのか」
「雪塊を伸ばす方がいいんじゃないかな。立体感が出るし」

 深冬が口を挟んだ。
 霜矢が頷く。

「俺もそう思う。とにかく、雪まつりの準備期間は5日後からだ。俺たちは学校もあるし、実質的な準備期間はあんまり多くない。各自分担を決めて、準備が始まるまでに学校で練習しよう」

 どことなく、霜矢がいつもよりきりっとして見える。
 
 少しして、予鈴が鳴った。

「私1時間目体育なんだった!」

 深冬が慌てて教室の方へ走っていく。

 昇降口に向かって歩きながら、夏樹は霜矢に尋ねた。

「そういえば、なんで親父の作品なんだ? ほかにも夏っぽい絵はいろいろあっただろ」

 霜矢が「へへ……」と照れくさそうに笑った。

「いろいろ考えたよ。もっと派手なのがいいかなとかさ。でも、あの入道雲を時原に彫ってほしかったんだ」

 彫ってほしい。昔から彫刻をやってきたが、そんなふうに頼んできたのは霜矢が初めてだった。
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