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第一章:高齢者たちの再出発
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四
浮かない気持ちで、再びのハローワーク。
何かしなければと焦る気持ちとは裏腹に、私に合うような求人は無かった。夜警や旗振り、こういう仕事を卑下するつもりはない。しかし65歳を過ぎた高齢者への求人は、そういった種類の仕事や、工事現場などの仕事しかなかった。それは逆に、生活基盤を根底で支えているのは、実は65歳以上の人間たちなのではあるまいか?という感じも抱かせる。
ふいに後ろから肩をポンポンと、たたかれた。
ふと、高校生の頃、駅で「自衛隊に入りませんか?」と、自衛官に肩をたたかれた時のことを思い出し身体がびくっとする。まさかこの歳で自衛隊はあるまい、と思い振り返る。そこにいたのは、かつての上司、堀田だった。
「堀田課長」と、言うと、
「いや、実は今度、部長になりましてね」と、うつむきながら言った。そこにいたのが堀田だったことにヘンな懐かしさを覚えつつも、その違和感に気が付く。
「ところで、なんでここにおられるのですか?」と、思わず聞いてしまう。
「求人を出しに来たんです」
「求人?今まで出したこともなかったハローワークに?」
堀田はそれには答えず、私の方を向くと、
「丁度良かった。朝比さんに話したいことがあります。ここではなんですから、そこらへんで話しませんか?」堀田はそう言うと、窓外の喫茶店を指さした。
「どうです?退職後の生活は十分に楽しめてますか?」と堀田。私は「ええ」と言って、微笑んだが、その顔が少し引きつっていたのではないかと思った。
私が「ええ」と答えたのと同時に、堀田はテーブルに両手を着いた。そして何かのドラマにでも出てきそうな、土下座でもしそうな感じで頭を下げた。
「朝比さん、ここで会えると思ってませんでした。ここにいたということは、仕事を探していたのでしょう? また働こうと思っているのでしょう? もしそうならば力を貸してほしい」と言って顔を上げた。私は珍しいものでも見るように堀田を見つめ、次の言葉を待った。
「朝比さんが退職後、親会社A社の社長が代わりました。この人が、非常に急進的で、DX(ディーエックス)で業務改革するという大規模な計画を打ち出したのです」
「ディー、エックス?」
「はい、DXです」と言って、堀田は紙ナプキンに“DX”と書いた。
「デラックスの略みたいですね? マツコ・ディーエックスとか。ははは」退職してからの私は、新聞の経済欄などにもあまり目を通さないものだから、IT業界の略語には、とんと疎くなっていた。
「朝比さん、冗談はやめて下さい。DXは、デジタルトランスフォーメーションの略です。ひとことで言うと、競争力強化のために、データを集約し、先端ITを使っての改革です。そこで朝比さんに協力頂きたいんです」
「ちょっと待ってください。私は先端ITとはぜんぜん関係ない人間ですよ。私にはD、Xは、ダメのD、バツのXですよ。ははは」
「朝比さん、本当に冗談はやめてください。私は本気です」
「それはこっちのセリフです。私はアセンブラ言語一筋の人間です。先端的なものとは関係ない人間ですよ」
「だから協力いただきたいんです」
「え?」
堀田の話はこんな内容だった。
DXは、最初は、先端システムパッケージみたいなものを入れるだけで済むと思っていた。しかし調べていくと、古漬けにしておこうと思っていたアセンブラ言語のシステムに手を入れる必要、しかも多くは作り直す必要があることが判明した。しかし、朝比、伝田が退職した後、アセンブラ言語が解る人間はいない。
堀田は、アセンブラ言語のシステムを古漬けし、問題の先送りを決定した。しかしさながら投げたブーメランが戻って来たように、すぐにその矛先が自分に突き付けられてしまったのだ。ババ抜きで相手にひかせたジョーカーが、すぐに手元に帰ってきたような追い詰められた状態。崖っぷち!
