Unknown Power

ふり

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4章

08 試合当日の朝

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 試合当日の早朝。恩愛寮の食堂では新後アイリスの選手たちが軽めの朝練を終えて朝食を囲んでいた。昨日のクリスマスは完全の休養日にし、気力体力とも回復してコンディションは万全である。

『12月26日日曜日、今日の新後県内は晴れますね。所によって雪が降る地点もありますので、しっかり防寒対策をしてお出かけください! あっ、今日のラッキーアイテムはカイロですよ! カイロ!』

 朝陽が燦々(さんさん)と降り注ぐテレビ新後近くの広場から、お天気キャスターがカメラに向かって両手を振っている。新後アイリスの選手たちがテレビから目を切り、食事を再開させた。

「よかったー。今日は晴れるんすね」

 胸を撫で下ろしたのは桃未である。桃未が来てからというものの、少したりとも雪が降ってないのである。沖縄出身というだけでこの世界の新後では、ヘタなてるてる坊主よりも効力を発揮しているらしい。桃未本人は雪はテレビで観たぐらいで、触れたことも吹きつけられたこともない。未知の存在だ。体がどう反応するかもわからない。不安しかないのだ。

「安心するのはまだ早いよ。新後の天気は猫の目だって言われるぐらい変わりやすいから」

 佳澄がたくあんをかじりながら言うと、桃未の顔に不安の影がよぎった。

「もし、試合中に雪が降ってきたらどうなるんすか」
「んー? 監督ー、どうすんの?」
「審判団と相手側と協議して決めるよ。もちろん、吹雪になったら即刻中止で、その回までのスコアで勝敗を決めることになる」
「その時点でウチが負けてたら……」

 由加里が無意識に口から出してしまった。バツが悪そうに唇を噛む。弱気な人間ではない。負けたら坂戸と新後アイリスの結末を知っているがゆえに出た言葉だった。

「負けね。だけど、地の利はこっちにあるのを忘れちゃいけないわよ」

 新後と東京ではこの時期平均気温が3度も違う。この3度の差がどうダメージを与えるかは未知数だが、少しでも影響はあるだろうと坂戸は思っている。

「太平洋側と日本海側の寒さの質は違うの。いくら鍛えようとも、関東にいるってだけでは克服できないはずよ」

 坂戸はいつしか自分の注目している選手たちに向かって檄を飛ばした。

「雪国根性を見せてやろうじゃないの。温室育ちの女どもを蹴散らすわよ!」
「おうっ!」
「あらあら、もう気合いを入れてるのね」

 玉のれんを鳴らして靖子(やすこ)が大鍋を持って出てきた。

「みんな、食後でもいいから甘酒を1杯は必ず飲みなさい。体が温まるし、力が出るわよ」

 坂戸の呼びかけを聞くまでもなく、選手たちは茶碗を持って大鍋に殺到した。その中で頬杖をつき、テレビを観ている桐子に気づいた。坂戸は桐子の目の前に立った。

「オレは、いいわ。甘酒のあの甘ったりーの苦手なんだわ」
「ダメ。今日は絶対飲みなさい。大事な試合なんだから。薬だと思って、ぬるくなったのを一気飲みしなさい。生姜(しょうが)のみそ漬けで口直しをすればいいんだから、ね」

