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4章
06 飯酒盃の男気 後編
しおりを挟むひと通り日程や時間などの調整の話を終えたあと、不意に今年の天候の話になった。
「いやはや、今年の天候が狂ってて結果的にはよいがったな。冷夏で米不足には参っちまったがよ、雪がでえっきれえなわしにとっちゃ天国だわや」
「その代わり、関東が割を食ったみたいですけどね」
ちなみにこの年は新後市内でも多い所で5センチ程度であり、豪雪地帯と呼ばれる地域でも積もってはいるものの3ケタも積もっていない地点がザラだった。一方の関東は珍しく大雪に見舞われ、交通機関が完全に麻痺。前章で仲が帰れなかったのも雪のせいだった。
元の世界も関東で大雪が降り、そこは史実通りでよかったと思う。人の入退部はまだしも、天候までは変えようがないからだ。こればかりは天運がどちらに転ぶのを祈るしかない。今回は坂戸側に転んだ結果となった。
また、練習試合までの期間に猶予ができたのが大きい。由加里の家で号泣した佳澄は、選手のころの体を取り戻そうと、次の日から気合いを入れて練習に勤しんでいる。
佳澄の家に同居することになった桃未(ももみ)――医者に診(み)てもらったが、どこにも異常がなかった――も、まだ慣れない寒さを練習とパート――佳澄と同じ徒歩での乳製品の宅配――で懸命に克服しようとしている。
茜(あかね)は指名打者として出場するため、バッティング練習に精を出し、葵(あおい)は外野手として出場のため、外野守備の練習と桐子のバックアップとしての捕手の守備や連携の練習をしている。茜と葵もチームに馴染もうと必死なのだ。会話やスキンシップのコミュニケーションは早々と慣れたが、プレー面では拝藤組の記憶が体に刻み込まれている。新後アイリスに合わせるのに苦労しているらしかった。
「ウチのモンたちには特別休暇をやるけどよ、ほかのモンはどうする?」
「今ウチはフリーターが多いので、融通は利くとは思います」
「おし、わかった」
坂戸は前にされた話を唐突に思い出した。
「そういえば社長、前にふたりぐらい正社員がほしいと言ってましたよね?」
「お、メドがたったんか!」
「最近入った部員たちが事務方に向いてるかもしれません。まだ、お話もしてませんでしたよね?」
坂戸自身バタバタしていてあまり深く話をしていない。だが、履歴書を眺めていた際、確か誰か事務方の資格を持っていた気がした。
「話してねェな。で、何人だ?」
「3人です」
「おし、話しばさせてくれや」
坂戸は愛敬、茜、葵の3人を呼びに行った。
飯酒盃は値踏みするような目つきで、足の先から頭のてっぺんまで3人の情報を己の頭に情報を叩き込んでいる。
「おい、そこのでけェの。わしの前に座れ」
愛敬は緊張をおくびにも出さず、泰然(たいぜん)として飯酒盃の前に座った。
「髪は坊主みてぇに短いが妙に色気のある顔をしとんな。弁(べん)は立つんか?」
スポーツ刈りで日焼けが目立つが、どことなく色気が立つ雰囲気をまとっている。愛敬は女装時代がまだ抜けきってない柔らかい口調で答えた。
「はい。理不尽極まりない主人に仕えてきましたので」
「経営に興味はあるか?」
「経営ですか……少々あります」
「歳は?」
「23歳になってひと月経ちました」
「わかった。わしにお付きとして仕えろ」
「は、はい……」
泰然とした表情が崩れ、少し当惑が混じった笑みを愛敬は浮かべる。矢継ぎ早の質問あったと思いきや、自分の職が飯酒盃の即決即断で決まってしまった。笑みの意味は昔の主と少し似ているところがあったからだ。
「わーけのう。野球もいいが、脳みそにまだまだ詰め込める隙間がある。わしのもとで経営や人や物の流れを学べ。世の中にはムダなことなんかねェ。どこかで何かが繋がり、何かがどこで役に立つかわからん。1月10日の月曜から会社に来い。今は拝藤組打倒に集中しろ」
「わかりました。愛敬弓雄、精いっぱい飯酒盃社長に仕えさせていただきます」
「おし。じゃ、次は……」
立ったままの茜と葵に顔を向ける。とっさに茜が葵を守るように、わずかに体が前に出た。それを見逃す飯酒盃ではない。白いあごひげを撫でつけながら、しばし観察する。やおらに立ち上がってふたりとの距離を詰める。戸惑う葵を茜がさらに前に出ることで守る。飯酒盃は口角を上げた。
「髪のなっげ(長い)茶色髪の嬢ちゃん。後ろの三つ編みで眼鏡の嬢ちゃんを守りたいか?」
「はい、守りたいです」
力強いハッキリとした返事である。
「ならばうちで働け、養え」
少しの間が挟まり、茜は言葉の意味をようやく理解した。
「がんばります!」
「プロでねェ限り、野球一本で生きていくのはむゥじィんだわや。守りたい者がおれば、守る者はがんばっし、守られる者は守りたい者を支えようとがんばんだ。幸い、今うちにはふたりの枠がある。どうでェ、眼鏡の嬢ちゃんも働くか?」
「……ありがとうございます。働かさせていただきます」
控えめだが芯の強そうな返答に、飯酒盃はますます気を良くした。
「ふたりで幸せな未来を作れるよう、がんばってくれや」
と、ふたりの頭に手を置いてくしゃくしゃになでる。
「わしみたいな職人のジジイが言うのも変だが、仕事だけじゃ人生じゃねえ。仕事に見いだすモンがありゃ別だが、そんな奴はめったにおらん。仕事はほどほどにサボらん程度にやってくれ。それ相応の額は出してやっからよ。でよ、自分のやりたいことに打ち込むんがいい。この名(な)この姿での人生は一度っきり。死ぬまでにやりたいことをやったモンが勝ちよ」
ふたりは深々と頭を下げた。
「のう、お付きも聞いてっか?」
飯酒盃は振り返った。
「聴いておりました。そういう生き方もあるのですね。感服(かんぷく)いたしました」
「馬鹿野郎、そら言い過ぎだわや」
みなの笑い声が挙がる。その笑い声を聞きながら、坂戸は改めて飯酒盃の凄さを知った。
――さすがは一代で会社を興した人間だ。あっという間に人を取り込んでしまった……。
タイムリープをして自分は、まだまだ学ぶことが多かったと痛感する坂戸だった。
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