雨の種

春光 皓

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月の出る夜

理由

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 瞬きの仕方を忘れてしまったのかもしれない。

 洸太郎の目に映るその種は、片時も遮断されることなく、脳裏へと焼き付いていく。

 それ程の衝撃を与えるには充分過ぎる現実に、洸太郎はただ立ち尽くすことしか出来なかった。


 身体中の細胞が騒いでいるのに、言葉だけが出てこない。

 大介も千歳も、雨の種を持つ瑠奈でさえも、互いの感情を探り合おうとするように黙っている。


 唯一、洸太郎が理解出来たこと――それは、この種が洸太郎の前に現れた雨の種よりも、小さいということだけだった。


「おいおい、黙っていちゃ何もわからないだろ。こいつは一体、何なんだ?」


 森本が幾度となく訪れる沈黙を打ち破る。

 瑠奈の持つ雨の種をジロジロと眺めては、位置を変えてまた見つめ直していた。

 やはり森本は、雨の種の存在を知らないのだろう。


「さっき言ってた――その『雨の種』ってのは、高木のじいさんから聞いたのか?」

「――そうです。そしてこれが、私たちの持つ、一番の情報でもあります」


 瑠奈が森本の目を見て答えた。


「なるほどな……。こいつは確かに『自信のある情報』だ。それにしても……えらい綺麗な種だな。この世のモノとは思えねぇ」


 そう言ってから森本は、またしばらく雨の種を眺めた。


「この種は普通に植えれば良いのか?」

「いえ、それではダメだったと高木さんは言っていました」

「まぁ色々と拗らせた木だからな、そう簡単にはいかないか。で、どうやって生まれ変わらせたんだ?」


 森本は雨の種から視線を離さないまま、瑠奈に問いかける。


「『神様に祈りを捧げた』と言っていました。でも、それ以上の情報はないと」

「なるほど。じゃあ俺らの持っていた情報を纏めると、『月の出る夜』に、この雨の種に『祈り』を捧げて、『雨を降らせる』ってことになるわけだな?」


「そう――単純には行かないと思いますが」


 瑠奈がそう口にするのと同時に、「瑠奈、ちょっと良いか」と大介が会話に入る。


「二つ聞きたいんだけど……、瑠奈はいつからこの雨の種を持っていて、それを何故、俺たちに黙っていたんだ?」


 大介の口調は穏やかなものだったが、力の籠った強い眼差しは、まるで自分に「冷静でいるように」と言い聞かせているようにも見えた。


「そうだよね、言わなきゃだよね……」


 瑠奈の声は、語尾に向かうにつれて小さくなっていく。

 視線を落とし、また鞄のショルダーベルトを握る。

 そして、意を決したように、瑠奈はゆっくりと顔を上げた。


「まず雨の種が私の元に現れたのは、洸太郎が雨の種を手にしたのと同じ日。どっちが早かったのかはわからないけど、洸太郎が連絡をくれた時、私もこの種を持ってたの。それから……なんでこのことを黙っていたのかというとね――」


 そこまで言って、瑠奈はしばらく黙り込んだ。

 視線はしっかりとこちらに向けたまま、みるみるうちに目には涙が溜まっていく。

 その涙をこぼさないよう、必死に耐えているようだった。
 
 涙を押し戻すように上を向いてから、瑠奈は再び話し出す。


「正直に言うとね、本当はこのこと、みんなに言うつもりはなかったの……。だって――神木様は命と引き換えに生まれ変わるんでしょう? ということは、種を持つ、ってことになるじゃない。洸太郎は平然としていたけど、私には出来なかった」


 洸太郎は瑠奈が先に帰ってしまった、水源寺からの帰り道を思い返していた。


「もしかして、あの時『自分の命を捨てられる』って僕に聞いたのって……」

「うん……どうしても自分に置き換えて考えて、洸太郎がこのことにちゃんと向き合ってないって思えちゃって……」


 現実を「見よう」とするのではなく、瑠奈のように現実と「向き合う」必要があったんだ――と洸太郎は強く思った。


「だから、神木様を生まれ変わらせる雨の種の……種なら発芽って言うのかな? その方法がわかるまでは、私も向き合うのを止めようって、そうしたら少しは楽になるのかなって、そう思った。発芽なんてしなくても良い、それこそ神木様が生まれ変わらなくても良いって本気で思ったこともあった。でも――」

「瑠奈ちゃん……」


「事態は日に日に悪化していった。やっぱり、私の前に雨の種が現れたのは偶然じゃなくて、運命なんじゃないかって。そう考え始めてた時、森本さんが現れて、自分がどんどん神木様の真相に近づいて行くのを感じたの。あぁ……、もう止まらないんだなって」


 瑠奈は何度も鼻を啜りながら、込み上げる涙を必死に堪えている。

 その涙の代わりでもするかのように、箱の中にある雨の種は微かに揺れていた。


「結局、怖かっただけなんだよね」


 瑠奈は何かを受け入れたのか、にっこりと笑って言った。


「大介くん。これが私の黙っていたこと……全部だよ」


 その美しい笑顔は洸太郎の胸を痛い程、強い力で締め付ける。

 大介も「そっか……ありがとな」と言って、それ以上、何も聞くことはなかった。


 会話のキャッチボールが一通り終了したタイミングで、「少し話は戻るが」と森本が口を開き、重たく留まる空気を循環させる。


「さっきの話だと、洸太郎くんもこの雨の種を持っているんだよな? 今、ここに持って来られるか?」


「わかりました」と言って、洸太郎は部屋まで雨の種を取りに戻った。




「持ってきました」


 洸太郎は森本の前に、手に持っていた雨の種を置く。

 森本は洸太郎と瑠奈の雨の種を机の上に並べると、二つの種を見比べるように視線を動かす。


「洸太郎くんの種の方が、二回り位大きいな。形状も少し違っている」


 洸太郎も感じていたが、実際に比べてみると、二つの種の大きさの差は歴然としていた。

 洸太郎の種が手のひら程の大きさに対し、瑠奈の種はその半分以下の大きさしかない。

 種の中に透き通った液体が入っている点は同じだったが、むしろ、それくらいしか同じ箇所がないようにも思えた。


「神木様が二本生まれるとは考えにくいし、どちらかが偽物なのか……」

「でも森本さん、さっき『この世のモノとは思えねぇ』って言ってたじゃないですか。そんなものが偶然、二つも同時に現れたりしますかね?」


 大介の指摘に、「それはそうなんだが」と森本は声を渋らせる。

 全員で二つの雨の種を眺めていると、千歳が突然「あ!」と大きな声を出し、口元に手を当てた。


「この二つの種、ひょっとして二つで一つなんじゃ……。ほら、こうちゃんの種の凹んでる部分に、瑠奈ちゃんの種がすっぽり収まるような――」


 千歳に言われて洸太郎が再び雨の種を見直すと、二つの種は、確かにちょうど一つに組み合わさるような形をしていた。


「もしかすると――熱の葉が千切れたから、種も二つに分かれちゃった……とか?」


「それは……ありうるぞ」


 大介も千歳の意見に同調し、洸太郎と瑠奈も大きく頷いた。
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