 体をどかすと甘酒の列に並んだ由加里が冷たい視線を送ってきていた。旦那に睨(にら)まれてしまっては言うことを聞かざるを得ないのが女房だ。

「はいはい、わかったよ。靖子さん、オレに塊で生姜をくんなせや! これで文句ねッだろ、監督さんよ」
「うん、100点よ」
「ただいま戻りましたぁ……」

 弱々しい声とともに憔悴した本保が姿を現した。顔色も酷く悪く、目の下のクマが黒く深い。足取りが怪しく、今にもその場で転んでしまいそうである。

「ぼっちゃん! 大丈夫なの!?」

 坂戸が駆け寄って本保の体を支え、イスに座らせた。

「間に合ってよかった……これ、お守りです」

 本保から受け取ったビニール袋の中には大量の「勝守」のお守りが入っていた。

「用事ってこのことだったの」

 最近は仕事での雑務に追われ、本保は中々顔を出せずにいた。昨日も休日出勤に残業をし、そのままお守りの売っている東京都内の神社まで買い求めたそうだ。このところ何もできていない自分に嫌気と、新後アイリスの面々に申し訳ない気持ちが突発的に湧き上がり、気がついたら高速に乗っていたという。ロクに休憩も取らず、ほぼ不眠不休でかっ飛ばしていたから、何度速度警告音のキンコンキンコンを聴いたかわからないそうだ。

「少し寝なさい。誰か布団を小上がりの中に敷いてあげて」

 何人かの選手が動き、空き部屋から布団を持ってくる。

「ああ、いいっすよ。俺が自分でやりますから……」

 ほとんど開いてない目が宙をさまよっている。体も言うことが聞かず、ひとりで立ち上がれない。体が安心して立ち上がることを拒(こば)んでいるらしかった。

「いいのよ。敷き終わるまで座ってなさい。これは先輩命令よ」
「先輩命令なら仕方ないか……お言葉に甘えますね」

 口を閉じた途端、次に口から出てきたのはいびきだった。限界まで睡魔をこらえていた証拠である。

「監督ー、これじゃ運べないよ」
「こんなにも即寝(そくね)してしまうとはね……」

 体重90キロ近くで、なおかつ全身の力が抜けきっている男を運ぶのは重労働である。
 坂戸を始め女性陣が尻込みしていると、愛敬が進み出てきた。

「私が運びましょう。みなさんは試合に出ますし、ここは裏方の仕事です」

 坂戸が何か言う前に、愛敬は本保の前に屈んで背負った。さわやかな表情が一瞬曇ったかに見えたが、ゆっくりと立ち上がる。

「おい、でーじょうぶなんか? オレも手伝うぞ」

 思わず桐子が声をかけた。愛敬はニッコリと微笑む。

「お気持ちは嬉しいですが、力仕事は男の仕事です」
「ああ、そうかい。せっかく手伝ってやろうってんのによ。はよ運んじまえや」

 桐子が拗(す)ねて生姜とおにぎりに勢いよくがっつく。その桐子を見て事情を知っている坂戸と、話を聞いた由加里と佳澄が笑った。

「本保さんは選手想いのいい人だな」
「私たち、良いチームに入れてよかったね」

 茜と葵は暖かい気持ちで話していると、愛敬がグレーの間仕切りのカーテンを手で払いながら小上がりから出てきた。

「新後アイリスの強さの秘密が垣間見れた気がしますね。周りの人たちがチーム想いで、様々な形で支えてくれている。だから、自分もやらねばと気合を入れられるし、やる気になる。好循環なんですよね」
「私らは拾ってもらったような身だし、ちゃんと恩返ししていかないとな」
「そうですね。環境が良すぎて堕落してしまう人間も中にはいたみたいですけど、仕事と野球を両立していきたいですね」 
「わたしと茜ちゃんはそこにプラスして恋愛もだよね~」

 葵が茜の腕に抱き着く。

「バカ、いきなり人前で何を言うんだ」

 茜は口では恥ずかしそうだが、無理に引きはがそうともせずに素直に受け入れている。

「いいですね。好きな人に気軽に触れられるのは」
「ま、まあな。でも、人前じゃ正直恥ずかしいわ。……つーか、アンタも好きな人がいるならアタックすりゃいいんじゃないか」
「そうですよ~。愛の力って偉大なんですよっ」
「それは試合が終わってからです。運命はこの試合で大きく変わるようになっていますから」

 茜から目をそらし、愛敬は遠くを見る目であらぬ方向に視線を止めた。
 茜は思わず苦笑した。

「相変わらずアンタはよくわかんねぇわ」
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