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4章
07 順応期間
しおりを挟む由加里は練習試合の3日間投げに投げた。調子は好調そのもので、多彩な変化球で三振もゴロも取れるピッチングで相手を寄せ付けなかった。とはいっても完投はせずに6回まで投げたり、試合の後半から出場して短いイニングを投げたりと起用法はバラバラだった。坂戸は経験を積ませたかったが、大事に使いたかった。絶対的エースである由加里が投げれなくなったら、新後アイリスは終わりに等しい。控えの投手が3人いるものの、試合を支配するまでの投球術はない。良くも悪くも突出した武器もない。そこそこの選手ばかりなのだ。
坂戸は投手が獲得できなかったことを後悔していた。幸い、由加里は疲れがそこまで残らない体質であるがゆえに、連投はいとわない。だが、強打者・クセ者揃いの拝藤組を相手では、精神的にも肉体的にも重く負担が圧しかかる。エースの実力を持つ投手がひとりでもいれば負担を分け合える。それが茜だったのだが、医者からドクターストップがかかるほどの重傷と診断された。完全にあてが外れたのである。
――沖縄にいたころに獲得に乗り出してればな……。
何度も思った。ただ、あのとき遅く帰っていたら、暴走したなつめによって由加里も刺されていたかもしれない。その可能性に行きつくたびに、首を振って忘れようとした。しかし、こうして何度も脳裏によぎるということは、それだけ後悔の念が深いのだろう。それと付け加えるならば本能的に由加里以外の投手が、登板する機会が拝藤組戦で巡ってくるのかもしれないと思われた。
練習試合の中で他の選手たちも拝藤組戦での活躍が期待できそうだった。
埼玉大宮球友会戦では俊足コンビの1番を打つ佳澄と9番を打つ桃未の活躍が光った。ふたりとも久々の実戦ながら、自分の持ち味である足を存分発揮。それぞれ単独での盗塁が1回に、ダブルスチールを2回も決めて見せたのだ。相手チームの捕手も決して肩が弱くないのだが、バッテリー間の隙をことごとく衝いたのである。それを2番の葵がバントなり右打ちで進塁させ、クリーンナップで得点を取る。理想的な試合運びで5対2で勝利した。
河州グローリーズ戦では初回から猛攻に遭い、先発した投手が4失点の乱調から始まった。すぐに反撃に転じたい新後アイリスだったが、荒れ球使いの相手の先発に一巡目は沈黙。だがこの沈黙を破ったのは桐子だった。自分のリードのせいでもあると感じ、気合充分に打席に入っていた。バッテリーが警戒してか、ストライクゾーンで勝負して来ない。やっと入ってきた甘い変化球を一閃(いっせん)。レフトスタンドに飛び込む一発となる。これに続いたのは4番を打つ茜だった。明らかに動揺したのか、打ちごろの直球が真ん中付近に入ってきた。こんな好球を見逃すはずもなく、茜はレフトの上段に持って行って見せた。反撃の狼煙(のろし)を上げたかったアイリスだったが、相手の交代した投手に抑え込まれてしまう。アイリスもひとりの投手挿み、7回から由加里が登板。相手は由加里からは一点も取れず、対してアイリスも1点しか返すことができず、試合は4対3とあと一歩のところで負けてしまった。
練習試合の最後を飾るのは渡良瀬川硬式野球クラブである。アイリスは由加里が先発。相手もエースが先発した。初回から互いに三者三振で終えると、そのまま息の詰まる投手戦が繰り広げられる。この試合はお互いの守備陣の活躍が光った。佳澄が左中間に落ちるフライをスライディングキャッチで捕ると、相手のセンターも快足と優れた打球勘でセンターオーバーのフライを背走しながらジャンピングキャッチし、観客を大いに湧かせた。桐子もダグアウトに入りそうな高々と上がった難しい打球をスライディングキャッチで好捕すると、相手のキャッチャーも負けじとベンチに突っ込みながらグラブの先で捕らえるファインプレーを魅せた。結局試合は両チームともエースを攻略できず、延長戦もなしで9回に0対0の引き分けに終わった。
3試合の練習試合を終え、1勝1敗1引き分けに終わった。3チームからはいずれも激励(げきれい)が送られた。やはり、クラブチームは企業チームから勝利をもぎ取ってほしいものである。中には投手の駒不足の窮状(きゅうじょう)を知ってか、選手を1日だけレンタル移籍を申し出るところもあったが丁重に断った。坂戸が自分のチームの選手たちを信じたかったのもあるし、女装して出ると言ったのだ。それをやってしまっては前の世界の拝藤組の卑怯な行いを猿まねすることになる。今や男女の身体能力が互角になったとはいえ、男女混成チームがまだ認められていない時代である。前の拝藤組みたく、あっちが毒を使うのであればこっちも使った。しかし今は仲がいる。いくらなんでもあの誠実な男が卑怯な手は使うとは思えない。だからこそ正々堂々挑みたかった。
――今までにない最高のメンバーがそろった。囚われた思いから解放された人間は強いのよ。政、私は絶対にアンタには負けないわよ!