そこで、付き合いのある人材派遣会社やプログラム開発ベンダーに声がけしてみた。しかし、アセンブラ言語というだけで、けんもほろろな対応だった。若手はJavaやCなど、今流の言語技術者ばかり。メインフレーム系では、せいぜいCOBOL技術者どまりだった。
藁にもすがるという感じでハローワークにも求人を出してみよう。しかし、地元でそんな人材が集まるわけもないと思いつつ、期待の薄い求人募集を出した。そこで私にばったりと出会った、ということだった。
その時、堀田は、アセンブラ言語の経験があれば、別に若手中堅どころではなくても、よいのではないか、朝比のような退職者でもよいのではないか、と、ひらめいたらしい。
「つまりは、朝比さんに“モダナイ”をやってもらいたいんです」
「“モダナイ”・・・アイヌ語の地名かなんかですか?」と、思わず答えたが、堀田は、システム部門を離れて一年もたたない私が、まるで浦島太郎のようにこの手の略語に疎くなってしまっていることに、ある意味失望されたかもしれない。
「朝比さん、冗談がきつい。モダナイというのは、“モダナイゼーション”。古いアセンブラ言語のプログラムをDX環境に合うように作り替えることです」
「ああ、前には“レガシーリエンジニアリング”とか言っていた話ですね。しかし、この業界は、やる内容は変わってなくても、言い回しを変えて新しいものに見せるのは、極めて得意ですね。DXだってその口でしょう?」と、思わず皮肉っぽい言い方してしまう。
つまりはDXのために、アセンブラ言語の古いシステムを作り替える、ということだった。私は、アセンブラプログラム資産の量を頭の隅で思い出そうとしていた。全ての領域が対象なら、とんでもない量、領域は計画系(管理系)と工場系(操業系)として、一人の人間が対応したなら数年いや十年以上かかるような規模があるはずだ。
「必要なのは私だけですか?」
「とりあえずは。しかし分かっていると思いますが、規模が膨大です。朝比さん以外にも人が必要なんです。伝田さんあたりにもお願いしたい感じです」
堀田はそのように言ったが、堀田と面識のあるアセンブラ言語を知っている人間は、朝比と伝田しかいなかった。このため伝田の名前も出したように思えた。
「再びの社員扱いで再雇用ということでしょうか?」
「そこは、別途相談させてほしいのです。実は新しいA社の社長はコス切もお好きなようです。その関係でB社も社員は増やせる状況にもないのです。アルバイトかパートみたいな感じが望ましいのです」
「そうですか・・・」先日、伝田から定年延長の話を聞いていただけに、再雇用で社員に戻れるのか、と思ったが、どうもそうでもないらしい。
「それで、作り替えの期間はどのくらいで?」
「一年です」
「え!そんな短い期間?」と言いつつ、私は絶句していた。あまりにも短い。
その日は、伝田とも話してみたいから少し時間が欲しいと言って堀田とは別れた。家に帰ると、妻が私を見るなり言った。
「どうしたんです。ずいぶんと目が生き生きとしてますよ」
浮かない気持ちで、再びのハローワーク。
何かしなければと焦る気持ちとは裏腹に、私に合うような求人は無かった。夜警や旗振り、こういう仕事を卑下するつもりはない。しかし65歳を過ぎた高齢者への求人は、そういった種類の仕事や、工事現場などの仕事しかなかった。それは逆に、生活基盤を根底で支えているのは、実は65歳以上の人間たちなのではあるまいか?という感じも抱かせる。
ふいに後ろから肩をポンポンと、たたかれた。
ふと、高校生の頃、駅で「自衛隊に入りませんか?」と、自衛官に肩をたたかれた時のことを思い出し身体がびくっとする。まさかこの歳で自衛隊はあるまい、と思い振り返る。そこにいたのは、かつての上司、堀田だった。
「堀田課長」と、言うと、
「いや、実は今度、部長になりましてね」と、うつむきながら言った。そこにいたのが堀田だったことにヘンな懐かしさを覚えつつも、その違和感に気が付く。
「ところで、なんでここにおられるのですか?」と、思わず聞いてしまう。
「求人を出しに来たんです」
「求人?今まで出したこともなかったハローワークに?」
堀田はそれには答えず、私の方を向くと、
「丁度良かった。朝比さんに話したいことがあります。ここではなんですから、そこらへんで話しませんか?」堀田はそう言うと、窓外の喫茶店を指さした。
「どうです?退職後の生活は十分に楽しめてますか?」と堀田。私は「ええ」と言って、微笑んだが、その顔が少し引きつっていたのではないかと思った。
私が「ええ」と答えたのと同時に、堀田はテーブルに両手を着いた。そして何かのドラマにでも出てきそうな、土下座でもしそうな感じで頭を下げた。
「朝比さん、ここで会えると思ってませんでした。ここにいたということは、仕事を探していたのでしょう? また働こうと思っているのでしょう? もしそうならば力を貸してほしい」と言って顔を上げた。私は珍しいものでも見るように堀田を見つめ、次の言葉を待った。
