Unknown Power

ふり

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3章

27 救済

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 茜がバッティングセンターを出て少し経ってのことである。女の言いつけ通り茜は渡されたポケベルを確認し、大通りに出てタクシーを拾って指定された場所へ行こうとしたときだった。

「そこまでよ」

 背後から飛んできた声に背筋が凍る。紛れもなく蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っている一女の声だった。

「どこへ行くつもりかしら?」
「寮に帰るところだ」

 茜は振り返らない。

「ふぅん。その割には泡を食って出てきたようにも見えましたけど」
「テメェになんざ、関係ねェだろ!」
「ありますのよ。あなたは曲がりなりにも拝藤組のエースのひとりです。体調管理をキチンとなさっていただかなければなりません。あなたの同部屋の者のように体調を崩されて、実家に帰ってしまわれると、チームにとって多大な迷惑になりますの」

 一女は無機質な声音に持論を並べたてる。癪(しゃく)に障る物の言い方であった。気が短いほうの茜は我慢がならなかった。

「そこのおねーさん♪」

 ケバケバした化粧をし、傷んだ金髪を伸ばした若い女が一女の肩を叩いた。一女は忌々(いまいま)しげに肩越しで女を睨(にら)んだ。

「おー、いかにも冷たい女って感じがしてバッチグーだね。ねえねえ、うちのクラブで働いてみない? ジャブジャブ稼げるよー。お客さんはみーんないい人たちばっかりで、犬みたいにジュージュンなんだから♪」
「売女(ばいた)の類(たぐい)かしら。今すぐ消え失せてあそばせ」

 突き放そうとするも、

「イイネーイイネー。アタシがドMだったら最高に興奮してるよー! さあさあ、行こう行こう!」

 女が一女の腕を引っ張る。

「しつこい!」

 一女が女の腕を強引に振り払う。女が尻もちをつき、ようやく解放される。向き直って茜を問い詰めようとするが、姿がない。どうやら人込みに紛れて逃げたようである。

「ちっ、逃げられたわ!」

 何ごとかを喚(わめ)き散らしている女を置いて一女は大通りへ急行した。
 女が一女にあっかんべーをしていると、茜と変装用の帽子と伊達眼鏡をかけた由加里が路地の物陰から出てきた。一女と女のやり取りを眺めていたのである。

「ありがとうございました。これはほんのお礼です」

 一女が反対側へ疾走していく姿を視界に入れながら、由加里は白い封筒を女に渡した。女が封筒の中身を改めると、満面の笑みを浮かべた。

「さっきも5万ももらったのに、今度は10万? 本当にもらっていいの?」
「いいんです。こっちはたくさんの人間の人生が懸かってますから」
「ふーん。若いのに大変そうだね。ま、がんばってよ。なんかあったら、うちのクラブに来なよー。オンナノコでも大歓迎よ♡」

 ふたりは女に簡潔に礼を言い、由加里の先導で小路(こみち)に待たせておいたタクシーに飛び乗った。

「運転手さん、出して出して!」
「よっしゃ、おいちゃんに任せとけや! 爆速(ばくそく)で連れてってやるぜ!」

 タクシーが急発進し、人々が驚いて悲鳴を上げながら避けていく。

「私を助けてくれたのか?」
「もちろんそうだよ。でなきゃ、あんなケバい女に金なんて払わない」
「アンタ名前は?」
「佐渡由加里。一応一緒に投げあったんだから、憶えといてほしいわ。生名茜ちゃん」
「……悪い。あのころは勝ち負けしか見えてなかったんだ」
「そして今は真鍋葵ちゃんしか見えてない、と」
「ッ!」

 図星をつかれてカッとなった茜だったが、それは一瞬で気が抜けたように笑った。

「……ああ、そのとおりだよ。ところで、このタクシーはどこに向かってるんだ?」
「ホテル。そこに葵ちゃんがいる」

 茜は面食らった。

「なんだってそんな所に?」
「さあね。『万全には万全を期せねばならない』ってさ、ウチの監督が言ってた」
「……信じていいのか?」

 茜は探るような目を投げかける。由加里はにこやかにうなずいた。

「少なくとも拝藤組よりかは、ウチのほうが断然マシだと思う。なんなら葵ちゃんにウチでの暮らしぶりを聞いたらいいよ」
「……とりあえず信じてやる」
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