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3章
35 驚愕の真実
しおりを挟む拝藤組との練習試合が不戦勝に終わった翌日の昼前、坂戸とトキネはファミレスにいた。
「まずは不戦勝ながらの勝利、おめでとうございます」
のどに小骨が引っかかったような物の言い方である。
「何よ、素直に祝福できないの。まあ、アンタらしいけどさ」
笑い飛ばそうとする坂戸だったが、いつも以上にトキネの表情が硬いような気がした。
会話が途切れ、しばらくお互い黙々と料理に手をつけていた。しかし、沈黙に耐えかねた坂戸が、フォークとスプーンを少し残ったナポリタンの上に投げ出した。
「……何か言いたいんじゃないの。言わないんなら私の話を先に聞いてもらいたいんだけど」
紙ナプキンで口の周りを拭きながらトキネの反応をうかがう。トキネは5枚目のステーキを切る手を止め、ゆっくり顔を上げた。
「確かに拝藤組には勝利しました。みっつ使命を達成しましたから、ふたつ願いが叶えられます。しかし、まだ期間内ということをお忘れなく」
「その期間内の大みそかまでに使命を達成したのよ? 敗者に情けをかける必要なんかないわ」
「自分のチームの選手たちを信じられませんか?」
「何が言いたいの」
トキネの顔を見つめる。目の奥に不満の澱(おり)が堆積(たいせき)されているように見えた。トキネはコーラフロートが入っていたジョッキを強くテーブルに置いた。
「憎い相手ですよ。元の世界では本保(ほんぼ)さんを殺したといっても過言ではありません。完膚(かんぷ)なきまでに叩きのめすのが、道理とは思いませんか?」
「珍しくよくしゃべるわね。それに道理まで語るとは……私の勝利が想定外だったのかしら?」
「いえ、そのようなことは……」
トキネは少したじろいた様子でピッチャーに入ったオレンジジュースを一口あおった。
「勘違いしてるようだけど今拝藤組は、昨日の拝藤富士夫が晒した醜態のせいで試合どころじゃないと思うのよ。あと、拝藤組野球部はこの世からなくなる。私の願いによって、ね」
唖然(あぜん)とするトキネ。首を振って訴えかけるように言った。
「与那国桃未、生名茜、真鍋葵、五月瑞加。この4人がいます。……まあ、五月瑞加はあのときカツラを取った時点で男だと告白したようなものですけどね。選手としては出られません。それでも、戦力が昔とは格段に違います。あと、今回は木製バットでの対戦ではありませんし」
「勝ち目があると言いたいの?」
「十二分にあります」
わずかに自信のある口調である。
「……やめておく。戦力の多寡(たか)は拝藤組のほうが有利だもの。穴埋めする選手はいくらでもいる」
トキネの瞳に狼狽(ろうばい)の色が宿り始めた。明らかに様相(ようそう)が変である。いつもなら表情ひとつ変えずに淡々と会話するのに、今は冷静さなど一片(いっぺん)たりともない。
「逃げるのですね。天国の倉本監督も悲しみましょう。坂戸――佐渡由加里は大した器ではなかった。見込み違いであった、と」
今もとんちんかんなことを言った。
――何をそんなに焦ってるの?
探るような視線を投げかけながら、坂戸は非難を口にした。
「勝手に亡くなった人を人形みたいに喋らせないでくれる? そもそも世界が違うし」
「すみません……」
そして黙り込む。うつむいて体を震わせている人型になった。
「その……」
ピッチャーのオレンジジュースを飲み干してから、トキネはとんでもない爆弾を落としてきた。
「仲さんのことを知りたくありませんか?」
「政の!? 前に知らないって言ってたのに、アンタ知ってんの!?」
今度は坂戸が平静さを失う番だった。思わぬ情報に、つい本音が口をついて出た。
「鎌倉(かまくら)造船(ぞうせん)で働いてるんでしょ? 忙しいにしても連絡を寄こさないってアイツらしいけど……。ここは世界が違うから正直心配なのよ」
「あまり言いたくはありませんが……仲さんの状況を知りたければ、拝藤組と野球の試合で勝負することを約束してください」
トキネの瞳に哀願(あいがん)の色が滲(にじ)む。坂戸は小さく息を吐いた。
「そう来るか。半端人(はんぱにん)ってのは、人間みたいに汚くゲスいこともするのね」
トキネは何も答えず、真剣なまなざしで坂戸を見返している。
坂戸は腕組みをして黙考した。心の中で今のメンツで勝つか負けるか天秤にかけた。拝藤組の戦力は強大で選手層はとても厚く、茜、葵、瑞加の3人が抜けたところでそこまでの影響はない。しかし、拝藤の方針で茜が酷使されていたし、女房役の葵も試合に出ずっぱりで、後任の投手と捕手がそこまで実戦慣れしていないだろうと予想された。
また、瑞加ほどのパワーヒッターもおらず、どちらかというとアベレージタイプが中心の打線である。ホームランは1点を奪われるが、ヒットはで1点取られるわけではない。一発の怖さがないのが幸いだった。だが、元の世界ではいなかった去勢済みの萩野(はぎの)一女(いちめ)が、選手として出てくることも拭いきれない。
なぜなら、「性同一性障害特例法」という法律がこの世界では1992年に施行(せこう)されていたのだ。本来であれば2004年の7月なのだが、この世界では1980年代後半から望む声が高まっていたらしい。この法律により、一女の性別は男性から女性に変更され、なんの隠し立てもなく堂々と試合に出れることになる。
瑞加は一女が練習している場面を見たことないと言っていたので、情報が一切ないのも不気味な存在だ。もしかしたら、一発を叩き込むパワーの持ち主だったらと考えると、胃もキリキリ痛くなる。ただ、トキネの言うことも一理あった。元の世界ではいなかった新生・新後アイリスがどんな野球を見せてくれるのか――いち監督としてこんなに心躍ることも早々ないものだ。
「勝負に勝ったら洗いざらい全部話してもらうわよ。アンタやトキナの存在のことも」
腕組みを解いて重い口が開く。思わずトキネの頬が緩んだ。
「わかりました。お話しすることを誓います」
「アンタの言う通りよ。元の世界とは違う。ベストメンバー以上のメンツがこっちには揃ってる。過去最高よ。この戦力を動かして、勝ちに導けるなら監督冥利(みょうり)に尽きるってものよ。ただ、あっちも腐っても社会人の頂点の拝藤組。まともにぶつかり合って必ず勝てるとは限らない。あのときとは違って、控えでも化け物が眠っているのかもしれない。しかもメジャーはストライキ中よね? 何かの間違いで暇を持て余したメジャーやマイナーくずれが入団しているのかもしれない。でも、この厄介な強敵を打ち破らない限りここの未来も暗いままなのは嫌。私だって同じような過去は繰り返したくはない。過去との――拝藤組との決着を堂々とつけたい。私は明るい未来に生きる新後アイリスが見たいの」
トキネは小首をかしげた。
「見たい? ということは、坂戸さん――いえ、佐渡さんは元の世界へ帰る気はないのですか?」
「ないわね。私は私の生きたいように生きる。ただ、それだけよ。それで、政はどこにいるの?」
トキネは生唾(なまつば)を飲み込む。緊張を滲(にじ)ませた言葉が口から出てきた。
「仲さんは――拝藤組にいます」
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