Unknown Power

ふり

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2章

22 10万ドルの価値

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「返事が遅くなってすまなかったな」

 仲が監督室の応接セットのソファに収まった途端に、対面に座るランドルフが謝ってきた。

「いえ、気にしないでください。おかげさまでふたりと親睦を深められましたから。それで、返事の内容は」
「もちろん、日本行きをオーケーだ」
「そうですか。よかった」
「おう、よかったな」

 ランドルフとがっちり握手をしつつ、今度は喜びを心中で爆発させる。ひとしきり他愛のない話をしてから冷静を装い提案してみた。

「ネリネも付けてもらえませんか」
「何、ネリネもだと」

 ランドルフは驚いて仲を見つめた。

「ふたりと交流していてわかったんです。お互いがお互いを支え合い、力を引き出し合っているのだと。彼女たちの信頼関係は篤いものです。大げさな言い方になりますが、ひとたび引き離してしまえば、ネリネは抜け殻(がら)になって瞬(またた)く間に降格していくでしょう。もしかしたら、ベースボール自体を辞めてしまうかもしれません。それは日本へ連れて行くガウラにも同じことが言えます。抜け殻の人間を獲得したところで、ただただ金のムダです。それならいっしょに連れて行けば、何かをきっかけに掴めるものがあるかもしれない。幸い、日本の野球はメジャーリーグレベルじゃありません。しかも社会人野球です。もっとレベルが低い環境といってもいい。ふたりが覚醒できる要素はたくさんあります。私はスカウトとして指導者として期待をかけたいのです」
「君はふたりに大枚(たいまい)をはたく価値があると言いたいのか」
「はい」
「うぅむ……わかった。いいだろう。いくら出せるかにもよるが」
「55000ドルでどうでしょうか」
「悪くない額だ。GM(ゼネラルマネージャー)にかけてみよう」

 ランドルフはソファを立って執務机の受話器を手に取った。少し話したのち、得られた返答はダメだったようだ。送話口を押さえながら渋い表情を向けてくる。

「もっと上がらないのかと言っている」
「それなら60000ドル」

 だが、これもノーだった。仲の心に動揺が走る。AA(ダブルエー)レベルで、あまり実績のないネリネには充分な金額だと思っていた。

――さっき余計なことを話し過ぎたか?

 そういえばさっきランドルフは、受話器の向こう側の人間――GMにふたりの依存関係を話していたのだ。仲が舌を鳴らした。

――迂闊(うかつ)だった。話すべきじゃないところまで話してしまった……!

 後悔の念が押し寄せてくる。マイナス思考に陥る前にソファから身を起こした仲は、ランドルフから受話器をもぎ取り、手短に自己紹介を済ませると交渉にかかった。ふたりの成長ビジョンと見返りをGMに論理的に説明していく。

「つまり貴方は、3年かけてふたりを育て上げてまたこちらに返すと言いたいのですね」

 優しくも硬い男の声が受話口(じゅわこう)から漏れてくる。

「あくまでも日本はふたりに自信をつけさせるための踏み台と思っていただきたいです。部のスタッフもふたりの意思が尊重できるよう、環境作りを始めとして鋭意努力していきますので」
「……了承しました。そこまでのお考えがあるのならば、ふたりの日本行きを認めましょう。ガウラとネリネの何がここまで強く仲を惹きつけたのかは存じません。ネリネの金額も50000ドルで結構です」
「いいんですか!? ……すみません」

 耳を聾(ろう)しただろうに、淡々とGMは条件をつき続けた。

「約束していただきたいことがあります。ふたりの成長が見られなかった場合、違約金をふたり併(あわ)せて最低でも10万ドルはいただきたいところです。が、この話の要諦(ようてい)は追々(おいおい)ということにしましょうか。とにかく今は、貴方を信じます。プレーヤーとして伸びしろを信じてくれた仲に、ガウラとネリネに幸運を祈ります」

 相手の電話が切れ、仲は額に滲み出た汗を袖(そで)で拭きながら受話器を置いた。

「ど、どうだったんだ……?」

 息をひそめて成り行きを見守っていたランドルフが恐る恐る聞いてくる。

「バッチリです」

 仲は笑みを浮かべ、親指を立てて見せた。ホッとしたランドルフは自分のことのように喜んで背中を叩いた。

「おお、よかったな。GMを説得できるなんてやるじゃないか」
「うちにはGMより厄介な人間がボスなもんで」
「おいおい、そこは大丈夫なのか」
「はい。私が体を張って守りますから」
「ミスター仲がそこまで言うなら、大丈夫なんだな。よし、そろそろふたりを呼ぶか」

 いよいよ運命の時が迫りつつあった。
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