39 / 103
2章
22 10万ドルの価値
しおりを挟む「返事が遅くなってすまなかったな」
仲が監督室の応接セットのソファに収まった途端に、対面に座るランドルフが謝ってきた。
「いえ、気にしないでください。おかげさまでふたりと親睦を深められましたから。それで、返事の内容は」
「もちろん、日本行きをオーケーだ」
「そうですか。よかった」
「おう、よかったな」
ランドルフとがっちり握手をしつつ、今度は喜びを心中で爆発させる。ひとしきり他愛のない話をしてから冷静を装い提案してみた。
「ネリネも付けてもらえませんか」
「何、ネリネもだと」
ランドルフは驚いて仲を見つめた。
「ふたりと交流していてわかったんです。お互いがお互いを支え合い、力を引き出し合っているのだと。彼女たちの信頼関係は篤いものです。大げさな言い方になりますが、ひとたび引き離してしまえば、ネリネは抜け殻(がら)になって瞬(またた)く間に降格していくでしょう。もしかしたら、ベースボール自体を辞めてしまうかもしれません。それは日本へ連れて行くガウラにも同じことが言えます。抜け殻の人間を獲得したところで、ただただ金のムダです。それならいっしょに連れて行けば、何かをきっかけに掴めるものがあるかもしれない。幸い、日本の野球はメジャーリーグレベルじゃありません。しかも社会人野球です。もっとレベルが低い環境といってもいい。ふたりが覚醒できる要素はたくさんあります。私はスカウトとして指導者として期待をかけたいのです」
「君はふたりに大枚(たいまい)をはたく価値があると言いたいのか」
「はい」
「うぅむ……わかった。いいだろう。いくら出せるかにもよるが」
「55000ドルでどうでしょうか」
「悪くない額だ。GM(ゼネラルマネージャー)にかけてみよう」
ランドルフはソファを立って執務机の受話器を手に取った。少し話したのち、得られた返答はダメだったようだ。送話口を押さえながら渋い表情を向けてくる。
「もっと上がらないのかと言っている」
「それなら60000ドル」
だが、これもノーだった。仲の心に動揺が走る。AA(ダブルエー)レベルで、あまり実績のないネリネには充分な金額だと思っていた。
――さっき余計なことを話し過ぎたか?
そういえばさっきランドルフは、受話器の向こう側の人間――GMにふたりの依存関係を話していたのだ。仲が舌を鳴らした。
――迂闊(うかつ)だった。話すべきじゃないところまで話してしまった……!
後悔の念が押し寄せてくる。マイナス思考に陥る前にソファから身を起こした仲は、ランドルフから受話器をもぎ取り、手短に自己紹介を済ませると交渉にかかった。ふたりの成長ビジョンと見返りをGMに論理的に説明していく。
「つまり貴方は、3年かけてふたりを育て上げてまたこちらに返すと言いたいのですね」
優しくも硬い男の声が受話口(じゅわこう)から漏れてくる。
「あくまでも日本はふたりに自信をつけさせるための踏み台と思っていただきたいです。部のスタッフもふたりの意思が尊重できるよう、環境作りを始めとして鋭意努力していきますので」
「……了承しました。そこまでのお考えがあるのならば、ふたりの日本行きを認めましょう。ガウラとネリネの何がここまで強く仲を惹きつけたのかは存じません。ネリネの金額も50000ドルで結構です」
「いいんですか!? ……すみません」
耳を聾(ろう)しただろうに、淡々とGMは条件をつき続けた。
「約束していただきたいことがあります。ふたりの成長が見られなかった場合、違約金をふたり併(あわ)せて最低でも10万ドルはいただきたいところです。が、この話の要諦(ようてい)は追々(おいおい)ということにしましょうか。とにかく今は、貴方を信じます。プレーヤーとして伸びしろを信じてくれた仲に、ガウラとネリネに幸運を祈ります」
相手の電話が切れ、仲は額に滲み出た汗を袖(そで)で拭きながら受話器を置いた。
「ど、どうだったんだ……?」
息をひそめて成り行きを見守っていたランドルフが恐る恐る聞いてくる。
「バッチリです」
仲は笑みを浮かべ、親指を立てて見せた。ホッとしたランドルフは自分のことのように喜んで背中を叩いた。
「おお、よかったな。GMを説得できるなんてやるじゃないか」
「うちにはGMより厄介な人間がボスなもんで」
「おいおい、そこは大丈夫なのか」
「はい。私が体を張って守りますから」
「ミスター仲がそこまで言うなら、大丈夫なんだな。よし、そろそろふたりを呼ぶか」
いよいよ運命の時が迫りつつあった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる