Unknown Power

ふり

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3章

20 それからとこれからのアイリス

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 飯酒盃(いさはい)は暴挙を犯した主な3人の身柄を引き取ると、警察に引き渡すこともなく、内々で解決しようと尽力した。
 次に、もともと自社の社員だった神津つぼみと三島なつめには、佐渡の工場行きの辞令を直(ただ)ちに下した。クビになると思っていたふたりは、蘭に踊らされていた事実を深く反省し、素直にまとめられた荷物とともに佐渡へ渡った。
 ちなみに、平瀬蘭の口車に乗せられて八百長に加担した選手たちには、謹慎1ヶ月が言い渡された。
 さて、主犯である平瀬蘭と名乗っていた狭山嘉奈には、爆弾のありかを聞き出したが、あれは嘘っぱちであると早々に証言した。また、飯酒盃(いさはい)は嘉奈の悪事を責めるのではなく、情に訴えかけ、心を込めて話をしていた。ひとまず嘉奈を研修社員として雇い、協力会社に出向させようと思っていた。自分の目の届く範囲に置いておけば悪事を働かないだろうという理由と、佐渡に飛ばされたふたりと物理的に引き離したかったのだった。しかしある日、寝泊まりしていた飯酒盃(いさはい)工業の女子寮から姿を消した。

「社長、頭を上げてくださいよ」

 謝罪をしたきり頭を上げようとしない飯酒盃(いさはい)に、坂戸は何回言ったかわからない言葉を弱り切った様子で復唱した。
 ようやく頭を上げた飯酒盃の顔が苦々しく歪(ゆが)みきっていた。

「申し訳ねーてしょーねぇてば(仕方がない)。はんーね(本当)、あんのうすら馬鹿。こんげいい条件をびちゃって(捨てて)どこ行ったんだか」

 フェリー乗り場も空港も駅にも人を張らせたが、それらしき人間が来ることはなかった。

「自力で逃げそうな動きはありませんでしたけどね」

 飯酒盃(いさはい)工業の社員たちが嘉奈を連れて行く際は、憔悴(しょうすい)しきった表情で目の焦点(しょうてん)も合っていないような様子だった。

「拝藤組のやめら(奴ら)が拐(さら)ってったてか?」
「それも考えられますが……」

 いくらなんでも寮に押し入ってまで連れ去ろうとするのだろうか。いや、拝藤組ならありえる。仕事での失敗なら追放、奉公構(ほうこうかまえ)をすればいい。だが、内部からの崩壊を狙った工作員の存在が世間にバレれば拝藤組の評判は地に落ちる。ただでさえ、噂や都市伝説になっている今、もしも嘉奈が拝藤から指示を受けたなどと確固(かっこ)たる証言をしたら……。評判どころの騒ぎでは済まなくなる。特に猜疑心(さいぎしん)が強い拝藤にとって、自分の身を脅(おどろ)かす危険分子を放っておく理由など存在しないのだ。

「社長を欺(あざむ)いて自力で逃げたのかもしれません」
「涙ば流してこれからがんばる言うてがんに(言ってたのに)……。で、鎖骨にヒビが入ってるんがにか?」

 飯酒盃は信じられずに帽子を取って頭を掻いた。

「てーした(大した)おなごらて(だ)。そんげんだば、おらとこ(俺の所)でやってけったんに」
「拝藤組から追われる身になってしまいましたからね。社長が県外の協力会社に派遣しても、拝藤組の情報網で検知され、捕まってしまう。前みたいに顔を整形すればいいですけど、今のアイツは何もないですからね。もうこちらにちょっかいをかけてきやしませんよ。こっちはこっちで面が割れてますし」
「しょーねぇ。狭山のあねさ(姉ちゃん)は諦めっか。うまくいきゃ、使えそうな気がしたんだけどもな」
「使えそうなところはわかりますが、猛毒を持ってますけどね」
「そんなん『毒を食らわば皿まで』だこてや」

 飯酒盃は白い歯を見せ、シワを深くして笑った。



「相棒のアンタにも言っておくね」

 監督室に呼び出されて以来、顔を下に向けたままだった桐子が顔を上げた。その先には坂戸と由加里が目の前に座っていた。
 坂戸が自分の背に隠していた瑞加が送ってきた保険証、パスポート、社員証を目の前に並べた。

「アイキョーユミオ?」
「愛敬(あいきょう)弓雄(ゆみお)。それが五月(さつき)瑞加(ずいか)の本当の名前」
「嘘だわやッ。あいつはどっかどう見たっておなごだった!」
「確かにそう見えたわよ。所作(しょさ)から何からあれは女だった。ところが身分を証明するものは嘘つかないの」
「ッ!」
「アンタのおかげよ。五月瑞加に何を話したのかはわからないけど、アンタがいなければこんなふうに話はできなかったでしょうね」
「お、おう」

