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第2章 アルヴィゴ街道の騎士たち
1. 昔話をいたしましょう(前編)
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ここで少し、昔話をいたしましょう
***
「3さい? それじゃあぼくのほうがおにいさんだ!」
カクペルと初めて会った時、彼が初めて私に語りかけてくれた言葉を、今でもはっきりと覚えている。
それは私が3歳、カクペルが4歳の時であった。
場所は城内の薔薇園。
彼は父親であるエルズワース辺境伯に連れられていた。
「こ、こらっ。お前、ルキエラ様にそのような口を……!」
「まあまあ、良いではないか卿よ。まだ幼い子供同士なのだから」
「しかし殿下、カクペルはいずれルキエラ様をお守りする任にあたる身です。それがこのような不敬な……」
「それは幼児に求めるほうが酷であろうよ」
辺境伯をなだめるように大らかに笑って見せるのは、当時は王太子であった私の父だ。
「ほら、ルキエラもちゃんと挨拶なさい」
「……ご、ごきげん、よぅ…………」
私は父の陰に隠れて恐る恐る挨拶をする。
自分以外に初めて会う「子供」という存在が怖かったのだ。
「すまんなぁ、ルキエラは極度の人見知りなのだ。城の中の決まった人間としか付き合いがない故な……」
「問題はございませんよ。それに、ルキエラ様にとって初めての『お友達』とならせていただくためにカクペルを連れてきたのですから」
カクペルが王城に連れられてきたのは、私のお目付け役に――というのはこの当時は建前で、私の「友達」になるためだった。
イエローゲート朝の王族は、伝統的に――といってもまだ歴史が浅い王朝ではあるが――成人を迎えるまで少しだけ年上の貴族の子弟とともに育てられることになっている。
彼らは幼年期は無邪気な友達として接し、ある程度の年齢が来たら「友達」がそのまま「お目付け役」となる。
閉鎖的な環境で育つ王族は、そのような存在とのかかわりを通じて健全な人格の涵養を図るのだ。
「とはいえ、末っ子で甘やかされて育ったこの子には、まだ荷が重いことであるかもしれませんな……」
「ゆえにこれから聖光輪騎士団で教育を受けさせるのだろう? あそこは王族貴族にも容赦ないぞ。私も幼年の頃はやんちゃ坊主だったものでな。見かねた父に入れられたのだが、いまでも当時の教育隊長には頭が上がらんのだ」
大人たちの話はつまんないといった感じでふらふらしていたカクペルが、ふいにこちらに近づいてくる。
「ルキエラ、あそぼ!」
「あそ、ぶ……?」
「『ルキエラ様』だろう!?」と悲鳴にも似た叱責を飛ばす辺境伯を無視し、彼は続ける。
「なにしてあそぶ? おにごっこ? かくれんぼ? それかおはなのミツすう?」
「最後のだけは本当にやめなさい!!」と叫ぶ辺境伯と「懐かしい遊びを出すものだな」とのほほんと眺める父。
しかし当時の私は、提示された遊びのどれもやったことがなくて
「……わかんない。しらないもん……!」
子供が怖くて、怖いと感じること自体に少し腹が立って、いじけて座り込んだ。
しかしそんな私の腕をカクペルが引っ張り上げる。
「じゃあおにごっこしよ! あのね、ぼくがにげるからね、ルキエラがぼくをタッチできたらかちだから!」
「え、えっ?」
「10こかぞえたらおいかけてきてね! よーい、どん!!」
カクペルは走りながら「じゅーう、きゅーう……」とカウントダウンを始めるが、私はまだ困惑から抜け出せない。
「ルーちゃん、遊んできなさい。ゼロと言われたらカクペルのほうへ向かうのだ」
カウントダウンが終わると、父に背中を押されカクペルのほうに歩みを進める。
最初はおそるおそる歩いているといった感じだったのが、少しずつ、ほんの少しずつ足を動かす速度は上がり、気づけば私は必死になって走っていた。
