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第10章
第5話 大雪の中
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金曜日。準備期間の初日は翌日に迫っていた。
昼休み、仮でつくった『夏の樹』の前に集合した霜矢・夏樹・深冬の3人は、難しい顔で雪像を見上げていた。
大樹、入道雲、自転車はかなりいい感じに仕上がっている。
問題は「波打つ空気」の表現だった。
幹から雪の線を出す案は、早々に却下された。
雪がすぐに折れてしまうし、空気というよりは枝葉のようにみえてしまう。
3Dで作った大樹をなるべく平面に寄せて、背景と空気の表現を同化させる案もあったが、メインの大樹を薄くするのは迫力に欠けるということで、変に妥協もしたくなく、これも却下となった。
今は地面から空気の波を生やせないか試しているが、学校の除雪された雪質ではどうもうまくいかない。
本番の雪質でやってみようという結論に渋々至ったとき、カメラマンを連れて江角がやってきた。
「皆さん、今日の放課後も取材させていただく予定でしたが、中止になりました。夜から吹雪になるみたいで、皆さんもお気をつけください」
ちょうど同時に、校舎の方から校内放送が聞こえてくる。
「大雪が予想されます。午後の授業は中止になりました。生徒は速やかに帰宅してください。繰り返します……」
3人は不安そうに顔を見合わせた。
明日からの準備期間は大丈夫だろうか。
× × ×
翌朝、夏樹が目覚めると、マンションの外は大吹雪になっていた。
スマホを確認すると、大雪の影響で、雪まつり準備が一時中止になったという連絡が来ている。
幸い、食料は備蓄してあるし、明後日からは天候も落ち着く予報だ。
しかし、不安はぬぐえず、落ち着かない一日をぼんやりと過ごした。
18時を回ったころ、いきなりインターホンが鳴った。
外から誰かくるわけがないし、同じマンションの住人だろうか。
インターホンの画面をつけて、ぎょっとする。
猛吹雪の中に、雪まみれになった霜矢が震えながら立っていた。
「空気の表現、いいこと思いついたんだ! 開けてくれ!」
「須縄!? ちょっ、馬鹿! 凍死したらどうすんだよ! いいから入れ!」
バスタオルと毛布を抱えてエレベーターに飛び乗り、1階のエントランスに降りる。
エレベーターが開くと、ちょうど目の前で霜矢が凍えながら立っていた。
「お、時原! 迎えに来てくれたんだな」
「お、時原、じゃねえよ馬鹿! まじで歩いてきたのか?」
有無を言わさず霜矢を毛布でくるみ、溶け始めた頭の雪をバスタオルで拭きながらエレベーターに押し込んだ。
自室に霜矢を招き入れて、ようやく安堵する。
「怪我とかしてないか? 髪の毛凍ってぱりぱりじゃねえか。とりあえず風呂入ってこい」
「なあなあ時原、俺、超すごいこと思いついたんだよ。聞いてくれよ」
「入ってこい。あったまる前に出てきたら殺す」
風呂場を指さすと、霜矢が渋々従った。
学校も店も軒並み休みなのに、本当に馬鹿としか思えない。どうかしてる。
ほかほかの湯気を立てて風呂場から出てきた霜矢を再び毛布でくるみ、強制的にソファに正座させる。
「おいそこの馬鹿、そこ座れ」
「はい……」
「お前まじで何考えてんの。お前が怪我して困るのはお前だけじゃないの。わかる?」
「はい……」
「てか超すごいこと思いついたって何? お前スマホ持ってるよね? メッセージで言えばよくない? なんで直接来るわけ?」
「でも……」
「でもじゃない」
「はい……」
説教は小一時間続き、霜矢が次第に半べそになっていく。
まだ言いたいことはたくさんあったが、一旦切り上げることにして、夏樹は不機嫌そうに霜矢の隣にどかっと座った。
「で、思いついたことって何? 聞いてやるよ」
「あの、さ、雪まつりの準備もできないし、ばあちゃんちでプラネタリウムのビデオ見てたんだ。ほら、これ」
霜矢がおずおずと、リュックサックから古いDVDのディスクを取り出した。
「ビデオで言ってたんだけど、大昔の人たちは、地球は平らで、空は天蓋だと思ってたんだって」
「地球平面説ってやつな」
「そう、それ! で、ビデオを見て思いついたんだ。これ、雪像の空気の表現に使えるんじゃないかってさ」
