Unknown Power

ふり

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2章

07 仲の協力者

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 仲は一刻も早く日本を離れたかった。
 なぜなら今もこうしている間に、自分が獲得を目論(もくろ)んでいるアメリカにいる投手が、どこかのチームに移籍してしまう可能性が大いにあり得るからである。
 アメリカのメジャーリーグでは、マイナーも含めてトレード事情は目まぐるしい。ひとつの所にとらわれない――流動的と言えば聞こえはいいが、終身雇用制の日本人気質とは相容(あいい)れづらい部分のひとつである。
 しかし一刻も争う事態であるのに、拝藤の秘書である萩野一女が、どうしても会ってほしい人物がいると強制的にセッティングしてしまったのだ。
 喫茶店でタバコを吹かしている仲。腕時計に目を落とせば、約束の時間から20分ほど経っていた。

――あと、10分もしないで来なかったら帰るか。

 山となったタバコを掻き分け灰皿に吸っていたタバコを押しつける。貧乏ゆすりが止まらない。紫煙で目をやられたらしく、下を向いて眉間を揉んでいると、目の前に人の気配がした。

「ねぇねぇ、あなたが仲さんなの?」

 明らかに作った思える若く、キンキンとした女の声。不快感が先に来た仲は、ガンをつけるようにして顔を上げた。
 ネコのような目をした茶髪のツーサイドアップの女がいた。全体的に華奢な体型で内股で袖をつかみ、ガンをつけられているにもかかわらず、顔を近づけてくる。

「ね~え」

 女の甘えてくる仕草に、仲は嫌悪感をあらわにしてその顔を手のひらで押しとどめた。

「いったいなんの用で、誰なんだおまえは?」
「蘭(らん)のことー? 蘭は、平瀬(ひらせ)蘭でーす♪」

 吐息がもろに仲の手のひらにかかる。初対面の他人に顔を掴まれていても嫌がる素振りもなく、笑顔でまっすぐ己を見つめてくる変な女である。やむなく、仲から手をどかしてやった。

「座れよ。で――」
「すいませーん、蘭にオレンジジュースをくーださい♪」

 水を置きに来たウェイトレスに注文をする。蘭はかなりマイペースな女らしい。

「おまえな」
「ダメダメダメっ、怖い顔しないで~蘭の大事なハートが壊れちゃうから」
「……で、俺になんか用があるのか?」
「一女ちゃんがあなたに会ってくれって言ったから来たのに、その言い草はないでしょ~」

 自分でプンプンと擬音を言い、頬を膨らませそっぽを向いている。

――すさまじく痛いぶりっこクソ女らしい……。一女は何を考えているのか。

 キャラが掴みづらいと判断し、とりあえず観察してみることにした。

「オレンジジュースです」
「わぁ、ありがとうございます~」

 ウェイトレスが持ってきたオレンジジュースのストローを唇の先でくわえ、チビチビと吸っていく。

「うーん、おいし~」
――いつまでも見ていられるもんじゃねぇ。

 ぶりっ子が大の苦手な仲は観察を諦め、単刀直入に聞いた。

「おまえもアメリカに来るのか?」
「ふぇ?」

 仲の脈絡(みゃくらく)のない質問に素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を出す蘭。

「一女から付けられたお目付け役なんだろ? 隠さなくてもいいんだぞ」
「……にゅふふ、ちょっと違うかなーって♪ あとね、蘭はアメリカに行かないよっ。行くところは新後だよ、に・い・ご!」

 仲は言葉に詰まった。

――新後って由加里がいるところじゃないか。こいつは何をしに行くっていうんだ?

 想像がつかなった。

「あれー、仲さんの顔、すごいことになってるよー? 蘭が新後に行くのがそんなに不思議かなー?」
「あたりまえだろ。遊びに行くんじゃなさそうだしな。一女からどんな役を仰せつかったんだ?」
「工作員」

 蘭から出た物騒な言葉に仲は驚いた顔をし、改めて蘭の顔を見つめた。

「意味がわかって言ってるのか? それともギャグで――」
「ギャグなんかじゃない」

 恐ろしく底冷えする声音がふたりの間を奔(はし)った。蘭が一度下を向いて顔を上げる。まるでこれが本来の姿であるかのように、蘭の雰囲気がガラリと変わっていた。

「私の正体を明かしておく。これが整形する前の私」

 写真を一枚取り出して見せる。

「なんだこれ……おまえ、美弥(みや)にそっくりじゃないか!?」

 今の顔とは似ても似つかぬ顔写真がそこにはあった。ちなみに美弥とは仲の娘のことである。元の2013年の世界では5歳の子どもであり、もちろんこの時代には産まれてもいないし存在しない。

「あなたに姉や妹がいたら、こんな顔になるんじゃないの? 一応言っておくけど、私はその美弥ちゃんの生まれ変わりでもなんでもないからね。性別が違ったあなたなんだから」
「俺が女だったら、こんな顔なのか……」
「ちなみに、あなたの顔は亡くなった父によく似ている。話し方も仕草も」
「なるほどな。だけど、元の顔まで捨ててやることか? 何をおまえを突き動かすんだ?」
「カネとあなたの存在よ。この写真と違うことも私だけが知っている」

 仲の写真をテーブルに置き、カバンから黒のサインペンを取り出してバツ印をつけた。

「整形をした意味がようやくわかった。ただの天啓(てんけい)じゃなかった。意味のあるものだった」

 蘭の口元から笑みがこぼれる。さっきのぶりっこしていたときとは違い、狡猾(こうかつ)さと腹黒さが滲み出た嫌な笑みである。

「私は内部から喰らい尽くしてやるから、あなたは必ずピッチャーを連れて帰ってきて」

 蘭の有無を言わせない命令口調であるが、仲は素直にうなずいた。もうひとりの自分であることがわかり、不思議と嫌な気は起きなかった。

「ああ。必ず連れて帰ってきてみせる」
「いい? 今さら言うまでもないけど、拝藤組にいる限り、社長の命令は絶対よ。達成できなければ私たちに未来はない」

 力強くうなずいた仲の顔から今度こそ迷いが消えていた。

「お互いカネをたんまりもらって、幸せな人生を謳歌(おうか)しましょうよ」
「そうだな」

 適当に相槌を打ち、伝票を持って席を立った。

――俺はカネのためにやるんじゃねぇ。家族のためだけどな。

 腹の中でのせめてもの抵抗だった。
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