「ま、まって! カクペぅ、まって!」
カクペルは私がついてきている様子を確認し、私が追い付けていないようだと少し立ち止まって待ってくれている。
逆に私がカクペルに肉薄すると
「まだつかまらないよー」
「ぅ、うーっ!」
「おにさんこちらっ」
彼は私の手をひらりとかわす。
そんな攻防(?)を5分ほど繰り返したのち、彼は私の20mほど先で私に向かって手を大きく広げた。
そしてそのまま私を受け止める。
「ターッチ! へへ、つかまっちゃったぁ」
「は、はあっ、はぁっ……」
「じゃあつぎはぼくがおにね!」
「おに?」
「ルキエラがにげるの! じゃあ、にげてね! じゅーう、きゅーう……」
私は「きゃあ」と声をあげながら駆け出し始める。
いつの間にか私はこの男の子との遊びに夢中になっていた。
1時間ほどだろうか。短い顔合わせの間に、彼は様々なことを教えてくれた。
かくれんぼ、木登り、花冠の作り方、花の蜜を吸う方法……
「カクペぅ!」
「わ、っととと」
カクペルに抱き着く。遊びの時間を通して、私はすっかり彼になついていた。
さすがに彼も疲れていたのか、後ろに倒れこんでしまう。
私はあわてるが、彼はそれでも「あはは」と笑っている。
「ルキエラ、あのね」
「?」
「ぼくはルキエラよりおにいちゃんだから、これからたくさんたくさん、たのしいことおしえてあげるからね」
「うんっ!」
「あ、でもね、ぼくね、あしたからおべんきょう? しにいかないといけないの。だからきょうはバイバイなんだけど」
「えっ……」
せっかく仲良くなれたのにもう行っちゃうの? という言葉も口にはできず、ただぽろぽろと涙を流す私。カクペルはおろおろしながらハンカチを取り出し、私の頬にあてる。
「でもね、でもね、おべんきょうおわったらまたくるから!」
「また、きてくれぅの?」
「うん! そしたらね、ずーっといっしょだから! だからぼくのこと、ちゃんといいこでまっててね」
「……うん!」
私の頭を優しくなでる、小さく暖かな手。
――――それが私と「おにいちゃん」との、最初で最後の思い出である。
***
「3さい? それじゃあぼくのほうがおにいさんだ!」
カクペルと初めて会った時、彼が初めて私に語りかけてくれた言葉を、今でもはっきりと覚えている。
それは私が3歳、カクペルが4歳の時であった。
場所は城内の薔薇園。
彼は父親であるエルズワース辺境伯に連れられていた。
「こ、こらっ。お前、ルキエラ様にそのような口を……!」
「まあまあ、良いではないか卿よ。まだ幼い子供同士なのだから」
「しかし殿下、カクペルはいずれルキエラ様をお守りする任にあたる身です。それがこのような不敬な……」
「それは幼児に求めるほうが酷であろうよ」
辺境伯をなだめるように大らかに笑って見せるのは、当時は王太子であった私の父だ。
「ほら、ルキエラもちゃんと挨拶なさい」
「……ご、ごきげん、よぅ…………」
私は父の陰に隠れて恐る恐る挨拶をする。
自分以外に初めて会う「子供」という存在が怖かったのだ。
「すまんなぁ、ルキエラは極度の人見知りなのだ。城の中の決まった人間としか付き合いがない故な……」
「問題はございませんよ。それに、ルキエラ様にとって初めての『お友達』とならせていただくためにカクペルを連れてきたのですから」
カクペルが王城に連れられてきたのは、私のお目付け役に――というのはこの当時は建前で、私の「友達」になるためだった。
イエローゲート朝の王族は、伝統的に――といってもまだ歴史が浅い王朝ではあるが――成人を迎えるまで少しだけ年上の貴族の子弟とともに育てられることになっている。
彼らは幼年期は無邪気な友達として接し、ある程度の年齢が来たら「友達」がそのまま「お目付け役」となる。
閉鎖的な環境で育つ王族は、そのような存在とのかかわりを通じて健全な人格の涵養を図るのだ。
「とはいえ、末っ子で甘やかされて育ったこの子には、まだ荷が重いことであるかもしれませんな……」