霜矢がいつものスケッチブックを取り出して、パラパラとめくって目当てのページを見せる。
そこには、大樹の枝葉の間から降り注ぐ光の絵が描かれていた。
「今の大樹の上の方を思い切ってもっと横に広げて、天蓋みたいにするんだよ。それで、不自然にならないように穴をいっぱいあけておくんだ。そうすると、上から差し込む光が波打つ空気みたいに見えるんじゃないかと思ってさ」
「……悪くないな」
「だろ! このアイデアを時原に一番最初に見せたかったんだ」
「でもそんなにうまくいくのか?」
腕を組んで尋ねると、霜矢が自慢げに鞄から粘土を取り出した。
「そう言うと思って、粘土持ってきた。穴の開け方とか、ちょっといろいろ実験してみようぜ。へっくしゅ!」
霜矢が盛大なくしゃみをする。
夏樹は呆れて答えた。
「わかったから、実験は明日な。今日はさすがに泊まってくだろ。風邪ひく前に寝た方がいい」
「それなら、プラネタリウムのビデオの続き見ていい? 途中までしか見てなくてさ」
「DVDプレーヤーなんてうちにはないぞ」
「大丈夫、持ってきた!」
ちゃっかりしてんな。夏樹の言葉に、霜矢がにかっと笑った。
DVDプレーヤーを夏樹のテレビに接続して、ビデオを再生する。
「……星。それは古代から人々に親しまれ、私たちの生活に……」
ソファに並んで座ってナレーションを聞いていると、霜矢が夏樹の手に自分の手を滑り込ませてきた。
「時原、最近手触られてもあんまり緊張しなくなったよな」
「……うん」
「だんだん進歩してるんだな。すごいよお前。嬉しいけど、なんかちょっとだけ、寂しいな」
夏樹は黙って霜矢の手を握り返した。
ナレーションの優しい声が心地よく耳に響く。
「七夕伝説で有名な織姫星と彦星ですが、実はそれぞれ、わし座のアルタイル、こと座のベガという一等星で……」
霜矢が膝を抱えて、画面をじっと見つめている。
「時原、織姫と彦星の間にかかった橋ってなんの生き物だっけ」
「かささぎだろ、鳥の」
「そうだった」
手のひらの温度がじわりと重なり、まるで氷の上に火種が落ちたように、心の中が静かに温まっていく。
気づくと、霜矢が寝息を立てていた。
ずりおちた毛布を肩までかけてやり、霜矢の手からそっと自分の手を引き抜く。
「おやすみ、須縄。また明日」
小さくささやいて、夏樹は部屋の照明を落とした。
昼休み、仮でつくった『夏の樹』の前に集合した霜矢・夏樹・深冬の3人は、難しい顔で雪像を見上げていた。
大樹、入道雲、自転車はかなりいい感じに仕上がっている。
問題は「波打つ空気」の表現だった。
幹から雪の線を出す案は、早々に却下された。
雪がすぐに折れてしまうし、空気というよりは枝葉のようにみえてしまう。
3Dで作った大樹をなるべく平面に寄せて、背景と空気の表現を同化させる案もあったが、メインの大樹を薄くするのは迫力に欠けるということで、変に妥協もしたくなく、これも却下となった。
今は地面から空気の波を生やせないか試しているが、学校の除雪された雪質ではどうもうまくいかない。
本番の雪質でやってみようという結論に渋々至ったとき、カメラマンを連れて江角がやってきた。
「皆さん、今日の放課後も取材させていただく予定でしたが、中止になりました。夜から吹雪になるみたいで、皆さんもお気をつけください」
ちょうど同時に、校舎の方から校内放送が聞こえてくる。
「大雪が予想されます。午後の授業は中止になりました。生徒は速やかに帰宅してください。繰り返します……」
3人は不安そうに顔を見合わせた。
明日からの準備期間は大丈夫だろうか。
× × ×
翌朝、夏樹が目覚めると、マンションの外は大吹雪になっていた。
スマホを確認すると、大雪の影響で、雪まつり準備が一時中止になったという連絡が来ている。
幸い、食料は備蓄してあるし、明後日からは天候も落ち着く予報だ。
しかし、不安はぬぐえず、落ち着かない一日をぼんやりと過ごした。
18時を回ったころ、いきなりインターホンが鳴った。
外から誰かくるわけがないし、同じマンションの住人だろうか。
インターホンの画面をつけて、ぎょっとする。
猛吹雪の中に、雪まみれになった霜矢が震えながら立っていた。
「空気の表現、いいこと思いついたんだ! 開けてくれ!」
「須縄!? ちょっ、馬鹿! 凍死したらどうすんだよ! いいから入れ!」
