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第二章:高齢プログラマー、奮闘す!
五
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五
解析結果の成果物は、未だに完ぺきとは言えない状況だった。しかし、この二カ月の成果物をDXチームに提出しレビュー審査を受けることになった。当然ながら部長の堀田も立ち会う。やっとこの日が来たのだが、自信をもってレビューを受ける気にはなれない。
レビュー開始早々、DXチームの面々も堀田も、解析ドキュメントを繰りながら難しい顔をしている。
「IPOシートではP、つまりその全体観が記載されていないものが多いですね」
「まずは個々のロジックに焦点をあててますので・・・」
「フローチャートもあれば、文章のもあって統一感がないですね」
「各自の一番、効率的なやり方でやらせてますので・・・」
「フローチャートの方が分かりやすいですね。文章は分かりにくい表現が結構あります。ところでチーム内でちゃんとレビューしていますか?」
「レビューは、まだ行っていません。検討します・・・」
というような言い訳がましいやり取りが続いた後、安村が、「うーん」とため息をつき、悩まし気に髪をかき上げながら言った。
「解析結果は、このままではDXの新しいロジックにはできないですね」
その理由と言うのは、アセンブラ言語とDXで適用するJava言語の違いという面が大きかった。アセンブラ言語にしろ、その後に出てきたCOBOLにしろ、ロジックは、”処理の手順”を順番に記述していく。しかし、Java言語はオブジェクト指向言語と言われ、“個々の処理”を“オブジェクト”と呼び、それを組み合わせて記述していく。このため、“処理の手順”を更に“オブジェクト”としていくことが必要だというのだ。
ボタンの掛け違いだ。こういう話を最初にしておくべきだった。様式や表現ばかりを決めて進めてきたが、何をすべきなのか、何が必要なのか、という根本の議論が抜けていたことに、改めて気付かされる。
またチームとしてのレビューも行っていなかった。レビューをきっちり行うと、更に工期がかかり生産性が落ちるという悩みもあり、目をつぶっていた。また彼らの人となりを知っているから大丈夫だろうという過信もあった。しかし個々人任せでは独断先行になり、品質的に大きな問題があるのは事実だった。
当面は私がレビュー、というよりも成果物チェックを行うことにした。改めて各自の成果物をチェックしてみる。そうすると、元木が書いた文章に目が釘付けになった。日本語の表現があちこちおかしいのだ。誤字というだけではなく、そもそも文法的におかしい。
赤ペンを入れながら、「(あの転んだ時、頭でも打ったのではないのか?)」と、一抹の不安を覚える。
「元木さん、この書き方じゃ、ぜんぜんわかんないよ」と、元木に言うと、何も答えない。元木は都合が悪くなると、補聴器をはずし、何も聞こえないふりをするのが常だった。
「グッドニュース!グッドニュース!喜んでください!秘密兵器です!」と、昔の怪獣映画のワンシーンみたいに、室山が満面の笑みをたたえて立ち上がった。「実はちょっとツールを作っていたんだ」と言った。
室山はEXCELの達人でもあった。ツールと言うのは、EXCELで作られており、アセンブラプログラムのソースリストを入力すると、○と線だけの簡単なフローチャートを作ってくれるというものだった。しかし、そのままでは見にくいので、成果物にするには人間が修正する必要はある。だが、これによってフローチャートを一から作る手間が省け、各段に生産性は向上する。
室山は技巧的なプログラムをたくさん作ってきた。在籍していたころは、“マクロ命令の鬼”とも呼ばれていた。マクロ命令というのは、アセンブラプログラムの、日付計算、文字変換などを共通化し、処理部品にしたものだ。こういう処理部品を次々に生み出してきた。
また、パソコンが普及しEXCELを使うようになると、今度はEXCELマクロをいろいろと工夫しだした。そのため、“EXCELマクロの鬼”とも呼ばれるようになっていた。
今回も、常人では考えもつかないような方法でEXCELマクロを駆使し、ソースリストから簡易フローチャートを作成するツールを作ったのだった。
