70 / 103
3章
27 救済
しおりを挟む茜がバッティングセンターを出て少し経ってのことである。女の言いつけ通り茜は渡されたポケベルを確認し、大通りに出てタクシーを拾って指定された場所へ行こうとしたときだった。
「そこまでよ」
背後から飛んできた声に背筋が凍る。紛れもなく蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っている一女の声だった。
「どこへ行くつもりかしら?」
「寮に帰るところだ」
茜は振り返らない。
「ふぅん。その割には泡を食って出てきたようにも見えましたけど」
「テメェになんざ、関係ねェだろ!」
「ありますのよ。あなたは曲がりなりにも拝藤組のエースのひとりです。体調管理をキチンとなさっていただかなければなりません。あなたの同部屋の者のように体調を崩されて、実家に帰ってしまわれると、チームにとって多大な迷惑になりますの」
一女は無機質な声音に持論を並べたてる。癪(しゃく)に障る物の言い方であった。気が短いほうの茜は我慢がならなかった。
「そこのおねーさん♪」
ケバケバした化粧をし、傷んだ金髪を伸ばした若い女が一女の肩を叩いた。一女は忌々(いまいま)しげに肩越しで女を睨(にら)んだ。
「おー、いかにも冷たい女って感じがしてバッチグーだね。ねえねえ、うちのクラブで働いてみない? ジャブジャブ稼げるよー。お客さんはみーんないい人たちばっかりで、犬みたいにジュージュンなんだから♪」
「売女(ばいた)の類(たぐい)かしら。今すぐ消え失せてあそばせ」
突き放そうとするも、
「イイネーイイネー。アタシがドMだったら最高に興奮してるよー! さあさあ、行こう行こう!」
女が一女の腕を引っ張る。
「しつこい!」
一女が女の腕を強引に振り払う。女が尻もちをつき、ようやく解放される。向き直って茜を問い詰めようとするが、姿がない。どうやら人込みに紛れて逃げたようである。
「ちっ、逃げられたわ!」
何ごとかを喚(わめ)き散らしている女を置いて一女は大通りへ急行した。
女が一女にあっかんべーをしていると、茜と変装用の帽子と伊達眼鏡をかけた由加里が路地の物陰から出てきた。一女と女のやり取りを眺めていたのである。
「ありがとうございました。これはほんのお礼です」
一女が反対側へ疾走していく姿を視界に入れながら、由加里は白い封筒を女に渡した。女が封筒の中身を改めると、満面の笑みを浮かべた。
「さっきも5万ももらったのに、今度は10万? 本当にもらっていいの?」
「いいんです。こっちはたくさんの人間の人生が懸かってますから」
「ふーん。若いのに大変そうだね。ま、がんばってよ。なんかあったら、うちのクラブに来なよー。オンナノコでも大歓迎よ♡」
ふたりは女に簡潔に礼を言い、由加里の先導で小路(こみち)に待たせておいたタクシーに飛び乗った。
「運転手さん、出して出して!」
「よっしゃ、おいちゃんに任せとけや! 爆速(ばくそく)で連れてってやるぜ!」
タクシーが急発進し、人々が驚いて悲鳴を上げながら避けていく。
「私を助けてくれたのか?」
「もちろんそうだよ。でなきゃ、あんなケバい女に金なんて払わない」
「アンタ名前は?」
「佐渡由加里。一応一緒に投げあったんだから、憶えといてほしいわ。生名茜ちゃん」
「……悪い。あのころは勝ち負けしか見えてなかったんだ」
「そして今は真鍋葵ちゃんしか見えてない、と」
「ッ!」
図星をつかれてカッとなった茜だったが、それは一瞬で気が抜けたように笑った。
「……ああ、そのとおりだよ。ところで、このタクシーはどこに向かってるんだ?」
「ホテル。そこに葵ちゃんがいる」
茜は面食らった。
「なんだってそんな所に?」
「さあね。『万全には万全を期せねばならない』ってさ、ウチの監督が言ってた」
「……信じていいのか?」
茜は探るような目を投げかける。由加里はにこやかにうなずいた。
「少なくとも拝藤組よりかは、ウチのほうが断然マシだと思う。なんなら葵ちゃんにウチでの暮らしぶりを聞いたらいいよ」
「……とりあえず信じてやる」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる