Unknown Power

ふり

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2章

04 愛のムチと手荒な考え

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「天狗のガキに構ってるほどみんな暇じゃない。なあ、神津。こうは思わないか? みんなあきれておまえには注意するだけムダだと思ってる。だけど、今のところ一応は戦力として認めてるから何も言えないんだ。みんなは、おまえをチームに必要な4番(主砲)として見ている」
「それはあたりまえでしょうね」
「が、私は今のところおまえを戦力として見てない」
「ど、どうしてですか?」

 つぼみは思わず顔を正面に戻す。

「尊敬する倉本監督の言葉を思い返してみろ」
「『決して、仕事をおろそかにしてはならない。働いて、給料をもらい、自分で自分を支えるからこそ真剣に野球に打ち込める。逆もしかり』……ですか?」
「自分でよ~~くわかってるじゃないの。今のおまえは、自分のことをどう思う?」
「……」

 仕事は一応真面目よりに業務を行っているようだが、野球は身が入っていないどころじゃない。練習に来ないで遊び惚(ほう)けている。論外中の論外だ。そこはわかっていても自分の口からは言えないのだろう。歯を食いしばったまま何も言えずに黙り込んでしまった。

「仕事と野球の両立が目的なのに、仕事と遊びの両立が目的になってるよね? 野球をやってない一般人と変わらないよね? 野球がうまかろうが、遊びしか考えていない一般人は、実力があってもうちじゃ戦力にならない」
「わ、私のようなパワーもあるポイントゲッターがいなくなったら、チームはさぞかし困るんじゃないですか?」

 精いっぱいの虚勢である。

「確かに困る。だけどそれ以上に、チームの雰囲気を壊す奴のほうがもっと困る」

 坂戸は無表情に淡々と答えた。

「自分を売るタイミングを間違えたな、神津。ギャンブルで培った勝負勘はどうした? やっぱり、ただ遊んでただけじゃないか」

 最早、ぐうの音も出なかった。

「やる気がないんだったら、とっとと出て行ってくれ。ギャンブル狂いの輪を乱す人間は腐ったミカン同然。私はいらないんだ」

 坂戸の冷ややかなまなざしが、つぼみに突き刺さっていく。

「……ただ、もう一度チャンスをやる。これでダメなら出て行ってもらう。このチームからもそして、新後県からもな」
「新後からも出ていかなきゃダメなんですか?」
「あたりまえだろ。おまえがやってることは、全部お見通しなんだから」

 つぼみから額や首筋に汗が滲んできた。今までの坂戸からは想像できない凄みがあった。聞き返してしまったら、本当に全部のことを洗いざらいここで暴露されそうだった。恐怖で聞き返せない。

「驕(おご)りに驕ったお前がどんな末路を辿(たど)ったのか私は知っている。惨(みじ)めを突き詰めたような凄まじくクソみたいな人生だったよ」

 坂戸の意味深な口ぶりに追い詰められたつぼみは震えあがった。何もかも見通されている気がしてならないのだ。

「いいか、次はないぞ。そのことをよくよく肝に銘ずるんだな」
「は、はい……」
「行け」

 腰が抜けてしまったつぼみは、這ってドアへと向かっていく。その背に坂戸は言った。

「おい、タバコは置いて行けよ。お前には10年早い」
「す、すみません」

 這って戻り、胸ポケットのタバコを坂戸に渡す。

「はい、400円。あとからでいいから持ってるタバコ、全部私に渡して。買い取ってあげるから」

 つぼみは掌の400円をまじまじと眺めている。

「どうかした? 40円足りない?」
「い、いえ、そんなことないです。失礼します!」

 我に返ったつぼみが、慌てて這って部屋から出ていった。
 先回りしてドアを開けていた由加里が、周囲に誰もいないことを確認し、ドアを閉めた。

「ずいぶんと気前がいいな」
「なんの話?」
「タバコだよタバコ。その銘柄、今だと確か一箱300円いかないぐらいだぞ」
「えー、本当? 2013年じゃ、440円ぐらいだったのに」
「へー、1、5倍以上に跳ね上がってんじゃん。未来は景気が良くなってんだな」
「馬鹿、逆よ逆。不景気が続いて、喫煙者から税金を巻き上げてるの」

 くわえたタバコに火をつけて吹かす坂戸。

「さっきは我慢して一気に吸ったけど、やっぱりスースーするやつはめちゃくちゃまずいわね……」

 床に落ちていたつぼみの携帯灰皿に、吸ったばかりのタバコを押しつけた。

「私、今のところ1本も吸えないんだけど……吸うようになったきっかけってあったのか?」
「吸ってなきゃやってらんなかった時期がいろいろあったのよ。いろいろと」



「んー……」

 食堂のテーブルで腕を組んで虚空をにらんでいる坂戸。坂戸は今、拝藤組と戦うためにはどうすればいいのかという問題にぶち当たっていた。
 普通、勝者のこっちから勝負をしかけるのは、意図しなくても相手のプライドを傷つけることがある。並の相手なら傷つくだけで済むが、拝藤富士夫という男は傷ついただけでは済まない。何倍もの恨みつらみに被害妄想を何十乗にもして相手にぶつけてくるのだ。とにかく、自分や自分の会社を傷つける人間を許せないどころか許しちゃおけない。やられたら、徹底的にやり返してあわよくば潰す――拝藤富士夫という人間は厄介を極めた人間なのだ。
 今のところこのまま放っておいても、いずれは勝負をしかけられることは見えていた。クラブチームに負けてプライドがズタズタどころの騒ぎではない。嵐のごとく荒れ狂っているはずなのである。すぐにでも一矢報いたいはずだ。しかし、いつ仕掛けてくるまでは読めるものではない。こちらがただ待っているだけでは、年末までのタイムリミットに間に合わない可能性もある。それゆえに、逆にこちらから早く勝負をしかけなくてはならない。ちなみに、文言(もんごん)はすでに考えてあった。傷口にナイフを突き立て、かき回すようなやり方ではあるが、確実に乗ってくるに違いない。あとは伝える方法をどのようにするか……。
 頭を抱えていると、太くたくましい腕がヌッと視界に入ってくる。

「どうしたんですか、監督。眉間にシワなんか寄せて。さらにシワが増えますよ」

 割烹着(かっぽうぎ)姿がよく似合う寮母の関沢(せきざわ)靖子(やすこ)が、茶菓子とお茶を差し出してきた。

「ちょっと考えごとをしてましてね。いただきます」

 菓子器(かしき)の中から白黒のチョコをつまみ、包装を解いて口にし、チョコを転がす。甘いものを口にすれば妙案が浮かぶと思ったが、チョコに関する情報しか頭に入ってこない。

「あたしね、監督に伝えようと思ってたことがあるんだけど……思い出せないのよ」
「靖子さんもチョコを食べてみたらどうですか?」
「そうねえ、甘いものは脳にいいって、テレビでやってたわ」

 チョコを噛み砕き、飲み込んだ途端に閃(ひらめ)いた顔になる靖子。

「思い出した! 明後日、テレビの取材が来るのよ!」
「テレビの取材? また、急な話ですね」
「ごめんね。1週間前に聞いてたのに今まで忘れてたのよ」
「忘れてたのは仕方ないですよ。それより、私だけの取材ですか?」
「なるべく、主力組がいてくれたほうがいいって相崎(あいざき)ちゃんは言ってたわ」

 さらに靖子が言うには、昼下がりに取材に来て約30分間質問形式で対談があるとのこと。最悪、対談は坂戸のみでもいい。が、ド平日ということもあって、練習風景の画は別日に撮らせてほしいというものだった。
 なんで重要なことを忘れてしまうのか。前の世界といっしょじゃないかと内心毒づく坂戸だったが、少し考えればこれは打開策になりえるものとして気づいた。

「靖子さんありがとう! これは使える一手だわっ。少し電話してきますね」

 呆然とする靖子を置いて寮の黒電話の前に立つ坂戸だった。
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