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第四章:終活
一
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“終活とは、充実した人生を送るために自分らしい最期を迎えるための準備をすること”
一
朝比を社長にしたのは正解だった。と、私、伝田は、そう思っていた。
朝比は、でっぷりしていて優柔不断なところもあったから、その雰囲気からリーダーには向かないように見られる。しかし実際にはプロジェクトを率いる素養のある人間だった。
時には自分で抱え込んでしまうこともあるが、タイミング良く問題を開示し、相談し、打開策を見つけ解決していく。そういう人間なのだ。
B社は、A社からの天下りしか課長以上の上級管理職になれないような会社だった。
B社プロパーは昇進しても、せいぜい、係長どまりだ。そんな会社だから、プロパー社員は出世の希望は絶たれ、あきらめてその境遇に甘んじるか、あるいはくさったりもする。また青木のように転職する人間も出てくる。安村あたりも今回のプロジェクトで自信をつけたから、案外、転職を考えているのかもしれない。
そんなモチベーションの上がらない会社だったが、実際に業務を回しているのは、A者の天下りではなく、係長以下のプロパーの面々だった。
朝比や私は、高卒で地元採用、地元志向だったから、そこそこでまあまあの境遇に甘んじていた、と言われたらそれまでである。しかし、朝比は在職中、係長にはなれなかった。いや、意図的に係長になるのを固辞していたというべきだろう。
朝比や私は、アセンブラの保守の合間、時折、プロジェクト管理業務に駆り出されていた。保守業務だけでは空いてしまうからだ。
朝比は良く「アセンブラだけやってきたような人間」と、自分のことを揶揄するのだが、実際には、プロジェクト管理も彼の得意領域だった。
彼は、プロジェクトを陰から支えるような役回りをするのが常だった。先頭には別の人間を立て、実際にはすべてを自分が取り仕切っている。そういう形で力を発揮していた。
私が係長に昇進したとき、「朝比も係長に昇進した方はいいんじゃないか?」と、聞いたことがあった。しかし彼は、「この方が仕事がやりよいんだよ」と言って、笑っていた。
「二番手にいた方が好き勝手なことが言える。しかし先頭に立ってしまうと、保身に回ってしまい、思ったような動きができなくなるんだよ」。それが彼の仕事のしかただった。
彼は、陰で周到に関係者に根回しをしたり、調整をしたり、的確なタイミングで上位者の決断を促してプロジェクトを成功に導いていた。プロジェクトの事実上の功労者なのである。しかしそういう役割の人間は、残念なことに決して表には出てこない。このため、正当な評価もされない。彼の苦労など、誰も知る由もない。
退職の日、彼は花束と簡単な労いの言葉だけで送り出された。しかし本当ならば、彼のそういった功績を正当に評価するならば、もっと盛大に送り出されてもよかったはずだ。
しかしもし盛大な送別を催すと言われたならば、彼はそういう評価は自分にはふさわしくない、と言って拒んでいただろう。自分には、身の丈以上のことは必要ない。そういう考えをする人間だった。
今回、在職中は決して先頭には立たなかった朝比をアセンブラカウボーイ社の社長に推した。これには理由があった。
朝比は実はこんなことも言っていたのだ。
「もし自分が、本当に小さな会社を作るならば、その社長をやってみたいな。自分の力の及ぶ範囲でならば好き勝手なことができると思うんだ。
しかし、今の会社の中では、組織の中に組み込まれての行動になってしまう。いざ先頭に立ってしまうと、保身と言い逃ればかりしてしまいそうだ。
だからここで、本当に好き勝手するには先頭には立たず、二番手にいた方がやりやすいんだ。その方が言いたいことを言える。やりたいこともやれる」
このような考えもあって、朝比はこの小さな会社の社長と言う役割を二つ返事で引き受けた。しかし、彼が前面に出なければならないことも多かったし、メンバーの離脱など、心労も絶えなかった。必ずしも好き勝手というわけにはいかなかった。
