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第一幕
(二)銀白の姫君
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頼継が初めて眼にする少女は、怯え、ひどく疲れた様子も見られる。だが、蝋燭の火に照らされたその御姿は、驚くべきものだ。肌も髪もとにかく乳白の肌と純白の髪、潤う瞳は紺碧色をしていた。齢は、数えで十一なら外見はまだ〝可愛い〟のほうが強調されるが、小顔もあってか、〝美人〟にふさわしい。
頼継は驚きと同時に、神秘的な美しさに身震いした。
「天女様だ……」
頼継は思わずつぶやいた。
蓮峰軒が頼継に確認する。
「兄上、これって……?」
頼継は我に帰ると、確信した。
「ああ、小彼岸が言ったとおりじゃ。こんな奇跡的な御仁は二人といない!」
頼継たちにとって姫君は、暗黒の中に注がれた光だ。か細くとも嬉しい光だ。頼継と蓮峰軒は姫君にひれ伏し、家臣たちも土下座をした。頼継は姫君を安心させようと思った。
「ひ、姫君は我が妻、小彼岸をご存知でしょうか?」
と、妻の名を出したら、姫君は震えを止めてくれた。
「……お、大叔母さまですか?」
声色は自信なさげで、か細いも、清涼感があふれる。頼継は癒やされるほどに聞き入ってしまうも、すぐに我に返って肯定した。
「そ、そ、そうです。その通りです!」
姫君が安心してくれた。力が抜けたのか、涙が湧きだす。
「あ、貴方が、高遠の翁ですか……」
「はい。もう大丈夫ですぞ。諏方大明神に誓って姫君をお守りします!」
頼継は拳をつくって力強く宣言した。
姫君は、頷いてくれた。
頼継はやる気を得た。
ーー姫君のため、殿と再会させるぞ!
姫君を御旗にし、信濃中から軍勢をかき集められれば、余所者の敵など圧倒できる。これなら捕まったご家族も助けられる。親子再会が出来れば、諏方の民も全国諏方信仰を仰ぐもの全てが感涙するだろう。
ならば、敵は今、血眼になって姫君を探してるはずだ。頼継は神林上野入道に命じた。
「上野入道っ。明日一番に姫君を、干沢よりも安全な高遠へ避難させる。蓮峰軒にはこの城の守備を任せる。元々諏方満隣の城だが、いない以上は仕方がない。急ぎ支度しろ」
「御意!」
蓮峰軒と上野入道は準備に離れ、頼継は拳を作り、強く決意した。
ーーワシはきっと、諏方大明神から姫君を託されたのだ。甲斐の蛮族共など追い返してやる。よし、老骨に鞭を打ってでも姫君をお守りしようではないか!
昨年五月、諏方頼重と先代甲斐国主の義親子が共同して、小県郡神党の海野棟綱を征伐するため共同作戦をとった。数日遅れて埴科郡坂城の村上義清も参加し、両者勝利のおこぼれを貰う予定だった。しかし、最も戦果を得たのが義清だった。棟綱は義清との決戦を選んだからだ。だから海野家を直接滅ぼしたのは村上家だ。棟綱の嫡子は戦死したが、棟綱ほか一族は行方不明になった。頼重もその義父も、義清の領土取りすぎには不満だったが、どちらにせよ、神党の総盟主が神党を見捨てた。あり得ないことだった。
頼継は当初、それが理由でこのいくさに反対した。しかし頼重の意思は大祝同様、絶対である。
凛々しい頼重は、真紅の諏方大明神鎧がよく似合う。〝諏方南宮上下大明神〟と金字で記された赤地の神号旗。頼重がこれに向かって「海野を神の生贄とする」と誓えば、軍勢は勇気づけられ、味方を讃え、勝利を確信した。あんな圧の強い雰囲気が充満すると、誰だって呑まれる……。
棟綱と一族が上野国に逃れたことは、海野家滅亡から二ヶ月後の八月に判明した。でも幸綱の消息だけが、先ほどまで不明だった。
