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第二幕
(十七)村上義利後編
しおりを挟む玖日が直江津港を出港したのが八月の中旬である。だが下旬、長門国の青海島沖で大嵐に遭遇し、船底に穴を開けてしまったので、付近の港に避難した。嵐が明けると、玖日の商船は、応急処置と排水を繰り返しながら福江島へ急いだ。九月上旬に福江湊に入るも、王直はいなかった。
玖日が湊の役人に訊ねると、役人から、
「昨日、種子島から来た船がそこに漂着したと言ってたぞ。たしか、秋津丸と紀州鵜ノ島の根来船が、競うように種子島へ向かった」
といわれる。
玖日も大急ぎで船の出港を命じるも、浸水が激しくなり、着低してしまった。船は港の隣の砂浜まで運ばれ、引き上げられ、長期の修理か解体かを迫られてしまう。
玖日は悔しくて地団太を踏んだ。酒やモノに八つ当たりをしても始まらないので、途方に暮れる。
そこで馴染みの倭寇が現れ、察してくれた。
「玖日、难道你想要南蛮手銃吗?」
「是啊」
「那么,我有。三十丁有」
「真的吗? 我全都给你买!」
なんと、南蛮手銃は既に日本にあるというのだ。ここは和冦の拠点のひとつであり、今は後期倭冦の隆盛期だ。それが正規の購入品であれ盗品であれ、どちらでもいい。倭寇の誰かが王直より早く仕入れても、不思議ではない。
玖日はその倭寇に値切り交渉を重ねても、足元を見られた高額で購入させられる。それでも予定以上の数を手に入れて、喜んだ。
南蛮手銃が坂城に持ち込まれたのは、十月の中頃だった。結局、自分の船は福江島で解体し、廃材は全て安値で売り払い、手銃は陸路で博多まで運び、博多の総本店から大急ぎで船を借りた。そのため、時間がかかった。
村上義利の屋敷。義利は玖日が遅れても満足した。屋代正重も物珍しそうに凝視する。
義利は一丁手に持ち、構えながら言った。
「ったく、ギリギリに現れおって。今日までに来なかったらワシは明日、信府へ行かされていたぞ」
「間ニ合ッテカッタデス」
「それにしても、三十も手に入れたのか。さすが神屋だな」
と、固い金属の色に興味を示す。
玖日は得意げに答える。
「信濃ノ神屋ハ、我ノ他ニモ、東海道ノペタンコ娘ト商売範囲ヲ競ッテマス。東山道ノ忍ビ野郎、信濃ト上州ハ海ナシ不便、アキラメテル。我、ペタンコニ商売勝ツネ。ハハハハハ!」
「成る程、それがお前の本音か。まあよい。ワシの為に働いてくれるのならな」
「御贔屓ニオ願イシマス」
玖日はヘラヘラ笑う。
義利は銃を眺めながら、言う。
「よく見ると、様々な色があるのだな。何が違いでもあるのか?」
「イイエ。ドレモ同ジ青銅デス。ナンナラ試シ撃チシマショウ」
と、玖日は庭に出て、銃を持って玉と火薬を入れ、構えてから発砲した。
ズドーン!
と鳴り響く銃声に、義利と正重は仰天して腰を抜かした。
「か、か、か、雷が落ちた!」と義利。
「こ、腰をぬかすわ!」正重は冷や汗を出す。
驚いたあとは、義利は興奮へ変わった。
「よし、全部買い取るぞ。これで居館を乗っ取り、国境を封鎖して父上を帰らぬ人にするぞ。死ぬまで信濃府中で遊んでろ!」
義利は浮かれ気分になって大笑いした。
玖日は法外な売上を得られて大笑いした。
ついにその日がやってきた。村上義清は小笠原長時に隠居の報告のため、早朝から出張に出かける。義利は急病と頑なに偽り、共に行かなかった。
そんな義利の元に老臣が集まる。兵も年寄りばかりだが百人ほど揃えた。義利は庭で、皆の前に揃えた手銃を披露する。義利は一丁は自分の物にして、足軽二十八人に貸し与えた。だが、一丁だけ足りなかった。
「昨夜呑みすぎて、何処かに閉まったか?」
と、義利は気にしなかった。義利は自分の手銃を持ち、一発だけ実演しながら使い方を教える。義利は、驚く兵たちを見て優越感を感じてから、御家乗っ取り作戦を始動した。
「皆の者、今よりこのワシが村上家の主となり、村上家から小笠原の色を全てなくし、古き良き大塔の昔に戻そうぞ!」
「おう!」
老兵たちの志気は、若かりし頃を彷彿させるほどに高かった。
しかし主殿の門は、普段は早朝から開いてるはずなのに、今日に限って何故か閉じられていた。門櫓には屋代正重の息子正国と、坊主頭の豪傑楽厳寺雅方が守っている。門兵も二十人が固めた。