会社にいる時は解析に精を出し、帰宅後に密かに作っていたようだ。そう思うと頭が下がるとともに、その職人気質に大いに感謝しなければならない。
室山のツールをDXチームに紹介した。
安村を始めとして若者たちは、そのツールに驚きの目を向けた。
「よくこんなものが作れましたね」と言いながら、ツールで作成された簡易フローチャートを見た。〇と線、そこに命令を日本語で表記した簡単なものだった。しかし素朴な美しさがあった。
安村は、「これなら統一感があっていいですね」と、納得したように頷いた。
翌日から若者たちが、我々を見る目が変わったように思えた。目つきからは険悪さが消え、逆に室山を羨望のまなざしで見ている。
その日、堀田がやってきた。ツールのことを話すのかと思ったがそうではなかった。
「今日は全員揃ってますよね。さて、みなさんの歓迎会もまだだったので、今日あたりいかがでしょうか?」と、手を口元に上げ、飲むしぐさをする。
言われてみるとそうだった。歓迎会もないまま、業務を開始し、嫌われている空気を感じつつも二カ月近くが過ぎていた。
若者たちとの壁も低くなってきている感じはするものの、やはり見えない形でそれは存在している。堀田は、その解消のためにも歓迎会の名目で飲み会を企画したらしい。意外とそういうところは気が利く。
その夜、B社近くの居酒屋で飲み会が催された。参加者は、我々とDXチームの面々。最初はぎこちない感じで飲み会が始まった。しかし、室山のツールの話に話が及ぶと、途端に座が和んだ。年寄りだと思っていたが、技術力の高さに脱帽した、という言い方だった。
やはり技術者というものは、年齢などは関係なく、持っている技術力や知識に対しては、素直に讃えあえる気持ちを持っている。だから通じ合える。
若者の一人が「まるで自分のお父さんと仕事しているみたいだ」と、素直な気持ちを話す。
それに続いて、元木が「昔はな」と、酔った勢いもあって彼が新入社員だったころのことを語りだした。それは、若者たちが生まれる遥かに以前の話だった。
『プログラムを作るときはコーディングシートに一行ずつ手書きし、それをカードにパンチして計算機に読み込ませたものさ』
「計算機?」
『そうだ計算機だ。コンピューターなんて言わなかったよ。設備なんだよ。だから計算機を入れ替えるときには神主さんを呼んで“お祓い”をしたもんだよ』
『打合せの会議も今は二時間以上になるといろいろうるさいと思うけど、昔はな、朝に始まって延々と夕方まで、時には夜中までやっていたものさ。飯も食わないでな』
酒を呑みながらの昔話は延々と続き、若者たちは父親以上に年の離れた先輩の話に耳を傾けていた。先人の苦労を改めて知ったという感じもしたようだが、最後に安村が、
「まるでシーラカンスみたいですね」と、赤い顔をして正直な気持ちを言った。
「そうだよ、生きた化石。それがアセンブラプログラム。我々そのものなんだよ」
飲み会は成功だった。我々とDXチームの打合せも、解決に向けた本質を話し合えるような雰囲気になっていった。しかし腹を割って話せるようになったことから、共通の課題が見えるようになり、毎回のように重苦しい雰囲気も漂うようになっていた。
室山のツールによって解析生産性を向上させることができる。しかしそれでも五割アップには及ばない状況だった。解析結果を修正し成果物ドキュメント化する要員が決して足りてはいないのだ。
更に最大の問題は、解析結果を基にDXの新しいプログラムを作る作業だった。以前、安村は、「解析結果は、このままではDXの新しいロジックにはできない」と言った。しかしその後、Javaの“上級技術者”であれば、解析結果をもとにしてオブジェクトの仕様書に落とし込むことはできることが分かってきた。しかしここでも最大のネックは人だった。
Javaが解るのは社員の中でも若手だけだったし、まして上級技術者は数える程度しかいなかった。そしてそこから上の世代はCOBOLしか知らない。オブジェクト指向も解っていない。
Java技術者を新たに調達する必要があるが、そのためには更に費用は膨らむ。しかし今のままでは限られた期間で完了できる見込みはない。
コンサル会社から提案された時の予算化のための見積りは、単純にステップ数と生産性の割り返しで求めただけの数字だった。裏で工数が膨らんでいく現状解析、仕様書作成、Javaプログラム化という、泥臭いリエンジニアリングのステップがすっぽりと抜けていた。
