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4章
04 嘉奈の歩むべき道
しおりを挟む拝藤組の本社ビルから出てタクシーを捕まえると、嘉奈(かな)が指定した神社へ急行した。
都会のど真ん中、立ち並ぶ高層ビルの中にその神社はあった。
今にも降り出しそうな空模様からか、参拝客はまばらであり、探すのに好都合だった。早速、手水舎(ちょうずや)、社務所(しゃむしょ)回りや拝殿(はいでん)を探すもののどこにも姿がなかった。
本殿(ほんでん)の裏手に足を延ばす。常時日陰のせいか、あまり人が来ないのもあり、先日の雪が1センチほど積もっていた。融けかけた雪でどろどろになった土を踏みしめ、周囲を目を皿にして探す。すると、木々の間に隠れるようにしてうずくまっている人間がいた。
仲は一瞬躊躇したが、声をかけてみた。
「おい、アンタ。嘉奈なのか?」
下を向いていた顔が大儀そうにこちらを向く。全身のあちこちが泥まみれになってはいるが、紛れもなく狭山(さやま)嘉奈だった。
「待ってたよ……仲――金谷(かなや)政(まさ)」
寒さに震えたかすれ声。最初に会ったころは自信と張りに満ちていたのだが、平瀬蘭として新後アイリスでの失策が嘉奈の何もかもを失わせていた。
「馬鹿野郎、こんな所で何してんだ。こんな有様になっちまって……」
コートを脱ぎ、嘉奈にかけてやる。カイロもポケットから取り出し、手に握らせた。
「私は……私はまだやれる」
弱々しい眼光が飛んでくる。寒さと失敗した自責の念にかられ、今にも倒れそうな状態であるにも関わらず、だ。
政はもうひとりの自分を誇りに思った。どこからこの闘志が湧いてくるのだろうと不思議な気持ちになった。しかし同時に、哀れにも思った。
「もういいんだ。この世界のおまえにはおまえの人生がある。これ以上は――」
政の話の途中で嘉奈が自嘲気味に笑った。
「私の人生……? そんなのなんにもないよ。ここしばらくは新後アイリスを崩壊させることが使命だと思って生きてたから」
「悲しいこと言うなよ。生きてればいいことも悪いこともあるんだ」
嘉奈はゆっくり首を横に振った。
「いいことなんてもう何もない。新後アイリスのバックのイサハイ工業の社長には、強烈なバックがいる。関わらなきゃよかったよ。拝藤組からも社長に説明責任を果たすまでいつまでも追われる。捕まって謝っても何をしても、裏で東京湾で沈められるだろうね。泥をかけたわけだから。……追われるだけの人生なんてもう嫌だ。もう疲れたよ」
ズボンのポケットから何かを引き抜いた。
「……いっそのことこれで殺してほしい」
政が受け取ったそれは折り畳み式のナイフだった。
「馬鹿野郎!」
突発的に嘉奈の頬を張った。
「めったなことを言うんじゃねえッ。例え、姿(すがた)性別が変わろうとも、自分を殺すことなんてできるわけねえだろ!」
張られた頬に手をやりながら嘉奈は無言で政を見つめている。政は肩にかけていたバッグを押しつけるようにして渡した。
「着替えとどこにでも行けるように現金で100万入れといた。あとは実印と通帳もな。今は逃げろ。ひたすら逃げろ。なりふりなんか構うな。背負ってるものを全部捨てて逃げるんだ。パスポートもあるから海外でもいい。生きろ。とにかく、生きろ。生きてればどうにでもなる。機会なんていくらでも巡ってくる。自分にできそうなことだったら、その機会に飛びつくんだ。……それに、ただ生きてくれれば俺は嬉しい。どんなことをしようとも、おまえはこの世界の俺なんだからな」
両手で嘉奈の頬を挟む。人の温かさに触れたのか、嘉奈の目から滂沱(ぼうだ)の涙がこぼれてきた。つらく苦しい思い出を断(た)つように、嘉奈は政の胸の中で号泣した。
「こっちはどうにでもなるから気にするな」
しばらく泣いていた嘉奈が顔を上げた。
「ありがとう、金谷政」
はにかんだような笑顔を浮かべ、嘉奈は立ち上がって政にコートを返した。カバンからジャンパーを出して汚れた服の上に着る。
「そして、さよなら。もうひとりの自分」
そう言い残し、カバンを片手に嘉奈は去っていく。遠くなる背中を見つめながら政は思った。
――俺自身、これでよかったのかはわからない。本当は殺してやることが正解だったのかもしれない。いつかまた善悪の感情のどちらかを持って由加里たちの前に現れるかもしれんし、現れないかもしれない。これは俺の願望だけど、仲良く社会人野球盛り立ててくれるのを期待したいんだ。
空からちらちらと白いかけらが舞い落ち出し、寒さを思い出した仲は、コートを羽織(はお)って嘉奈に背中を向けた。
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