義利は門番に命じる。
「おい、なぜ開いてない? 開けろ!」
しかし、正国も雅方も黙って応じない。義利は怒りを露わにし、早速、新兵器の使用を命じた。扱う二十八名の老兵は、火薬や銃弾の装填、構え方、すべてに不慣れだ。愚痴やら苦笑いやら、なんか呑気になりだした。
義利はイライラする。
「早くせい!」
老兵たちがやっと準備完了たときに、義利はすかさず発砲を命じた。
「放てい!」
使い慣れない老兵たちは反応もまばらで、発砲させるも一斉射ではなく、轟音もまばらだ。衝撃で銃身をぶらし、銃口から煙が充満する。その上、風の流れで義利や兵たちを包み込み、周りが見えなくなる。皆、煙たくてせき込む。煙が晴れて門を確認したら、敵は無傷だった。屋代正国は銃声に驚いて身を隠すが、楽巌寺雅方は仁王立ちしながら笑う。
「当たらん当たらん! へたくそ!」
義利は挑発にカッとなり、次の発砲命令を出すも、すべて当たらず、また煙に襲われる。
今度は門番たちの笑い声が聞こえた。正国も雅方の横に立っても大丈夫と判断できた。
義利は「ウソだウソだ」と焦りながら、何度も発砲させた。そのせいで、銃身を支える木材に高熱が浸透して、熱くなって銃を捨てる者。暴発して大怪我する者。発砲音に鼓膜が破れた者。煙に目をやられた者が多発し、義利の手銃隊は自滅した。
義利は激しく動揺する。
「なんなんだこれは? まるで使いものなならんではないか!」
ここで門櫓から小笠原重藤夫人が、手銃を持って現れた。義利は目を疑った。
「なんで母上が南蛮の新兵器を持ってる?」
重藤は教えた。
「何を言ってるのですか? これは明国の珍兵器ですわ。いくさどころか、畑を荒らす獣を驚ろかせる程度の代物でしかありませんの」
「な、何故そんなことが分かるのです!」
「明国の銃が弓より劣ることは、噂で耳にしていましたが、見たのは初めてです。これは、そこにいる密告者から頂いたものですの」
「み、密告者だと!」
義利は老兵たちを疑う。
老将も老兵も皆、首を左右に振る。そこにいるとは、重藤の後ろで身を隠す下っ端女中だ。
ここで雅方が教えた。
「某、村上家士官前は修行僧でした。都にいたときの小競り合いで手銃を見たことがあります。明国かぶれの大将が使ってましたが、ご覧の通りの結末で大敗してましたぞ」
だから、狙われても命中しないことを知っていた。距離もあるから、偶然当たっても痛いだけで済む。当たらないのは、とある距離から弾の軌道が外れるせいだ。
ここで村上義清が、千曲川対岸の孤落城から三百の精鋭を引き連れて戻ってきた。義利の老人決起隊は、完全に包囲されてしまった。
気落ちする義利の前に、義清は腕組みして立つ。義利は父の巨体に身震いした。義利も見上げる巨体と筋肉質のうえ、百戦錬磨。誰もが恐れる実績は、甲冑なしでも相当ビビる。
義利は慌ててひれ伏し、言い訳した。
「す、す、全てはおじじの仕業で、某は乗せられただけです。お許し下さい……」
言われた正重は、いい迷惑だ。
「若様が最も乗り気ではありませんか。我らは部下。部下は将への忠義あるのみです」
老兵たちは皆「そうだそうだ!」と、責任を義利に押しつけた。
義利は再度、地面に額をつけて弁明した。
「お許し下さい。全部おじじのせいで……」
義清は大きなため息をついて、言う。
「分かった。許す」
「え」義利は思わず頭を上げ、笑みが出た。
義清は義利を睨んで言う。
「条件がある。今すぐ守護に挨拶してこい」
「スズメ、いや、長時様に会いたくな……」
「会え!」義清の威圧は熊並みに恐ろしい。
「は、は、はい……」義利は涙目になった。
重藤は義清の前まで行って、言う。
「高遠殿には、お詫びを入れねば……」
「うむ。これを機に家中の世代交代を行う。義利には礼法弓馬の鍛錬に精を出して貰おう。教え魔の長時様なら一年は帰さないだろう」
「それでは高遠殿に伝わりませんわ」
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「はい」重藤は認め、これからは子作りの機会を伺うことにする。
義清は雅方に手勢を貸し、諏方頼継への謝罪文も渡して、義利を信濃府中へ送らせた。
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