日が改まっても、姫は疲れが未だとれていないようで、表情も沈んでいる。髪も寝起きなのか、ボサボサだ。頼継が自ら朝食を持ってきた。頭を下げながら挨拶する。
「おはようございます姫君。元気がでてほしいと願い、某自ら作りました。さざ虫の佃煮を乗せた強飯と、信州味噌の汁には、アンズタケやワカサギ、高価な茄子も入れました。御賞味ください」
単純だが自信作だ。頼継は頭を上げると、美しい姫君の気だるい姿に唖然とした。見てはいけないものを見てしまったと思い、再び頭を下げた。
ーーそうだ、ここには女中がいない。ともかく早く高遠へお連れして、丁字たちに身の周りを任せないと……。
頼継はともかく、この朝食で少しでも元気になってほしかった。
「さ、さ、召し上がって下され。美味いですぞ!」
と、微笑んで勧めた。
姫君はためらう。見た目の悪さと、お椀に注がれたご飯の山盛り具合に。ただ、飯にも汁物にも湯気がわきたって温かそうだ。姫君は恐る恐る一口に入れたら、瞳から大粒の涙がこぼれて止まらず、箸をお椀を下ろしてしまう。
頼継は雰囲気の変化を読み取り、心配した。頭を上げ、数歩近づく。
「あ、あ、お口に合いませんでしたか? も、申し訳ございません。直ぐに代わりを……」
代わりなど雑兵めしくらいだ。それは出せない。こんな時に神林上野入道が挨拶に入ってくる。準備は整ったと報告したかったが、二人の状況を見て思わず、勘違いして怒った。
「あーっ! 殿っ、可憐なく姫君を襲いましたな! 小彼岸様一筋と慕った殿が……。このバチ当たり!」
頼継は後ろを向けながら頭を上げ、上野入道に言った。
「ば、馬鹿っ。そのようなことなどするものか。ワシは死んでも小彼岸一筋だ!」
ここで姫君が、訳を話してくれた。
「と、とても温かくて美味しくて、つい……」
上野入道は唖然とした。
「ほらみろ」頼継は上野入道に膨れた。
上野入道は屁理屈で言い返す。
「ならば早く誰かと再婚して、早く子を設けなされ。殿ももう五十と半ばでしょ。それで子供どころか、孫もいないなんてあり得ないでしょう。そういうお年でしょう」
「そ、それは先代の殿からそういう条件で貰い受けただけだ。お主も重々知っておきながら何度も言わせるな。こそばゆいぞ」
口論とはいえ冗談混じりがある。しかし姫君には口論にしか感じず、怖かった。頼継は気を取り戻し、姫君に体を向けて座り、姫君に尋ねた。
「ここまでの事、お話して頂けますか?」
姫君は躊躇する。つい今し方まで頼継は上野入道と喧嘩していた(と姫君は解釈してる)のに、急にその雰囲気が消えた。頼継と上野入道をジッと見た。頼継は姫君に睨まれたと勘違いした。
ーーえ? もしや、怒ってる? 聞いてはいけないことだったのか?
頼継は、謝ろうと思った。しかし姫君は、話すと頷いてくれた。
たどたどしく、目も泳ぐ。うまく説明できていないところもかったが、まとめるとこうなる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二日前、桑原城で籠城してるとき、敵の使者が現れた。敵は城下の盟、つまり、無条件降伏を持ち込むためだ。このとき、姫君は頼重から「すぐここから逃げろ。薩摩を頼れ」と言われた。薩摩とは、長窪城主の諏方満隆をいう。長窪は、桑原の背後にそびえる霧ヶ峰連峰の向こう側にある。それでも華奢で体力のない姫君は、行かなければ助からない。頼重は姫君に護衛と女中数名を与え、共に城を出て山を登る。だが、下社御射山(矢島が原湿原)付近で数十名もの落武者狩と出くわした。護衛は刀を抜いて戦うも全滅し、女中達も姫君を守って殺された。姫君は恐怖する。ここで偶然、攻め弾正海野幸綱が現れ、豪快かつ華麗な槍さばきで十二名ほど瞬殺した。落ち武者狩り共は幸綱に恐怖し、逃げた。