準委任で雇われた身であり完成責任はない、とは言いつつも、請け負った以上は完遂させなければ、という責任感がある。その重圧が彼を苦しめていたのも事実だった。
我々の技量よりも、ツールに救われたのも事実だった。
室山の移行ツール、安村が見つけてきたMidas。この二つが奏功し、アセンブラからCOBOL、そしてCOBOLからJavaへの置き換え。これをどんどん進めることができた。
室山の移行ツールは良くできていて、バグもなく完ぺきなものだった。処理に少々時間がかかるのが難点といえば難点だったが、異常停止することもなく動作した。
移行ツールは、アセンブラで作られていたのだが、おそらくこの移行ツールが、ここで作られた最後のアセンブラプログラムになるだろう。アセンブラプログラムが、自らの最期を準備するための“終活”をして、新たなJavaという生命を生み出している、あるいはアセンブラプログラムが自らの有終の美を飾っている。移行ツールには、そんな印象も受けた。
解析によるロジックのドキュメント化は、リモートワークの普及により、助っ人メンバーの、飯田、清瀬、西田、村田、野田の活躍もあって、こちらもどんどん進めることができた。ここでも何よりも室山の解析ツールが役立ったことは言うまでもない。
移行されたプログラムは決して読みやすいものではない。しかし、曲りなりにも動くのだ。それが最優先だ。まずは単純移行された動くものがあればそれで良いのだ。
保守性の観点から、見やすく修正するようなことは、今回作成されたドキュメントを見ながら、後追いで誰か若い世代が対応すればよいだろう。
年明け頃は、要員を追加しても一年半はかかり、当初計画よりも一年近くの遅れが生じるという危機的な状況だった。しかしその後は、室山の移行ツールの完成、安村が見つけてきたMidasツール、そして助っ人部隊の活躍で、当初計画にぎりぎりだが間に合わせることができた。
本当はカットオーバーには、余裕を残して間に合うと思っていた。
しかし、最終の連動テストに入ってから、DXパッケージ側に問題が発生したのだった。
一
朝比を社長にしたのは正解だった。と、私、伝田は、そう思っていた。
朝比は、でっぷりしていて優柔不断なところもあったから、その雰囲気からリーダーには向かないように見られる。しかし実際にはプロジェクトを率いる素養のある人間だった。
時には自分で抱え込んでしまうこともあるが、タイミング良く問題を開示し、相談し、打開策を見つけ解決していく。そういう人間なのだ。
B社は、A社からの天下りしか課長以上の上級管理職になれないような会社だった。
B社プロパーは昇進しても、せいぜい、係長どまりだ。そんな会社だから、プロパー社員は出世の希望は絶たれ、あきらめてその境遇に甘んじるか、あるいはくさったりもする。また青木のように転職する人間も出てくる。安村あたりも今回のプロジェクトで自信をつけたから、案外、転職を考えているのかもしれない。
そんなモチベーションの上がらない会社だったが、実際に業務を回しているのは、A者の天下りではなく、係長以下のプロパーの面々だった。
朝比や私は、高卒で地元採用、地元志向だったから、そこそこでまあまあの境遇に甘んじていた、と言われたらそれまでである。しかし、朝比は在職中、係長にはなれなかった。いや、意図的に係長になるのを固辞していたというべきだろう。
朝比や私は、アセンブラの保守の合間、時折、プロジェクト管理業務に駆り出されていた。保守業務だけでは空いてしまうからだ。
朝比は良く「アセンブラだけやってきたような人間」と、自分のことを揶揄するのだが、実際には、プロジェクト管理も彼の得意領域だった。
彼は、プロジェクトを陰から支えるような役回りをするのが常だった。先頭には別の人間を立て、実際にはすべてを自分が取り仕切っている。そういう形で力を発揮していた。
私が係長に昇進したとき、「朝比も係長に昇進した方はいいんじゃないか?」と、聞いたことがあった。しかし彼は、「この方が仕事がやりよいんだよ」と言って、笑っていた。
「二番手にいた方が好き勝手なことが言える。しかし先頭に立ってしまうと、保身に回ってしまい、思ったような動きができなくなるんだよ」。それが彼の仕事のしかただった。
彼は、陰で周到に関係者に根回しをしたり、調整をしたり、的確なタイミングで上位者の決断を促してプロジェクトを成功に導いていた。プロジェクトの事実上の功労者なのである。しかしそういう役割の人間は、残念なことに決して表には出てこない。このため、正当な評価もされない。彼の苦労など、誰も知る由もない。
退職の日、彼は花束と簡単な労いの言葉だけで送り出された。しかし本当ならば、彼のそういった功績を正当に評価するならば、もっと盛大に送り出されてもよかったはずだ。
しかしもし盛大な送別を催すと言われたならば、彼はそういう評価は自分にはふさわしくない、と言って拒んでいただろう。自分には、身の丈以上のことは必要ない。そういう考えをする人間だった。
今回、在職中は決して先頭には立たなかった朝比をアセンブラカウボーイ社の社長に推した。これには理由があった。
朝比は実はこんなことも言っていたのだ。
「もし自分が、本当に小さな会社を作るならば、その社長をやってみたいな。自分の力の及ぶ範囲でならば好き勝手なことができると思うんだ。
しかし、今の会社の中では、組織の中に組み込まれての行動になってしまう。いざ先頭に立ってしまうと、保身と言い逃ればかりしてしまいそうだ。
だからここで、本当に好き勝手するには先頭には立たず、二番手にいた方がやりやすいんだ。その方が言いたいことを言える。やりたいこともやれる」
このような考えもあって、朝比はこの小さな会社の社長と言う役割を二つ返事で引き受けた。しかし、彼が前面に出なければならないことも多かったし、メンバーの離脱など、心労も絶えなかった。必ずしも好き勝手というわけにはいかなかった。
準委任で雇われた身であり完成責任はない、とは言いつつも、請け負った以上は完遂させなければ、という責任感がある。その重圧が彼を苦しめていたのも事実だった。
我々の技量よりも、ツールに救われたのも事実だった。
室山の移行ツール、安村が見つけてきたMidas。この二つが奏功し、アセンブラからCOBOL、そしてCOBOLからJavaへの置き換え。これをどんどん進めることができた。
室山の移行ツールは良くできていて、バグもなく完ぺきなものだった。処理に少々時間がかかるのが難点といえば難点だったが、異常停止することもなく動作した。
移行ツールは、アセンブラで作られていたのだが、おそらくこの移行ツールが、ここで作られた最後のアセンブラプログラムになるだろう。アセンブラプログラムが、自らの最期を準備するための“終活”をして、新たなJavaという生命を生み出している、あるいはアセンブラプログラムが自らの有終の美を飾っている。移行ツールには、そんな印象も受けた。
解析によるロジックのドキュメント化は、リモートワークの普及により、助っ人メンバーの、飯田、清瀬、西田、村田、野田の活躍もあって、こちらもどんどん進めることができた。ここでも何よりも室山の解析ツールが役立ったことは言うまでもない。
移行されたプログラムは決して読みやすいものではない。しかし、曲りなりにも動くのだ。それが最優先だ。まずは単純移行された動くものがあればそれで良いのだ。
保守性の観点から、見やすく修正するようなことは、今回作成されたドキュメントを見ながら、後追いで誰か若い世代が対応すればよいだろう。
年明け頃は、要員を追加しても一年半はかかり、当初計画よりも一年近くの遅れが生じるという危機的な状況だった。しかしその後は、室山の移行ツールの完成、安村が見つけてきたMidasツール、そして助っ人部隊の活躍で、当初計画にぎりぎりだが間に合わせることができた。
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しかし、最終の連動テストに入ってから、DXパッケージ側に問題が発生したのだった。
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