「ゆえにこれから聖光輪騎士団で教育を受けさせるのだろう? あそこは王族貴族にも容赦ないぞ。私も幼年の頃はやんちゃ坊主だったものでな。見かねた父に入れられたのだが、いまでも当時の教育隊長には頭が上がらんのだ」
大人たちの話はつまんないといった感じでふらふらしていたカクペルが、ふいにこちらに近づいてくる。
「ルキエラ、あそぼ!」
「あそ、ぶ……?」
「『ルキエラ様』だろう!?」と悲鳴にも似た叱責を飛ばす辺境伯を無視し、彼は続ける。
「なにしてあそぶ? おにごっこ? かくれんぼ? それかおはなのミツすう?」
「最後のだけは本当にやめなさい!!」と叫ぶ辺境伯と「懐かしい遊びを出すものだな」とのほほんと眺める父。
しかし当時の私は、提示された遊びのどれもやったことがなくて
「……わかんない。しらないもん……!」
子供が怖くて、怖いと感じること自体に少し腹が立って、いじけて座り込んだ。
しかしそんな私の腕をカクペルが引っ張り上げる。
「じゃあおにごっこしよ! あのね、ぼくがにげるからね、ルキエラがぼくをタッチできたらかちだから!」
「え、えっ?」
「10こかぞえたらおいかけてきてね! よーい、どん!!」
カクペルは走りながら「じゅーう、きゅーう……」とカウントダウンを始めるが、私はまだ困惑から抜け出せない。
「ルーちゃん、遊んできなさい。ゼロと言われたらカクペルのほうへ向かうのだ」
カウントダウンが終わると、父に背中を押されカクペルのほうに歩みを進める。
最初はおそるおそる歩いているといった感じだったのが、少しずつ、ほんの少しずつ足を動かす速度は上がり、気づけば私は必死になって走っていた。
「ま、まって! カクペぅ、まって!」
カクペルは私がついてきている様子を確認し、私が追い付けていないようだと少し立ち止まって待ってくれている。
逆に私がカクペルに肉薄すると
「まだつかまらないよー」
「ぅ、うーっ!」
「おにさんこちらっ」
彼は私の手をひらりとかわす。
そんな攻防(?)を5分ほど繰り返したのち、彼は私の20mほど先で私に向かって手を大きく広げた。
そしてそのまま私を受け止める。
「ターッチ! へへ、つかまっちゃったぁ」
「は、はあっ、はぁっ……」
「じゃあつぎはぼくがおにね!」
「おに?」
「ルキエラがにげるの! じゃあ、にげてね! じゅーう、きゅーう……」
私は「きゃあ」と声をあげながら駆け出し始める。
いつの間にか私はこの男の子との遊びに夢中になっていた。
1時間ほどだろうか。短い顔合わせの間に、彼は様々なことを教えてくれた。
かくれんぼ、木登り、花冠の作り方、花の蜜を吸う方法……
「カクペぅ!」
「わ、っととと」
カクペルに抱き着く。遊びの時間を通して、私はすっかり彼になついていた。
さすがに彼も疲れていたのか、後ろに倒れこんでしまう。
私はあわてるが、彼はそれでも「あはは」と笑っている。
「ルキエラ、あのね」
「?」
「ぼくはルキエラよりおにいちゃんだから、これからたくさんたくさん、たのしいことおしえてあげるからね」
「うんっ!」
「あ、でもね、ぼくね、あしたからおべんきょう? しにいかないといけないの。だからきょうはバイバイなんだけど」
「えっ……」
せっかく仲良くなれたのにもう行っちゃうの? という言葉も口にはできず、ただぽろぽろと涙を流す私。カクペルはおろおろしながらハンカチを取り出し、私の頬にあてる。
「でもね、でもね、おべんきょうおわったらまたくるから!」
「また、きてくれぅの?」
「うん! そしたらね、ずーっといっしょだから! だからぼくのこと、ちゃんといいこでまっててね」
「……うん!」
私の頭を優しくなでる、小さく暖かな手。
――――それが私と「おにいちゃん」との、最初で最後の思い出である。
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