Unknown Power

ふり

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2章

23 拝藤組の面々

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 恩愛寮の廊下にある公衆電話がけたたましく鳴っている。テレホンカードや100円玉が使える緑色の筐体(きょうたい)のほうではなく、その隣の10円玉しか使えない大型でピンク色したダイヤル式の筐体のほうだった。
 監督室にこもり、ワープロで文章を作成していた坂戸が、少し開けたドアから徹夜明けの顔を出した。人の気配がまるでない。どうやら気づかぬ間に選手たちは仕事やバイトへ行き、きっと出かけると声をかけたはずの靖子も買い出しに行ったらしい。
 観念(かんねん)したのか嘆息(たんそく)すると、うすぼんやりした思考で2、3メートルの位置にある公衆電話の受話器を取った。すでに10コールほど鳴っていたはずだから、相手が相手なら相当イライラしているはずだろう。

「はい、恩愛寮です」

 自分でも驚くぐらい声が小さく、なおかつ呂律(ろれつ)が回っていない。相手は聞こえているか怪しいぐらいだ。言い直したほうがよさそうだと、咳(せき)払いをした瞬間――

「坂戸監督ですね」

 若い女の硬い声が鼓膜(こまく)を震わせた。

「ええ、そうだけど」

 とっさに応じたものの聞き覚えもないし、こんな調子で話す人間も身近にいない。しまったと思い、警戒心を募らせて相手の言葉を待つ。

「わたくし、拝藤組で社長の拝藤の秘書を務めております萩野(はぎの)一女(いちめ)と申します。先日は素敵なビデオレターを送っていただきまして、ありがとうございました」
「……ああ。いいえ、どういたしまして。私の思いが少しでも拝藤社長に伝わっていただけたら幸いです」

 すぐに食いついてくるかと思っていたが、しばし間を空けてきた。真意を測りかねた坂戸は回り切らない脳を叩き起こしつつ、相手の出方をうかがうように口をつぐんだ。

「急な申し出ですが明日、そちらへ伺いますが、よろしいでしょうか?」

 質問口調の中に有無を言わさぬ圧力があった。新後側に都合があろうがなかろうが、拝藤側は勝手にやってくるだ
ろう。そしてもし不在となれば、新後アイリスは不義理なチームだなんだと喚(わめ)き立てる。すると、あることないことを蜜月(みつげつ)関係にある新聞社や雑誌社に書かれ、負の部分をテレビが取り上げて誇張し、放映する。相手が弁論も反撃する間もなく、バッシングの荒らしが襲ってきて言論を封じてしまう。これがマスコミに太いパイプを持つ拝藤組――拝藤富士夫のやり方である。

「本当に随分(ずいぶん)とまあ急な申し出ですね」

 大企業の腐った倫理である。うちはアンタの所の傘下の会社じゃない、と言いかけたものの、グッと奥歯で噛み殺した。

「拝藤のスケジュールが明日しか余裕がないもので」

 世の中は拝藤組が素晴らしい企業であることを信じている。大規模な事業を展開し、日本全国のありとあらゆる場所にトンネルを掘り、国民の誰もが知るタワーを施工した。先月から放映され出したCMも全国放送で流れ、子どもたちの溢れんばかりの笑顔で真っ白な壁に色とりどりのペンキで絵を描いている内容が、老若男女に好評を博しているのだ。つまり、拝藤組にどんな形であれ対立することは、国民の大部分を敵に回すと言っても過言ではない。

「わかりました。何人でお越しになるんですか?」

 こうなるだろうと予想していた坂戸。あらかじめ主要な選手たちには、予定を入れないように言っておいたから、万が一試合をすることがあっても大丈夫だった。勝算は今のところ限りなく低いが、別に1回負けてもいい。負けたところでその場で別世界に飛ばされるわけじゃない。今年中――1993年12月31日――までに勝つか、チームを崩壊させなければいいのだ。しかし、負けイコールチームの崩壊にすぐさま直結する可能性も無きにしも非(あら)ずではあるが。

「拝藤組からは拝藤を含めて5、6人です」
「あら、少ないのですね」
「試合目的ではありません。見学をさせていただきたいと思っております」
「蟻(あり)がどのようにして象に勝ったか知りたい、と」

 坂戸は意地悪げに言ってみる。

「はい。弱者は強者に学ばねばなりませんので」

 日本選手権で負けたことを言っているらしい。そうでもなければただの皮肉である。一女の微塵(みじん)も変わらない声の調子に拍子抜けした。

「それでは、9時から10時半の間に伺います」

 一方的に時刻を通達し、受話器の向こうから一女の声が消えた。

――随分とアバウトな。ちゃんとした時間を言えっつうの。こっちにも一応の準備があるんだからさ。

 心の中で愚痴りながら受話器を置く。さて、誰が来るものかと頬に手を当て頭を傾けた。

――間違いなく主力のバッテリーは来るだろうし、拝藤に忌(い)まわしい秘書の五月(さつき)、あとは今電話してた萩野とオカマ監督かな。ほかの連中は実力はあっても、イマイチ個性のないのばっかりだし。

 くつくつ笑う。達成感が胸を満たしていくのがよくわかる。

――まさかノコノコやってくるなんてね。こっちの思うつぼだよ。

 怒りに任せてまんまと釣られる拝藤を、明日真正面から面罵(めんば)してやりたいとも思う。それができたらどんなに胸がつかえが取れるだろう。ただ、まだまだこちらには様々な面で勝てる要素が少ないのが現状だ。相手に勝てるところは数えるほどしかない。支援してくれる会社が束にかかっても従業員数や資金面でも勝てないし、バックについているマスコミが何より強力だ。メディアの及ぼす力は前の世界でも嫌というほど思い知らされた。ねつ造、歪曲(わいきょく)、偏向報道――すべてのメディアとは言わないが、拝藤組と蜜月関係にあるところは平気でやってくる。モラルより金と地位を重んじる人間は、どこの世界にも反吐が出るほどいるのだ。そして、それらを指示する人間は拝藤富士夫しかいない。
 赦(ゆる)せない人間である。

――今度は私が思う存分やらせてもらうよ、拝藤富士夫。アンタは私に2回もひれ伏すことになる。こっちは焦らず外堀から埋めてやるからな。



 恩愛寮の門の前に、銀色の車体が特徴的な千台(せんだい)のハイヤーが2台停まった。
 先頭のハイヤーから細身ながらもガッチリとした強面の坊主頭と、モデルのような体型の黒いレディーススーツで身を包んだ女が出てくる。
 後続のハイヤーからは、大きな丸い眼鏡に後ろ髪を三つ編みにまとめた女――真鍋(まなべ)葵(あおい)が出てくる。眼鏡の奥のタレ目には不安の色がまざまざとあり、真面目な印象のある右耳の小さなピアスが不釣り合いに思えた。もうひとりの茶髪を背中まで伸ばした女――生名(いきな)茜(あかね)は葵より小柄で、ギョロッとした三白眼を怒らせ、予断なく視線を周りに撒き散らしている。ちなみに茜も左耳にピアスをつけていた。
 坊主頭に、瞳が見えないまでのサングラスをかけた長身でガタイのいい男――拝藤組野球部監督・園木恵三(そのぎ けいぞう)がスルスルとこちらに進み出て来て、門の前で待ち構えていた坂戸を見下ろす。

「来てあげたわよ。オ・バ・サ・ン」

 見た目からは想像できないオカマ口調だ。下卑(げび)た笑みを満面に広げている。

「遠方からわざわざ来ていただいてありがとうございます。さあ、みなさん、グラウンドへどうぞ」

 坂戸が園木を半ば無視し、残りの3人に慇懃(いんぎん)に呼びかける。園木の怒りが突沸(とっぷつ)しかけたが、どうにか腹の中で治め、踵(きびす)を返して先頭を進み始めた。

「ねぇ、アンタ。アタクシに対する態度がなってないんじゃないの」

 すぐに横に並んできた園木を疎(うと)ましく思いつつ、坂戸はムリして笑みを作って園木を一瞥(いちべつ)した。

「そう見えていたのであれば、失礼しました」
「ホント、失礼しちゃうわぁー。社会人チームナンバーワンの監督に対して取っていい態度じゃないのよ」
「すみません」

 下手に出てればいい気になりやがって、ふざけんな――反射的に口からついて出かけたが、ここは辛抱強く対応しなければならない。遥か背後から見慣れないテレビクルーが撮影しているらしかったからだ。キレて金的なんて喰らわせた日には、どんな編集をされて全国に放送されるかわかったものじゃない。

「後ろから失礼します」

 内心ギクリとして肩越しに振り返ると、影のような女――萩野一女が真後ろにいた。

「坂戸監督が先に行ってしまって先ほど伝えそびれましたが、社長の拝藤の到着が少し遅れます」

 声の大きさは控えめだが歯切れのいい口調である。しかし、こちらには目を合わせようとしない。ユニフォームの第一ボタン辺りを見ていた。

「何か急用でもあったのかしら?」
「私用とのことです」

 新後にも拝藤組の関連企業がいくつかある。恩愛寮からそう遠くもない所である。直接赴いて社員たちを労っているのだろうか。そうであるなら立派な社長だが、今日は天下の日曜日である。わざわざこのために出社させられた社員の気持ちは、決していいものではないだろう。

「お忙しいのね」

 坂戸が皮肉交じりに言う。電話口での想像通り、案の定一女はニコリともしなかった。

「はい、とても」

 余計なことは言わない性質(たち)らしく、それっきり黙りこくったまま後ろをついてくる。

「へえ~、お金がないクラブチームにしちゃ、いいグラウンドを持っているじゃないの」

 園木の褒めているのか貶(けな)しているのかどっちとでも取れるような言いぐさである。バックネットの向こうでは新後アイリスの選手たちが、気合充分に練習を行っているところだった。

「市内の企業や個人の支援があってこそです」

 坂戸の綺麗ごとに園木は鼻白(はなじろ)んだ。

「よく言うわよ。8割方イサハイ工業の社長のおかげだって言うじゃない。当代の社長がもし亡くなったらどうするつもりなのよ」
「そうですね……ここだけの話ですよ」

 坂戸は手で園木に耳を近づけるようジェスチャーする。思わぬ特ダネが聴けると思い込んだ園木は、素直に膝を折った。

「テメェなんざに教えてやんねぇよ。バーカ」

 小さいながらも低い声で園木に罵声を浴びせた。手で耳を包み込んだため、余すところなく罵声を園木は喰らったことになる。
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