Unknown Power

ふり

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3章

07 親愛なる友へ

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「アンタに何がわかるって言うのよ!」
「うわあっ?」

 一瞬佳澄の顔が目の前にあった気がしたが、満天の空に浮かぶ星たちが視界を覆った。

「あれ、夢……?」
「監督さあ、酒癖悪いねー。やーっと見つけたよ」

 再び星と夜空が隠れ、呆れた表情の佳澄が目の前に現れる。

「佳澄じゃない。なんでこんな所に?」
「それはこっちのセリフだよっ。毛布まで持ち出してさー、いくら沖縄って言ったって、この時期に外で寝ちゃ風邪引くよ!」

 坂戸は自分の姿を見た。砂浜の上に仰向けに寝転び、ご丁寧に毛布までをかけているのだ。誰だって呆れるに違いない。

「ごめんごめん……っつう」

 上体を起こしただけで頭が割れるように痛んだ。体がとてもだるく、体中からじんわり汗が滲み出てきた。完全に二日酔いである。

「変な奴いなかった? スーツ……じゃなかった制服を着た女子高生っぽい奴」
「ええー、こんな時間にいるわけないじゃん。夢だったんじゃないのー?」
――そうかもしれない。トキネと会ったとき、目が覚めても頭が痛くなかった。今は洒落(しゃれ)にならないぐらい痛い。あれは、夢だったのかもね。

 佳澄が持ってきた2リットルのペットボトルの水を勢いよくあおりながら思う。

「何時間ぐらい寝てたのかしら?」
「あたしも少し寝てて気がついたのが今さっきだから、2、3時間ぐらいじゃない」
「そっか。道理で冷えるわけだわ」

 坂戸は毛布を掻き抱く。佳澄がいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「あたしが温めてあげよっか」
「馬鹿、いいわよ」

 ふたりで笑い合う。ひとしきり笑ったあと、坂戸と佳澄は星空を見上げた。

「ちょうどふたりしかいないから、話すけど」

 しばらくしてだいぶアルコールが薄まり、気が緩んでしまったのか自然と口をついて出た。

「もしも、もしもよ? 私が未来から来た佐渡由加里だって言ったら、どう思う」

 これで打ち明けた人間がふたりになった。佳澄なら信頼できる仲だし、勘の鋭いところもあるから、何かあったときに快く協力してくれる――そう踏んだのだ。

「どう思うって言われても……」

 佳澄は少し考え込む。さすがに理解できない様子に見える。やがて眉を困らせて聞いてきた。

「何これ。マジな話なの?」
「マジ話だけど……信じられないなら、酔っ払いのたわごとと受け取ってもいいわ」
「こんなイカレたこと今まで言わない人だったのになぁ。……ま、あたしは世の中いろんな人間でいてもいいと思ってるから、信じてみようかな。同じ人間は世の中に3人いるって言うし」

 まばゆく煌々(こうこう)と光る星空を見上げながら、足を投げ出して両肘を砂浜に着けた。

「高校のころに流行ったSF映画を観ておいてよかったでしょ? じゃなかったら、ドン引きして終わってたかも。それに、ある日突然監督が明らかに変わったから、もしかして頭でも打ったか、中身でも入れ替わったのかなーって思ってたところだったんだ」
「やっぱり、ガラッと雰囲気が変わってたのね」
「うん。でもさ、さすがのあたしも『監督ー、どっかから転げ落ちましたー?』なーんて聞けないし」
「一応聞いちゃいけないラインは持ち合わせていたのね」
「20代の中盤になれば当たり前だよ。それで、未来で起こったことってどれぐらい話せるの?」

 坂戸は前に由加里に話したことをほとんどそのまま話した。
 新後アイリスが拝藤組の引き抜き工作でボロボロにされたこと。倉本が早く亡くならず、病気になり、チームを去ってしまうこと。代わりに監督になった人物が心労で自殺してしまい、チームがバラバラになってしまうこと。
 どうせ話したところでタイムパラドックスも何も起きないし、この瞬間に地球が滅亡するわけでもない。佳澄にも洗いざらいすべて話した。
 佳澄は由加里と違って怒りというよりも、悲しみの度合いのほうが大きく、しばらく黙っていた。やがて、気になったことを口にした。

「監督が言う元の世界では坂戸監督がいないの?」
「いないわね。私が思うに多分、この坂戸悠里って人間は、今の世界で整合性を持たせるために存在している人間だと思うのよ」
「つまり、オリジナルキャラクターって言いたいわけ、かー。おもしろいね! でも――」

 佳澄は笑顔を徐々に崩しながら真顔に戻っていく。

「怖いわよね」

 坂戸がポツリと後を継ぎ、ふたりはうなずき合う。
 いるはずのない人物がいる事実は、気づいた者だけにしかわからない底知れぬ恐怖や不安を煽(あお)るものになる。自分たちが知っていて周りは知らず、各々(おのおの)自然に接している。一種のホラーに近い現象だ。

「ま、それはそれ、これはこれだよー。あれこれ悩んでも、監督がいるのは事実だし」

 佳澄が軽い口調で言う。

「そうね。どんな形であれ、何者かに生かされているのかもしれないけど、私は生きている。生きている限りは、拝藤組に抗ってみようと思う」

 坂戸は決意を新たにし、星空を見つめた。まるで誰かを映し出しているかのようだった。

「ねえねえ、あたしに子どもって何人いるの?」

 唐突に違う話題を振られ、坂戸はとっさに答えられなかった。

「当てて見せよっか?」

 佳澄がいたずらっぽい笑みを見せる。

「この娘も合わせて3人でしょ」

 坂戸は目を丸くした。

「正解。よくわかったわね」
「あー、合ってるんだ! んーっふっふっふー、母の勘ってやつかなー?」
「素直にすごいわ。私には持ちえない能力だから、ちょっとうらやましい」
「特に意味はないんだけどねー。ただ、なんとなくそんな気がするんだー。最初の子はあたしには顔しか似てない、少しおとなしくてしっかりした子。そうでしょ?」

 佳澄はまだ見ぬ我が子の特徴を的確に言い当てる。坂戸は思わず息を飲んだ。

「え、ええ……合ってる。どうしてそこまでわかるの?」
「だから、母の勘だって。……あっ、あたしは未来人じゃないからね。これはホントにホント!」
「そうよね。佳澄が未来人だったら、もっととんでもないことが起きてそうだから」

 佳澄が唇をとがらせた。

「何それー。あたしがギャンブルで一山当てて、みんなに配って、いっしょに豪遊(ごうゆう)するって言いたいの?」
「まさに今言ったことをやりそうよね。姉御肌の佳澄らしいわ」
「そりゃあやっぱり、選手の中では一番年上だもん。あたしの幸せは、できるものならみんなに分け与えたいよ」

 不意に未来の佳澄と姿が重なる。いつか同じ言葉を言っていたのを思い出したのだ。感情が揺さぶられ、涙の膜で視界が歪(ゆが)む。

「ありがとう。変わらないわね、変わらない。アンタも由加里も桐子もいなきゃ、私は拝藤組に立ち向かえない」

 手を差し出し、佳澄の顔を凝視する。

「これからも新後アイリスのために、よろしく頼むわよ」
「もっちろんだよ!」

 佳澄は笑顔でうなずき、力強く握り返して坂戸の背に手を回す。
 時を超えた友情を確認できた気がして、坂戸は佳澄の肩で少し泣いた。
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