見積りが甘いと言えばそれまでだが、世の中のプロジェクト予算化見積りと言うのは、往々にしてそのようなものだ。コンサル会社の甘く美しい言葉の裏にある汚い沼みたいなところ。そこが忘れ去られていた。
そのコンサル会社との定期打合せ。またあの嫌な青木との打合せだ。
青木はまた唇をゆがませながら「アセンブラの解読は進んでいますかね?大丈夫ですか?」と嘲笑のまなざしを向けてくる。
私が答えようとすると、安村が遮り、「大丈夫です。この人たちの技術力は相当なものです。解析は順調です」と、言い放った。私は安村の方を見ると、安村はかすかに頷いていた。
この場では、解析の進捗状況、生産性を五割増ししても今の要員では間に合わないこと、Java技術者の調達をしないとならないことなど、大きな問題はお茶を濁して報告をしなかった。また彼らに報告したからと言っても、評論されるだけで何も改善はされないだろう。
そういう大きな問題を抱えつつ、その年は暮れ行き、正月を迎えていた。
不安を抱えた正月だった。
解析は室山のツールにより進んでいるのだが、ドキュメント化する作業が頭打ちだった。当初の生産性からの五割増しは到底望めないことが分かっていた。人を追加するといってもアセンブラ要員はいない。いろいろあたってみての結果が今の陣容なのだ。
今年を振り返ってみる。
退職後に退屈で働きたいと思っていたころの自分、ハローワークに通っていたころの自分がそこにいる。しかし働きたいとは思っても、苦労したいとは思わなかった。今の自分は苦労の渦中にいる。頭を抱えている自分がいる。
しかしなぜ続けているのか、と自問自答する。おそらくは自分を育ててくれた会社、今まで世話をしてくれた会社、その会社へのせめてもの恩返しなのかもしれないのだと思った。恩返しからの責任感、そういうことなのだろう。
除夜の鐘を聞きながら、妻の日菜子が言った。
「少し痩せた? 仕事、辛いんじゃないの?」
「いや、すこぶる快調だよ」と、笑ったが、辛くないと言えばうそになる。以前よりも老眼も加速度的に進んでいる感じもする。
私はどちらかというと会社の悩みは家には持ち込まない。だから今までメンタル不調にもならずにやって来られた。仕事で苦しんでいる自分を客観的に眺めているもう一人の自分がいる。苦しんでいる自分を見て自分自身がその境遇を楽しんでいる。世になかに何とかならないことなんて無い。そういう楽観的な性格だった。
しかし今は、正直言ってきつかった。
ともかく走るしかない。正月明けは気分を一新し出社した。
しかし冬の寒さのため、加畑の夫も、中村の父親も芳しい状態ではなくなり、この二人は更に休みがちになっていった。室山も、ツール作成で無理をしたのか、調子が悪いと言っては休むようになっていった。
そして元木も、事務所で転んでからは、膝や腰の痛みで通院が多くなっていた。顔つきも、なんとなく老け込んでしまったような印象もあった。
そんな折、戸田が亡くなったという知らせがあった。昨年、訪ねたときはホスピスに入院していたが命が尽きたようだ。
“戸田が亡くなった”、それを聞いて、太田の呼吸が段々と荒くなっていった。“過呼吸”に陥っている。
「太田さん、落ち着いて!落ち着いて!」と、伝田は太田のベルトをゆるめ、椅子から下ろし、床に座らせる。
少し呼吸が落ち着くと太田は、「同じ年代の人が亡くなると、次は自分の番かもしれない、いよいよ自分かもしれない、そう思うと怖いんだ」と、言った。
太田はその日を境に元気がなくなり、ふさぎ込むようになっていった。
「夜中が怖いんだ。誰もいない家の夜中が怖いんだ。眠れなくて呼吸が苦しくなるんだ」と、毎日のように私に寝不足気味の目を向けて力なく言うようになった。
奥さんを亡くし誰もいない家に一人。更には、明日は自分の番かもしれないという後ろ向きな考え。そういった気持ちが太田の心を蝕んでいた。
そして太田も病院通いが多くなり、休みがちにもなっていった。
このような状況のため、“島”は閑散とし、出社しているのが、伝田と私だけ、というような日も多くなっていた。
私もこの先どうしていくか、を思うと、動悸が激しくなった。不整脈みたいな感じもしている。このため、時折、“救心”を飲むようになっていた。
社長の岩田が堀田のところに来ていた。
「堀田くん、本当に大丈夫なのかね?」
そう言っているのが聞こえた。私は耳だけは良いのだ。
(第二章:高齢プログラマー、奮闘す! おわり)
解析結果の成果物は、未だに完ぺきとは言えない状況だった。しかし、この二カ月の成果物をDXチームに提出しレビュー審査を受けることになった。当然ながら部長の堀田も立ち会う。やっとこの日が来たのだが、自信をもってレビューを受ける気にはなれない。
レビュー開始早々、DXチームの面々も堀田も、解析ドキュメントを繰りながら難しい顔をしている。
「IPOシートではP、つまりその全体観が記載されていないものが多いですね」
「まずは個々のロジックに焦点をあててますので・・・」
「フローチャートもあれば、文章のもあって統一感がないですね」
「各自の一番、効率的なやり方でやらせてますので・・・」
「フローチャートの方が分かりやすいですね。文章は分かりにくい表現が結構あります。ところでチーム内でちゃんとレビューしていますか?」
「レビューは、まだ行っていません。検討します・・・」
というような言い訳がましいやり取りが続いた後、安村が、「うーん」とため息をつき、悩まし気に髪をかき上げながら言った。
「解析結果は、このままではDXの新しいロジックにはできないですね」
その理由と言うのは、アセンブラ言語とDXで適用するJava言語の違いという面が大きかった。アセンブラ言語にしろ、その後に出てきたCOBOLにしろ、ロジックは、”処理の手順”を順番に記述していく。しかし、Java言語はオブジェクト指向言語と言われ、“個々の処理”を“オブジェクト”と呼び、それを組み合わせて記述していく。このため、“処理の手順”を更に“オブジェクト”としていくことが必要だというのだ。
ボタンの掛け違いだ。こういう話を最初にしておくべきだった。様式や表現ばかりを決めて進めてきたが、何をすべきなのか、何が必要なのか、という根本の議論が抜けていたことに、改めて気付かされる。
またチームとしてのレビューも行っていなかった。レビューをきっちり行うと、更に工期がかかり生産性が落ちるという悩みもあり、目をつぶっていた。また彼らの人となりを知っているから大丈夫だろうという過信もあった。しかし個々人任せでは独断先行になり、品質的に大きな問題があるのは事実だった。
当面は私がレビュー、というよりも成果物チェックを行うことにした。改めて各自の成果物をチェックしてみる。そうすると、元木が書いた文章に目が釘付けになった。日本語の表現があちこちおかしいのだ。誤字というだけではなく、そもそも文法的におかしい。
赤ペンを入れながら、「(あの転んだ時、頭でも打ったのではないのか?)」と、一抹の不安を覚える。
「元木さん、この書き方じゃ、ぜんぜんわかんないよ」と、元木に言うと、何も答えない。元木は都合が悪くなると、補聴器をはずし、何も聞こえないふりをするのが常だった。
「グッドニュース!グッドニュース!喜んでください!秘密兵器です!」と、昔の怪獣映画のワンシーンみたいに、室山が満面の笑みをたたえて立ち上がった。「実はちょっとツールを作っていたんだ」と言った。
室山はEXCELの達人でもあった。ツールと言うのは、EXCELで作られており、アセンブラプログラムのソースリストを入力すると、○と線だけの簡単なフローチャートを作ってくれるというものだった。しかし、そのままでは見にくいので、成果物にするには人間が修正する必要はある。だが、これによってフローチャートを一から作る手間が省け、各段に生産性は向上する。
室山は技巧的なプログラムをたくさん作ってきた。在籍していたころは、“マクロ命令の鬼”とも呼ばれていた。マクロ命令というのは、アセンブラプログラムの、日付計算、文字変換などを共通化し、処理部品にしたものだ。こういう処理部品を次々に生み出してきた。
また、パソコンが普及しEXCELを使うようになると、今度はEXCELマクロをいろいろと工夫しだした。そのため、“EXCELマクロの鬼”とも呼ばれるようになっていた。
今回も、常人では考えもつかないような方法でEXCELマクロを駆使し、ソースリストから簡易フローチャートを作成するツールを作ったのだった。
会社にいる時は解析に精を出し、帰宅後に密かに作っていたようだ。そう思うと頭が下がるとともに、その職人気質に大いに感謝しなければならない。