一方の拝藤組も連日練習試合を行っていた。新後の厳しい寒さ対策のため、わざわざ新後県営球場と同じような立地の球場を借りるほどの熱の入れようである。なおかつ懇意(こんい)のメディアまで呼びつけ、チケットを新聞社を通して無料券でバラまき、厳寒の中でも満員御礼となった。
ガウラとネリネは数日間は寒さに震えて思うような動きができなかった。しかし、欧米人特有の体温の高さと、鍛え抜かれた体のおかげで日を追うごとに戻ってきた。
ガウラは仲の手によって変貌を遂げた。オーバースローをサイドスローに変え、踏み出す歩幅も小さくした。以前は勢いのみで打者を抑えるためのピッチングだったが、今は上半身の軸を中心に腕を回転する投げ方にしたおかげで目線が安定し、コントロールも劇的に改善された。そのことにより、精神的に余裕が出て自分でも深く考えてピッチングができるようになった。黒田工務店、大山製鋼、プリンセスホテル、藤堂精機と名だたる企業チームとの練習試合をいずれも2点以下に抑え、先発としての信頼を勝ち得ていった。
ネリネは小技を駆使してくる日本野球に慣れるため、守備面を徹底的に鍛えあげられた。また、日本とアメリカでは捕手のリードの面が違い、頭を悩ますことになると思われた。しかし、元々アメリカでもガウラをリードしていたのはネリネである。コントロールが悪く、打たれると思考が止まってしまうガウラと組んでいたせいもあり、日本式の捕手主体のリードを学ぶことに苦はなかった。ガウラが一流の投手への階段を上り始めたことで、キャッチャーとしての苦労が少しずつなくなりつつある。それにより、打撃面の調子が反比例するかのように上がり、練習試合では大いに暴れた。
助っ人コンビと時を同じくして、もうひとりの選手が練習試合で実戦デビューしていた。
萩野(はぎの)一女(いちめ)である。彼女は秘書業務の傍ら時折練習に参加していたが、激務のためあまり顔を出していなかった。しかし今回、新後アイリスとの試合が終わるまで拝藤に秘書の仕事を免除されたのである。ポジションはファーストを守り、長身と手足の長さを活かした安定感のある守備をする。打撃面はチーム1とも評されるスイングスピードを誇り、外角のボールも腕力で引っ張れる実力を持つ。言わば最終兵器的な存在なのである。
とにかく、この一女とネリネが打ちに打った。1、2番のどちらかが出塁すれば、高確率でホームに帰って来れるのだ。ほかの選手たちも打撃も守備も高いレベルで安定している。どこからでも点を取れる恐怖の打線なのだ。
あとはただ拝藤組として、いち企業チームとして、一敗地(いっぱいち)に塗(まみ)れた屈辱を晴らすだけだった。
――負けるはずがない。ガウラどころかネリネを引っ張って来れるだなんて誰が想像できる。神様かこの世界を操ってる人間ぐらいしかわからない。由加里……お前には悪いが、俺は勝たせてもらうぞ。
決戦はクリスマスが終わった翌日の12月26日の日曜日である。
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