【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

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第11章

第2話 スノーアートの専門家

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 今まで作ってきた雪像は、せいぜい1.5~2.5m程度。4mの大きさの中雪像を作るのは初めてで、その分トラブルも多い。

 大きいだけに壊れる部位も多く、作っては壊れ、壊れては作りの繰り返しだ。

 作業を開始して3日目の水曜日。

「時原、深冬ちゃん!」

 霜矢が「折れた」のハンドサインをする。
 練習の成果か、ハンドサインもかなり板についてきた。

 夏樹が入道雲から地面に降りて、折れた部位を確認する。

「あー、これは修復より作り直しかな」
「そんなぁ」

 霜矢がしょぼんと眉を下げたとき、深冬の方からバキッと嫌な音がした。
 深冬の悲鳴が上がる。

「霜矢ぁ! スコップ折れた!」
「嘘だろ! 替えは!?」
「ない! いっそのこと手彫りで……ううん、ちょっとホームセンター探して買ってくる!」

 走り出そうとした深冬に、「あのー」と隣で雪像を制作していたチームの一人が声をかけてきた。

「こちら、道具の予備があるので、よければお貸ししましょうか? ホームセンター結構遠いですし」

 深冬の目が丸くなる。

「いいんですか!?」
「はい、お互い様ですし。君たち、高校生? 鬼気迫る感じがしたので見守ってたんですが、もう少し楽しんでもいいんじゃないでしょうか」

 やんわりと諫めてくる男性に向かって、夏樹は頭を下げた。

「俺たち、命かけてやってるんです。でも、ありがとうございます。今も死ぬほど楽しいです」
「そう。それならよかったです」

 隣のチームに借りたスコップは、先端がぎざぎざになっていて、かなり削りやすい。
 今までは普通のスコップを使っていたが、次回までにはぎざぎざのものも用意しておきたい。これも学びだと、ありがたく借りておく。

 1時間ごとに水分補給を取りながら作業を進めていると、他のチームがざわつき始めた。
 ちょび髭にスーツにロングコートを着た革靴の男性が、ひとつひとつ制作中の雪像を見て回っている。
 髪は整髪剤できっちり固められ、ハーフっぽい顔立ち。比較的薄着なのに寒そうにしている様子はあまりない。

「皆さん皆さん」

 別の場所で撮影していた江角が興奮したようにやってくる。

「ショーン・マツザキが来ましたよ!」
「……誰ですか?」

 夏樹が眉をひそめて尋ねると、「ショーン・マツザキですよショーン・マツザキ!」と江角が男性を指さす。

「スノーアートの専門家です。雑誌のコラムとかにもたまに載っています。うちの番組にも去年少し出たことがあって……」
「須縄、知ってる?」
「知らない……けど、俺たちの雪像も見てもらおうぜ!」

 雪を踏んでいるというのに、ショーン・マツザキの足からは「つかつか」という音がしそうな歩きぶりだ。
 ショーン・マツザキが霜矢たちの雪像の前で足を止める。

「君たち、ずいぶん若いね」
「北ノ沢高校の1年生です!」

 霜矢が元気よく答えた。

「ふむふむ。最近の若いのはミーハーで困るよ。アニメの雪像を作ったりね。それで、君たちは何を作っているんだい?」
「はい、俺たち、時原正道の『夏の樹』の雪像を作っています!」

 霜矢の言葉に、ショーン・マツザキが眉をひそめる。

「夏の樹、夏の樹……ああ、あれね。難しい?」
「はい、空気の表現が難しくて。なので、上に穴の開いた天蓋を作って、そこから漏れる光で表現しようと思ってます」
「ふうん。まあ十中八九失敗するだろうね」
「そんなぁ……」

 しょげる霜矢に、ショーン・マツザキがたたみかける。

「『夏の樹』だって、古臭いだけの駄作じゃないか。駄作を雪像にしたって駄作にしかならない。伝説ってのは案外、過大評価の積み重ねなんだよ」

「時原くん、抑えて抑えて!」

 夏樹が何か言う前に、深冬が慌ててささやいてくる。
 夏樹は完全に頭にきていた。親父の作品は特段好きでも嫌いでもないが、他人が魂込めて作った作品をけなす態度は芸術家としていかがなものか。
 ショーン・マツザキに突っかかろうとしたとき、霜矢が「あの」と言って、ショーン・マツザキをまっすぐ見上げた。

「俺は好きですよ、『夏の樹』。古いとかダサいとか関係ないです。あの絵は、見てるだけで夏を生きてる感じがします。俺、あの大樹の下で自転車置いて昼寝したくなるんです。そういう気持ちにさせるだけで、十分に価値があると思いませんか?」

 ショーン・マツザキが「うぐ」と言葉に詰まった。
 江角が少し離れたところで、こちらを見ながら拍手しているのが見える。

「そ、そうかい。まあ、頑張りたまえ」

 ショーン・マツザキがそそくさと別の雪像を見に行ってしまう。

「時原、深冬ちゃん、あのおじさんは失敗するって言ったけど、俺たちは何度も練習したんだ。自分たちを信じて、がんばろうぜ!」

 夏樹と深冬は頷いて、持ち場に戻った。

 長時間の作業で手は痛かったが、なんとなくすがすがしい気分だった。

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