50 / 103
3章
07 親愛なる友へ
しおりを挟む「アンタに何がわかるって言うのよ!」
「うわあっ?」
一瞬佳澄の顔が目の前にあった気がしたが、満天の空に浮かぶ星たちが視界を覆った。
「あれ、夢……?」
「監督さあ、酒癖悪いねー。やーっと見つけたよ」
再び星と夜空が隠れ、呆れた表情の佳澄が目の前に現れる。
「佳澄じゃない。なんでこんな所に?」
「それはこっちのセリフだよっ。毛布まで持ち出してさー、いくら沖縄って言ったって、この時期に外で寝ちゃ風邪引くよ!」
坂戸は自分の姿を見た。砂浜の上に仰向けに寝転び、ご丁寧に毛布までをかけているのだ。誰だって呆れるに違いない。
「ごめんごめん……っつう」
上体を起こしただけで頭が割れるように痛んだ。体がとてもだるく、体中からじんわり汗が滲み出てきた。完全に二日酔いである。
「変な奴いなかった? スーツ……じゃなかった制服を着た女子高生っぽい奴」
「ええー、こんな時間にいるわけないじゃん。夢だったんじゃないのー?」
――そうかもしれない。トキネと会ったとき、目が覚めても頭が痛くなかった。今は洒落(しゃれ)にならないぐらい痛い。あれは、夢だったのかもね。
佳澄が持ってきた2リットルのペットボトルの水を勢いよくあおりながら思う。
「何時間ぐらい寝てたのかしら?」
「あたしも少し寝てて気がついたのが今さっきだから、2、3時間ぐらいじゃない」
「そっか。道理で冷えるわけだわ」
坂戸は毛布を掻き抱く。佳澄がいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「あたしが温めてあげよっか」
「馬鹿、いいわよ」
ふたりで笑い合う。ひとしきり笑ったあと、坂戸と佳澄は星空を見上げた。
「ちょうどふたりしかいないから、話すけど」
しばらくしてだいぶアルコールが薄まり、気が緩んでしまったのか自然と口をついて出た。
「もしも、もしもよ? 私が未来から来た佐渡由加里だって言ったら、どう思う」
これで打ち明けた人間がふたりになった。佳澄なら信頼できる仲だし、勘の鋭いところもあるから、何かあったときに快く協力してくれる――そう踏んだのだ。
「どう思うって言われても……」
佳澄は少し考え込む。さすがに理解できない様子に見える。やがて眉を困らせて聞いてきた。
「何これ。マジな話なの?」
「マジ話だけど……信じられないなら、酔っ払いのたわごとと受け取ってもいいわ」
「こんなイカレたこと今まで言わない人だったのになぁ。……ま、あたしは世の中いろんな人間でいてもいいと思ってるから、信じてみようかな。同じ人間は世の中に3人いるって言うし」
まばゆく煌々(こうこう)と光る星空を見上げながら、足を投げ出して両肘を砂浜に着けた。
「高校のころに流行ったSF映画を観ておいてよかったでしょ? じゃなかったら、ドン引きして終わってたかも。それに、ある日突然監督が明らかに変わったから、もしかして頭でも打ったか、中身でも入れ替わったのかなーって思ってたところだったんだ」
「やっぱり、ガラッと雰囲気が変わってたのね」
「うん。でもさ、さすがのあたしも『監督ー、どっかから転げ落ちましたー?』なーんて聞けないし」
「一応聞いちゃいけないラインは持ち合わせていたのね」
「20代の中盤になれば当たり前だよ。それで、未来で起こったことってどれぐらい話せるの?」
坂戸は前に由加里に話したことをほとんどそのまま話した。
新後アイリスが拝藤組の引き抜き工作でボロボロにされたこと。倉本が早く亡くならず、病気になり、チームを去ってしまうこと。代わりに監督になった人物が心労で自殺してしまい、チームがバラバラになってしまうこと。
どうせ話したところでタイムパラドックスも何も起きないし、この瞬間に地球が滅亡するわけでもない。佳澄にも洗いざらいすべて話した。
佳澄は由加里と違って怒りというよりも、悲しみの度合いのほうが大きく、しばらく黙っていた。やがて、気になったことを口にした。
「監督が言う元の世界では坂戸監督がいないの?」
「いないわね。私が思うに多分、この坂戸悠里って人間は、今の世界で整合性を持たせるために存在している人間だと思うのよ」
「つまり、オリジナルキャラクターって言いたいわけ、かー。おもしろいね! でも――」
佳澄は笑顔を徐々に崩しながら真顔に戻っていく。
「怖いわよね」
坂戸がポツリと後を継ぎ、ふたりはうなずき合う。
いるはずのない人物がいる事実は、気づいた者だけにしかわからない底知れぬ恐怖や不安を煽(あお)るものになる。自分たちが知っていて周りは知らず、各々(おのおの)自然に接している。一種のホラーに近い現象だ。
「ま、それはそれ、これはこれだよー。あれこれ悩んでも、監督がいるのは事実だし」
佳澄が軽い口調で言う。
「そうね。どんな形であれ、何者かに生かされているのかもしれないけど、私は生きている。生きている限りは、拝藤組に抗ってみようと思う」
坂戸は決意を新たにし、星空を見つめた。まるで誰かを映し出しているかのようだった。
「ねえねえ、あたしに子どもって何人いるの?」
唐突に違う話題を振られ、坂戸はとっさに答えられなかった。
「当てて見せよっか?」
佳澄がいたずらっぽい笑みを見せる。
「この娘も合わせて3人でしょ」
坂戸は目を丸くした。
「正解。よくわかったわね」
「あー、合ってるんだ! んーっふっふっふー、母の勘ってやつかなー?」
「素直にすごいわ。私には持ちえない能力だから、ちょっとうらやましい」
「特に意味はないんだけどねー。ただ、なんとなくそんな気がするんだー。最初の子はあたしには顔しか似てない、少しおとなしくてしっかりした子。そうでしょ?」
佳澄はまだ見ぬ我が子の特徴を的確に言い当てる。坂戸は思わず息を飲んだ。
「え、ええ……合ってる。どうしてそこまでわかるの?」
「だから、母の勘だって。……あっ、あたしは未来人じゃないからね。これはホントにホント!」
「そうよね。佳澄が未来人だったら、もっととんでもないことが起きてそうだから」
佳澄が唇をとがらせた。
「何それー。あたしがギャンブルで一山当てて、みんなに配って、いっしょに豪遊(ごうゆう)するって言いたいの?」
「まさに今言ったことをやりそうよね。姉御肌の佳澄らしいわ」
「そりゃあやっぱり、選手の中では一番年上だもん。あたしの幸せは、できるものならみんなに分け与えたいよ」
不意に未来の佳澄と姿が重なる。いつか同じ言葉を言っていたのを思い出したのだ。感情が揺さぶられ、涙の膜で視界が歪(ゆが)む。
「ありがとう。変わらないわね、変わらない。アンタも由加里も桐子もいなきゃ、私は拝藤組に立ち向かえない」
手を差し出し、佳澄の顔を凝視する。
「これからも新後アイリスのために、よろしく頼むわよ」
「もっちろんだよ!」
佳澄は笑顔でうなずき、力強く握り返して坂戸の背に手を回す。
時を超えた友情を確認できた気がして、坂戸は佳澄の肩で少し泣いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる