Unknown Power

ふり

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4章

01 血のケジメ

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 まるで走馬灯(そうまとう)のようであった。
 元の世界での仲――金谷政と坂戸ではなく、佐渡由加里としての思い出が、頭の中で細切れの映像で流れ続けている。
 子どものころはリトルシニアチームでバッテリーを組み、激しくぶつかり合ったこと。きっかけは特になかったが、付き合ったこともあった。しかし、お互いに気を遣い過ぎて言いたいことが言えなくなり、手も繋がずキスもなくほんの1週間で終わってしまった。それから、クラブチームの新後アイリスが解散となり、それぞれ企業やクラブチーム、果ては海外に散らばって武者修行のように自分を高めていった。
 2007年から始まった独立リーグで指揮官をしていたころが楽しかった。由加里が新後の監督で、政は群馬の監督。ちなみに、桐子と佳澄のふたりは新後のコーチだった。
 強敵(とも)と戦い続け、中年になってやっと人生が充実してきた7年目――2013年――の夏の終わりのことである。自分の母の良枝をガンで亡くし、時間が経って少し立ち直ったところに、倉本も急激に持病が悪化し、突然死のような形で秋に逝ってしまった。実の母もそうだが、倉本は若くして事故死した父親代わりでもあった人物だったから、計り知れないショックと虚無感が由加里を襲った。不安が強まり、また親しい人が近々逝ってしまうのでないかという得も言えない恐怖が胸をざわつかせる。倉本の初七日(しょなのか)が行われるまで家にこもり、親友や仲間の言葉を聞かなかったのが悪かったのだろう。魂の抜け殻(がら)になった由加里は、生きる気力をすっかり失い、悲観的でマイナス思考一辺倒の人間に変貌(へんぼう)を遂げてしまったのだ。
 そして――

「……さん。……カドさん。……坂戸さん」
――この白黒女に会ってしまったのがよくなかったのかしら……。

 うつろな目を向けた。若干トキネの眉が困っている。少しは心配しているらしかった。

「大丈夫ですか」

 腸(はらわた)が煮えるような神経を逆なでするトキネの声に、坂戸は正気に立ち返った。

「なわけないでしょ! どうしてもっと早く言わなかったの!?」

 テーブルに坂戸の拳が打ちつけられ、食器類がけたたましく鳴った。

「その……聞かれませんでしたので」
「聞かれなきゃ答えない、が、いつまでも通用すると思ったら大間違いよッ!」

 思わずトキネの顔面を見舞ってしまいそうになった拳を逡巡(しゅんじゅん)したのち、ソファを殴りつけた。

「訊かれなかったじゃ済むような話じゃないわ! これは言うべきことよ! 何を考えてるのよ、アンタって奴は!」

 坂戸の火の出るような物凄い剣幕(けんまく)に、トキネは料理を食べる手を止めて黙り込むしかない。

「トキナを呼んで」
「はい……?」

 あまりにも低く恫喝(どうかつ)的な言い方だったためか聞き返してしまう。それが坂戸の逆鱗(げきりん)に触れた。

「アンタじゃ話になんねぇから、すっこんでろってことだよ!」
「……少々お待ちください」

 人の怒気を真正面から喰らったトキネは、さすがに顔が強張(こわば)り、化粧室へ向かう足取りはおぼつかないものだった。
 少し経ってトキナと入れ替わって帰ってきた。

「やあやあ、トキネが申し訳ないことをしたみたいで」

 口とは裏腹に悪びれる様子が微塵(みじん)も感じられなかった。ウェイトレスにビールの大瓶を3本注文してから坂戸の前に座った。

「2つ達成できたら、1つ願いが叶えられるのよね? 3つ叶えたらどうなるの?」

 坂戸の怒りを殺しに殺した声音である。

「3つならね、2つなーんでも叶えられるよ」

 トキナは殺気立つ相手でもあっけらかんとした態度を崩さない。

「本当に何でもなのね?」
「うん、なんでもだよー♡」
「ありがとう、わかったわ。話は変わるけど、アンタにはケジメをつけてもらう」

 トキナのニヤケ面がやや引きつった。

「……ケジメって、なんかヤクザみたいだね」

 坂戸は料理を荒くどかし、ノート開いて見せてきた。誓約書のような文面が記されており、金輪際(こんりんざい)重要な情報はすぐに伝える旨(むね)をことさら強調してかつ堅苦しい文体書いてある。

「じゃ、このノートにサインして。ハンコも押してもらうわよ」

 有無を言わさぬ口調に、サインをしながらもトキネは表情を変えずに硬い言葉で言った。

「どうして?」
「部下の失敗は先輩または上司の責任。半端人(はんぱにん)は血が通ってるのかしら?」
「は?」

 言っている意味が理解できず、トキナはうかがうように坂戸を見た。

「血判(けっぱん)を押してもらうわよ」
「……血判?」

 坂戸はつまようじ入れからつまようじを1本取り出し、目の前に突き出す。

「これで親指の腹を刺して血を出すのよ。自分でやる? それとも私がやってあげようか? 血が足りないようならステーキを切っていたナイフでもいいのよ?」

 目が本気の坂戸の気迫に押され、トキナは我知らず生唾を飲んだ。つまようじを取ったものの、突然手が震え始め狙いが定まらない

「どうしたの? 早くしなさい」

 意を決して思い切り己の親指に刺すと、瞬く間に親指が赤い血で染まった。そして、空いた手で刺した手を持ち、サインの横に指を擦りつけた。

「あまり人間を舐めないほうがいいわよ」

 ノートを奪い取るようにして回収し、坂戸は席を立ってファミレスから去っていった。
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