 桐子は照れくさそうに頬を掻く。どうにも褒められるのには慣れていなかった。

「なあ、前から気になってたんだけどや」

 一旦言葉を切り、様々な感情を含ませた声で言い切った。

「ナ(おまえ)は坂戸じゃねえよな。うめぇこと言えねぇんだけども、見た目が坂戸のババアで、中身がちげえっつーか。そこの由加里が人質になってたときもや、平瀬がなしてアンタのことを『佐渡由加里』って言うたんか気になってや」

 坂戸はただただ微笑みを浮かべるだけで、何も答えない。桐子は構わず持論を並べた。

「オレが思ってたんが、もうひとりの佐渡由加里がいることで全部繋がんだわ。こんげなことを言うのはシャクだけどや、未来の由加里がなんでか知らんけど、坂戸のババアの体を乗っ取って新後アイリスをぼっこれねぇ(壊れない)ように繋ぎ止めようとしてんだ。んだねば(そうじゃなきゃ)、オレのことを迎えに来なかっただろうし、由加里のケツを叩くこともしねかったはずだわ」

 坂戸は何度かうなずきながら拍手をした。

「さすが新後イチのキャッチャーは鋭いわね。いかにも私は表面上では坂戸悠里だけど、中身は佐渡由加里よ」

 坂戸は前に由加里や佳澄に話したことをほとんどそのまま話した。
 新後アイリスが拝藤組の引き抜き工作でボロボロにされたこと。倉本が早く亡くならず、病気になり、チームを去ってしまうこと。代わりに監督になった人物が心労で自殺してしまい、チームがバラバラになってしまうこと。
 どうせ話したところでタイムパラドックスも何も起きないし、この瞬間に地球が滅亡するわけでもない。桐子にも洗いざらいすべて話した。

「本当は2番目に伝えるつもりだったけど、成り行き上ね」
「あんチクショウ、あんときハンマーでヤッとけばよかったわ!」
「ヤッてたら新後アイリスは終わってたかもね。元の世界では新後アイリスの憎き(にっく)敵でも、少なくても今は大切な情報提供者であり、味方なんだから」
「あ、そういんだったわ」

 バツが悪そうに桐子は頭を掻いた。

「だどもや、顔は坂戸で中身は未来の由加里とかなんて呼べばいいかわからんわ」
「しばらく今までどおり監督って呼んでくれればいいよ。顔は年内になんとかするから」
「顔でも焼くんか」
「昔の医者じゃないんだから、そんな手荒な手段なんて取らないわよ」

 桐子はニヤリと笑った。

「で、これからどうすんだ? オレにできることがあんなら協力すっぞ」
「人助けをしたい」
「あン?」

 口をポカンと開けて固まった桐子に、今まで黙ってふたりのやり取りを眺めていた由加里が口を開いた。

「――拝藤組の生名(いきな)茜(あかね)と真鍋(まなべ)葵(あおい)を引き抜く」
「なして(なんで)? ウチにはナ(おまえ)とオレがいるでねぇか!」

 いきり立つ桐子をなだめつつ、由加里はこれから起こす作戦をゆっくり時間をかけて説明し始めた。最初はむくれていた桐子だったが、だんだん気を良くして最後は目を爛々(らんらん)と輝かせた。

「おもっしぇねっけ(おもしろいじゃん)!」
「アンタが必要なの。だから、お願い!」

 由加里が手を合わせて頭を下げる。桐子は膝を打って胸を張った。

「相棒に頭を下げられて黙ってるわけにゃいかねぇわな。オレもやるわや!」

 がんばって説明し終えた由加里の隣で、微笑みながら肩を揉んでやっている坂戸がさらに笑みを深くした。

「こっちは散々やられたからね。やられた分はキーッチリやり返さないと。でもその前に、アンタのところに入った見習いくんを辞めさせてね」
「なんでだわや」
「拝藤組のスパイなのよ。蘭とつながってた」
「ハッ、そんなんとっくのとうに知ってたわ。ウチに送り込んだんが、過ちだったな。酒を飲ませたら吐いたんだわ」

 桐子の話によると、初対面から直感的に怪しいと感じていたらしい。相手が行動を起こしそうな前に、先手を打って封じたのだった。

「使えるがん(もの)は簡単にびじゃらず(捨てずに)使わんと、バチが当たっわ。ちょうど、わけぇなり手もおらんかったし」

 拝藤組から送り込まれたスパイは経験者であったのか仕事の物覚えも早く、「姐さん姐さん」と慕ってくれるから桐子はかわいくて仕方なかったのだ。桐子だけでなく、クセ者揃いの職人たちにも臆せずコミュニケーションが取れている。また、人材不足もあって、辞めさせたくなかった。

「おう、そういや、とっておきのがあんだわ。ふたりとも耳貸せ」

 桐子が声を潜めて話す内容に、今度は坂戸の瞳が鋭く光った。

「使えるわね、それ」

 新後アイリスの反撃はここから始まったのであった。
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