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4章
11 新後の人々
しおりを挟む「あんな球打てるのかな」
ベンチに引き上げてくるなり、誰かがつぶやく。その声に数人がうなずいた。
「すごい球だったよね」
「ミットがあんな音を立てたのは初めてだね」
選手の声を聞きながら坂戸は強がり同然に断言した。
「予想通りだわ」
寒さのせいかうまく口角が上がらず、引き攣り気味の笑みになってしまう。
トキネに不公平さを訴えてつつ尋問(じんもん)したところ、ふたりのデータが出てきたのだ。データといっても生まれてから今までの球歴や、選手の長所と短所のみしか書かれていない簡易なものである。
坂戸は記憶を掘り起こしながら、憶えている限りのデータを埋めていった。ガウラはのちの大エースとなる人物だが、ネリネは頭のどこかに引っかかって思い出せない。仲が連れてくるぐらいだから、よっぽどセンスのある選手なのだろう。ガウラの本気の投球を受けられるだけでも、充分お釣りが来る。たとえ、ガウラの専属捕手だったとしてもだ。
「これを散々頭に叩き込んだでしょ。あとは自分を信じなさい」
片手に携えたリングファイルを叩く。何しろデータが足りなすぎる。今回の生命線はこれに懸かっていた。それでも、何も知らないよりはマシではある。
「監督、見せてください!」
「私も!」
スタメンの数人の選手がリングファイルに群がる。テスト直前の学生のようにガウラの情報をブツブツ言いながら頭に詰め込んでいく。
愛敬が坂戸の分の甘酒を渡しながら言った。
「しかしよく、AAA(トリプルエー)から見つけてきましたよね。まるで出逢うべくして出逢ったようで、運命を感じます」
「運命でもなんでもない。必然よ」
「そこにいることを見越していたわけですか」
「あいつはそういう人間だから」
坂戸が苦笑混じりに相手のダグアウトに顔を向けると、偶然なのか今までじっと見られていたのか仲と目が合った。腹の据わった坂戸は視線を逸らさずにいれたが、仲は視線に耐えきられずにそっぽを向いてしまった。まるで駐車場で会ったときといっしょである。
「仲さんとはどういったご関係なんですか」
「どうもこうもないよ。ただの腐れ縁(えん)とだけ言っておくわ」
冗談混じりに恋人だった事実を言ってもよかったのだが、今は自重した。自分はカラッカラに乾いたおばさんに見えるようだし、仲は仲で腹の出た濃い無精ヒゲを生やした冴えない顔のおっさんに見えるらしい。そんなロマンスを大事な試合の直前に聞いても、テンションが上がるどころかだだ下がりだ。
「佳澄さんと同じくらいの身長かな? 動きがきびきびしてて動きも大きいからそれ以上にも見えるね」
葵がカイロを揉みながら言った。ネリネのことを言っているらしい。佳澄が口をへの字の曲げる。
「えー、あたしのほうが大きいと思うなー。ねえ、ももみん♪」
「そうっすよ! プロフィールには155センチって書いてあったし、それなら佳澄さんのほうが0.1センチ高いっすから!」
桃未が全力でフォローする。
「そうか、ごめんなさい。0.1センチでも高いことには越したことがないですもんね」
「おっ、葵ちゃんは話がわかるいい子だね。ももみん、甘酒を持ってきてあげてっ」
「了解っす!」
「うちの連中はバカばーっかだな」
ダグアウトの前で由加里とキャッチボールをしていた桐子がつぶやく。言葉とは裏腹に微笑んでいた。
「沈んでるよりはマシでしょ」
「それもそうだわな」
「師匠ー、がんばってくださーい!」
明らかに子どもの声が降ってきた。スタンドから羽尾(はねお)あずさがこちらに手を振っている。
「お、あずさ! 来たんけ!」
「うん! あたしだけじゃないよ。チームのみーんなで来たの!」
ぞろぞろと子どもたちが金網前までやってきて整列する。桐子がダグアウト内の選手たちに呼びかけ、由加里はバックネット寄りのボールが飛んでこなさそうな所で、素振りをしている茜に呼びかけた。選手たちは出てきたものの、茜は自分の世界に入っているのかこちらを見ようともしなかった。
リトルの坂西(さかにし)監督のかけ声に合わせてリトルの子どもたちが、新後アイリスの選手たちを声を張り上げて応援した。中には金網を掴んで絶叫する子もいたほどである。
「私たちも来たわよー」
今度は靖子や飯酒盃(いさはい)社長など地域のスポンサーの面々が顔を並べ、声援を送ってきた。
「みなさん、わたしを忘れてもらっちゃ困りますよー!」
ちょうどベンチの真上から贄(にえ)の声がした。テレビ新後の刺繍(ししゅう)の施(ほどこ)されたロングコートを脱いだ。すると、真冬にも関わらず、チアガールの格好をしていたのだ。新後アイリスの選手たちが唖然(あぜん)としている中、贄が黄色いボンボンを両手に持って、肉感的な体を揺らして踊り始めた。
「フレフレ、アイリス! がんばれがんばれ、アイリス! 最後はみんなで――」
「オー!」
周囲の観客たちも鬨(とき)の声を上げてくれた。そのあとには暖かい拍手も送られ、アイリスの選手たちに勇気と感動を与えてくれた。
「贄ちゃん、大丈夫なの? 風邪引かない?」
「大丈夫でーす! お腹に腹巻きをして、首から背中にかけてカイロを貼り付けてますからー!」
スタンド全体が笑い声に包まれる。
――本当にいい空気だわ。
坂戸は素直にそう思った。元の世界ではなつめやつぼみに裏切られたショックと、名前もデータも知らぬ選手の登場で暗い空気が蔓延していた。贄の変わらぬ格好と声援に、今度は前向きな気持ちで聞けてよかったと思っている。
「それにしても、茜は本当に聞こえないみたいだね」
坂戸が言い、由加里がうなずいた。
「気合満々なのはいいことなんだけどな」
「大事な試合前はああなっちゃうみたいで」
葵が微苦笑して言った。
新後アイリスのシートノックのときからやっているせいか、汗が蒸発して白い湯気が立っていた。
練習試合の3連戦の活躍から、今日の試合も4番で出場することになっている。期待されているのは嬉しいが、主砲という責任の重大さもある。その重圧を跳ね飛ばすべく、茜は誰とも口を利かず、快心の当たりを放てるように、黙々とスイングを繰り返すのだった。
「古巣である拝藤組との対戦になるけど、心がざわつくことはないかなと。拝藤社長がバックネットに顔を近づけて、何かを喚(わめ)いているけど、耳栓をしているおかげで完全にシャットアウトできている。茜ちゃんには倒すべき相手のガウラしか見えてないですから」
「指名打者として主砲として仕事をまっとうしてくれそう。茜は茜なりにプロ意識が高くていいわね」
坂戸が褒めると、葵は自分のことのように微笑んだ。
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