幸綱はなぜ、いたのか? それは、村上義清が軍勢を率いて惣領家の援軍に行くという確定情報を掴み、和田峠の頂付近で暗殺を試みたからだ。しかし村上勢は現れなかった。幸綱は唖然とし、途方に暮れた。初秋の高原は麓が残暑でも涼しい。原色な青空と手に届きそうな雲と、微風にささやく草原がのどかで気持ちがいい。だからあちこち彷徨ってしまう。そうしたら、姫君襲撃の現場に着いてしまったのだ。
姫君は幸綱を知らなかった。幸綱も姫君を知らなかったが、状況からみて幸綱は姫君が惣領家の一族だと悟ってくれた。姫君は幸綱に護衛を頼もうと思ったが、怖くて、人見知りで頼めなかった。でも、幸綱のほうが「仕方がない」と察知してくれた。
長窪まであと一歩の場所まで着いたとき、長窪城方面から煙が複数確認できた。幸綱が村人に聞き取りしたところ、長窪城は佐久郡一番の有力者、大井貞隆に奪われたという。満隆の情報は、自害やら戦死やら逃亡やら捕縛やら、混乱して掴めなかった。
幸綱は熟考の末、諏方郡へ引き返した。もはや頼れる者は「高遠の翁」しかいないと言った。姫君は「あの人は裏切った」と怯えるも、幸綱はそう思ってない。「さきほどのように、いくさは情報が混乱するものです。見極めるべきです」と促された。幸綱は明晰だから、頼継寝返りの噂を当初から怪しんでいた。姫君と幸綱は敵の捜索をかいくぐるため、林に入って身を隠しながら注意深く進んだ。
そして、保科正俊が見つけてくれたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
頼継はショックだった。
姫君は恐る恐るも、今更ながら確認してみた。
「あ、あの……、翁は寝返ったのですか?」
頼継は正直に答えた。
「いいえ。もし本当なら我が家臣も伊那神党も皆、某を八裂きにしてます。一体、誰が言ったのですか?」
頼継は質問を投げ、姫君は教えてくれた。
「神長官と伊豆守です。敵の降伏の使者がお二人だったので、驚きました」
頼継は愕然ののち、怒りが沸々と込み上がり、止められず、爆発した。
「おのれぇぇぇ満隣っ! 頼真ぇぇぇっ!」
上野入道は、ここまで怒る頼継を初めて見た。
神長官守屋頼真と惣領家筆頭家老諏方〝伊豆守〟満隣。この二人こそ〝頼継裏切り〟の出元である!
高遠の諏方頼継は、敵以上に叩くべき仇敵を見つけた。
頼継は驚きと同時に、神秘的な美しさに身震いした。
「天女様だ……」
頼継は思わずつぶやいた。
蓮峰軒が頼継に確認する。
「兄上、これって……?」
頼継は我に帰ると、確信した。
「ああ、小彼岸が言ったとおりじゃ。こんな奇跡的な御仁は二人といない!」
頼継たちにとって姫君は、暗黒の中に注がれた光だ。か細くとも嬉しい光だ。頼継と蓮峰軒は姫君にひれ伏し、家臣たちも土下座をした。頼継は姫君を安心させようと思った。
「ひ、姫君は我が妻、小彼岸をご存知でしょうか?」
と、妻の名を出したら、姫君は震えを止めてくれた。
「……お、大叔母さまですか?」
声色は自信なさげで、か細いも、清涼感があふれる。頼継は癒やされるほどに聞き入ってしまうも、すぐに我に返って肯定した。
「そ、そ、そうです。その通りです!」
姫君が安心してくれた。力が抜けたのか、涙が湧きだす。
「あ、貴方が、高遠の翁ですか……」
「はい。もう大丈夫ですぞ。諏方大明神に誓って姫君をお守りします!」
頼継は拳をつくって力強く宣言した。
姫君は、頷いてくれた。
頼継はやる気を得た。
ーー姫君のため、殿と再会させるぞ!
姫君を御旗にし、信濃中から軍勢をかき集められれば、余所者の敵など圧倒できる。これなら捕まったご家族も助けられる。親子再会が出来れば、諏方の民も全国諏方信仰を仰ぐもの全てが感涙するだろう。
ならば、敵は今、血眼になって姫君を探してるはずだ。頼継は神林上野入道に命じた。
「上野入道っ。明日一番に姫君を、干沢よりも安全な高遠へ避難させる。蓮峰軒にはこの城の守備を任せる。元々諏方満隣の城だが、いない以上は仕方がない。急ぎ支度しろ」
「御意!」
蓮峰軒と上野入道は準備に離れ、頼継は拳を作り、強く決意した。
ーーワシはきっと、諏方大明神から姫君を託されたのだ。甲斐の蛮族共など追い返してやる。よし、老骨に鞭を打ってでも姫君をお守りしようではないか!
昨年五月、諏方頼重と先代甲斐国主の義親子が共同して、小県郡神党の海野棟綱を征伐するため共同作戦をとった。数日遅れて埴科郡坂城の村上義清も参加し、両者勝利のおこぼれを貰う予定だった。しかし、最も戦果を得たのが義清だった。棟綱は義清との決戦を選んだからだ。だから海野家を直接滅ぼしたのは村上家だ。棟綱の嫡子は戦死したが、棟綱ほか一族は行方不明になった。頼重もその義父も、義清の領土取りすぎには不満だったが、どちらにせよ、神党の総盟主が神党を見捨てた。あり得ないことだった。
頼継は当初、それが理由でこのいくさに反対した。しかし頼重の意思は大祝同様、絶対である。
凛々しい頼重は、真紅の諏方大明神鎧がよく似合う。〝諏方南宮上下大明神〟と金字で記された赤地の神号旗。頼重がこれに向かって「海野を神の生贄とする」と誓えば、軍勢は勇気づけられ、味方を讃え、勝利を確信した。あんな圧の強い雰囲気が充満すると、誰だって呑まれる……。
棟綱と一族が上野国に逃れたことは、海野家滅亡から二ヶ月後の八月に判明した。でも幸綱の消息だけが、先ほどまで不明だった。
日が改まっても、姫は疲れが未だとれていないようで、表情も沈んでいる。髪も寝起きなのか、ボサボサだ。頼継が自ら朝食を持ってきた。頭を下げながら挨拶する。
「おはようございます姫君。元気がでてほしいと願い、某自ら作りました。さざ虫の佃煮を乗せた強飯と、信州味噌の汁には、アンズタケやワカサギ、高価な茄子も入れました。御賞味ください」
単純だが自信作だ。頼継は頭を上げると、美しい姫君の気だるい姿に唖然とした。見てはいけないものを見てしまったと思い、再び頭を下げた。
ーーそうだ、ここには女中がいない。ともかく早く高遠へお連れして、丁字たちに身の周りを任せないと……。
頼継はともかく、この朝食で少しでも元気になってほしかった。
「さ、さ、召し上がって下され。美味いですぞ!」
と、微笑んで勧めた。
姫君はためらう。見た目の悪さと、お椀に注がれたご飯の山盛り具合に。ただ、飯にも汁物にも湯気がわきたって温かそうだ。姫君は恐る恐る一口に入れたら、瞳から大粒の涙がこぼれて止まらず、箸をお椀を下ろしてしまう。
頼継は雰囲気の変化を読み取り、心配した。頭を上げ、数歩近づく。
「あ、あ、お口に合いませんでしたか? も、申し訳ございません。直ぐに代わりを……」
代わりなど雑兵めしくらいだ。それは出せない。こんな時に神林上野入道が挨拶に入ってくる。準備は整ったと報告したかったが、二人の状況を見て思わず、勘違いして怒った。
「あーっ! 殿っ、可憐なく姫君を襲いましたな! 小彼岸様一筋と慕った殿が……。このバチ当たり!」
頼継は後ろを向けながら頭を上げ、上野入道に言った。
「ば、馬鹿っ。そのようなことなどするものか。ワシは死んでも小彼岸一筋だ!」
ここで姫君が、訳を話してくれた。
「と、とても温かくて美味しくて、つい……」
上野入道は唖然とした。
「ほらみろ」頼継は上野入道に膨れた。
上野入道は屁理屈で言い返す。
「ならば早く誰かと再婚して、早く子を設けなされ。殿ももう五十と半ばでしょ。それで子供どころか、孫もいないなんてあり得ないでしょう。そういうお年でしょう」
「そ、それは先代の殿からそういう条件で貰い受けただけだ。お主も重々知っておきながら何度も言わせるな。こそばゆいぞ」
口論とはいえ冗談混じりがある。しかし姫君には口論にしか感じず、怖かった。頼継は気を取り戻し、姫君に体を向けて座り、姫君に尋ねた。
「ここまでの事、お話して頂けますか?」
姫君は躊躇する。つい今し方まで頼継は上野入道と喧嘩していた(と姫君は解釈してる)のに、急にその雰囲気が消えた。頼継と上野入道をジッと見た。頼継は姫君に睨まれたと勘違いした。
ーーえ? もしや、怒ってる? 聞いてはいけないことだったのか?
