怖いもののなり損ない

雲晴夏木

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八人目「後輩の怪談でとばっちりを受けたんだ」

ああちくしょうと、青年は吐き捨てるように

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 青年が話し終えると、目が覚めたように店内に明かりが灯った。それどころか、客たちが話すざわめきまでも戻ってくる。混乱するあなたに向けて、青年は卑屈に笑う。

「ずーっとこんなでしたよ。明るくて、そこそこ賑やかな店でした」

 そんなはずはない。話し始める前、青年は店内の暗さをオバケのせいだと言ったのだから。
 何か暗かった証拠を見つけ出そうと、あなたはもう一度辺りを見回した。
 すると、店のどこからか小さな爆発音が聞こえた。続いて、きゃあと悲鳴が上がる。
 立ち上がる客、机の下に隠れる客、座ったまま周囲の様子を窺う客と様々な反応が混在する中、あなたは動けずにいた。
 固まるあなたの正面で、青年が舌打ちする。

「ちくしょう、だめなのかよ」

 ――まだ?

 何がまだなのか。青年の台詞に引っかかり、あなたは振り向いた。青年は忌々しげに空を睨みつけると、あなたの目の前で音もなく消えた。
 あなたと店内の客はパニックに陥った。あなたは消えた青年に対して、客はカウンターの奥、厨房から噴き出す炎に対してとの違いはあったが、パニックに変わりはない。
 店内は大混乱を極めた。
 誰かが逃げろと言い出して、客たちが大慌てで外へ逃げ出す。押し合いへし合い、時に罵り合い、ドアに詰めかける。理性残る客が落ち着くよう呼びかけるが、あまり意味はなかった。あなたも押し合いの中へ飛び込み、潰されそうな圧迫感を乗り越えどうにか外へ出た。
 誰が通報したのか、遠くからサイレンの音が聞こえていた。
 厨房から出た火がどれほどの勢いになったか、あなたは知らない。テレビのニュースにも新聞の記事にも、ネットニュースにすら載らなかったからだ。さすがに好奇心だけで『純喫茶・生熟り』へ訪れる気にはなれず、あなたは半月ほどの間を開けて『純喫茶・生熟り』を訪れた。
 当然、営業がされているわけもない。焼け跡を見つめぼんやりするあなたに、通りがかった老人が火事の原因について語ってくれた。
 厨房でトーストを焼くために使っていた小さなガスボンベが突然破裂して炎が上がったとのことだ。マスターも怪我を負ったらしく、『純喫茶・生熟り』は畳んでしまうことになったらしい。
 もう、あなたが〝いい話〟を聞く場所はない。
 あなたはしょんぼりしながら老人に礼を言い、『純喫茶・生熟り』を後にした。そして後日、この話を何も知らないらしい知人に話した。がっかりするあなたを見て、知人はきょとんとしていた。

「ナマナリなんて喫茶店、知らないけど」

 あなたは思わず、いやいや、と笑い飛ばした。紹介してくれたのは知人本人だ。それは間違いない。あなたがそう言っても、知人は「いやいやいや!」と首を振る。

「知らないって。俺そもそも、コーヒー苦手なんだから」

 そういえば、とあなたは知人の嗜好を思い出した。まったく飲まない訳でもないが、その場合はたっぷりミルクを入れていた。
 であれば、誰があなたに『純喫茶・生熟り』を教えたのか?
 あなたは後日、『純喫茶・生熟り』の焼け跡を訪れた。するとそこには寂れた本屋が建っていた。確かに、この場所に『純喫茶・生熟り』があったはずなのに。
 首を傾げたあなたは周囲を散策したが、空き店舗すら見つからない。途方に暮れて立ち尽くすあなたの背後で、誰かが、何かが、くすくす笑う声が聞こえた。振り向けば誰かが、何かがいるだろう。
 振り向くか、そのまま立ち去るかは、あなた次第だ。
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