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3章
23 無期謹慎
しおりを挟む「なぜ呼ばれたかわかっておるな」
拝藤は両肘をつき、さらに指を組んで探るような鋭い視線を葵に送っている。
翌日のことだった。朝一番に社長室に呼びつけられた。なんの予測もしなくてもわかる。ポケベルで誰とやり取りしているのかの聴取及び尋問(じんもん)だろう。予想通り過ぎて、思わず乾いた笑いが顔に出そうになるのを押し込め、葵は拝藤の目の前に立っている。
「ポケベルの件のことでしょうか」
横目で拝藤の後ろで控えている一女を見つつ、葵は端的に答えた。
「うむ。最近は外と連絡を取り合っているらしいな?」
「すみません、うちの母が今ごろドラマに感化されたのか、ポケベルを持ってはしゃいでいまして。電話で話すような内容でもないので、公衆電話で返してあげています」
拝藤は鷹揚(おうよう)に笑った。
「母親は息災(そくさい)なのか?」
「はい。ここ数年は重い病気になったという報告もありませんので」
「ならばよい」
拝藤は満足げにうなずき、タバコに火を点(つ)けた。
「それと、せっかくこの場に呼んでいただいたので、ついでと言ってはなんですが、話したいことが……」
葵の後方に控えていた園木があっと口を開くが止めようもなかった。
「生名(いきな)茜の件、考え直していただけませんでしょうか」
意を決した葵の一言であった。
「葵ィッ!」
園木が目を剥(む)いて金切り声を上げた。
「アンタ、アタクシの話を聞いてなかったわけじゃないでしょうねッ? どうなるかわかって言ってるの!?」
「罰を受けるのであればそれでいいです。わたしは、わたしよりも生名茜のほうが大事ですから」
「何を言ってるの! この馬鹿ッ」
園木の癇癪(かんしゃく)が炸裂し、葵に大股で詰め寄ろうとした。
「馬鹿は貴様だ園木。こんな狭い社長室で大声を出しおってからに」
「も、申し訳ございません」
園木は震えながらその場で体をすばやく折り曲げた。
「のう、真鍋。俺が先週言ったことを憶えておるだろうな?」
「憶えています。『直談判をしてきたら謹慎である』と」
「戦士たるもの色恋沙汰を巻き込むとは言語道断。このまま強制退部をしたいところだ。しかし、これまでの我が部での功績を認め、無期謹慎とする。謹慎が解けるまでは生名茜との接触は禁ずる。これを破れば、強制退部及び即刻解雇処分とする。よいな?」
「……わかりました。しばらく実家に帰らせていただきます」
「実家は新後だったな? 万が一あの、にっくき新後アイリスのチームメイトと接触した場合も――」
「はい、心得ております。誓ってそのようなことがないよう、気を付けます」
「惜しいな、実に惜しい。今のお前は先週よりもいい面構えをしておる。だが、肚(はら)の中に何かを飼っているようにも見える。危うい気配がするのだ」
心胆(しんたん)を溶かし尽くす視線に晒され、葵は逃げ出したい気持ちに駆られたが、正面から受け止めて耐えに耐えた。逃げてしまえば怪しまれ、謹慎部屋に入れられてしまう可能性もある。そうなれば、坂戸と綿密にやり取りしてきた計画が白紙になってしまう。白紙となれば、茜も救えず、壊れゆくのを身近にいることもできず、孤独のうちに後悔に苛(さいな)まれるだろう。心の傷として、癒えることなく死ぬまで一生残ることが確定だ。
対峙(たいじ)が数分間続いた。
「まあ、よい。しばしの別れになるのう。息災でな」
拝藤は不意に表情を和らげた。
「はい、ありがとうございます。失礼いたします」
葵が硬い笑みを浮かべ、社長室を辞した。
「よろしいのですか」
事の成り行きを一言も口を挿(はさ)まず黙って見ていた一女が口を開く。
「処分に納得いかぬか?」
「納得も何も、野に放たずとも檻(おり)に押し込めてもよかったのでは」
「それも考えた。だが、一女よ。よく考えてみよ」
椅子に座ったまま一女のほうを向いた拝藤が、あごひげをしごいている。
「自分の相方――いや、恋女房を追い詰めた奴らに、助けを求める発想などありえぬ話だとは思わんか」
拝藤はさすがに茜を残してまで、葵が新後アイリスに寝返るとはまるで思ってもいなかった。
「真鍋が抜けたところで我が拝藤組に影響はない。そうだろう、園木」
「そ、そうですとも。真鍋よりも優れた捕手はいくらでもおります!」
「ならばよい」
拝藤にとって選手は戦士であり、いくらでも替えが利くと思っている。情をかけるにしても最低限かそれ未満だった。
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