頼継は、謝ろうと思った。しかし姫君は、話すと頷いてくれた。
たどたどしく、目も泳ぐ。うまく説明できていないところもかったが、まとめるとこうなる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二日前、桑原城で籠城してるとき、敵の使者が現れた。敵は城下の盟、つまり、無条件降伏を持ち込むためだ。このとき、姫君は頼重から「すぐここから逃げろ。薩摩を頼れ」と言われた。薩摩とは、長窪城主の諏方満隆をいう。長窪は、桑原の背後にそびえる霧ヶ峰連峰の向こう側にある。それでも華奢で体力のない姫君は、行かなければ助からない。頼重は姫君に護衛と女中数名を与え、共に城を出て山を登る。だが、下社御射山(矢島が原湿原)付近で数十名もの落武者狩と出くわした。護衛は刀を抜いて戦うも全滅し、女中達も姫君を守って殺された。姫君は恐怖する。ここで偶然、攻め弾正海野幸綱が現れ、豪快かつ華麗な槍さばきで十二名ほど瞬殺した。落ち武者狩り共は幸綱に恐怖し、逃げた。
幸綱はなぜ、いたのか? それは、村上義清が軍勢を率いて惣領家の援軍に行くという確定情報を掴み、和田峠の頂付近で暗殺を試みたからだ。しかし村上勢は現れなかった。幸綱は唖然とし、途方に暮れた。初秋の高原は麓が残暑でも涼しい。原色な青空と手に届きそうな雲と、微風にささやく草原がのどかで気持ちがいい。だからあちこち彷徨ってしまう。そうしたら、姫君襲撃の現場に着いてしまったのだ。
姫君は幸綱を知らなかった。幸綱も姫君を知らなかったが、状況からみて幸綱は姫君が惣領家の一族だと悟ってくれた。姫君は幸綱に護衛を頼もうと思ったが、怖くて、人見知りで頼めなかった。でも、幸綱のほうが「仕方がない」と察知してくれた。
長窪まであと一歩の場所まで着いたとき、長窪城方面から煙が複数確認できた。幸綱が村人に聞き取りしたところ、長窪城は佐久郡一番の有力者、大井貞隆に奪われたという。満隆の情報は、自害やら戦死やら逃亡やら捕縛やら、混乱して掴めなかった。
幸綱は熟考の末、諏方郡へ引き返した。もはや頼れる者は「高遠の翁」しかいないと言った。姫君は「あの人は裏切った」と怯えるも、幸綱はそう思ってない。「さきほどのように、いくさは情報が混乱するものです。見極めるべきです」と促された。幸綱は明晰だから、頼継寝返りの噂を当初から怪しんでいた。姫君と幸綱は敵の捜索をかいくぐるため、林に入って身を隠しながら注意深く進んだ。
そして、保科正俊が見つけてくれたのだ。
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頼継はショックだった。
姫君は恐る恐るも、今更ながら確認してみた。
「あ、あの……、翁は寝返ったのですか?」
頼継は正直に答えた。
「いいえ。もし本当なら我が家臣も伊那神党も皆、某を八裂きにしてます。一体、誰が言ったのですか?」
頼継は質問を投げ、姫君は教えてくれた。
「神長官と伊豆守です。敵の降伏の使者がお二人だったので、驚きました」
頼継は愕然ののち、怒りが沸々と込み上がり、止められず、爆発した。
「おのれぇぇぇ満隣っ! 頼真ぇぇぇっ!」
上野入道は、ここまで怒る頼継を初めて見た。
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