室山のツールをDXチームに紹介した。
安村を始めとして若者たちは、そのツールに驚きの目を向けた。
「よくこんなものが作れましたね」と言いながら、ツールで作成された簡易フローチャートを見た。〇と線、そこに命令を日本語で表記した簡単なものだった。しかし素朴な美しさがあった。
安村は、「これなら統一感があっていいですね」と、納得したように頷いた。
翌日から若者たちが、我々を見る目が変わったように思えた。目つきからは険悪さが消え、逆に室山を羨望のまなざしで見ている。
その日、堀田がやってきた。ツールのことを話すのかと思ったがそうではなかった。
「今日は全員揃ってますよね。さて、みなさんの歓迎会もまだだったので、今日あたりいかがでしょうか?」と、手を口元に上げ、飲むしぐさをする。
言われてみるとそうだった。歓迎会もないまま、業務を開始し、嫌われている空気を感じつつも二カ月近くが過ぎていた。
若者たちとの壁も低くなってきている感じはするものの、やはり見えない形でそれは存在している。堀田は、その解消のためにも歓迎会の名目で飲み会を企画したらしい。意外とそういうところは気が利く。
その夜、B社近くの居酒屋で飲み会が催された。参加者は、我々とDXチームの面々。最初はぎこちない感じで飲み会が始まった。しかし、室山のツールの話に話が及ぶと、途端に座が和んだ。年寄りだと思っていたが、技術力の高さに脱帽した、という言い方だった。
やはり技術者というものは、年齢などは関係なく、持っている技術力や知識に対しては、素直に讃えあえる気持ちを持っている。だから通じ合える。
若者の一人が「まるで自分のお父さんと仕事しているみたいだ」と、素直な気持ちを話す。
それに続いて、元木が「昔はな」と、酔った勢いもあって彼が新入社員だったころのことを語りだした。それは、若者たちが生まれる遥かに以前の話だった。
『プログラムを作るときはコーディングシートに一行ずつ手書きし、それをカードにパンチして計算機に読み込ませたものさ』
「計算機?」
『そうだ計算機だ。コンピューターなんて言わなかったよ。設備なんだよ。だから計算機を入れ替えるときには神主さんを呼んで“お祓い”をしたもんだよ』
『打合せの会議も今は二時間以上になるといろいろうるさいと思うけど、昔はな、朝に始まって延々と夕方まで、時には夜中までやっていたものさ。飯も食わないでな』
酒を呑みながらの昔話は延々と続き、若者たちは父親以上に年の離れた先輩の話に耳を傾けていた。先人の苦労を改めて知ったという感じもしたようだが、最後に安村が、
「まるでシーラカンスみたいですね」と、赤い顔をして正直な気持ちを言った。
「そうだよ、生きた化石。それがアセンブラプログラム。我々そのものなんだよ」
飲み会は成功だった。我々とDXチームの打合せも、解決に向けた本質を話し合えるような雰囲気になっていった。しかし腹を割って話せるようになったことから、共通の課題が見えるようになり、毎回のように重苦しい雰囲気も漂うようになっていた。
室山のツールによって解析生産性を向上させることができる。しかしそれでも五割アップには及ばない状況だった。解析結果を修正し成果物ドキュメント化する要員が決して足りてはいないのだ。
更に最大の問題は、解析結果を基にDXの新しいプログラムを作る作業だった。以前、安村は、「解析結果は、このままではDXの新しいロジックにはできない」と言った。しかしその後、Javaの“上級技術者”であれば、解析結果をもとにしてオブジェクトの仕様書に落とし込むことはできることが分かってきた。しかしここでも最大のネックは人だった。
Javaが解るのは社員の中でも若手だけだったし、まして上級技術者は数える程度しかいなかった。そしてそこから上の世代はCOBOLしか知らない。オブジェクト指向も解っていない。
Java技術者を新たに調達する必要があるが、そのためには更に費用は膨らむ。しかし今のままでは限られた期間で完了できる見込みはない。
コンサル会社から提案された時の予算化のための見積りは、単純にステップ数と生産性の割り返しで求めただけの数字だった。裏で工数が膨らんでいく現状解析、仕様書作成、Javaプログラム化という、泥臭いリエンジニアリングのステップがすっぽりと抜けていた。
見積りが甘いと言えばそれまでだが、世の中のプロジェクト予算化見積りと言うのは、往々にしてそのようなものだ。コンサル会社の甘く美しい言葉の裏にある汚い沼みたいなところ。そこが忘れ去られていた。
そのコンサル会社との定期打合せ。またあの嫌な青木との打合せだ。
青木はまた唇をゆがませながら「アセンブラの解読は進んでいますかね?大丈夫ですか?」と嘲笑のまなざしを向けてくる。
私が答えようとすると、安村が遮り、「大丈夫です。この人たちの技術力は相当なものです。解析は順調です」と、言い放った。私は安村の方を見ると、安村はかすかに頷いていた。
この場では、解析の進捗状況、生産性を五割増ししても今の要員では間に合わないこと、Java技術者の調達をしないとならないことなど、大きな問題はお茶を濁して報告をしなかった。また彼らに報告したからと言っても、評論されるだけで何も改善はされないだろう。
そういう大きな問題を抱えつつ、その年は暮れ行き、正月を迎えていた。
不安を抱えた正月だった。
解析は室山のツールにより進んでいるのだが、ドキュメント化する作業が頭打ちだった。当初の生産性からの五割増しは到底望めないことが分かっていた。人を追加するといってもアセンブラ要員はいない。いろいろあたってみての結果が今の陣容なのだ。
今年を振り返ってみる。
退職後に退屈で働きたいと思っていたころの自分、ハローワークに通っていたころの自分がそこにいる。しかし働きたいとは思っても、苦労したいとは思わなかった。今の自分は苦労の渦中にいる。頭を抱えている自分がいる。
しかしなぜ続けているのか、と自問自答する。おそらくは自分を育ててくれた会社、今まで世話をしてくれた会社、その会社へのせめてもの恩返しなのかもしれないのだと思った。恩返しからの責任感、そういうことなのだろう。
除夜の鐘を聞きながら、妻の日菜子が言った。
「少し痩せた? 仕事、辛いんじゃないの?」
「いや、すこぶる快調だよ」と、笑ったが、辛くないと言えばうそになる。以前よりも老眼も加速度的に進んでいる感じもする。
私はどちらかというと会社の悩みは家には持ち込まない。だから今までメンタル不調にもならずにやって来られた。仕事で苦しんでいる自分を客観的に眺めているもう一人の自分がいる。苦しんでいる自分を見て自分自身がその境遇を楽しんでいる。世になかに何とかならないことなんて無い。そういう楽観的な性格だった。
しかし今は、正直言ってきつかった。
ともかく走るしかない。正月明けは気分を一新し出社した。
しかし冬の寒さのため、加畑の夫も、中村の父親も芳しい状態ではなくなり、この二人は更に休みがちになっていった。室山も、ツール作成で無理をしたのか、調子が悪いと言っては休むようになっていった。
そして元木も、事務所で転んでからは、膝や腰の痛みで通院が多くなっていた。顔つきも、なんとなく老け込んでしまったような印象もあった。
そんな折、戸田が亡くなったという知らせがあった。昨年、訪ねたときはホスピスに入院していたが命が尽きたようだ。
“戸田が亡くなった”、それを聞いて、太田の呼吸が段々と荒くなっていった。“過呼吸”に陥っている。
「太田さん、落ち着いて!落ち着いて!」と、伝田は太田のベルトをゆるめ、椅子から下ろし、床に座らせる。
少し呼吸が落ち着くと太田は、「同じ年代の人が亡くなると、次は自分の番かもしれない、いよいよ自分かもしれない、そう思うと怖いんだ」と、言った。
太田はその日を境に元気がなくなり、ふさぎ込むようになっていった。
「夜中が怖いんだ。誰もいない家の夜中が怖いんだ。眠れなくて呼吸が苦しくなるんだ」と、毎日のように私に寝不足気味の目を向けて力なく言うようになった。
奥さんを亡くし誰もいない家に一人。更には、明日は自分の番かもしれないという後ろ向きな考え。そういった気持ちが太田の心を蝕んでいた。
そして太田も病院通いが多くなり、休みがちにもなっていった。
このような状況のため、“島”は閑散とし、出社しているのが、伝田と私だけ、というような日も多くなっていた。
私もこの先どうしていくか、を思うと、動悸が激しくなった。不整脈みたいな感じもしている。このため、時折、“救心”を飲むようになっていた。
社長の岩田が堀田のところに来ていた。
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