「朝比さんが退職後、親会社A社の社長が代わりました。この人が、非常に急進的で、DX(ディーエックス)で業務改革するという大規模な計画を打ち出したのです」
「ディー、エックス?」
「はい、DXです」と言って、堀田は紙ナプキンに“DX”と書いた。
「デラックスの略みたいですね? マツコ・ディーエックスとか。ははは」退職してからの私は、新聞の経済欄などにもあまり目を通さないものだから、IT業界の略語には、とんと疎くなっていた。
「朝比さん、冗談はやめて下さい。DXは、デジタルトランスフォーメーションの略です。ひとことで言うと、競争力強化のために、データを集約し、先端ITを使っての改革です。そこで朝比さんに協力頂きたいんです」
「ちょっと待ってください。私は先端ITとはぜんぜん関係ない人間ですよ。私にはD、Xは、ダメのD、バツのXですよ。ははは」
「朝比さん、本当に冗談はやめてください。私は本気です」
「それはこっちのセリフです。私はアセンブラ言語一筋の人間です。先端的なものとは関係ない人間ですよ」
「だから協力いただきたいんです」
「え?」
堀田の話はこんな内容だった。
DXは、最初は、先端システムパッケージみたいなものを入れるだけで済むと思っていた。しかし調べていくと、古漬けにしておこうと思っていたアセンブラ言語のシステムに手を入れる必要、しかも多くは作り直す必要があることが判明した。しかし、朝比、伝田が退職した後、アセンブラ言語が解る人間はいない。
堀田は、アセンブラ言語のシステムを古漬けし、問題の先送りを決定した。しかしさながら投げたブーメランが戻って来たように、すぐにその矛先が自分に突き付けられてしまったのだ。ババ抜きで相手にひかせたジョーカーが、すぐに手元に帰ってきたような追い詰められた状態。崖っぷち!
そこで、付き合いのある人材派遣会社やプログラム開発ベンダーに声がけしてみた。しかし、アセンブラ言語というだけで、けんもほろろな対応だった。若手はJavaやCなど、今流の言語技術者ばかり。メインフレーム系では、せいぜいCOBOL技術者どまりだった。
藁にもすがるという感じでハローワークにも求人を出してみよう。しかし、地元でそんな人材が集まるわけもないと思いつつ、期待の薄い求人募集を出した。そこで私にばったりと出会った、ということだった。
その時、堀田は、アセンブラ言語の経験があれば、別に若手中堅どころではなくても、よいのではないか、朝比のような退職者でもよいのではないか、と、ひらめいたらしい。
「つまりは、朝比さんに“モダナイ”をやってもらいたいんです」
「“モダナイ”・・・アイヌ語の地名かなんかですか?」と、思わず答えたが、堀田は、システム部門を離れて一年もたたない私が、まるで浦島太郎のようにこの手の略語に疎くなってしまっていることに、ある意味失望されたかもしれない。
「朝比さん、冗談がきつい。モダナイというのは、“モダナイゼーション”。古いアセンブラ言語のプログラムをDX環境に合うように作り替えることです」
「ああ、前には“レガシーリエンジニアリング”とか言っていた話ですね。しかし、この業界は、やる内容は変わってなくても、言い回しを変えて新しいものに見せるのは、極めて得意ですね。DXだってその口でしょう?」と、思わず皮肉っぽい言い方してしまう。
つまりはDXのために、アセンブラ言語の古いシステムを作り替える、ということだった。私は、アセンブラプログラム資産の量を頭の隅で思い出そうとしていた。全ての領域が対象なら、とんでもない量、領域は計画系(管理系)と工場系(操業系)として、一人の人間が対応したなら数年いや十年以上かかるような規模があるはずだ。
「必要なのは私だけですか?」
「とりあえずは。しかし分かっていると思いますが、規模が膨大です。朝比さん以外にも人が必要なんです。伝田さんあたりにもお願いしたい感じです」
堀田はそのように言ったが、堀田と面識のあるアセンブラ言語を知っている人間は、朝比と伝田しかいなかった。このため伝田の名前も出したように思えた。
「再びの社員扱いで再雇用ということでしょうか?」
「そこは、別途相談させてほしいのです。実は新しいA社の社長はコス切もお好きなようです。その関係でB社も社員は増やせる状況にもないのです。アルバイトかパートみたいな感じが望ましいのです」
「そうですか・・・」先日、伝田から定年延長の話を聞いていただけに、再雇用で社員に戻れるのか、と思ったが、どうもそうでもないらしい。
「それで、作り替えの期間はどのくらいで?」
「一年です」
「え!そんな短い期間?」と言いつつ、私は絶句していた。あまりにも短い。
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