バスタオルと毛布を抱えてエレベーターに飛び乗り、1階のエントランスに降りる。
エレベーターが開くと、ちょうど目の前で霜矢が凍えながら立っていた。
「お、時原! 迎えに来てくれたんだな」
「お、時原、じゃねえよ馬鹿! まじで歩いてきたのか?」
有無を言わさず霜矢を毛布でくるみ、溶け始めた頭の雪をバスタオルで拭きながらエレベーターに押し込んだ。
自室に霜矢を招き入れて、ようやく安堵する。
「怪我とかしてないか? 髪の毛凍ってぱりぱりじゃねえか。とりあえず風呂入ってこい」
「なあなあ時原、俺、超すごいこと思いついたんだよ。聞いてくれよ」
「入ってこい。あったまる前に出てきたら殺す」
風呂場を指さすと、霜矢が渋々従った。
学校も店も軒並み休みなのに、本当に馬鹿としか思えない。どうかしてる。
ほかほかの湯気を立てて風呂場から出てきた霜矢を再び毛布でくるみ、強制的にソファに正座させる。
「おいそこの馬鹿、そこ座れ」
「はい……」
「お前まじで何考えてんの。お前が怪我して困るのはお前だけじゃないの。わかる?」
「はい……」
「てか超すごいこと思いついたって何? お前スマホ持ってるよね? メッセージで言えばよくない? なんで直接来るわけ?」
「でも……」
「でもじゃない」
「はい……」
説教は小一時間続き、霜矢が次第に半べそになっていく。
まだ言いたいことはたくさんあったが、一旦切り上げることにして、夏樹は不機嫌そうに霜矢の隣にどかっと座った。
「で、思いついたことって何? 聞いてやるよ」
「あの、さ、雪まつりの準備もできないし、ばあちゃんちでプラネタリウムのビデオ見てたんだ。ほら、これ」
霜矢がおずおずと、リュックサックから古いDVDのディスクを取り出した。
「ビデオで言ってたんだけど、大昔の人たちは、地球は平らで、空は天蓋だと思ってたんだって」
「地球平面説ってやつな」
「そう、それ! で、ビデオを見て思いついたんだ。これ、雪像の空気の表現に使えるんじゃないかってさ」
霜矢がいつものスケッチブックを取り出して、パラパラとめくって目当てのページを見せる。
そこには、大樹の枝葉の間から降り注ぐ光の絵が描かれていた。
「今の大樹の上の方を思い切ってもっと横に広げて、天蓋みたいにするんだよ。それで、不自然にならないように穴をいっぱいあけておくんだ。そうすると、上から差し込む光が波打つ空気みたいに見えるんじゃないかと思ってさ」
「……悪くないな」
「だろ! このアイデアを時原に一番最初に見せたかったんだ」
「でもそんなにうまくいくのか?」
腕を組んで尋ねると、霜矢が自慢げに鞄から粘土を取り出した。
「そう言うと思って、粘土持ってきた。穴の開け方とか、ちょっといろいろ実験してみようぜ。へっくしゅ!」
霜矢が盛大なくしゃみをする。
夏樹は呆れて答えた。
「わかったから、実験は明日な。今日はさすがに泊まってくだろ。風邪ひく前に寝た方がいい」
「それなら、プラネタリウムのビデオの続き見ていい? 途中までしか見てなくてさ」
「DVDプレーヤーなんてうちにはないぞ」
「大丈夫、持ってきた!」
ちゃっかりしてんな。夏樹の言葉に、霜矢がにかっと笑った。
DVDプレーヤーを夏樹のテレビに接続して、ビデオを再生する。
「……星。それは古代から人々に親しまれ、私たちの生活に……」
ソファに並んで座ってナレーションを聞いていると、霜矢が夏樹の手に自分の手を滑り込ませてきた。
「時原、最近手触られてもあんまり緊張しなくなったよな」
「……うん」
「だんだん進歩してるんだな。すごいよお前。嬉しいけど、なんかちょっとだけ、寂しいな」
夏樹は黙って霜矢の手を握り返した。
ナレーションの優しい声が心地よく耳に響く。
「七夕伝説で有名な織姫星と彦星ですが、実はそれぞれ、わし座のアルタイル、こと座のベガという一等星で……」
霜矢が膝を抱えて、画面をじっと見つめている。
「時原、織姫と彦星の間にかかった橋ってなんの生き物だっけ」
「かささぎだろ、鳥の」
「そうだった」
手のひらの温度がじわりと重なり、まるで氷の上に火種が落ちたように、心の中が静かに温まっていく。
気づくと、霜矢が寝息を立てていた。
ずりおちた毛布を肩までかけてやり、霜矢の手からそっと自分の手を引き抜く。
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