88 / 103
4章
10 ストライク送球
しおりを挟む仲が懐かしい感情に浸っている暇などなかった。
グラウンドでは新後アイリスがシートノックを行っている。拝藤組の選手たちは目を皿のようにして動きを観察していた。
「お客さんがたくさんいるねー!」
「こんな寒い中ご苦労なこった」
ダグアウトの前でガウラとネリネがキャッチボールしている。新後の心まで凍てつくような寒さに慣れつつあった。動いていることで体が温まり、雑談する余裕も出てきた。
気持ちのいい冬晴れのおかげか、スタンドを見渡せば多くの客が詰めかけていた。もちろん、コートやジャンパーを羽織(はお)り、マフラーを首に巻き付け、手袋をはめての完全防寒の格好である。ポケットに何個カイロを詰めているかわからない。園木曰く、中止した前回もこんな感じだったらしい。
仲がアイリス側のダグアウト上のスタンドに目を凝らす。懐かしい面々が見えた。本保に飯酒盃に寮母の靖子など、昔散々世話になった恩人たちが、若い姿でそこに存在している。当時を思い出して不意に目頭が熱くなりかけたが、一女が隣に座ったことにより感情が切り替わった。
「元気がありませんわね」
「そう見えるか。べつに普段と変わらないぞ」
「あの女と会ってから変よ」
園木の言葉が引っかかり、一女は怪訝(けげん)に聞き返した。
「あの女?」
「向こうのオバサン監督のことよ。確か坂戸とか言ったかしら」
――このハゲ、ベラベラ喋りやがって……。
口に出したい毒を心の中で思いっきり吐き出す。どうして大事な決戦のときに結束が乱れるような話をするのか。仲にはこのハゲが理解できなかった。
「お知り合いなのですか?」
一女の冷えた目が仲に向けられた。下手なウソをついても仕方ない。事実のひとつを言うしかなかった。
「昔のな。チームが一緒だっただけだ。今は関わりはない」
事実を淡々と告げ、視線を振り切るようにガウラとネリネに目線を転じた。ちょうどネリネが投げたボールをガウラが弾いてしまい、捕りに行っているところだ。そこへ、新後アイリスのノッカーが放った打球が大きく逸れ、ガウラの方へライナーで飛んできた。
「危ない!」
誰かが叫んだ。このままではガウラに直撃してしまう。しかし、ガウラはしっかり目の端に捉えてて、こっちへ打球が飛んでてくることを知っていた。スッと立ち上がると振り向きざまにグローブを横に薙(な)いだ。ひときわ乾いた音が球場全体を包む。見事に予測して捕ってみせたのだ。
「オーゥ、ピッタリだね。今日は勘が冴えてるぅ~♪」
球場がドッと沸く。新後アイリスと拝藤組の客は、敵味方関係なく絶賛し、万雷(ばんらい)の拍手がガウラに降り注いだ。
気を良くしたガウラが助走をつけて送球した。狙いはノッカーの後ろにいた新後アイリスの控えキャッチャーである。空気を切り裂き、弾丸と化したボールが見事キャッチャーミットに着弾すると、またしても球場が大いに沸いた。
「調子が良さそうで何よりだな」
仲がダグアウト前の対照的なふたりを見ながら言った。ガウラは客の賛辞の声に帽子を取って何回も頭を下げている。ネリネは腕を組んで憮然(ぶぜん)とした様子で眺めているだけだ。
「今日一番のコントロールを使った気がするのよね」
園木が額に手を当て肩をすくめた。仲が思わず笑った。
「まさか」
「その『まさか』で終わってくれればいいんですけど」
不意に笑みを収める。昔、由加里――今の坂戸――が似たようなことを言っていたのを思い出したのだ。
『ピッチャーはね、大なり小なり繊細な生きものなんだよ。突拍子もない勘はバカにできないのよ――』
「ああ、杞憂で終わってくれれればいいな」
今はこんな言葉しか思いつかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる